アンデッド・アポカリプス ~ゾンビに嫌われた俺が行く終末世界~   作:鬼管いすき

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第十五話 百貨店へ

 俺と鈴鹿は、三階の雀荘で物資を漁っていた。

 オスの拠点となっていたと思われる雀荘には、ろくなものがなかった。

 というか臭いがひどいので一刻も早く立ち去りたい。

 

「チッ。溜めこんでるかと思ったけど全然シケてるわ」

「何もなさそうだしもう出よう。くさくてかなわない」

「待って。何か食べるものを見つけたい。私、もう三日も食べてないんだ」

「食い物なら俺が持ってるから、早く出よう」

「本当に? その代わりとか言って体を要求したりは?」

「しない。もう俺は先に出るぞ」

「あ、待ってよ」

 

 このままここにいたら、また盛大に吐いてしまいそうだ。

 鈴鹿の芳しい匂いでも相殺しきれない悪臭だった。

 

 一階に下りてバッグを開ける。

 鈴鹿に渡す食い物は、缶詰とかで良いか?

 

「もう、先行かないでよ」

「ああ、悪い。食い物はこんなんしかないが、これで良いか?」

「ええっ、桃缶にパイン缶……。本当に貰っていいの? お礼に口でしよっか?」

「いい。体目当てじゃないし、信用してもらいたいからな」

「ここで断る方が何か企んでるんじゃないかって思っちゃうけどね。まあくれるものなら病気以外はなんでも貰うわよ」

 

 鈴鹿が俺の手から缶詰を二つ取ると、階段を登り始めた。

 

「おいおい、どこ行くんだ?」

「どこって上で食べるんだけど。ここじゃ危ないでしょ」

「上って、あのくさい雀荘か、くさいオスが転がっているオフィスしかないだろ。二階は閉まっていたしな」

「でもここでは食べられないでしょ。ゾンビも寄ってくるだろうし、なんか野犬の群れもいるみたいだし」

 

 野犬とは俺を襲ったあの大きい犬のことだろうか。

 あんなのに群れで襲われたらたしかに危険だ。

 

「それに、知ってる? 夜になると怪物が出るらしいよ」

「怪物? 野犬やゾンビじゃなくて?」

「うん。怪物みたいな熊がいるらしいよ。立つと三階の窓から顔が見えるくらい大きいんだって」

「なんだ、そりゃ。赤カブトかよ」

「赤カブト? 何それ」

「あれ、知らない? 犬が喋るマンガの敵役」

「知らない。ジェネレーションギャップだね」

「そんなに年離れてないように思うけどな。俺はまだ二十六歳だぞ」

「私二十一歳だし、五年も違えば世代も違うでしょ」

 

 それもそうか。

 まあ、そもそもあの漫画も俺の親の世代だしな。

 

 そんなことよりも早くここを出て住処を見つけたい。

 メスを囲う強固な住処を得なければ。

 

「……ゾンビに襲われる心配はない。ここでそれを食べたら出発をしよう」

「いや、夜は怪物が出るかもしれないんだって。人の話聞いてた?」

「怪物の姿は見たか? 本当にいるのか? それは」

「見てないけど、そう話してたのは聞いた。なに? 疑ってるの? 行きたいならひとりで行けば? 私は朝まで待つ」

 

 鈴鹿が不快そうに眉をしかめた。

 どうやって説得したらいいんだ。

 

「とりあえずそこで食ってろ。安全だってことを証明してやるから」

「まあ良いけど。フォークとかないの?」

「割り箸がバッグに入っている」

 

 鈴鹿がトートバッグを漁る。

 割り箸は缶詰のバッグにまとめて入れてあるはずだ。

 

「わ、まだこんなにある。お酒まで。やるねえ、山下さん、恭平さん? 恭平って呼び捨てて良い?」

「ああ、構わない。俺も鈴鹿って呼ぶけどな」

「別に良いよー」

 

 階段に座り桃缶を食べ始めた鈴鹿を尻目に、通りの車の中を見る。

 通りは真っ暗に近いが俺の視界には鮮明に映る。

 放置されている車の一台に目当てのものを見つけた。

 鈴鹿のいるところからも見える場所だ。

 

「おい、懐中電灯とかないか?」

「ん、あるよ。ペンライトだからあまり広くは照らせないけど」

「それでいい。俺の指さす方を照らせるか?」

「うん。ちょっと待って」

 

 割り箸を咥えた鈴鹿が桃缶を階段に置き、ポケットから細くて小さい懐中電灯を取り出した。

 

「どこ? この車? うわ、ゾンビいる」

「良し。ちょっとそこでそのまま照らしててくれ」

「え? あ、ちょ、どこ行くのさ」

 

 車に歩み寄り運転席のドアを開ける。

 シートベルトが外れずもがいているゾンビの目の前に腕を出す。

 

「見ろ。わかるか?」

「ちょっと何やってんの!? 噛まれる!」

「噛まれない。俺は噛まれないんだよ」

「ええ、嘘でしょ。本当に噛まない……そいつ死んでるんじゃないの?」

「死んでるだろうよ。ゾンビなんだから」

「あー違くて、活動してないんじゃないのってこと」

「良く見ろ。動いているだろう。噛まれないだけじゃないぞ。見てろよ」

 

 シートベルトのバックルを外してやると、ゾンビが慌てたように助手席の方へ逃げる。

 違う、そっちじゃない。

 車を回り込み助手席のドアを開けると、ゾンビは運転席から外に出て俺から離れ始める。

 

「ちょ!? 何やってんのって! こっち来てる!」

「まあ見てろ」

 

 ここからは少し賭けだ。

 鈴鹿の姿を確認したゾンビが、鈴鹿を獲物として認識し近寄っていく。

 俺はゆっくりゾンビのあとを追いかける。

 

「ちょっと! 逃げるからね! そいつなんとかしてよ!」

「まあ待てって」

 

 ゾンビと鈴鹿の距離は三メートルほど。

 ここでゾンビを追い抜き、鈴鹿の前へ立つ。

 

「ウウァァ……」

「止まった……?」

「少し近づくぞ」

「うん……」

 

 鈴鹿の肩を抱き密着した状態でゾンビへ一歩ずつ近づく。

 フラフラしていたゾンビだが、俺と鈴鹿が近づくと「グゲ……」と言って逃げていった。

 実験成功だな。

 ゾンビは獲物がいても、俺の近く、または俺の触れた獲物には手を出さない。

 

 鈴鹿の肩を離しても遠くに行ったゾンビが戻ってくることはなかった。

 

「ちょっと……これ、すごいよ……」

「ああ、安全だろ? だから一緒に出発しよう」

「うん……うん! わかった、私も一緒に行く。ていうか恭平、貴方何者なの?」

「何者、か。まあ嫌われ者だな。ゾンビには嫌われてんだ」

「はは、変なの。ゾンビに嫌われてるとか、そりゃこれだけ食料も持ってるわけだ」

 

 鈴鹿の目にはさぞ魅力的なオスに映っただろう。

 これで鈴鹿は俺のものになる。

 このゾンビだらけの世界で、ゾンビに襲われずに生きていけるんだから、俺を選ばない手は無いはずだ。

 

「あ、でも出発する前にこれだけ食べきって良い?」

「ああ、良いぞ。ゆっくり食ってくれ」

 

 桃缶のシロップまで飲み干した鈴鹿はパイン缶をバッグに戻す。

 

「それは食べなくて良いのか?」

「うん。あとでゆっくり食べれば良いかなって。それより出発するってどこに行くつもり?」

「駅前に何個か百貨店あったろ。そこのどこかに行こうかと思っている」

「西部と東部があるね。あと駅ビル。私も見に行ったことあるけど、駅ビルは宗教的なコミュニティができてた」

「そこには近寄らないようにしよう。西部と東部も見に行ったのか?」

「西部はゾンビが一階にいっぱいいたから入れなかった。東部は最近まではコミュニティがあったけど、中から全滅したっぽい」

「詳しいな。調べたのか?」

「まあね。何回か食料漁りに行ってたから」

 

 鈴鹿が言うには、ゾンビもいなく安全だったため、ちょくちょく食料を盗みに行っていたらしい。

 とりあえずは全滅したコミュニティのある東部百貨店を目指して歩き出す。

 

「ていうかさ、中にある物は別に占拠した奴らの物じゃなくない? それなのに見つかると追い掛け回してきてさ」

「そうだな……。でもそのバッグに入っている食料を持っていかれたら追うだろ?」

「そりゃね」

「ほら、つまり発見者の所有物ってのが今の世界のルールなんだよ。追われても仕方ない」

「うん。知ってる。けど安全なところから奪うのもこの世界の新しいルールじゃない? だから貯めこんだやつらは奪われるリスクがあるの」

「うーむ。そういうもんかね」

「うん。そういうもんだね」

 

 法治国家ではなくなり、弱肉強食の世界になったのだ。

 そうなってしまうのは仕方ないと言えるのかもしれない。

 

 話を聞くと、このビルにも食料を盗みに入ったらしい。

 オスが住処を離れたタイミングで侵入したが思いのほかオスがすぐに帰ってきてしまい、逃げられずにああなったそうだ。

 

「鈴鹿、お前も捕まったときのリスクを考えるべきだったな」

「まあ、ね。でも、ここの男たちは調べてたらゲスだってわかったし。ゴミ掃除もしたいなって」

「ゴミ掃除って……。武器もないのにどうやってやるつもりだったんだ?」

「ん? 毒。食べ物にでも混ぜとこうかなーって」

「毒かよ。怖いな」

「うん。私怖いよ?」

 

 鈴鹿は口の端を上げて不敵に笑う。

 あんなに躊躇なく人を滅多刺しにして殺せる鈴鹿が怖くないわけない。

 未だに手は血まみれだし、その端正な顔にも返り血がついたままだ。

 

 俺が持つバッグには、コンビニで持ってきたタオルがある。

 それをペットボトルの水で湿らせて渡してやる。

 

「ん? なにこれ」

「顔を拭くといい。手もだ」

「あは、ありがとう。なに、恭平って紳士なの?」

「別にそういうわけじゃない」

「じゃあジェントルメンだ。ま、ありがたく拭かせてもらうけど。……ぷふぃー、お風呂入りたい」

 

 足を止めて顔をごしごし拭く鈴鹿を横目に、俺は周囲の警戒をする。

 鈴鹿の言っていた怪物が本当にいたら大変なことになる。

 俺の目は視力も増したのか遠くまで見えるようになっているが、怪物の姿は見られない。

 危ない匂いもなく、なんとなく安全な気がする。

 

 白黒の視界の中で、遠くの方に動くものを見つけた。

 あれは、大きな白い犬だ。

 向こうもこちらに気付いたのか、ジッと見ている。

 あれが野犬か。

 

 俺を襲ったでかい狼のような犬に似ている。

 犬の脇に停まっているセダンタイプの乗用車よりも体高も体長も大きい。

 ……ちょっと待て。でかすぎないか?

 俺を襲った犬は虎ぐらいの大きさで、それでも通常の犬よりは大きかった。

 それに比べてあいつはなんだ?

 車より大きい犬なんて見たことも聞いたこともない。

 

 犬はこちらをジッと見ていたが、フイと顔をそらすとそのままどこかに歩き去っていった。

 襲う気は無いのか……?

 

「ふぅー、すっきりした。どう? 取れた? 美人になった?」

 

 先ほどの犬のことを思うと、鈴鹿の顔を呆然と見るしかできなかった。

 あの大きさの犬が集団で襲い掛かってきたら対処できるのか?

 食い殺されて終わる未来しか見えない。

 

「ん? どうした? はっはーん。さては私が美人過ぎて見惚れたな?」

「ああ、美人だ……」

「え、あ、そう? うん、まあ、ありがとう」

「ああ……」

 

 今は急いで百貨店に行こう。

 あんな大きな野犬のうろつく外よりかは安全だ。

 

「急ごう。怪物がいるかもしれないしな」

「うわ、そうだった。ゾンビは大丈夫だけど熊は襲ってくるか」

 

 周囲の警戒を怠ることなく、早足で百貨店へと向かった。

 

 

「ここか。入り口が閉鎖されてて入れなさそうだけど」

「うん。こっち」

 

 百貨店の入り口は全部にシャッターが下りていた。

 窓も一部はシャッターが下りていたが、ほとんどの窓が割れていて、いろいろなものが積みあげられたバリケードのようなものでふさがれていた。

 

 鈴鹿の後についていくと、百貨店への入り口を見つけることができた。

 三階の窓に二連梯子が取り付けられていて、その梯子が大きな観光バスの屋根の上から設置されていた。

 観光バスの屋根にある梯子には、乗用車の屋根からワゴン車の屋根を経て辿り着けた。

 

「ゾンビは梯子を登れないのか」

「千回くらい挑戦したら一回は成功するんじゃない? 知らないけど」

「その確率じゃ一晩のうちに成功されそうだな。ヤツらは疲れ知らずで痛みもない。一晩中挑戦し続けるだろうよ」

「じゃあ兆とか京とかそれくらい。ていうか知らないって言ってんじゃん?」

「ああ、悪い」

 

 まあ梯子から落ちて骨を折れば体をうまく使えなくなるだろうし、成功率は限りなくゼロなんだろう。

 

「じゃあ先に入るぞ」

「うん。よろしく」

 

 二連梯子は結構大きくたわみ、折れないかと心配になる。

 窓枠にロープで固定されているから倒れることは無いだろうけど、いつかは朽ちて折れるのだろう。

 

 窓から体を滑り込ませると、ゾンビの臭いで充満していた。

 内部からゾンビが発生してコミュニティは崩壊したのだろう。

 

「よいしょっと。うわ、くさっ。いるよね、これ」

「だろうな」

 

 なりたてのゾンビはくさくない。

 ……くさくなかった。

 

 道行くゾンビはだいたいが漏らしたようにズボンが汚れていた。

 肛門の筋肉が緩むのか、便が垂れ流しになっている。

 なぜ……もう考えるのはやめよう。汚い。想像したくない。

 

「八階がコミュニティのメイン生活場所って感じだった」

「じゃあそこを目指すか」

 

 歩き出そうとすると、鈴鹿がペンライトで明かりを点けた。

 違和感なく見えていたが、そうか、明かりが点いていなかったか。

 

「くっついていい? ゾンビいるだろうし」

「そうだな。肩を抱いても?」

「ん、お願い」

 

 右手で鈴鹿の肩を抱く。

 匂いでゾンビが近いかどうかはある程度わかるが、いきなりゾンビが飛びついてこないとも限らない。

 エレベーターホールから階段室へ向かい、ゆっくりと登っていく。

 

「……いないね」

「六階にはいたっぽいぞ。音がした」

「嘘、良く聞こえたね。何にも聞こえなかったけど」

 

 聴力も良くなっているのか?

 今は七階だが、耳をすませば八階を歩くゾンビと思わしき足音が良く聞こえる。

 

 八階の踊り場に来ると、ゾンビの不快な臭いに混じって、芳しい匂いが漂っていた。

 横の鈴鹿の下腹部をじっと見る。

 この匂いとは違う。別の匂いだ。

 

「ちょっと、どこ見てんの。くっついて興奮しちゃった?」

「いや、そういうんじゃない。匂いがな……」

「におい!? 嘘、くさいかな!? ちゃんと洗ってるんだけど、あ、でも三日はお風呂入ってない……」

 

 鈴鹿は大きな声で喚いたかと思えば俺と距離を取ろうと離れていく。

 この階はゾンビが多そうだから、あまり離れない方が良い。

 

「くさくない。むしろ良い匂いだ。大丈夫だから近くに寄れ。ここはゾンビが多そうだ」

「え、あ、うん。わかった……」

 

 鈴鹿がジャケットの端をつまんできたので歩き始める。

 この階のテナントには雑貨の『アングラ』と家具の『イチウオ』が入っているようだ。

 生活のベースにするにはいろいろとちょうど良いのだろう。

 

 店内には何匹ものゾンビがフラフラと徘徊している。

 

「おらあ! 散れ、ゾンビども!!」

「うわ、びっくりした。いきなし叫ぶのやめて」

「ああ、すまんな」

 

 俺が叫ぶと中からガタガタと音がしだした。

 ゾンビがフラフラとやってきて、俺を確認すると反対側の階段やフロアの中央にあるエスカレーターへ向かって歩いていく。

 フロアの隅の方に逃げずに階段やエスカレーターを使うとは、やはりある程度の知識はあるんだな。

 ゾンビがほぼほぼいなくなると、芳しい匂いが濃くなった気がした。

 

 店内は商品棚が全てなくなっており、とても広い。

 ベッドやテーブルなどが置かれ、生活スペースがしっかりとでき上がっている。

 倒れた椅子やひっくり返ったテーブルに混じって、ゾンビの死体や人の死体が転がっていた。

 

「これ、ゾンビに噛まれてない。頭割られて死んでる」

「こっちもだ。首を掻っ切られている」

 

 他にも、無数の包丁が顔に突き刺さった死体や、首を切断された死体などがあった。

 

「内部分裂からゾンビ発生の混乱、で全滅と」

「アホだねえ。信用できない人間を集めるからこうなるんだよ」

「どうしてもそういうのは一定数いるんだろ。市役所の避難所にもいたぞ」

「あんなとこはそんなのの巣窟に決まってんじゃん。自分で何もしないで助けてもらおうとしか思わない連中なんだから」

「普通はそうなんじゃないか?」

「その普通の奴らが暴走するとこうなるの。間引けば良いのに」

「昨日まで平和だったような日本で普通の人にそんなことは無理だろ」

「無理でもやらなきゃ生きていけない世界なんだよ。もう世界は変わっちゃったの」

「まあ、そうなんだけどな。順応できなければ死ぬだけだ」

「そういうこと」

 

 店内を見ながら歩いていると、ゾンビが一匹残っていることに気がついた。

 こちらを見ているが、去ろうとしない。

 

「おい、まだいんのか。あっち行ってろ」

「ウガァァ……」

「あっち行けって」

「ウウゥゥ……」

 

 唸るだけで一向に去ろうとしない。

 なんなんだ、こいつは。

 こいつのいる壁際にはドアがあり、倒れた棚がそれをふさいでいた。

 この奥になにかあるのか?

 そういえば、匂いもそこから漂っている気がする。

 

「おい、どかねえと殺すぞ」

「ちょっと、なんかそいつ危なくない? 近寄らない方が良いって」

「いや、このフロアからは一掃させたいだろ。邪魔だ」

「そうだけど、なんか他のと様子が違くない?」

 

 良く見ればこのゾンビは漏らした様子もなくなりたてのようだ。

 なにかしら知識が残っていて、このドアに執着しているのか?

 ゾンビ相手にお願いなんてアホらしくてやってられない。

 実力行使だ。

 

「鈴鹿、そこにいろ。壁際で他にゾンビがいないか気をつけとけ」

「うん、わかったけど」

 

 鈴鹿から離れゾンビに近づく。

 

「グウウ……」

「おう、殺すぞ」

 

 どんどん近づく。

 

「グゲ……」

「わかりゃ良いんだよ。あっち行け」

「グゲェ……」

 

 不服そうに離れていくゾンビ。

 なんだよ、なんか文句あんのかこの野郎。

 

「あいつまだこっち見てるよ」

「むかつく野郎だ」

 

 ゾンビは放置だ。

 今は棚にふさがれたドアが気になる。

 折り重なった棚をどかし、ドアを開けようとするが。

 

「鍵がかかっているな」

「鍵か。あいつが持ってるかな?」

 

 あのゾンビがまだこちらを見てウロウロしていた。

 よし。奪うか。

 俺と目が合うとゾンビは逃げようと歩き出した。

 猛ダッシュで走り、背中へ飛びつく。

 

「おらあ! 出せよお! 持ってんだろうがあ!?」

「ウグアアァァ……!」

「ああん? どこだおらあ!!」

「グゲエエエ……!」

 

 嫌がるゾンビのダウンジャケットのポケットから鍵が出てきた。

 多分これだな。

 

「よし、もう消えて良いぞ」

「ウゲエェ……」

 

 すごすごとゾンビはエスカレーターを降りていった。

 ドアの前に戻ると鈴鹿が呆れたような顔でこちらを見てきた。

 

「さすがの私もゾンビから強盗したことはないな……」

「やれることをやったまでだ」

「いや、かっこよく言ってもかっこよくないから」

 

 あのままゾンビがいなくなっていたらここのドアは開かなかったんだ。

 なんとでも言えば良いのだ。

 

 鍵を使いドアを開けると、濃密な芳しい香りに包まれた。

 これは、極上の匂いだ。

 

「だ、誰!? お兄ちゃんはどこ!?」

「お兄ちゃん?」

 

 倉庫と思わしき部屋の中に居たのは、鈴鹿と同い年くらいのメスだった。

 体全体から匂いを発しているように思う。

 頭がクラクラしてきた。

 

「あの、お兄ちゃん、見ませんでしたか!? ニット帽かぶった、ダウンを着た人です」

「あ」

「さっきのゾンビ?」

「ゾンビ!? そんな、嘘……」

 

 その場に崩れ落ち泣き出したメスの姿を見て、なんとも言えない罪悪感に苛まれた。

 あいつ、この妹のこと守ろうとしてたのかもなあ。

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