この世界には四季がありそれぞれの季節によって様々な顔を覗かせる。
春の暖かな木漏れ日に誘われるように新たな命が芽吹き、夏の厳しい暑さに命は輝く。秋の豊潤な恵みを授かり、長き極寒の冬を耐え忍ぶ。
それはここパオズ山でも変わることが無く、孫一家の下に新たな二人の命が誕生してから4年の月日が経っていた。
この4年で起こったことと言えば、二人に名付けをした日の夜に姉の日向がいなくなったことがあった。
悟空は辺りを見てくると言って外に飛び出していき、
牛魔王とチチは家の中を探すがどこにも見当たらない。
帰ってきた悟空も駄目だったことを伝えると、とうとう
チチは泣き出してしまった。
途方に暮れる3人が部屋に戻ると不思議な事にそこには何事も無かったかのようにすやすや眠る日向の姿があった。
この一件を除けばパオズ山は平和そのもので、穏やかな時間が過ぎていった。
余談ではあるがあの夜以降、日向を心配したアンニンが度々パオズ山に足を運んでいたのだがトワ達が再び現れることは一度もなかった。
そしてここは悟空達が暮らす家の一室、窓から柔らかな風が吹くこの部屋に一人の少女が机に向かっていた。
背中まで伸びている黒髪にすっと通った鼻筋、切れ長の目はきつい印象を与える事無く寧ろその整った顔立ちを際立たせている。
そんな悟空の娘の日向は一段落ついたのか、持っていた
鉛筆を置くと固まった体を伸ばし始めた。
「ん〜さすがに疲れたなぁ。ねぇねぇ悟飯は終わった?」
日向がそう言って後ろを向くともう一つの勉強机に座っている弟の悟飯は日向より早く終わっていたのか本を読んでいた。
(まぁ当然かぁ)
日向は、勉強は嫌いではないが得意という訳でもなかった。
悟飯はスポンジが水を吸うように理解し次々と問題を解いていったが日向は違う。
やる気もあり努力もしているが気付けば頭から煙を上げていた。
それを見兼ねたのか悟飯は日向に勉強を教えるようになった。
日向が勉強嫌いにならなかったのは悟飯の功績が大きい。そんな日向にとって自慢の弟が自分より遅いなど有り得ない話だった。
日向は席を立ち、座っている悟飯に近寄ると
「さっきから何読んでるの?」
「鳥さんの図鑑だよ。明日チャバラオカンムリを探しに森に行くんだ。」
悟飯は楽しそうに図鑑に載っている青い鳥を日向に指差して教えていた。
「それならこれから外に遊びに行くけど悟飯も来る?
一緒に探せばきっとすぐ見つかるよ?」
「うーん今日はいいや。本を読んでたいし…」
(……そろそろかな)
「そっかぁ。じゃあちょっと行ってくるね!」
「うん。行ってらっしゃいお姉ちゃん!」
日向が部屋から出ると台所でチチが朝食で使われた大量の食器と格闘していた。
「あぁ日向ちゃん、勉強は終わっただか?」
「うん、ちゃんと終わらせたよ!」
日向が胸を張ってそう言った途端、食器がカタカタと音が鳴り徐々にそれが大きくなっていく。
「じ、地震だべ!?日向ちゃん机の下に隠れるだ!」
チチは日向にそう言うと悟飯の様子を見に行ったのか日向達の部屋に駆け込んで行った。
チチがいなくなったリビングで日向が向かったのは
机の下…ではなくこの部屋に置かれている食器棚だった。
日向が食器棚の目の前まで来ると突然扉が開き、中の食器が日向に落ちてきた。
「よっ、とっ、はっ、」
日向は落ちてきた食器を両手、そして器用にも足まで使って全て受け止めた。
同時にそれを見計らったかのように地震も収まるのだった。
「日向ちゃん大丈夫だか!?ってその皿の山は何だべ!?」
「このお皿、お母さんのお気に入りのやつでしょ?
落ちてきたから拾ったんだ!」
「日向ちゃんありがとう!
最近地震多いだな。それもいつも悟空さがいねぇ時に限って起きてる気がするだ」
「き、気のせいじゃないかな?偶然だよきっと、あはは」
チチがそう言うと日向の小さな肩がビクっと跳ね、笑顔が引きつりそして止めとばかりに顔に一筋の汗が伝っていた。
まるで私は何かを知っていますと言っているようである。
「そ、それじゃあ遊びに行ってくるね!」
「あ、日向ちゃんちょっと待つだ」
まるで逃げるように外に行こうとする日向にチチの待ったがかかる、すると再び日向の肩が跳ねると壊れた機械の様な動作で日向は振り返った。
「外に行くなら悟空さを呼んできてくれねぇだか?
昼飯の材料取りに行ったきり戻って来ねぇんだ。」
「え?あ、うん分かった、いいよ!」
「悟空さは一本杉の近くにいるはずだから頼むだ」
日向はチチの言葉を背に外に出ると玄関の扉を閉めた。
「さて、次はっと」
日向は少し考える仕草をすると一本杉とは逆の方へと歩き出した。
森を抜け,パオズ山の奥深くまで来ると目的の物があったのか日向の足が止まった。
日向の視線の先には銃を持った男達が4人おり、大型のトレーラーを守るように立っている。そしてトレーラーの中には檻に入れられているたくさんの動物達がいた。
(ひどい…かわいそう…)
普通ならすぐに引き返して大人に知らせるべきだが日向は動物達から視線を外し、目付きを鋭くさせると男達の方へと歩いて行った。
「おじさん達ここで何してるの?」
男達は突然、声を掛けられて慌てだすが相手が幼い子供だと知ると息を吐き安堵の表情を見せた。
「おい、このガキどうする?」
「一人みたいだが親にチクられると面倒だな」
「顔は上玉だから売ればいい金になるんじゃないか」
男達は警戒心を完全に消し去り、日向を値踏みする様な
下劣な視線を向けていた。
「お嬢ちゃん、おじさん達はお医者さんでこの動物達を治そうと思ってるんだ。
証拠を見せるからお嬢ちゃんもついておいで」
「…ウソ!、おじさん達密猟者でしょ!
密猟は悪い事だってお母さん言ってたよ!」
「…チッ!、いいからこっちに…ぐぁっ」
苛立つ男が日向の細い腕を掴もうとするが、日向はそれをするりと躱すと無防備な男の腹に肘をめり込ませる。
すると男は苦悶の声を上げると膝から崩れ落ちた。
「な!?、このガキ!!」
仲間が倒されたのを見た二人の男が日向に銃を向けるが、日向は臆する事無く一気に距離を詰めると一人は飛び蹴りで沈め、もう一人の銃口を"尻尾"で弾くと男の顎に強烈なアッパーを炸裂させた。
「う、動くな!それ以上動いたら う、撃つぞ!!」
瞬く間に3人の男達を気絶させた日向が振り向くと
最後の一人が恐怖からか銃口を震わせながらこちらに向かって叫んでいた。
それを見た日向は何かを思いついた様な顔をすると、怯える男に向かって歩き出した。
「ひぃ、く、来るなぁー!!」
男が悲鳴にも似た声で叫び、けたたましい銃声が鳴り響くと同時に毎秒数十発の弾丸が日向を襲った。
「ハァハァ、ざまぁみやがれ…」
銃弾を全て撃ち尽くしたのか銃声は止み、カチッカチッという乾いた音が響く。
しかし砂埃が舞う先に男が見たものは、蜃気楼の様に
ぼやけ,そして霞の様に消えていった日向の姿だった。
「ど、どこに消えやがった!?」
「こっちだよ。」
呼びかけられた声に反射的に振り返ると、日向の小さな拳が男の鳩尾に突き刺さり男の意識を刈り取った。
(お父さんに教えてもらった"残像拳"、実践で使ったのは
初めてだったけど、此の分だと大丈夫そうかな)
「さぁもう大丈夫だよ。今、出してあげるからね!」
日向が檻を開けていくと動物達は日向に感謝する様に一鳴きすると森の奥へと消えていった。
「思ったより時間かかちゃったな。急がなきゃ」
そう言う日向の爪先は地面から徐々に離れていき、
やがて木よりも高く浮き上がると日向は一本杉に向かって飛んでいった。
しばらく飛び続けて一本杉の近くまで来ると日向は
木の根本に人影があるのに気づく。
黒い髪に山吹色の道着、日向はそれが自分の大好きな人だと気付くと
「お父さ〜〜ん!!」
大きな声で呼ぶ日向の顔は、密猟者に向けていた凛々しい顔ではなく、まるで花が咲いたような年相応の笑顔を浮かべていた。