ダンジョンに火を見出すのは間違っているだろうか?   作:捻くれたハグルマ

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 シルのがま口

 豊穣の女主人の店員 シルが使用するがま口

 そのがま口はよく主人に忘れられ テーブルに取り残されている

 シルはおっちょこちょいなのニャ 猫人はそう語る

 届けてあげると きっと喜んでくれるだろう


第七話 深淵

 大通りに出たベルとアルは、普段のオラリオとは比べ物にならないくらい賑わいに圧倒されていた。

 

 「うわぁ!凄い人だかりだ!」

 

 「うぅむ、これは厄介だぞ。この人ごみの中でシル殿を見つけるのは至難の業だ。」

 

 「ばったり会えたりしないかなぁ……。」

 

 「やぁ、ベルくん!」

 

 探し人ではないが、帰りを待ち望んでいた神、ヘスティアがそこにいた。

 その背には、たすき掛けにした少し大きめのサイズの包みを背負っている。

 60から80セルチほどになるであろうか。

 

 「カミサマ!どうしてここに?!」

 

 「えっとぉ、君に会いたかったから、かな!」

 

 楽しげに笑う健気な女神の姿に、二人の眷属は満足する。

 彼女の幸せは彼らの幸せでもあるのだ。

 

 ふと、アルはこの状況を考えた。

 街で一番大きな祭が開催された日に、運命的な出会いをした二人。

 男女の仲を取り持つなどは彼の専門外ではあるが、ここはひとつ一肌脱ぐこととした。

 彼はベルと違って気が利く男なのである。

 

 「ベルよ、ここは二手に分かれて探すとしよう。

 私は今から反時計回りで闘技場を回ろう。貴公はヘスティア様を連れて時計回りだ。

 どちらかが見つけられたときはそのままシル殿を連れていき、ここから真反対の、闘技場裏手の大広場で落ち合おう。」

 

 「えぇっ?!せっかくだから一緒に行こうよ?!」

 

 「それでは効率が悪いではないか。それに、ヘスティア様に祭りを見せるのも眷属の役目だろう?」

 

 「うーん、分かったよ、アル。じゃあ行きましょうか、カミサマ!」

 

 「ベルくん、ちょっと待ってくれるかい?アルくんと話があるんだ。」

 

 ちょいちょいと、手を招いてしゃがむように促す主神の言う通りに、アルは跪いた。

 ベルに聞こえないように、ヘスティアはアルの耳元で囁いた。 

 

 「アルくん。君から貰った原盤なんだけどさ……。」

 

 「使われたのでしょう?」

 

 「分かるのかい?!」

 

 「この距離になって気が付きました。鍛冶師のところに行ったのでしょうな。灰と煤と煙の臭いがします。」

 

 「えぇ?!困ったなぁ……。」

 

 「大丈夫、ベルは気が付きませぬよ。その包みに贈り物をしまっているのでしょう?

 早くベルに渡して差し上げてください。きっと、喜ぶことでしょう。」

 

 気が利きすぎる自身の眷属を褒めて撫でまわしたくなるが、ヘスティアは堪えて、アルの気持ちを確認しようとした。

 

 「いくら貰いものとはいえ、貴重な品を勝手に使ったんだ。怒るぐらいしてもいいんだよ?」

 

 「主神に捧げものをしてそれが使われたことに、怒る眷属がどこにおりましょうや。

 それに、我が友のためにそれを使おうとしていただけたのでしょう?

 ベルが強くなれば、私ももっとベルと共に先に行ける。そう考えると胸が躍ります。

 それに、私はベルが喜んでくれるととても嬉しい。そしてヘスティア様の役に立てることほど光栄なことはないのです。」

 

 「君は優しいね。ボクはやっぱり、まだまだ子供だよりの駄女神だなぁ。」

 

 「そんなに気になさるのであればこう致しましょう。いつか、私もベルとヘスティア様から贈り物を一つ賜りたい。」

 

 「神ヘスティアの名に誓って、アルくんにもとっておきのプレゼントを用意するよ。

 ありがとうね、アルくん。」

 

 「主神から感謝されるとは、光栄の極みにございます。

 さぁ、お早く。ベルとのひと時を楽しんでください。」

 

 「分かったよ、アルくん。アルくんも今度お出かけしようね。よーし、ベルくん!デートと洒落込もうじゃないか!」

 

 満足げな顔をして、すっくと立ちあがったヘスティアは、ベルの片腕に飛びついた。

 その様子にアルも満足し、丁寧な一礼をもって見送った。

 さぁ、アルの一人歩きの始まりである。 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「うぅむ、私は存外ベルに頼っていたのやもしれんなぁ。

 ヘスティア様とベルの逢引のために時間をつぶしながら捜し歩こうと思っていたが、その時間の潰し方が分からぬ。」

 

 ある程度シルのことを探し回った後、アルは時間をつぶすことを画策していた。

 巨躯を巧みに操って、人の波に乗りその時間の潰し方を考えるものの、いい案が思いつかない。

 思えば何かとベルについて回ってばかりで、自分で何かを決めたり、自分で何かを求めたりすることがついぞなかったのだ。

 今日は独り歩きの練習も兼ねて捜し歩くとしよう、そうすればシルが行きそうな場所にたどり着けるかもしれない、と今後の行動を決めたのであった。 

 

 「おい、そこの。その鎧はなんだ、ボロボロではないか!」

 

 「む、これは失礼した。私にいかなる用向きでございますかな?」

 

 「用も何も、鍛冶師にそんな鎧を見せるな!こっちに来い!」

 

 しかし突然、胸にさらしを巻いただけで後は袴をはいているというかなり破廉恥な女が、アルをずるずると人気の少ない広場の方へと引っ張っていく。

 アルはこのように力強く引っ張られたことを思い出していた。

 リヴェリアに引っ張られた時よりも幾分か力が強いな、とのんきに考えていると、ふと引く力が弱まった。

 

 「すまんすまん、いきなり手前に引っ張られて驚いたであろう!」

 

 「いえ、気にしておりませぬよ。して、わざわざこのような場所に連れてこられたのには理由があるのでございましょう?」

 

 「おぉ、そうだ。そのボロボロの武具についてだ!ちゃんと手入れはしているのか?冒険者たるもの、武具はきちんと手入れをするものであるぞ?」

 

 女は、背中に背負っていた木箱を広間におろし、なにやら槌やら火箸やらを取り出している。

 アルは、それが修理用具だということに気が付いた。

 

 「えぇ、生兵法ではありますが、母から与えられた修理箱で定期的に修復はしております。」

 

 「とてもそうはみえぬがなぁ。マント一つ、兜の房一つとってもボロボロではないか。手前に見せてくれ。悪いようにはしないさ。」

 

 「お見受けしたところ鍛冶師のようですな。しかし、よろしいので?貴方にも商売があるでしょう?」

 

 「今日は祭りだ。少しくらい気前よく修理しても主神様も怒らぬであろう。それに、お前の持つ鎧は造りが独特だから気になるしなぁ。そうだ、名前を聞いておこう、なんというのだ?」

 

 「アルトリウス、でございます。鍛冶師様。」

 

 「はは、ならばアル公だな。手前は椿という。苗字はまた今度教えるとしよう。」

 

 快活に笑い飛ばしながら、手際よく準備をするその姿を見て、アルは上級鍛冶師(ハイ・スミス)であろうと思った。

 職人の技というものは素人がみても美しく感じるものだ。

 

 「そうでございますか。では、椿殿。一つお願いいたしましょう。」

 

 「あい分かった。」

 

 アルは不覚にもシルのことなどすっかり忘れてしまって、この椿なる女鍛冶師の技を見たいと思ってしまっていた。

 そうして、アルは兜や鎧、手甲などを取り外していき、椿の目の前に大きく広げられた布の上に並べていった。

 

 「ほう、コレの作り手はさぞやいい腕をしていたのであろうな。ほれ、これを見てみよ。」

 

 「腰鎧の鎖帷子でございますな。軽くて動きやすくそれでいて頑丈で、大変気に入っております。」

 

 「それは、鍛冶師が一つ一つの鎖を丁寧に鍛え上げ、手作業で組み上げたからであろうな。

 とてつもない集中力を要する作業だ。手前も駆け出しのころに似たようなことをやったが、ここまで上手くはいかなんだ。」

 

 椿は、鎖帷子を丹念に観察し、鎖が椿の手の動きに合わせてジャラジャラと音を立てている。

 それをそっと布において、今度は手甲を取り上げた。

 

 「ほほう、この手甲もよくできておる。腕の動きを殺さぬように細かく作り分けて組み合わせているのか!

 そもそもオラリオであまり全身鎧を着るものがおらぬのは、その重さや動きにくさが嫌われておるからだ。

 それに、恩恵がある故、鎧がそれほど重要ではないというのも大きいだろう。高位の冒険者ほど、部分鎧を使用していることが多い。

 特にボロボロな鎧を着ているようなアル公は、何もわかっていないど素人だと思われるであろうな。

 もっとも、この鎧であれば着ていた方がよいであろうがな。」

 

 「ははは、ど素人ですか。」

 

 「アル公の鎧は観察すればするほど、良い造り手の影が見えるなぁ。アル公は幸せ者だ!」

 

 「分かる人には分かる、というやつなのですな。えぇ、全く私は幸せ者だ。」

 

 二人して、鎧を褒めあって笑いあう。

 アルはこのようにアルトリウスの鎧を褒められることが嬉しかったし、椿はこのような純粋に使い手のことを考えて作られた鎧を見れて満足していた。

 椿は最初、ボロボロの鎧をみて我慢できなくなったのだが、近くで見るとよいものだったということで、少し悔しさも感じていた。

 

 「む、しかしこの左の手甲は酷いな!ガタが来ておるな。手前が戻してやろう。

 本当はこの肩鎧の傷も塞ぎたいし、部品の一つ一つを磨き上げたいのだがな。さすがに道具も時間も足りん、すまんなアル公。」

 

 「いえいえ、直していただけるだけ有り難い。しかし、ミノタウロスに殴られたときに歪んだのでしょうか。」

 

 「この鎧はその程度の攻撃では歪まぬよ。衝撃は伝わるであろうが……。

 よし、なんとか直せたぞ。存外硬くて焦ったわ。思っていた以上によく鍛えられておった。」

 

 「ふぅむ、では私には歪みの原因の心当たりがありませぬなぁ。つけてみてもよろしいですか?」

 

 「勿論だとも。着け心地はいかほどか?」

 

 アルは椿から手甲を受け取って、腕にはめた。

 確かに、以前より動きやすく、動きが滑らかに感じる。

 それどころか、まるで腕と一体になっているように感じるほどに自然であった。

 ガタが来ているなんて全く気付いていなかったしこの一瞬で自身の体に鎧を合わせてくれたことに気づいて、アルは椿の鍛冶師としての目と腕に本当に驚かされた。

 

 「おぉ、椿殿。素晴らしい腕前だ。動きがまるで違う。とてもいい仕事をしていただけた。ここはやはり代価を支払わせていただきたい。」

 

 「よいよい、手前もよい鎧に出会えて創作意欲が湧いてきたところだ。手前は仕事に戻るから、ここらでお別れだ。今度会う時はその鎧、ぜひ手前に直させてくれ。」

 

 「お約束いたしましょう。その時は相応の代価を払います。」

 

 「手前はお高い女だぞ?頑張れよ、アル公。」

 

 そうして、道具一式を箱に片づけて、それを背負って笑いながら立ち去っていた。

 アルは、思いがけない良い出会いに感謝して、椿とは真逆の方向から広場を去った。

 シルの事を思い出したのだ。それに、ベルとヘスティアにも合流しなくてはいけない。

 アルは使命のために駆け出した。

 しかし、十分もしないうちに、アルの足は止められることとなる。

 

 「これは……なぜモンスターが街中に!」

 

 モンスターの怪物祭からの大脱走によって。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「も、モンスターだぁ!」

 

 「ガネーシャ・ファミリアは何をしてるんだ!逃げろ、死んじまうぞぉ!」

 

 「くっ、パニックになっているではないか!不味い、モンスターの注意をひきつけなくては!」

 

 アルが、モンスターの存在に気づいた時には、すでに市民はパニックに陥っていた。

 人が通りに大勢流れ込んで、さながら濁流のようであった。

 子供たちの泣く声や、女の悲鳴が通りに響き渡っていた。

 この状況を見て何もしないアルではない。

 

 アルは、すぐさま自身の懐にしまわせた道具を取り出した。

 それは「誘い頭蓋」。

 モンスターの注意を引き寄せるアイテムで、オラリオにも似たような効能を発揮するものがある。

 

 アルは誘い頭蓋をその手で砕いた。

 その瞬間、アルの方にモンスターたちの視線が集まった。

 

 「私から離れて!皆さん逃げてください!私がモンスターの注意を惹きます!」

 

 そう言い放つと、アルは人のいない方へ人のいない方へ駆けだした。

 オークや、インプ、ハードアーマードらがアルを追いかけていく。

 

 「くっ、例外なくすべて格上とはな!どこまでやれるかわからんが、少なくとも童らが安全になれるまでは時間を稼いで見せよう!」

 

 アルを追うモンスターはすべて、アルが行ったことのある階層よりも下に生息する者たちであった。

 もっとも、ミノタウロスのような中層のモンスターではないし、単体の戦力もミノタウロス程化け物じみているわけではない。

 レベル1の中でもかなり強力なシルバーバックや、インファントドラゴンよりも弱いモンスターたちだ。

 少々苦労するだろうし、手傷は免れないだろうが、時間くらいは稼げる相手ではあった。

 

 「よし、やはりここならば戦うのに最適な広さだな!さぁ、相手してやろう!」

 

 アルは、つい先ほどまでいた広場に戻っていた。

 椿に連れられた広場を覚えていたことが、アルを救ったのだった。

 広場の中央にたってすぐ、アルはその大剣と大盾を構えた。

 

 まず、ハードアーマードがその体を車輪のようにして、アルに突っ込んでいく。

 その外殻は非常に硬く、上層においては最高の防御力を誇る。

 

 「車輪相手は受け止めず回避!貴公は後回しにさせていただこう!」

 

 アルは横っ飛びで、その直線的な突撃を掻い潜った。

 回転する敵を真っ向から受け止めると、防御を崩されて連続でダメージを入れられることがある、とエイナから聞いたことがあったからこその選択であった。

 

 「そして、小賢しい貴公らには真っ先にご退場願おうか!」

 

 アルは勢いそのままにインプの一軍に容赦のない袈裟切りを叩き込む。

 幾匹かはその翼を巧みに操ってよけられるが、それでも三分の一程度は切り落とせた。

 インプは強くはないが賢いのだ。背中から冒険者を襲うため、多対一の今の状況では最も脅威となりえる。

 背中からドスリ(バックスタブ)には気をつけよ、という母の教えを忠実に守っていた。

 

 『プギィ!』

 

 近くのオークがその拳をアルへと叩き付けようとするが、それをアルは瞬時に大きく跳んで回避する。

 

 「流石に、この数を同時に相手するのは厳しいかっ!っく、貴公は後だと言っている!」

 

 着地点めがけて、さっきあしらったばかりのハードアーマードが突っ込んできた。

 しつこい攻撃をからくも横っ飛びで回避するが、その先には別のオークがいた。

 

 「オォアァ!」

 

 その腹に大剣を突き込んで距離を離すも、オークの分厚い脂肪を突きとおすには傷が浅すぎた。

 回避しながらの無理な体勢での攻撃では、同じレベル1とはいえ格上のオークには効かないのだ。

 

 「このままではジリ貧か……。ならば致し方ない。ダメージも貰うだろうが……。行かせてもらおう!」

 

 アルは、防戦では自身の体力が削られるばかりだと悟り、狼の剣技の本領を発揮することとした。

 【深淵歩き】が生み出した剣技は、自身よりも大きな怪物や、ダークレイスという闇の眷属を大量に狩り殺すために編み出されたものだ。

 その跳躍からくる重い縦切りは竜の首を刎ね、体の回転を利用した切り払いは大軍を蹴散らすのだ。

 

 アルは、その剣技を惜しみなく使うこととした。

 まずは先ほどからアルの背中を執拗に狙うインプどもを大きく回転しながら切り落とす。

 

 そして、その回転の勢いを残したまま天高く跳躍した。

 

 『ブギィ?!』

 

 動きを見失ったオークの内の一体を頭から叩き割り、塵と魔石に変える。

 

 『ブギィイィ!』

 

 同族を殺されたオークの怒りの一撃を真っ向から大盾で受け止める。

 ゴン、と重厚な音が響き、オークも当たった、殺した、と、獣の脳で感じ取るも、アルは微動だにしていなかった。

 

 「中々重い一撃ではあるが、ミノタウロスほどではないな!」

 

 オークよりさらに格上のミノタウロスの一撃を受けたことのあるアルにとっては、オークの一撃は受け止めることを恐れるほどでもない。

 そのまま、盾で思い切り殴りつけ、頭を砕く。

 

 「残るは手負いのオークとハードアーマードのみ!」

 

 調子よくモンスターを切り倒していくが、そこまでうまく行くはずはない。

 ハードアーマードがもう眼前に迫っていた。

 

 「ゼリャァァァァ!!」

 

 盾で受けられないのであれば、剣でたたき返せばいいというなんとも強引な方法で突進に対抗するアル。

 大きく振りかぶっての一撃は、ハードアーマードの外殻を砕くに至らないものの、ボールのように弾き飛ばすことに成功する。

 かといって、全くの無傷というわけでなく、アルの右腕がビリビリとしびれて動きが鈍る。

 

 『プッギィ!』

 

 「ガハッ、横合いから殴りつけるとは!チェリャァ!!」

 

 その一瞬のスキをついて、オークがアルの脇腹を殴る。

 痛みをこらえて、アルはオークの腹の傷に剣を突き立てた。

 断末魔を上げることもなく、オークが灰燼と化す。

 

 「よし……っ!宣言通り後は貴公のみだな、ハードアーマードよ!」

 

 ハードアーマードは正真正銘最後の突撃を敢行する。

 アルの全体重を乗せた突きと、今までで見せた中で最速の突進がかち合った。

 

 「オォォオォ!!」

 

 アルの突きは、すでに手傷をおっていたハードアーマードの外殻のわずかな罅を大きく広げて、血しぶきを上げさせた。

 弾き飛ばされたハードアーマードが、広場に倒れ伏す。

 もう一縷の力もわかぬようであった。

 

 「もう私も腕が痺れて動かぬ……。すまぬが、これで我慢してくれ。」

 

 アルは、フラフラとハードアーマードに歩み寄り、その頭を足で踏み砕いた。

 あまり騎士らしい勝利とは言えないが、アルは街と市民を守り抜いた。

 

 「おぉお、やるじゃないか兄ちゃん!」

 

 「かっこよかったぞー!」

 

 「すごーい!」

 

 広場の周りにいつの間にか人だかりができていた。

 オラリオの住人というのは野次馬根性が優れているところがある。

 それも、オラリオにおいては町中でのファミリア同市の乱闘騒ぎがそこまで珍しくないからであろうか。

 ともかく、アルはその歓声にこたえようと、痺れる腕を無理やり上げて、勝鬨の雄たけびを上げる。

 

 「ウオオォオォオオオ!!」

 

 広場を囲う人々が更に歓声を上げる中、一人の冒険者が空から降り立ち、三人の冒険者が群衆の輪を割って飛び出してきた。

 

 「もう、終わってる……?」

 

 「あー!あの子、酒場の!ティオネ!ほら!」

 

 「あら、あの子本当に酒場の子じゃない、ティオナ。」

 

 天から舞い降りたのは【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインであった。

 また、残りの三人のうち二人はアルも見覚えがあった。

 ロキ・ファミリアのアマゾネスの女たちだ。

 

 「アイズさんが来るまでもなかったですね!街の皆さんもけがはしてないみたいですし、よかったです!」

 

 品のよさそうなエルフの少女が、この状況を喜ぶのもつかの間、地面から更なる脅威がやってきていた。

 緑色の体色に、ヘビのように長いからだをしたモンスターであった。

 

 「不味い、街の方々が!」

 

 アルが反応した時にはもう遅い。そして、ロキ・ファミリアの面々ですら反応が遅れてしまった。

 逃げ遅れた小さな女の子が、屋台の物陰にいたのだ。

 アルが戦っていたときから、恐怖におびえ震えていたのだろう。

 その女の子の小さな命の灯に向かって、猛然と体を鞭のようにしならせて、モンスターが迫っていく。

 

 アルは、その瞬間渇望した。より強い力、より速く駆ける脚、少女を守ることのできる圧倒的なまでの暴力を。

 その衝動に任せて【スキル】が発動してしまった。

 

 「えっ……、あの人、さっきまで後ろにいましたよね……?!」

 

 エルフの少女が驚愕していた。

 それもそのはずだろう。アルは一瞬でそのモンスターへと詰め寄り、一刀のもとに切り伏せていたのだから。

 そのモンスターは中層に到達できる冒険者たちが複数人でかかれば抑え込めるモンスターではあるが、アルからすれば圧倒的な格上だ。

 それも、一刀で切り伏せたとなると、その瞬間的な火力はレベル2すら凌駕しているかもしれない。

 

 しかし、そのような力が代償なしで発揮されるはずはない。

 鎧に包まれたアルの両足の骨は木っ端みじんに砕けていた。

 鎧自体の強度によって、モンスターを切り伏せていたあとも何とか立ってはいられたものの、鎧の隙間からは血が垂れ流されている。

 切りつけたであろう右腕も変な方向にひん曲がっている。

 自身の耐久力をはるかに超えた一撃を加えたという証左であった。

 

 「それよりも、あの子雰囲気ヤバいわよ!」

 

 アマゾネスの姉の方が、アルの纏う異様な雰囲気に気が付く。

 その異様な雰囲気はどんどん強まっていっていた。

 

 「しまった……。『望みすぎた』……!暴走するっ、抑え込めない!

 どうか人々を私から避難させてください!何人たりとも私に近づいてはいけない!化け物にしてしまう!」

 

 剣を地面に突き立て、何かにあらがおうと必死に喘ぐアルは、自身の暴走に気が付いた。

 渇望とは人間性のなせる業。

 深淵を生み出したマヌスも、愛を渇望した。愛するものを渇望した。そして、人間性を暴走させた。

 

 古い人として埋葬されたマヌスが何百年何千年渇望したかは定かではないが、今のアルよりもはるかに渇望したがゆえに、ウーラシールの悲劇は起きた。

 今のアルの渇望程度では、マヌスほどの人間性の暴走は引き起こせない。

 だが、アルの渇望は、レベルを数段飛び越えるという、人の範疇を超えた渇望ではあった。

 ゆえにアルは飲まれ始めていたのだ、深い深い深淵の闇に。

 

 「グウウゥ、深淵の拡大だけは防がねば……!託されたというのに不甲斐ない……!

 頼む、私を殺してでも止めてくれ!絶対に!ウゥ、ダメだ、もう理性が……!」

 

 『ウヲォォォオォォォォ!!!』

 

 獣に墜ちた騎士が吠えた。

 オラリオの一角で、小さな深淵が生まれようとしていた。

 




 椿の木箱

 女鍛冶師 椿の持つ木箱

 様々な工具や 彼女が大量に作り上げた武具防具が収められている

 彼女の創作意欲がわいたとき 彼女に付き合うのは避けたまえ

 きっと終わりない試し切りに 付き合わされることだろう

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