春川夏美は綾金市に本社を置く中部圏ではわりと大手のトレーニングジムであるマッスルマン☆ジムのトレーナーである。
年齢は22歳で顔立ちは整っていてモデル兼アスリートとして活躍する海外のスポーツ選手にもひけを取らぬ肉体美の持ち主とあって当然のごとく男性会員(女性も少々)の人気は高い。
今日もプロポーションも露わな赤地に黒と銀のラインが入ったレオタードを纏ってマシンの指導をする夏美に男達(女も少々)の熱い視線が突き刺さる。
「はい、それじゃ後は一人でやってくださいね」
マシンの扱い方を実演して見せているあいだ躍動する夏美の肢体(特に胸と尻)にねっとりとした視線を注いでいた新入会員のそばを離れようとする夏美。
だがチョビ髭チカン分けの新入会員(37歳独身)は夏美の背中に密着すると耳元に生暖かい息を吹きかけた。
「この後時間あるかな?美味しいフレンチの店を知ってるんだけど」
あまつさえ腰に手を伸ばしてくるではないか。
「それ以上いけない」
定食屋の外国人アルバイトめいた台詞とともに出現したのは東海地方ローカル局のバラエティ番組でマメに営業しているガチムチ芸人、その名は腹筋爆発四散太郎。
六つに割れた過剰なまでの腹筋は芸名どおりちょっと力を入れたら自らの腹筋パワーで圧壊してしまいそうだ。
当然のごとくマッスルマン☆ジムの常連である。
しかしジム内でも蝶ネクタイにサスペンダーにブーメランパンツという芸人スタイルなのはいかがなものか。
「いけないなあ僕らのアイドル夏美チャンにそのようなアプローチの仕方は」
そう言って右手を取る。
「このジムにはね、会員がわきまえておくべき暗黙のルールというものがあるのだよ」
ラッシャー木村に似たガチムチな中年が左手を取る。
「初めてか?力抜けよ」
フレディ・マーキュリーかドン・フライかといったガチムチな中年が背中を押す。
ジムの奥になぜか男子用とは別にある<紳士用トイレ>に連行される新入会員(37歳独身)。
やがてトイレの中から聞こえてくる悲鳴とも歓喜の叫びともつかぬ“アッー!”という声。
「まあいいか、毎度のことだし」
サラリと流す夏美であった。
その時である-。
夜の街に響き渡る非常サイレン。
すわ知多半島沖の機動部隊から発進した米艦載機の空襲かと思いきやそうではなく、何の前振りもなく日本アルプスから冷凍怪獣ギガスが下りてきたのだ。
上半分にパウダーシュガーを塗したコロッケめいた胴体から伸びる長い腕を振り回し、ビルと言わず高架鉄道と言わず片っ端から叩き壊していくギガス。
行列の自分の前で新刊が完売してしまった即売会の一般参加者のごときテンションで破壊の限りを尽くす。
絶え間ない咆哮と轟音の中、避難指示など聞きもせずデタラメに逃げ惑う一般市民。
夏美もレオタードのまま夜の街をあてもなく走る。
さすがにこの状況でどさくさに紛れてお触りしようとする剛の者はいなかった。
唐突だが大都市の欠点は高すぎるビルが怪獣の姿を隠してしまうことにある。
よってあてずっぽうに走っていると避難民と怪獣がバッタリ鉢合わせするなんて事態も結構な確率で現実のものとなってしまう。
立ちすくむ夏美。
足下の人間など気にもとめず吠え狂うギガス。
最早これまでかと思われたその時-。
“もしもしそこのお嬢さん”
夏美の脳内に直接届けられる玄田哲章めいた声。
“ちょっと足下を見てくれ、コイツをどう思う?”
そこに転がっていたのはペンライトめいた銀色の棒。
“お初にお目にかかる、私の名はウルトラマンZ”
夏美は頭でなく心で理解した、自分の脳内に思念を飛ばしてきたのはコイツだと(理屈じゃないんです)。
“ウルトラマッスルに選ばれし勇者よ、私とともに地球の平和を守るのだ!”
「ナニを言っているのかわからない!」
“説明は後だ”
棒の先端が赤い閃光を放つと同時にソレを直視してしまった夏美は体の自由を奪われる。
“さあ、そのベータカプセルのトリガーを押します”
エキサイト翻訳めいたねっとり玄田ヴォイスに命じられるまま、右手に持った胡散臭い棒を空に向けトリガーボタンを押し込む。
百万ワットの輝きとともに現れたのは真っ赤なボディに黒と銀のラインが入ったマッシブかつグラマラスな巨人であった。
その名はウルトラマンZ、当然のごとくフォームはベータスマッシュ一択だ。
ローマ軍の百人隊長めいた角飾りのついた赤と銀のマスクの下から伸びる真紅の髪が夜風に靡く。
肩口から両胸を覆うように配されたベルト状の金の装飾がボンデージ風味で実にエロティカルであった。
カァァァァン!
夜の街に戦いのゴングが鳴る。
実際はホームセンターの看板から落下した巨大トンカチのディスプレイが真下の展示されていた実物大ブルーティッシュドッグ(全鋼製)のドーム型の頭部を叩いた音なのだが。
挑発的に突き出した二つの胸の膨らみに引き寄せられるようにギガスはベータスマッシュに飛びかかった。
『ジョワ!?』
慌てて構えるベータスマッシュの眼前で身を翻しまさかの後ろ回し蹴り。
よろけたところに喉元と鳩尾に交互に地獄突き、そして袈裟斬りダブルチョップから追い打ちの頭突き。
87年最強タッグ決定リーグ戦における馬場・輪島組VSブッチャー・TNT組を見るようなギガスのファイトにベータスマッシュはタジタジだ。
“ええい何をやっている!”
地団駄を踏むZだがこのフォームでは体の主導権を夏美に渡している以上例の空間で喚く他に出来ることはない。
「無理!格闘とかムリ!」
夏美も例の空間で言い返す。
“ニホン人は皆ジュードーとカラテのタツジンではないのか?”
「ジャズダンスしかやったことない!」
“だったら踊ればいいだろ!”
ヤケクソ気味にサイドステップ。
ギガスの突きが空を切る。
お、いい感じとバックステップ。
ギガスの拳が豪快に空振る。
「ドラゴンへの道」でピョンピョンやり始めた途端にチャック・ノリスの攻撃が当たらなくなるブルース・リーのように軽快なフットワークでギガスを翻弄するベータスマッシュ。
“よし、反撃だ!”
「どうやって?」
“考えるな、感じるんだ!”
「ムチャクチャな!」
いい加減トサカに来た夏美が激情に任せて振り上げた右腕が強烈なエルボースマッシュとなってギガスの胸板にクリーンヒット。
ベータスマッシュの全身を鎧うM78星雲純正ウルトラマッスルは格闘技シロウトの夏美に絶大なパワーとお茶の間を沸かせた黄金期昭和レスラーのプロレス技を与えるぞ!
ノリと勢いのドロップキック!
頭空っぽのパワーボム!
強いぞベータそれいけスマッシュ!
そのとき大地が割れた。
上級国民が運転するプリウスを飲み込んだ地割れから何の前振りもなく登場したのは地底怪獣デットンだ。
「え?え?」
予想外の事態にベータスマッシュ攻め手が止まる。
挑発的に突き出した二つの胸の膨らみに引き寄せられたのか、当然のごとくギガスと共闘体勢を取るデットン。
真ん中にベータスマッシュを挟んで対角線上にギガスとデットンが並んだ構図から、まずギガスが手描き合成めいたガス状の光線を放つ。
設定は存在するがTVでは一度も使われなかった冷凍光線だ。
「つ、冷たい!」
ベータスマッシュの体が急速に冷却される!
今度はデットンの口から手描き合成めいたオレンジ色の光線が迸る。
設定は存在するがTVでは一度も使われなかった溶岩光線だ。
「あ、熱い!」
ベータスマッシュの体が急速に加熱される!
ギガスの冷凍光線!
「つ、冷たい!」
急速冷却!
デットンの溶岩光線!
「あ、熱い!」
急速加熱!
温められて冷やされてを繰り返すたび妙に色っぽい声をあげて身悶えする細マッチョな50メートル級おっぱいエイリアン。
その姿を記録した野次馬が投稿した動画は再生数世界記録を達成したそうだがこれは余談。
「こ、このままじゃ……」
敗北どころかエロ同人みたいな展開になることは確定的に明らか。
“私にいい考えがある”
力強い玄田ヴォイスに不安しかない。
「一発大逆転な必殺技とかアイテムとか?」
夏美さんホントに追い詰められている。
“筋肉にお願いだ!”
「ワケが分からないよ!」
かといって夏美に代案があるわけでもなく言われた通り両手を真っ直ぐ上げたあとゆっくり下ろしてファイティングポーズを取る。
『ゼットファイ!』
そのとき不思議なことが起こった!
別撮りカットを強引に繋げたように一瞬にして周囲の景色が変わり、ベータスマッシュとギガスとデットンは雑木林に囲まれた空き地に移動していたのだ。
しかも立木や空き地の隅に積まれている古タイヤの山との対比から、ベータスマッシュもギガスもデットンもなぜか等身大になっている。
「ナニナニ?一体何が?」
混乱する夏美。
“ここはZ時空、ここでは怪獣の力は三倍になる”
「ダメじゃない!」
“そして私の力は三十倍だ!”
ベータスマッシュのヤクザキック!
ギガスは吹っ飛んだ!
“豚のような悲鳴をあげろ!”
ベータスマッシュの顔面パンチ!
デットンも吹っ飛んだ。
『ゼットランスアロー!』
いつの間にか手に握られている予算の無さを絵にかいたような雑な作りの両刃の赤い槍。
その造形はダース・モールが使っていた両刃のライトセイバーの柄の部分を長くして刃の部分を短くしたものと思っていただきたい。
おどろおどろしいBGMとともに槍を腰だめに構え体ごとぶつかっていく。
悲鳴をあげて串刺しにされるギガス。
槍が少し曲がったが気にしたら負けだ。
返す刀で逃走をはかるデットンを追いかける。
スライディングカニ挟みで転倒させて背後からメッタ刺し。
「ヒャハハハハハハハハァーッ!」
Z時空の影響か夏美のテンションもおかしい。
“死亡確認”
きっちり息の根止めたことを確認すると駄目押しとばかりに死体を崖から投げ落とす。
『ゼットフォール!』
正義は勝つのだ。
「あ~もう散々、二度とゴメンよ!」
通常空間に戻って変身を解いた夏美はJR中央線を跨ぐ陸橋の上を歩きながらブツブツ愚痴を溢している。
”その事なんだが、今回限りと言ったな“
イヤな予感を感じた夏美はピタリと足を止めた。
“あれは嘘だ”
夏美は何も言わなかった。
ただ能面のような表情で、ベータカプセルを陸橋から投げ捨てた。
“うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!”