ここはパオズ山、都から1000km以上離れた場所に位置し木々や緑に囲まれた自然豊かな場所である。
昼間はたくさんの木々の間から差す木漏れ日が辺りを優しく包み込み、少し目線を上に向ければ色とりどりの果実が瑞々しく実っている。
至る所に流れる小川は清流と呼ぶに相応しく澄みきっており、その水を飲みに来た動物達も他では類をみないほどの生命力がある。
そんな生命の息吹が溢れているパオズ山も太陽が沈めば話は別である。
昼間は息を潜めていた獰猛な肉食動物達が活発に動きだし、日中よりも森が騒がしくなる。そして時には人間にも牙を向くほどの強大な猛獣が闊歩する弱肉強食の世界に変貌する。
しかしこの日は違った。
日が沈み暗闇が世界を支配したにも関わらず森は静かだった。
いや…静か過ぎた。
毎日のように鳴り響く狼の遠吠えや、翼竜の羽ばたき音のみならず微かな虫達の囁きすら聞こえない。
まるでここら一帯の生き物が"何か"に怯えて逃げ出したようだった。
パオズ山奥地
ここには広大な面積を誇るパオズ山の中でも1、2を争う巨大な滝がある。
落差もゆうに数百メートルもありとても見応えがあるのだが、万が一頂上から落ちれば命がないということでもある
そんな滝の頂上には今二人の人影があった。
一人は杖を持った銀髪の妖艶な女
もう一人は腕を組んでいる長身で屈強な男
二人の共通点を上げるとすると人間ではありえない青い肌をしていることだろうか。
「それにしても酷いわねぇ。あんなに可愛がってた癖に
ここまで連れて来たことに誰も気づかないなんて…ねぇそう思わない?」
「…………」
杖を持った女は楽しそうに隣で腕を組んで立っている男に話しかけるが、男は興味が無いのか無言で立ち尽くすだけだった
そして女の杖とは反対の手には一人の"赤ん坊"の姿があった。
「フフ、まぁいいわ。邪魔が入らないのに越したことはないしね」
女はそう言うと滝口へと歩を進める。
「じゃあね、次は生まれる場所を間違えないといいわね」
女は優しい表情でそう言うと躊躇なく赤ん坊を投げ捨てた。
女は用は済んだとばかりに滝に背を向けて歩き出すが、数歩進んだ所で聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「おやおや随分と酷いことするもんだねぇ、子供を滝に落とすなんてさ」
杖を持った女が振り返るとそこには…赤を基調とした服に触角の様な髪飾り、そして先程自分が落としたはずの赤ん坊を抱き抱えた若い女が宙に浮いていた。
「見た感じただの人間じゃあないね。あんた達何者だい?」
「あら、人に尋ねる前に自分から言うのが筋ではなくて?」
「…私の名前はアンニン、八卦炉の管理をしている者だよ。」
「私はトワ、そしてこっちがミラよ。それで?その管理者サマがこんな山奥になんの用かしら。」
「悟空とチチの子供が生まれたって聞いてね。挨拶がてら見に来たのさ。
だけど蓋を開けてみればあんた達がこの子を殺そうとしてたって訳さ。……さぁ聞かせてもらおうか、あんたらの目的を。」
……空気が変わった。普段は人を食ったような言動をする彼女が本気で二人に敵意をぶつけている。
「私達の目的?それは言えないわ。いえ…言う必要が無いと言うべきかしら」
どう言う意味だと口を開いたアンニンに一瞬で移動したミラが拳を打ち付ける。
すると硝子が砕けたような音が辺りに響き渡り、アンニンは数百メートル下の地面に叩きつけられた。
「ア、アンニン様、大丈夫ですか!?」
するとそこに狐の面を着けた男が駆け寄って来る。
「悟飯ちゃん!この子と一緒に離れてな!!」
(私の障壁が一撃で砕かれた。思った以上の化け物ってことかい)
二人が離れて行くのを確認すると彼女は手を伸ばし、何かを掴む動作をすると次の瞬間には身の丈に迫る薙刀が握られていた。
アンニンが見上げると腕を組んだミラと視線が交差する。
そして次の瞬間、二人の姿が掻き消えた。
闇夜の中で行われる攻防は激しさを増していた。
袈裟斬りから始まり、返す刀で左,右と高速で薙ぎ払う薙刀をミラは顔色一つ変えずに防ぎきるとアンニンの顔面に回し蹴りを放つ。
彼女は既の所で躱すと体勢を崩したミラに向けて力一杯に刃を振り落とす。
すると金属同士がぶつかったような音が響き渡った。
なんとアンニンの全力の攻撃をミラは左手一本で受け止めていた。
(く、これが生身の体だって?
冗談じゃないよ!まるで岩でも斬りつけてるみたいだ)
たしかにアンニンの連撃を全て素手で受けていたミラの腕には1つや2つでは済まない傷が付いている。
だが…ただそれだけだ。この僅かな攻防で彼女が放った型は10や20ではない。それでも切り裂くどころか血の一滴すら流せていないことで自分とこの
折れそうになる心を気付かない振りをしてアンニンは一度距離を取る。
(殴り合いで勝てないならこういうのはどうだい!)
彼女は自分の足元にある石群を薙刀でミラに向けて弾くと、左手を前に突き出した。
そして大量の石がミラの目前に迫ると左手から火球を放つ。
するとそれに同調するように只の石が太陽を彷彿とさせる火の玉に変化し、ミラは防御体勢を取る事ができずに爆炎に包まれる。
(少しは効いてくれるとありがたいんだけどねぇ…)
しかしそんな希望はすぐに打ち砕かれた。
「こんなものか。…つまらん」
黒煙が晴れるとそこには無傷のミラが立っていた。
「…これは参ったねぇ、地獄の悪鬼共も燃やす炎だったのにさ」
アンニンは目の前の光景に、もうお手上げとばかりに乾いた笑みを浮かべる。
「雑魚が、死ね」
ミラは右手に光を宿すとアンニンに向けて放とうとするが
「待ってミラ」
ミラの攻撃を止めたのはトワだった。
ミラはトワの言葉に右手の光を霧散させるといつもの腕組みの姿勢になる。
「…なんのつもりだい?」
「別に深い意味はないわ。ミラ相手にここまで闘った貴女にご褒美をあげようと思っただけよ。
貴女は見逃してあげるわ、でも…」
トワは手に持つ杖を一度横に振ると下流の方で爆発が起こった。
「私達の目的は果たさせて貰おうかしら」
「ッ悟飯ちゃん!!」
アンニンは目の前の女が何をしたのか一瞬で悟ると爆発場所に向かおうとする。
しかし回り込んだミラがそれを許さない。
その間もトワの爆撃は止まない。
悟飯も必死で赤ん坊を守ろうと庇っているが全ての攻撃を防ぐ事は出来ずにいる。
「フフ、これで終わりよ。」
トワは杖の先に光球を作り出すとそれを二人に向けて放つ。
あれが当たれば二人は助からないだろう。
アンニンの顔が絶望に染まるが光球が二人に着弾することは無かった。
悟飯達とトワの間に現れた人物が光球を明後日の方角に蹴り飛ばしたからだ。
「なっ!?」
これにはトワ、そしてミラでさえ驚きを隠せずにいる。
アンニンはこの隙を見逃さず、ミラを抜き去ると悟飯達の元へ向かった。
そのことに気づいたミラはアンニンをすぐに追うが、いつの間にかアンニンとすれ違うようにして接近していた
"ローブの人物"によって蹴り飛ばされた。
「悟飯ちゃん、大丈夫!?」
「わしは大丈夫ですからアンニン様、この子を診てやってください」
悟飯が懐から取り出した赤ん坊は息はしていたが爆発の衝撃で飛んできた岩にでも当たったのか頭からは出血し、
顔色も悪かった。
「ど て がこ 時代 に来 を る のよ!!」
「お 達に は の歴 でも、 にとっ な 出 ら」
遥か頭上ではトワとローブの人物が言い争っているのが聞こえるが、今のアンニンには気にしてる余裕はなかった。
(傷口が塞がらない… こんな時に!)
赤ん坊の傷に向けて術を掛け続けるアンニンだったがミラとの戦闘で力を使い果たした彼女の手からは微かな光しか流れていない。
(このままじゃ手遅れになる、どうしたら…)
焦る彼女は、突如自身の後ろに気配があるのに気付き振り返る。
するとそこにはさっきまでトワと話していたローブの人物がおり、トワ達の姿はなかった。
ローブの人物は手をアンニンに向け、光を彼女に送る。
突然の行動にアンニンは身を固くするが次の瞬間には、赤ん坊を包んでいた光が比べ物にならない位に輝きだすと傷口は閉じ、悪かった顔色も安らかな寝顔へと変わった。
「ありがとう、誰だか分からないけどおかげで助かったよ。」
赤ん坊をそっと寝かせ感謝の言葉を述べるアンニンだったがローブの人物の視線はずっと赤ん坊に向いていた。
そして体をアンニンの方へ向き直ると
「 」
「え、それはどういう…」
アンニンは聞き返そうとするが、気が付くとローブの人物はトワ達同様消えていた。
「なんだったんだい、一体…」
「アンニン様」
「あ、ごめんね悟飯ちゃん。今、治してあげるから」
アンニンは続いて傷だらけになっている悟飯を治療すると悟空の子供のことを話しあうのだった
「アンニン様、この子に起こったことを悟空達には?」
「……いや、黙っておこう。
実際に見た私達も何が何だか分からないんだ。
いたずらに不安にさせるのはよそう」
「…そうですな」
「それに……」
「はい?」
「いや、何でもない。
早くこの子を悟空達の所に返してやろう。
今頃探してるかもしれないしね。」
そう言うとアンニンは赤ん坊を抱き上げると悟飯と共に悟空の家がある方角へと歩きだした。
「"必ず助けますから"…か。」
アンニンの呟きは静けさを取り戻したパオズ山に消えていった