遠藤の喝上げ動画の一件から数日。校内では既にその話題は沈静化しつつあった。
あの日、掲示板に投稿それた数本の動画は投稿から数時間で消去された。その日の正午には完全に消え去っていたのだ。
生徒達は学校側が迅速に対処したのだと考えていたが、実際はそうではない。
あの動画を投稿した張本人である遊作が予め自動的に消去されるように仕組んでいたのだ。当然ダウンロードやスクショ、スクリーンレコードも出来ないように細工を施して。
遊作の狙いは遠藤達の悪質な行動の証拠を示し、強制的に学校側を動かすことだった。
少なくともこれで詩乃が受けていた嫌がらせは無くなり、他の生徒への牽制にもなる。
何せ人の過去を晒した張本人が、自分がしてきた嫌がらせの一部始終を晒され、処分が下されたのだ。
同じようなことをすれば、次は自分かもしれないと。そう誰もが思ったのだった。
結果、皆この話題を出すことは少なくなり、今はもうこれまで通りの日常に戻っていた。
そして今回の騒動に対し、自分で火をつけ自分で消した遊作もまた、いつものように階段で昼食をとっていた。
『それにしてもこんなんで良かったのか?本気をだせばあの遠藤ってやつ完全に潰せたんだぜ?』
「そこまでする必要は無い。俺が今回動いたのは、不可抗力とは言え朝田詩乃の過去の事件を知ってしまったからだ」
遊作もまた、すねに傷を持つ人間だ。他人に過去を知られることを極度に嫌っている。
いや、遊作でなくとも自分のトラウマを知られることに嫌悪感を示す者は多いだろう。
そのため、詩乃に対する罪滅ぼしのつもりで今回の騒動を起こしたのだった。
『ふ~ん。人間って面倒だな』
「ふっ。そうかもな」
『ところで、何でその詩乃って奴の暴露投稿の時のことをお前が知らないんだ?その時だって今回見たいに学校中で騒がれてたんじゃないのか?』
ここで当初の疑問にAiは立ち返った。
今回でさえこれだけ大騒ぎになったのだ。
停学云々は無いにしても、射殺事件に関わった女子生徒が学内にいるとなったら、それはそれで騒いでもおかしくないのではないかと。
「単純な話だ。その頃俺は学校を休んでいたからな」
『え?休んでたって、何かあったか?』
「覚えてないのか。5月の末はハノイの塔を止めるために『LINK VRAINS』を駆け回っていただろ」
『ああ~そうだった!あの時か!』
遊作が5月末の詩乃に関わる騒動を知らない理由。それはハノイの騎士のリーダー『リボルバー』が進めていたハノイの塔の完成を阻止するために『LINK VRAINS』で戦いを繰り広げていたからだ。
ハノイの塔の完成を阻止しなければ、『LINK VRAINS』だけでなくあらゆるネットワークが崩壊してしまう危険があった。
それを阻止するため遊作は学校を数日間休んで事件解決に動いていた。
それと機を同じくして遠藤達による暴露騒動が起こったのだ。遊作がそれを知っている筈がない。
「お前、AIの割に記録容量は少ないんだな」
『オラ、過去は振り返らないですだ~』
遊作の言葉に明後日の方向を見ながら言い訳するAi。
冷や汗を流すAiとは対照的に遊作の表情は穏やかだった。
Aiを人質と言いつつも、大事なパートナーだと心のどこかで認めているような、そんな優しい目をしていた。
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同時刻、詩乃は一人図書室にいた。読みかけの本を読みながら、しかし内容は1つも頭に入らないまま今回の騒動について思案していた。
遠藤達の嫌がらせが止んだことで、日常は以前よりも遥かに良くなったものの、いかんせん詩乃には不可解だった。
何故あのような動画が突然投稿されたのか。前触れも予兆も無かったというのに。
それにあの動画のいくつかは、アングルから考えれば防犯カメラの映像であることはすぐにわかった。
つまり何者かが防犯カメラの映像を手に入れ、それを流したということになる。
(一体、誰が・・・)
誰の仕業なのか。
そしてその理由は何なのか。
どれだけ思考を巡らせても答えは出なかった。
(私に恩を売ろうとする誰か?いや、遠藤達に恨みがある誰かか?)
ここで自分を助けてくれる誰かという考えが浮かばないあたり、詩乃が校内の誰も信じていなことがよくわかる。
キーン、コーン、カーン、コーン♪
予鈴が鳴ったため、詩乃は本を片付け教室に戻っていく。
(あ~モヤモヤする)
どんな理由があるにせよ、詩乃は自分が映った動画を勝手に流されたのだ。
詳しい事情を知る権利は当然あると考えていたし、多少の文句も言いたいのだ。
答えが出ないことに頭を悩ませながら、詩乃は教室の席についた。
教科書などを机に出しながら準備を進めていると、本鈴が鳴る少し前に一人の生徒が教室に戻ってきた。
あまり目立たず、誰かと話しているところすら見たことがない男子生徒。
藤木遊作。
(そういえば・・・)
遊作の姿を見て詩乃は思い出した。動画が投稿される前日、遊作は自分が遠藤達に囲まれていた現場に居合わせたことを。
そして、投稿された動画の中にそのシーンが映っていたことを。
(まさか・・・ね)
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翌日、いつものように遊作は授業を受けていた。今は3限、数学の時間だ。
(遊作にとって)然程難しいわけでもない問題を事細かに解説する教師にうんざりしながら、こっそり窓の外を眺めていた。
だが遊作には1つ気になっていることがあった。今朝から、いや昨日の午後からか。ずっと誰かの視線を感じていた。
ずっとではなく、時たまチラチラとこちらを見てくる程度だが、これだけ何度も見てこられたら遊作でなくとも気がつくだろう。
数学が終わり、休み時間になってもチラチラ見てくる視線は止まない。
『どうかしたのか、遊作?』
「(・・・誰かに見られている)」
遊作の様子に違和感を持ったのか、Aiが周りに聞こえない程度の声で遊作に語りかける。それに遊作もまた小声で答える。
『見られてるって、誰に?』
「(朝田詩乃だ)」
既に遊作は誰の視線かは見抜いていた。だが別段焦っている訳でも動揺しているわけでも無かった。
こうなることは予想通りだったからである。
遊作が居合わせた現場の動画が投稿されていた以上、遊作に疑惑の目がかかることは想像に難くない。
とは言え遊作の立てたプランはシンプルだ。
関わらないこと。
どれ程周りを探られても我関せずを貫くこと。
仮に直接話しかけられても、知らぬ存ぜぬを貫けば詩乃も何も出来ないと踏んでいた。
だから4限目の授業が終わっても、いつものように階段で昼食をとっていた。
『あ~あ。こういう機会って逃したらダメなんじゃねぇのか?ここから始まる秘密の関係とか・・・』
「昼ドラの見すぎだ、Ai。現実でそんな事は起きない」
バッサリと切り捨てる遊作にAiはショボーンとしている。
『で、でもよぉ~向こうも気になってるみたいだし、こっちから歩み寄れば・・・』
「そんなことをして何の利がある」
これまたバッサリと切り捨てる遊作。
遊作が他人と関わることを好んでいない以上、Aiが何を言おうと遊作が積極的に詩乃に関わることはない。
スタ、スタ、スタ、スタ
「・・・!Ai、少し静かにしていろ」
『え?何・・・ウギュゥ~』
足音から誰かが近づいて来る気配を感じ、咄嗟にAiをスマホの画面に押し込む遊作。
やって来たのは、やはり件の女子生徒、朝田詩乃だった。
「藤木君・・・こんな所でお昼食べてるの?」
「・・・ああ」
詩乃の第一声。わざわざ人気の少ない階段にまで来て話しかけてきたあたり、彼女が探りを入れてきたと確信する遊作。
一方詩乃はというと、確かに遊作に探りを入れに来たことは事実だが、まさかこんな場所で昼食をとる人間が本当にいるのかと僅かに引いていた。
「・・・何でここで?」
「人が少なくて静かだ。窓を開ければ外の風も入ってくる」
「・・・あ、そう」
遊作の返事を聞きつつ、詩乃は本題に入る機会を窺っていた。
そして遊作が側に置いたスマホを手に取ったタイミングで話し始めた。
「何日か前に学校の掲示板に動画が投稿されたのは、知ってる?」
「・・・ああ。皆騒いでいたからな」
詩乃の質問に慎重に答える遊作。万に一つもここでぼろを出す訳にはいかないのだ。
「そこには私が遠藤さん達に喝上げされているシーンが映ってた」
「そうか」
「・・・そこに上がっていた動画の中に、君が居合わせた時のものもあった」
すぐに核心をついてきた詩乃。遊作は少し以外だったが長々と関係ない話をされるよりはマシだった。
「そうなのか」
「・・・君はあの時、他に誰かいたことに気づいた?」
「いいや、気がつかなかった」
「そう・・・」
核心はついてきたものの、はじめに遊作が撮ったものではないのかとは聞いてこなかった。
他に誰かいなかったか、と。そして遊作は気がつかなかったと言った。
つまり本当に第三者がいなかった場合、あの時あの場にいた誰かがあの動画を撮ったことになる。
動画に映っていた詩乃と遠藤達3人を除けば、あの場にいたのはただ一人。
「じゃあ・・・君がやったの?」
「違う」
間髪入れず、それでいて慌てた様子もなく、それまでと同じように淡々と、遊作は否定した。
自分ではないと。
「・・・そう」
自分から視線を逸らさずに言いきった遊作に、詩乃はこれ以上聞いても無駄だと直感した。
遊作は自分ではないと言った。よしんばそれが偽りであったとしても、それを証明する手立てはない。
本人がそう言っている以上そうなのだと、割り切ろうとする詩乃。
キーン、コーン、カーン、コーン♪
「ごめんなさい・・・変な事聞いて」
丁度予鈴が鳴ったため、詩乃は会話を終わらせた。
遊作も話は終わったと、立ち上がる。階段を降りながら手に持ったスマホを胸元に直そうとする。
だか、そこで予想外の事が起きる。突如手に持ったスマホが、設定していない筈のバイブレーションを、かなり強めの振動を鳴らしたのだ。
「あっ」
突然のことで思わずスマホを手から離してしまう。そのままスマホは階段の段差を転げ落ち、詩乃の足下にまで飛んでいった。
「・・・気を付けた方が良いわよ」
足下にまで飛んできたスマホを見て拾うかどうか逡巡する詩乃。
気まずさから一刻も早くこの場から離れようと考えていたのだが、目の前で人が落としたものを無視することはさすがに出来なかった。
スマホを拾い上げ画面が割れていないかを確認し、遊作に差し出した。
「ああ、悪い・・・」
遊作も早足で階段を降りスマホを受けとる。
だがここで更に予想外な事が起こる。
『ジャジャーン!!』
「「!?」」
詩乃が手渡したスマホを遊作が受け取った瞬間、二人の手がスマホで繋がっているタイミングで、Aiが飛び出して来たのだ。
「お前!何を・・・」
『よう!俺様は闇のイグニス!名前はAi!よろしくな、朝田詩乃ちゃん!』
「は、はぁ!?」
遊作の制止を振り切って、Aiは自身の正体を堂々と詩乃にバラした。
突然の事で理解が追い付かず素っ頓狂な声を上げる詩乃。
一方遊作もまた軽くパニックになっていた。
(コイツ・・・何してるんだ?)
普段の遊作では考えられないほど、頭の中が真っ白だった。
~~~~~~~~~~~
放課後。遊作は『Cafe Nagi』の食事用ベンチに座っていた。
あの後、Aiが自分の正体を詩乃に語った後。
遊作は、本鈴が迫っているためとりあえず教室に戻ろうと言って詩乃より先に歩きだした。
だか詩乃は遊作の手を掴みこう言った。
「今のが何なのか説明して。今すぐが無理なら放課後。それを約束しないなら手は離さないし、ここから一歩も動かない」
Aiの突拍子もない行動のせいで思考能力が著しく低下していた遊作は、詩乃が出してきた条件に反対することができなかった。
渋々それを受け入れたものの、本心ではばっくれるつもりでいた。
放課後まで詩乃とは一切口を利かず、下校時間になったらすぐさま学校から出れば良いと思っていた。
だが、5限の授業後の休み時間にその計画も破綻した。
既にAiがメッセージアプリで詩乃にメールを送っていたのだ。
『放課後、新宿にある『Cafe Nagi』に来てくれ。そこで全て話す』
そんな文面と、『Cafe Nagi』へのルートと電車賃まで添付して。
それに対し詩乃は一言、
「わかった」
とだけ返してきた。
そんなこんなで遊作は詩乃の到着を待ちながら、Aiを問い詰めていた。
「お前は本当、どういうつもりだ!朝田詩乃の前で姿を晒したあげく正体までバラすなど!とうとうエラーでも起こしたのか!?」
『おいおい、エラーとはまた随分な言い草だなぁ遊作~せっかくキューピッドになってやったってのに~』
遊作の追及に対して、悪びれもせずに答えるAi。手を頭の後ろで組みながら、いかにも俺は悪くないと言いたげな態度を見せていた。
『遊作も言ってただろ?昼ドラみたいな事は実際には起きないって。だから実際に起こしてみたのさ』
「ふざけるな!そんな理由で!」
遊作が怒っているのは何も自分の正体を知られるからという理由ではない。
一般人が『イグニス』について知る事、『イグニス』に関わる事。
それがその人間にどれ程のリスクを負わせるのか。それを危惧しているからこそ遊作はこれほどまでに怒っているのだ。
「あの・・・」
「いらっしゃい。何にしま・・・その制服は・・・」
遊作とAiが揉めている横で一人の客がやって来た。草薙が店員として応対するが、その客が着ている服を見て手が止まる。
「・・・朝田詩乃」
その様子を見た遊作が客の正体を言い当てる。
詩乃もまた遊作の方に視線を向けた。
「藤木君・・・」
藤木遊作と朝田詩乃。
似た者同士でありながら、決して交わらなかった二人の運命が、遂に交錯する。
~次回予告~
思えば、こんな話をする相手は今まで一人もいなかった。
過去の事件に苛まれ、苦しみ耐え抜いて来た二人だからこそ、誰にも弱みを見せれなかった。
その身に負った深い傷も、過ごしてきた時間の苛酷さも、この二人なら理解できる。
背負った罪は違えども、同じ痛みを抱えているから。
「たとえ運命に囚われようと、それに逆らい立ち向かうことはできる」
次回SAO×VRAINS(仮題)
「共通項」
イン・トゥ・ザ・ブレインズ!