「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
現在、詩乃と遊作はテーブルを挟み向かい合って座っていた。机には遊作のスマホが置かれ、Aiも画面から出てきていた。
どちらが話し出す訳でもなく気まずい空気の中、見かねた草薙が詩乃にコーヒーを差し出したのだった。
「それで、その・・・君のスマホから飛び出ている黒いのは何な訳?」
『黒いのって言うなよ。俺にはAiっていうちゃんとした名前があるんだぜ』
「え?あ、ごめん」
詩乃の言葉に訂正を求めるAi。それを受け謝罪する詩乃だったが、未だにAiに対して尻込みしていた。
「Ai、ちゃんはその・・・」
『おい、聞いたか遊作!Aiちゃんだってよ!俺、現実でお前と草薙以外に初めて名前呼んでもらえたぜ!』
「静かにしていろ」
詩乃に名前を呼んでもらえた事がよほど嬉しかったのだろう。いつにも増して喜んでいるAi。
だが遊作は真剣な話を(主にAiのせいで)しているのだと、Aiを窘めた。
「Aiは人工知能なんだ。10年ほど前に組み上げられた高性能AI。イグニスというのはAIとしての総称だ」
「AI・・・」
遊作の話を素直に聞く詩乃。その顔は驚愕に満ちていた。
田舎から出てきたとは言え、詩乃も現代人。AIがなんたるものかは知っている。
だかここまで流暢に話し、人間のようにはしゃぐAIなど見たことも聞いたことも無かった。
『おう!俺にかかればネットワークでできないことなんてないんだぜ!』
ポンッと、誇らしげに胸を叩くAiだったが、詩乃にはまた新たな疑問が浮かんでいた。
「・・・その高性能AIを、どうして藤木君が持ってるわけ?」
「それは・・・」
『そんなの簡単さ。なんたって俺は遊作を基に作られたんだからな』
「は?」
遊作が言い淀む中、Aiは平気で詩乃の疑問に答えていく。
詩乃は詩乃でAiの言った事に混乱していた。
「・・・Ai、それを説明する必要は無いだろう」
『もう全部話しちまえよ遊作。もう来るとこまで来ちまってるんだからさ』
「・・・お前のせいでな」
『お前だって朝田詩乃の過去の事は知ってるんだ。これでお相子だろ?』
「え・・・?」
Aiが生まれる理由となった、そして遊作をずっと苦しめ続けてきた『事件』。
その事について話す必要は無いという遊作に、Aiは話すべきだと主張する。
朝田詩乃の過去を知っているのだからと。
だがそれに反応したのは他でもない詩乃だった。先日は何も知らないと言っていた遊作が自分の過去を知っているなどと言われれば、動揺するのは当然であった。
「知ってるって・・・何を?」
「・・・君が幼少期に巻き込まれた事件と、それを遠藤によって学校の掲示板に暴露されたことだ」
「!・・・そう。誰かに聞いたのね」
詩乃は一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐにいつもの表情へと戻った。
学校中の生徒が知っているのだ。聞いて回ればすぐにわかるだろうと納得する。
『ちなみに、遊作は学校の生徒に聞いて回った訳じゃないぜ』
「・・・え?」
『詩乃ちゃんがどう思ってるかわかんねぇけど、遊作は学校に友達いないからな』
「・・・・・・」
Aiと遊作がどういう関係なのかまだ詩乃は理解できていなかったが、Aiのあまりの言い様に言葉を失う。
(友達いないって・・・)
さも当然のように言うAiだが、仮にそうであったとしても言ってはダメだろうと、詩乃は顔を引きつらせた。
「掲示板の削除された投稿から知ったんだ。遠藤がやったことも、君のことも」
「・・・あ、え?」
Aiの言葉に少々戸惑っていた詩乃だったが、遊作の一言に耳を疑った。
「削除された投稿からって・・・何言ってるの?消されてるなら見ようが・・・」
「掲示板のサイトにハッキングして消された投稿を復元した」
「なっ・・・」
開いた口がふさがらない詩乃。サイトにハッキングした上に削除された投稿の復元。
およそただの高校生が出来ることではない。
「な、何で藤木君がそんな事出来るの?」
「・・・・・・」
『ほらな。それを説明するためにも話さなきゃダメなんだって、遊作』
「・・・そうだな」
今なお『事件』について話すことを迷っている遊作だが、Aiの言い分に対しその通りだと納得していた。
自分は相手の過去を知っているのに、相手には自分の過去を知らせないというのは、なんとも虫のいい話だと。
「ねえ、さっきから何の話をしてるわけ?」
「・・・今君が気になっている3つの事。1つ、俺がAiを所持している理由。2つ、Aiが俺を基に作られたという意味。3つ、何故俺がハッキングとデータの復元が出来るのか。それは全てある『事件』が関係している」
「・・・『事件』?」
今までの無表情な顔ではなく、真剣な眼差しで話し始めた遊作を前に、詩乃もまた背筋を伸ばして話を聞く。
「ああ。10年前、ある事件が起きた。東京とその近隣の他県に住む6人の子供が誘拐され監禁された事件。世間では『ロスト事件』と呼ばれたその事件に、俺は巻き込まれた」
「えっ・・・」
遊作の告白に詩乃は声が出なかった。
誘拐され監禁された。その言葉に詩乃は動揺を隠せない。
「じゅ、10年前って・・・」
「ああ、俺が6歳の時だ」
つまり自分達が小学1年生の時の事件。詩乃が事件に巻き込まれた頃よりも更に5年も前のこと。
「誘拐された俺達は真っ白な部屋に監禁された。そこには1つのVR装置が置かれ毎日デュエルを強要された」
「デュエルを?」
さすがの詩乃もデュエルモンスターズについてはある程度知識があった。
昨今注目されているフルダイブ型VRに引けをとらないカードゲーム。
「ああ。そこではデュエルをするしか生きる道が無かった。デュエルに勝利しなければ碌な食事も与えられず、敗北すれば電流によるペナルティを受ける」
「・・・・・・・・」
言葉など、出るはずが無かった。誘拐され監禁されたあげくデュエルに負ければ電流によって痛め付けられる。
あまりに残酷で、あまりに過酷な事件。一体どれ程の恐怖だったことか。
詩乃自身、事件の時は自分と母親の命が奪われるかもしれないという恐怖があった。
だが遊作が抱いたであろう恐怖は、それとは別種であると即座に理解した。
誰にも会えず、声も聞けず、逃げることも助けを呼ぶことも出来ない。
そんな恐怖、6歳の子供の許容量を遥かに越えている。
『そのロスト事件で俺達イグニスは生まれたんだ』
「イグニスは誘拐された子供達を観察させ意思を持たせたAIだ」
「意思を持つ・・・AI」
本来AIとは人間の生活をより良くするために補助する役目を持っている。
そのAIに人間と変わらぬ意思を持たせることに、しかも年端もいかない子供達を誘拐してまでそんなことをする意義が、詩乃には理解できなかった。
「じゃあ・・・Aiちゃんは、藤木君を観察することで生まれたって訳?」
『そういう事~。んで、遊作達は誘拐されてから半年後に救出されたって訳』
「半年・・・」
誘拐から救出までの半年という時間。遊作達にとってその半年がどれだけ長く、苦しく、辛い日々であったか、想像するに余りある。
「順序が前後してしまったが、これがAiが俺を基に生まれたと言った意味だ」
「・・・そう」
想像だにしなかった遊作の過去。その事で詩乃はもう一杯一杯だった。
『じゃあ次、何で俺が遊作と一緒にいるかっていう話な。俺達イグニスは元々サイバース世界っていう電脳空間を作ってそこに暮らしてたんだ。でも5年くらい前に俺達イグニスを産み出した連中が、人類にとって驚異になりうるとか言い出して俺達を消そうとしてきた』
「5年前・・・」
それは奇しくも詩乃が強盗事件に巻き込まれた頃と合致した。
『俺はサイバース世界をネットワークのある座標に隠して発見できないようにした。すると今度は俺がいなきゃサイバース世界を見つけられねえからって連中は俺を捕獲しようとしてきた』
Aiがサイバース世界を隠した際に組んだプログラムは非常に高度で、どんなハッカーでも見つけることが出来なかった。
そのためプログラムを組んだ張本人であるAiを捕らえ、芋づる式にサイバース世界を見つけて他のイグニスをも抹殺しようとしたのである。
『俺は必死に逃げ回ってた。それでも、もうダメだってなった時に遊作に捕まったんだ』
「・・・?藤木君に、捕まった?」
『そうそう』
イグニスを滅ぼそうとする者達から逃げ回った末に遊作に捕まった。
詩乃はAiの言い分を今一つ理解できなかったが、遊作が続きを話し始めた。
「俺はロスト事件の時の記憶の一部を失っている。その記憶を取り戻すために、ロスト事件の真相を探るために、そしてロスト事件を引き起こした奴等に復讐するために、事件を引き起こした奴等と戦っていた。ハッキングの技術はその時に身に付けた」
遊作は当初、事件を引き起こしたと思われていた『ハノイの騎士』を相手に『LINK VRAINS』の中で戦っていた。
「戦っていく内に奴等がイグニスを追っているという情報を得た。だから俺はネットワークに罠を張ってAiを捕獲した」
つらつらと話していく遊作だったが、詩乃はあまりに衝撃的過ぎて理解が追い付かなかった。
それでも遊作が嘘をついていない事だけは、なんとなくわかっていた。
一度も目を逸らさずに話す遊作の言葉には、当事者独特の説得力があった。
何より、Aiという存在を目の当たりにすれば、嫌でも信じるしかない。
「これが君が気になっていた事の答えだ」
「・・・そう」
話を聞き終わった詩乃の表情は暗かった。
確かにAiについて知ることが出来たのは良かった。だが、そのために遊作の過去についてまで聞いてしまったことが詩乃の心を曇らせていた。
遊作をずっと苦しめてきたであろう事件。自分とはまた違った意味で辛く険しかったであろう人生。
自分と同様に、人生を狂わされた者。だからこそ、詩乃は遊作に尋ねたかった。
「・・・君は、君はどうやって乗り越えたの?事件の事も!その時植え付けられた恐怖も!それに、その後の困難も!」
過去を打ち明けてくれた相手に対して身勝手だとはわかっていた。
それでも詩乃は聞かずにはいられなかった。
ずっと人殺しと呼ばれ続け、血が着くからと接触を忌避され、銃の形を目にするだけで目の前が真っ暗になる。
自分は今尚過去の事件に苦しめられているというのに、何故遊作はその過去を乗り越えることができたのかと。
「俺はまだ完全に乗り越えた訳じゃない」
「・・・え?」
遊作の言葉を詩乃は今度こそ理解出来なかった。
事件の真相を知るために戦ってきたという遊作が、まだ過去を乗り越えていないなど信じられなかった。
「今でもあの時の事は夢に見るし、残った記憶を辿ろうとすれば体が震える」
「・・・・・・・」
それは遊作の偽らざる本音だった。心に負った深い傷は、そう簡単には消えはしないと。
「・・・Aiが言ったように、俺には友が一人もいない」
『む~』
「・・・・・・」
友がいないという遊作に抗議するAi。俺がいるだろうと自分を指差しながらむくれている。
「別にそうしたかった訳じゃない。そうでない道を歩もうとしても出来ないんだ」
「・・・・・・」
「決して渡れないような大きな奈落。住む世界を断絶する大きな闇。それほどにロスト事件は俺の心を切り裂いた」
遊作の話を静かに傾聴する詩乃。その話は、自分にとっても通じる所があるからと。
「だが、その奈落を飛び越えて俺に歩み寄ってきた男がいた。そいつは俺と同じように過去に苦しみながら、己が使命を果たすために今も戦い続けている」
かつて遊作をロスト事件に巻き込み、そして救い出した張本人。イグニスを滅ぼさんとする者達を束ねる男こそ遊作が本音を語れる唯一の人間だった。
「あいつなら俺を救える。俺ならあいつを救える。だからこそ俺とあいつが共に歩いていける道があると信じているし、俺はずっと探して続けている」
歩む道が異なるためにその男は遊作を拒絶したが、遊作はそれでも共に進む道があると信じている。
「・・・そう。君には、手を差しのべてくれた人がいたのね」
だが、それは詩乃が求めていた答えではなかった。
詩乃は遊作が自分一人だけで、乗り越える『強さ』を手にしたのだと思っていた。
だからこそ、どうやってそれを手に入れたのかが知りたかった。
(私には、そんな人いなかった・・・)
聞いた側なのに失礼だとは思ったが、詩乃は落胆せざるを得なかった。
「・・・ああ。だが、もし俺が一人のままだったら、その事には決して気づけなかった」
「え?」
落胆し俯いていた詩乃だったが、続けられた遊作の言葉に顔を上げた。
「『繋がり』・・・それがあったからこそ、俺はその男に辿り着くことができた」
「『繋がり』?・・・君友達いないって言わなかった?」
遊作の言った『繋がり』という言葉に、詩乃は訝しげに返答する。言っていた事と違うではないかと。
「俺が言う『繋がり』はそんな確固たるものじゃない。目的の為に協力した者、互いを利用し合った者、敵として倒した者、誇りを掛けて戦った者、そういった者達との『繋がり』だ」
この時初めて、遊作は詩乃から目線を外した。自身の右手を見つめながらどこか感慨深そうな声音で続けた。
「一つ一つはか細く、切れてしまいそうなほどに脆いものであっても、その『繋がり』があったからこそ手にした物がある。到達できた場所がある。辿り着いた答えがある」
握った右拳から詩乃へと目線を戻し遊作は詩乃に自身が至った答えを告げる。
「誰かと誰かの繋がり、何かと何かとの繋がり。それが、いつかきっと、自分が求める答えへと導いてくれる」
「・・・『繋がり』が、導いてくれる」
詩乃は目を見開いた。
確固たる有数の『繋がり』ではなく、細く脆い無数の『繋がり』。
それが、いずれ自分を『答え』へと導いてくれる。
「でもそれって、膨大な時間が掛かるんじゃないの?」
「簡単に答えが出るなら、俺達はこれ程苦しんではいない。それに、生きるということを急ぐ事は出来ない」
遊作が詩乃に語ったことは『答え』ではなく、答えへと至る為の『道筋』だった。
そもそも遊作と詩乃では求める『答え』がまるで違う。
たとえ過去に凄惨な事件に巻き込まれたという共通項があろうと。それによって人生を狂わされ、苦しんでいるという共通項があろうと。
それを乗り越える為の『答え』が同じである筈が無いのだ。
それでも、『道筋』だけはきっと同じなのだと遊作は考えていた。
自分一人では辿り着けずとも、一人では無いのなら、いずれ必ず辿り着けると。
「・・・そっか。一人じゃないのなら」
最初こそ落胆していた詩乃だったが、遊作が語った答えへの『道筋』を聞くことができた事に感謝していた。
無論、乗り越える為の絶対的な答えが貰えなかった事はショックだった。
だが、遊作の話は子供の頃に受けていたカウンセラーの話よりも、よっぽど自分の中に入ってきたと実感した。
この先どうしていけば良いのか。
自分が進んでいる道が正しいのか間違っているのか。
何一つわからない暗闇に、前に進むための灯りをくれた。
それだけで詩乃は十分だと思えた。
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話が終わった頃には既に日が暮れ、時刻は19時を回っていた。
「遅くなったな。すまない、話し過ぎた」
「うんうん、こっちこそ・・・ありがとう、話を聞かせてくれて」
遊作は新宿駅の改札まで詩乃を送っていた。さすがに帰宅途中の人間が多いからか、Aiはスマホの画面上で目玉状態になって待機している。
「それじゃあな」
「ええ、さよなら。Aiちゃんもね」
『バイバ~イ!』
特に世間話をするわけでもなく、改札口に着いたらそそくさと解散する遊作と詩乃。
いくら赤裸々に過去を語り合ったと言っても、片や他人との関わりを極端に避ける少年。片や他人は全て敵であると心に堅牢な壁を築いていた少女。
そう簡単に距離が縮まることは無かった。
「・・・あ、ねえ藤木君」
「どうした?」
別れの挨拶を終えて『Cafe Nagi』に戻ろうとしていた遊作を、詩乃が呼び止めた。
「最後に一つだけ。遠藤さん達の動画は、君がやったの?」
「・・・ああ」
Aiについての事やロスト事件の事については詳しく聞いたが、やはり最後の疑問が残っていた。
遠藤達の一件は遊作の仕業なのか、否か。
その疑問に遊作はあっさりと肯定した。もはや隠す必要もないというふうに。
「・・・どうして?」
「深い意味はない。人の過去を暴きたて、それを晒すような輩が許せなかっただけだ」
そう言って今度こそ遊作は詩乃と別れた。
~次回予告~
『LINK VRAINS』に降り立った孤独な狙撃主。
彼女が抱いた新たな謎。復讐者たる彼は如何にして立ちはだかる敵を倒したのか。
未知の世界で彼女が目にする光景は、まさに想像を絶する新天地。
刮目せよ!これがPlaymakerの実力だ!
「誰が相手だろうと、俺は全力で戦うだけだ」
次回SAO×VRAINS(仮題)
「コード・トーカー」
イン・トゥ・ザ・ブレインズ!