史上最強の番外短編集 ~おまけ~ 作:(´・ω・`)ガンオン修行僧
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兄貴達、隠れノンケ多い……多くない?
あれは基樹を内弟子にした、最初の年の暮れのことだ。
横浜埠頭の倉庫で大立ち回りを演じたアタシの身体は限界を迎え、基樹の目の前で倒れてしまった。
そんなアタシに、どうやらこの子は一晩中一緒にいてくれたらしい。毛布を敷いた机にアタシを寝かしてくれていた本人は、隣のボロ椅子に座ったまま、アタシの手を握って眠りこけていた。
アタシの大腿を枕にして気持ち良さそうに眠っている寝顔を見つめていると、知らぬ間にアタシは微笑んで、この子の頭を撫でていた。
「ありがとう、助けてくれて」
この子がいなかったらどうなっていたことか……。
さすがに命までは奪われなかっただろうが、囚われ、警察に突き出されてしまってもおかしくはなかった。警察から逃げ延びることくらいは大したことではないが、そうなったらもうこの子と一緒にいられなくなってしまう。
アタシは、そうなってしまうのが他の何よりも恐ろしかった。
……もちろん、自分の夢が叶わなくなってしまうからだ!
しばらくすると、基樹が目を覚ました。
本当は気持ち良さそうに寝ているところを起こしたくなくて待っていたのだが、師の身体を枕に寝ていたことを謝るこの子が可愛くて、アタシも今目覚めたばかりだという風を装った。
そうして上体を起こした拍子に、違和感に気がついた。身体に掛けてあっただけの毛布がずり落ちる。
そうだ、あの白眉に服を破られていたはずだ。
その破れた服の残骸が脱がされており、代わりに古傷のところに湿布が貼ってある。
……きっと、この子なりに必死に手当てをしてくれたんだろう。
しかしそれは、同時にこの子が気を失っているアタシを脱がして、それどころか裸のまま手当てをしたということに他ならない。見られてしまった……この胸元に残る、醜い傷跡を。
いっぺんにそれを理解して、ずり落ちた毛布を慌てて引き上げる。
どういう訳か、全身がみるみる熱くなっていき、ついには動悸までし始めた。
「……着替えるから、出て行きな」
「は、はい……」
固まっていた基樹が、やけにぎこちない動きで部屋を出て行く。
同じ側の手足が同時に出ている弟子を笑う余裕もなく、気が付けばアタシは机の上で小さく丸まっていた。
この動悸も身体の火照りも、きっと数年ぶりに全力で戦ったから身体が調子を崩しているんだ。そうに違いない……きっと。
―――――――
―――――
―――
その日はそのまま家に帰って、修行をするわけでもなく、お互いなんだか気まずいまま一日を過ごした。
そして次の日、居た堪れなくなったアタシは基樹に問いかける。
「な、なぁ、今日はクリスマスだが、帰らなくていいのか?」
「……べ、別に! 父ちゃんも母ちゃんも、久しぶりに息子がいないクリスマスだから出掛けてるだろうし」
「そ、そうだよな。普通出掛けるよな、うん。あー……友達とかは?」
「えと……彼女と出掛けたりしてるんじゃない? てかオレ、友達ほとんどいねーし……」
予想外の返答だった。組手の時もこれくらい予想外の手で仕掛けてくれたらいいのに。
に、日本のクリスマスは恋人同士で出掛けたりするものなのか……?
母国では家族で過ごすものだから、きっとこっちでもそうなんだろうと思っていた。
それに、この子に友達が少ないのは、どう考えたってアタシが原因だ。
だってそうだろう? 幼い頃から何年も、来る日も来る日も年齢の離れた女の元に通い武術漬けの生活を送っていれば友達と遊ぶ時間だってないだろう。
今思うと、この子から幸福な子供時代を奪ってしまったのかもしれないが……それも立派な闇人とし、一影九拳にするためには仕方がないことだ。
所詮、闇人が人並みの幸せを手に入れることはないし、だったら望まない方が良いものもある。
……ただ、それでも。
幼子ではないが、それでも一人前の大人とも言えない年齢のこの子が、可哀想に思えたことも事実だった。
「……なあ、あんたは嫌かもしれないけど、良かったらアタシと一緒にどっか出掛けるか?」
「まじで!? いいのか琳姉ちゃん!」
アタシの提案に、基樹は目を輝かせて一も二もなく飛びついてきた。アタシと出かけるってだけでこんなに……。
アタシは今までどれほど弟子に我慢をさせてきたか、全く気付けてなかったようだ。
せめて今日一日だけは思いっきり楽しませてやろうと、そう決めて、持っている中で一番上等な服(とは言っても服に興味はないし、同じようなものしか持っていないのだが……)に着替えて、やけにご機嫌な弟子と二人で家を出た。
クリスマスに出かけるって……何処に行けばいいんだ?
幼少から武術漬けだった基樹はそんなことわからないし、ただ長く生きているだけでこの子よりさらに武術漬けだったアタシはもっとわからない。
こんなに困難な課題は初めてだ……いっそ、音に聞く無敵超人の百八個あるという秘技を解明する方が簡単だとさえ思えた。
結局アタシ達はどこへ行っていいかわからず、雪の降る繁華街を意味もなく歩き回っていた。
それにしても、本当に逢引している恋人同士が多くないか?
……アタシと基樹は、周りからどう見られているんだろうか。
親子……にしては年齢が近いし、年齢の離れた姉と弟? それとも従兄弟のお姉さんと弟くんだろうか……。
ふと、それ以外も頭に浮かぶが即座に否定する。
よりによって、こんな女らしくないアタシとそんな風に見られていたら、アタシはともかくこの子が可哀想だ。
もう少し馴れ馴れしくしてみたら、周りから異性同士ではなく従兄弟同士とかに見てもらえるだろうか。
基樹の手を取り、手を繋いで歩いてみる。すると、この子はそっと手を握り返してきた。
その手は冷え切っていて、よく見れば、耳や頬も赤くなってしまっていた。アタシがもっと女らしくできる師父だったら、こんなになるまで気づかないなんて有り得ないのだろう……。
基樹の手を引き、急いで手近なセレクトショップに入る。
そして―――アタシのセンスだから心許ないが―――なるべくこの子に似合いそうなマフラーを選び、買ってすぐに巻いてやることにした。
「ほら、ちょっと大人しくしてな」
「う、うん……」
あの子の首元に腕を回し、マフラーを巻いてやる。
少し前まであんなに小さくて、ちょっと鼻血を拭くのにもしゃがんで目線を合わせていたこともあったなと、ふと昔のことを思い出してしまった。
二周目を巻くとき、また首元に腕を回している最中にふと目が合った。
慣れないことをしていたせいか、さっきは気がつかなかったが……これ、かなり顔が近いな?
お互いに一瞬固まるが、すぐにこの子が照れくさそうに笑うもんだから、アタシも思わず釣られて笑顔になっていた。
結局その日は、大したことはできなかったけれど。
夕飯の後、あの子に貰ったメッセージ付きのクリスマスカードが本当に嬉しくて……慣れないこともしてみるものだと、心からそう思った。
……気が向いたら、またやってみるのも悪くないかもしれない。というか、来年こそもっと良いクリスマスにしてやろう。
アタシはそうひっそりと胸に秘め、不思議そうな顔を浮かべる愛弟子の頭にゆっくりと手を置いた。