ドラゴンボール BraveSun   作:白い雲

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始動

 八卦炉…それは五行山にある巨大な鍋で、その鍋から立ち昇る湯気は霧となって五行山の頂上を覆っている。

この霧があの世とこの世を繋ぐ出入り口になっていて、死んだ人間の魂は皆此処を通ってあの世に向かう。

それとは逆に命日やお盆、お彼岸には此処を通って現世に帰って来るのだ。

そんな八卦炉に作られた小さな厨房に二人の人影があった。

八卦炉の守衛を任されている孫悟飯と日向である。

 

「日向や、そこにある塩を取ってくれんか?」

 

「えっと、これだよね。…はい!」

 

既に日向が目を覚ましてから三日が過ぎていた。

最初こそ悟空の育ての親と知って負い目を感じていた日向だったが悟飯の温かい人柄もあってか、今では一緒に料理をする程仲良くなっていた。

二人が腕によりをかけて作った料理の数々がテーブルに並び、それに舌鼓を打つアンニン。

 

「日向も大分腕を上げたね。ま、私には負けるけどね!」

 

「…アンニン、料理出来るの?」

 

一度も彼女が料理してる所を見た事がない日向は首を傾けている。

 

「日向や、八卦炉の鍋で茹でたアンニン様のスパゲッティは絶品じゃよ」

 

悟飯に褒められて得意げに胸を張っているアンニンを見つつ、日向はその味を想像して涎が出そうになっていた。

 

「わたし、食べてみたい!」

 

「あぁ機会があれば作ってやるさ」

 

こうして賑やかな食事は続いた。

終始日向は楽しそうに笑い、そこには以前の張り詰めていた表情はなく彼女本来の明るさを取り戻していた。

そしてそれを見るアンニンと悟飯も安心した様に笑顔を深めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇアンニン、わたしの修行はいつから始めるの?」

 

食事を終え、皆がゆっくり寛いでいると日向がそう切り出した。既に二人のサイヤ人が一年後に地球に来るということは日向に伝えられていたが、日向の体調を考慮したアンニンによって日向の修行は今の今まで先延ばしにされていた。

 

「んーそろそろいいかもねぇ」

 

「本当!?アンニンが稽古を付けてくれるんだよね!」

 

アンニンの言葉を聞いた日向は、まるでおもちゃを見せた

子犬の様に顔を輝かせ、尻尾を振っている様である。

…いや、実際に日向は尻尾を振っていた。

 

「ごめんね日向、私は用事があって2、3日出掛けるんだよ」

 

「そうなんだ…」

 

打って変わってシュンとしてしまう日向、さっきまで振っていた尻尾も、今は力無く地面についている。

 

「…それじゃあ帰って来るまで修行は…なし…?」

 

「いや、それまでの間の"師匠"は用意してるさ」

 

再び顔を明るくし、バッと顔を上げる日向。

 

「え!誰なのアンニン!?」

 

「さぁ?誰だろうねぇ」

 

その言葉に日向は転びそうになった。

まさか自分をからかっているのか…いや子供がそのまま

大人になった様な性格をしているこの女仙ならあり得る…

 

「ア、アンニン?」

 

日向のジトっとした視線をよそにアンニンは「付いて来な」と言って歩きだす。

そんな彼女を日向は疑わしそうにしながらもトコトコとついて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンニンと日向が来たのは、ある一室。

その部屋には家具などは一切無く、そこには"武"と書かれている大きな壺が一つあるだけだった。

 

「アンニン、これは?」

 

「この壺はね。過去と現在の武道の達人の軌跡を映し出す事が出来るのさ」

 

「…きせき?」

 

日向は聞いた事がない言葉に?を浮かべながら首を傾けている。

 

「…まぁ強い人を見て、自分の師匠を決めればいいってことさ」

 

「…え!わたしが決めるの!?」

 

まさかの事態に日向は顔を驚愕に染める。

 

「当然さ。自分の力になるんだ、自分で決めないとね」 

 

「だ、だけど…」

 

「…日向、人は生まれながらの素質を選ぶ事は出来ないけど、どう成長してどう伸ばすかは決められる。

そしてそこで培った事はどんな壁にぶつかっても、きっと日向の助けになる筈だよ。」

 

「アンニン…」

 

日向はアンニンの言葉に何か感じるものがあった。

きっとそれは長い年月を生きてきた彼女の実体験も含まれているからだろう。

普段はおちゃらけている彼女も、昔はそういった壁に直面したに違いない。

 

「…さ、時間が勿体ないよ。使ってみな!」

 

「うん!でもこんな凄い物、アンニン持ってたんだね!」

 

「ん?私の物じゃないよ。武術の神って呼ばれてる仙…まぁ友達に借りたのさ」

 

「そうなの?…あれアンニン、その手どうしたの?」

 

「!…何でもないよ。日向が気にする事じゃないさ」

 

日向の返しにアンニンは右手を背中に素早く隠した。

 

「でも…怪我してるみたいだよ?」

 

「いいからいいから、日向は使ってみるんだよ」

 

「わ、わ、アンニンそんなに押さないで!」

 

アンニンは日向に何か隠してるのか、それを誤魔化す様にグイグイと日向を壺の前まで押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ふぅ、何とか誤魔化せたみたいだねぇ…)

 

壺の水面を覗き込んでいる日向の後ろでアンニンは安堵の息を吐いていた。

 

(全く…あんなにいっぱいあるんだから一つ位いいじゃないさ!)

 

背中に回していたアンニンの右手にはまるで"猫"に引っ掻かれた様な傷が付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンニン!わたしの師匠、決めたよ!」

 

「うぁ?うーん!意外と早かったねぇ」

 

日向の元気な声にウトウトしていたアンニンは大きく伸びると、日向と壺に近づいて行った。

 

「どれどれ…ほうほう、なるほどねぇ…ゔぇ!日向、本気かい!?」

 

「うん!わたしはこの"2人"に決めたよ!」

 

「…そうか…日向、一人は分からないけど、一人は亀ハウスにいるから行ってみるといいよ」

 

「亀ハウスに?」

 

「あぁ、もし居なくても合わせてくれるはずさ。

何せ"親戚"らしいからねぇ」

 

アンニンは笑いを耐えるように日向に言った。

 

「?分かった!とりあえず行ってみるね!」

 

「あぁ日向!ちょっと待ちな」

 

早速亀ハウスに向かおうとする日向をアンニンは慌てて呼び止めた。

 

「どうしたのアンニン?」

 

「これを渡そうと思ってね!お守りみたいなもんさ」

 

アンニンが日向に渡したのは青い装飾をされた小さな一つの"指環"だった。

 

「…綺麗…」

 

「私のと対になってる。まぁ所謂ペアリングってやつだね」

 

「ありがとう!アンニン、行ってきます!」

 

人差し指に指環を付けた日向は満面の笑みを浮かべ、今度こそ亀ハウスに向かって走り出した。

 

「…頑張りなよ日向…私も頑張るからさ」

 

 

 

 

 

五行山を飛び立ち、しばらく飛んでいると日向の目に

ピンク色の家が見えてきた。

そして砂浜の上に着陸した日向は感慨深そうに亀ハウスを見た。

 

(あれからまだ一週間も経ってないんだよね…)

 

日向の幸せが終わって、悪夢が始まった場所…あの時の

光景が日向の脳裏を過る。

まるでそれを振り払う様に日向は数回、首を振るとドアノブに手を掛けた。

 

「こんにちは!亀仙人のおじいちゃんいますか〜」

 

しかし亀ハウスには人影は無くシーンと静まり返っていた。

 

「あれ?出掛けてるのかな?」

 

首を傾けている日向だったがジャーという水を流す音が聞こえるとトイレから亀仙人が出てきた。

 

「おぉ日向や、お前さんアンニン様の所にいたんじゃ無かったのか?」

 

「亀仙人のおじいちゃんあのね!…あ…」

 

最初は笑み浮かべていた日向だったが、何かに気付くと視線を下げてモジモジしだした。

 

「ん?どうしたんじゃ?」

 

「あの…ズボンを…」

 

亀仙人が視線を下げると縞柄のトランクスが顔を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

「スマンスマン!うっかりしておったわ。

して今日はどうしたんじゃ?」

 

「うん!実は今日はお願いがあってきました」

 

「儂にか?言ってみなさい」

 

急に真面目な雰囲気を醸し出した日向に亀仙人も姿勢を正した。

 

「会わせてほしいんです…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャッキーチュンさんに!!」

 

「ジャッキーチュン?はて、何処かで聞いた名じゃな」

 

手を顎にやり、考え込む亀仙人。

 

「子供の頃のお父さんが一度も勝てなかった人だよ!」

 

「なに?悟空がか…!?」

 

亀仙人は思い至ったのか大きく口を開け、持っていた杖もカランと音をたてて落としていた。

 

「し、してその者に会ってどうするんじゃ?」

 

「稽古と出来れば技も教えてもらいたいの!」

 

「う、うむ、しかし儂にも準…いやあやつにも連絡せにゃならんしの…」

 

何処か歯切れが悪い亀仙人に断られると思ったのか日向は亀仙人に深く頭を下げた。

 

「お願いします!強くなりたいんです!アンニンから貴方の親戚だって聞きました。

どうか連絡してもらえないですか!」

 

「なに!?太上老君がか!」

 

(あんの性悪…!)

 

亀仙人は今の自分を見て、腹を抱えて笑い転けている

アンニンが見えた気がした。

そして未だに自分に頭を下げている少女を見る。

…やがて

 

「…分かった。連絡しておこう、また明日来なさい。」

 

その言葉に頭を上げた日向が見たものは、何処か困ったような、しかし優しく微笑んでいる亀仙人の顔だった。

 

「ありがとう、おじいちゃん!また明日来るね!」

 

満面の笑みを浮かべて家を出た日向は亀仙人に手を振りながら飛び立った。

それに亀仙人も応えて日向が見えなくなるまで手を振っていたが、日向が見えなくなるとダッシュで亀ハウスに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「一体何処に仕舞ったかな…たしかこの辺に…」

 

家をひっくり返す勢いで探す亀仙人、そこへ…

 

「亀仙人様、またお下劣な物を探してるんですかぁ?」

 

「うるさいわい!気が散るから向こうへ行っておれ!」

 

ウミガメがちゃちゃをいれてきたが亀仙人の"鬘"探しは夜を徹して行われた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふ〜ん♪」

 

そんな事は知らない日向は鼻歌を歌い、そしてスキップでも、しそうなほど上機嫌で八卦炉へ続く道を歩いていた。

 

「お腹空いてきちゃった…おじいちゃんにご飯作ってもらおう♪」

 

そして八卦炉がある大広間に着いた日向。

 

「アンニン、ただいま〜!」

 

しかし日向の声に返事は返ってこなかった。

 

「出掛けてるのかな?…ん、何これ?」

 

厨房に向かう日向に"ある物"が目に入る。

 

「これ…団扇かな?」

 

日向が持っているのは扇面の部分が緑色の巨大な団扇だった。

どれ位大きいかと言うと全長が日向の身長と同じ位大きいのだ。

興味深そうに団扇を見ていた日向だったが,キュウ,という音がお腹から鳴ると元あった場所に置いた。

 

「アンニンのかもしれないし動かしたら駄目だよね!」

 

そして日向は食欲に導かれる様に八卦炉の奥へと消えていった。


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