「ホムラ……」
「あなた、ごめんなさい……ワタシ、あなたの赤ちゃん…赤ちゃんを…ごめんなさい…」
真っ白な病室のベッドで顔を俯かせ泣きじゃくるのを見て横に座りそっと抱き寄せ髪を撫でる…おそらく夫婦だとわかる。二人は長年に渡る不妊治療の末にようやく授かった命に喜んだのも束の間、しかしそれは唐突に儚く消えた
名前も決めていた
性別は検査でわかるのだが、敢えてしなかった
女の子でも男の子でも産まれてきた命には代わりはしない。もちろんベビー服、ベビーカー、遊具も全部揃えていた
あとは予定日を待つだけだった
しかし、病院へ定期検査に向かうバスが飲酒運転のドライバーが運転するトラックと追突事故を起こした…お腹に宿る命の無事をと願う彼女の想いは意識を取り戻したベッドで医師から告げられた言葉で儚く砕けた
「ホムラ…キビツ村に帰ろう…」
「ごめんなさい、ごめんなさい…あなたたちを守れなくてごめんなさい……」
泣き続ける妻を抱きしめ告げる夫の言葉は届かない…しかし数ヶ月後、ソレは失意に暮れる二人の前に現れた
この星…いやすべての運命を握る存在を託す為に
二年後……
N県M市、新田研究所
「叶くん、テランプレートの解析は進んでおるかの?」
「源三先生、まだ五割しか解析は……類似するありとあらゆる言語をパターン化し照会してるんですが…」
「ふむ……解析できたのはこれかの?」
白衣に身を包んだ長身の老人の手には今まで照会し判明した言葉の羅列が並んでいる……正面ディスプレイには解析照会中の文字がめぐるましく溢れ数億を超える言語が消え、照会適合したものが並べられていく
ー∋∀∽れを目に∀∋∮∬ℵ∇、虚空よ∬邪悪ℵ∇、最後∞∃┃∋∀ℵ∇∽∬∮を∇∽∃&@@*##を託∀∋ー
かろうじて断片的に解析された文字にある《虚空》《邪悪》は真っ先に解析し読めたものの未だに全容はわからない……二年前、新田源三は教え子であり歴史学者である叶夫婦が故郷であるキビツ村にある寂れた神社に納められていた絵巻、未知の金属で構成され不思議な言語が刻まれた《テランプレート》を見つけ持ち帰ってきた
絵巻には巨大な鬼と陣羽織を纏った巨大な鎧武者が戦う姿が描かれていた。調べてみると今から千年以上前、四世紀に作られたものだとわかった。ただ金属板《テランプレート》は年代計測が不可能、構成する金属は現代の科学技術では到底生み出せない代物だった
源三は叶夫婦、新田夫妻と共にこれらを学会で発表するも荒唐無稽の代物だと笑われた…おとぎ話の存在である桃太郎、そして鬼が巨大なロボットだと言われても古い考えが支配する学会の面々は信じられなかったからだ
源三は歴史学の若き権威である叶夫婦、新田夫妻、戦う考古学者《J》、若干12歳にして宇宙物理学、軌道エレベーター設計、新機軸の構造理論で世界に名を響かせた天才少女リトス・ミッターナハトと共に絵巻とテランプレートの解析、研究を独自に始めるも、彼等の頭脳を持ってしても《テランプレート》の解読は遅々として進まなかった…しかし一年後のある日だった。その日、源三はJと共に新田夫妻とテランプレートにまつわる文明の遺跡発掘調査に向かい新田研究所不在。叶夫婦とリトスはテランプレートの文字の解析に集中していた
「ん、きゃ♪」
「こら!?それに触ったら……!?」
無邪気な声に振り返ると、小さな赤ん坊がテランプレートに触れようと机によじ登る姿にリトスが慌てて駆け寄ろうとするも、ソレより先に小さな手が無機質な金属板に触れたとき。まばゆい光と共に様々な文字が溢れかえる中、文字とは別に三つの巨大な影…胸に桃?らしい造形を持つ巨人、全身に鳥、龍、亀、虎を纏う巨人、身の丈を超える巨大な槍を振るう隻眼の巨人の断片的かつノイズ混じりの立体映像にリトスはくぎつけになった
「ん~あ~う~…むもぉむもぉ…むもぉむもぉ」
小さな手が三体の巨人…胸に桃?らしい造形を持つ巨人を見て無邪気に声を上げた
この日を境に歯車が噛み合い、回り始め巻き込まれていく
閑話 テランプレート
了