アンデッド・アポカリプス ~ゾンビに嫌われた俺が行く終末世界~   作:鬼管いすき

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第十九話 幼獣

 投げ槍の材料には、家具売り場にあったメタルラックの支柱を使うことにした。

 生活雑貨売り場に大量にあった包丁を、ダクトテープで支柱の先端に固定すれば簡単に作る事ができた。

 補助具である投げ槍器を作ろうとしてみたが、木を上手く削ることができずに断念した。

 

 先端に取り付ける包丁の数を変えてみていろいろと試してみた。

 

 二本の包丁の刃を外側にして支柱に取り付けた二股タイプ。

 三本の包丁の内、一本だけ突出させるようにして取り付けたトライデントタイプ。

 四本の包丁を二股タイプのように支柱の四方に取り付けたタイプ。

 

 この四本のタイプは、『機動騎士カンタム』に出てきた敵ロボット『スコック』の腕の四本爪バージョンのようだった。

 『スコック』の爪は、味方ロボットの『シム』の腹を貫いている絵がとても有名だ。

 俺も猪の腹を貫くことができるように、この槍を『スコック』と呼ぶことにした。

 

 キッズルームにあったウレタンのマットを的にして、投擲練習をする。

 どれぐらい貫くかで威力もわかるだろう。

 

 三十センチのマットを五枚並べて、まずは包丁一本のスタンダードタイプ。

 四枚を貫通し五枚目に突き刺さって止まっていた。

 これは中々の威力だ。

 二股タイプも四枚、トライデントタイプは三枚貫通できた。

 

 そしてスコックだが、二枚という結果に終わった。

 しかし勘違いをしてはいけない。

 貫通枚数は少ないが、マットの風穴の開き具合は一番だ。

 猪の腹を大きく裂き、血や臓物をこぼすのに特化しているのがスコックなのだ。

 

「良いぞ、スコック。お前が一番だ」

 

 俺はスコックに期待を込め、赤いペンキで塗装した。

 よくわからないが赤くすると、強くなるとか早くなるとか偉い人が言っていたから、俺もそれに従うのだ。

 

 

 猪の行動パターンを確認するのに三日ほど時間を要した。

 ヤツは決まって朝の六時に地下を出て、夕方五時に帰ってくる。

 あのトンネルは地下駐車場に通じていたようで、駐車場へ続くスロープから上がってくる姿を窓の外から確認できた。

 

 夜の間は地下のどこかで睡眠をとっているのだろう。

 何とかしてエスカレーターの穴の下にまで誘導しなければいけない。

 日中のうちに何かしらの細工を仕掛けてしまわないと、投げ槍で仕留めるのは難しそうだ。

 幸いなことに一度地下を出てしまえば夕方までは戻らない。

 下見をして、策を練ってみよう。

 

 地下に通じる階段を下りエスカレーターへと向かう。

 猪の倒した棚の残骸がエスカレーターからトンネルまで、折り重なるようにして道を作っていた。

 この棚を使って何かしらの罠を仕掛けてみるか?

 まずは攻撃を仕掛けた際に逃げ道をなくすため、エスカレーター周りを棚で塞いでしまおう。

 

 棚は薄い鉄板で作られている。

 これを積み重ねたところで大したバリケードにはならなそうだ。

 それでもやらないよりは良いだろう。

 材料は猪がたくさん用意してくれた。

 

 カートに鉄板や枠を積み、エスカレーター周りにバリケードを作っていく。

 薄い板とひしゃげた枠でも、積み重ねればそれなりな物にはなる。

 進捗(しんちょく)状況は半分ほど。

 カートで往復を繰り返し、足元に転がる鉄板を集めていく。

 

「お、これは……」

 

 鉄板の下に隠れるようにして落ちていた肉の塊を見つけた。

 俺が猪から逃げるために放り投げたもののうちの一つだ。

 あの時はカチカチに凍っていたが、今はすっかり解凍されていた。

 衛生状態が気になるところだが腐ってはいなそうなので、珠子に食べられるかどうか確認してもらおう。

 棚の下から肉を拾い上げた。

 

「ガウゥ!」 (にく!)

「うわっ!?」

 

 俺の持ち上げた肉の塊に、白い毛玉が飛びついてきて、驚き手を離す。

 床に落ちた肉にしがみつく様にして食べているそいつは、白いふわっふわの毛皮の子犬だった。

 以前見たことのある、シベリアンハスキーの子犬にそっくりだ。

 

「なんだお前。どこから迷い込んだんだ? トンネルから来たのか?」

「ハグゥ、ググゥ」 (おいし、おいし)

「はは、腹減ってたのか。ゆっくり食べな」

 

 小さい子犬が自分の体程もある塊肉に無我夢中で齧りつく様は、見ているだけで癒される。

 しばらくその様子を眺めていると、ある程度腹が満たされたのか子犬がこちらに気がついた。

 首を傾げて不思議そうにこちらを見る姿がなんとも可愛らしい。

 

「プププ」 (だれ?)

「誰と言われてもなあ……」

「プププ」 (なかま?)

 

 子犬は首を右に左に傾げては、鼻を「プププ」と鳴らす。

 

「仲間じゃあないな」

「プググ……グウゥ!」 (じゃあてき……? てき!)

 

 突如、臨戦態勢になる白毛玉に対し、両手をあげて答える。

 

「敵じゃないよ。ほら、安心して」

「ププププ」 (じゃあなかま)

 

 子犬が俺の足の匂いを嗅ぎにきたので、無抵抗で嗅がせておく。

 

「プププク」 (おおかみのにおい?)

「狼? 俺は人間だよ?」

「プクゥ」 (ひとのにおい?)

「ああ、そうだよ。俺は人だ」

「ププググ……ウァン!」 (おおかみのひと……おおかみのひとだ!)

 

 子犬は目を輝かせて尻尾を振りながらこちらを見上げている。

 そんなに獣臭いだろうか?

 自分の匂いを嗅いでみるが、ここは猪の臭いが充満していてよくわからなかった。

 

「もう少ししたら夕方になる。ここに居ると危ないよ。お父さんとお母さんは居ないのか?」

「クウウゥ、ウルルゥ」 (おとさん、おかさん、まいご)

「迷子? 迷子はお前だと思うぞ。ああ、毎晩遠吠えしてたのはお前を探してたのか。ちゃんと返事したか?」

「プグググ……」 (とおぼえ、うまくいかない……)

「どんなだよ。ちょっとやってみな」

「アゥ、アオゥ、アァウォン」

「練習あるのみだな。ここに居ると猪が戻ってくるから、一緒に上に行くか?」

「ブググ」 (あいつこわい)

「そっか。じゃあ上に行こう。その肉も持っていくから、あとでゆっくり食べるんだぞ」

「ウァン!」 (にく!)

 

 肉を持ち上げて歩き出すと、俺の後ろをちょこちょことついてきた。

 階段に差し掛かると、一段目に前足を乗せた子犬がそのまま後ろにひっくり返ってしまう。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「プウ……」 (のぼれない……)

「仕方ないな」

 

 子犬を小脇に抱え、階段を上っていく。

 

「ウウォウ」 (おとさんとおなじくらいある)

「お前のお父さんでかいな」

 

 以前見たことのある、あの白い野犬がこの子犬の親なのかもしれない。

 こんなにコロコロとした毛玉が、いつかあれくらい大きな姿に変わってしまうのか。

 

 一階に着いて子犬を下ろしてやると、物珍しそうに辺りの匂いを嗅ぎながら歩き回っていた。

 

「おい、そっちじゃないぞ。こっちにおいで」

「アウ!」 (おいてかないで!)

 

 エレベーターホールへ続く防火扉を潜りエレベーターを呼ぶ。

 開く扉を見て、子犬が固まって動かなくなってしまった。

 

「ほら、おいで。中入りな」

「グウゥ……」 (へんなの……)

 

 どうやらエレベーターを怖がっているらしい。

 どれだけ呼んでも中に入ろうとしない子犬に肉を見せつけるようにして振ると。

 

「ガウゥ!」 (にく!)

「よし、良い子だ」

 

 簡単に釣れた子犬にそのまま肉を齧らせ、八階のボタンを押す。

 しばらくして八階に到着すると、エレベーターの電子音に驚いた子犬が肉を口から離した。

 その隙に肉を拾い上げて、子犬をエレベーターの外に誘導する。

 

 防火扉を抜けて部屋へと入る。

 ソファに座っている鈴鹿と珠子の姿が見えたので、そちらへと向かう。

 

 生肉を掴んだままなのもどうかと思うので、子犬の手が――前足か――届かないところに置いていく。

 子犬はきょろきょろしながらもついてきた。

 

「あ、恭平タイミング遅かったね。もう食べ終わっちゃったよ」

「ん? まだ夕飯じゃないだろ? 何を食べていたんだ?」

「鈴鹿さんがきな粉餅を食べたいと言っていたので、おやつで作ってみたんですよ」

「そうか。俺も食いたかったな」

 

 テーブルの上には既に餅が無くなりきな粉だけになった皿が置かれていた。

 ほのかに香るきな粉の良い匂いが、腹を刺激する。

 

「アオン!」 (いいにおい!)

「あ、こら」

 

 テーブルに飛びついた子犬が皿をひっくり返し、頭からきな粉をかぶってしまった。

 粉まみれになりながらきょとんとしている子犬を抱き上げ、きな粉を食べないようにさせた。

 犬の体に悪いものが入っているかもしれないので、顔周りについた粉も払っておく。

 

「きょ、きょ、恭平! なにその子どうしたの!?」

「うわあ~、モフモフだあ~! 拾ったんですか? 飼うんですか!?」

「いや、地下に迷い込んでしまったみたいでさ。猪に殺されないように少しだけ保護してやろうかなって」

「ええー! 飼おうよ! 外に出したら死んじゃうよ!」

「そうですよ。こんなにモフモフで可愛いのに!」

「ププク」 (だれ?)

 

 二人の子犬を見る目が、とろけている。

 俺に抱えられた子犬は、不思議そうに二人を見て首を傾げている。

 その仕草で二人の顔はさらにとろけてしまった。

 

「じゃあ飼うなら名前付けなくちゃね! シロ、コロ、マル?」

「もっと可愛い名前が良いですよ。ジュリア、エリザベス、ソフィア」

「いや、飼わないし名前をつけたら離れるとき辛くなるぞ?」

「離れないもん。ほら、恭平も名前考えてよ」

「そうですよ。名前は必要です」

「名前いるか? んー、まあメスみたいだしきな粉まみれだから、きなこで良いんじゃないか?」

「きなこ! 可愛いねえ。お前は今日からきなこだよ」

「きなこちゃん。よろしくね~」

 

 二人は俺の出した名前を気に入ったようで、しきりに子犬に「きなこ」と話かけている。 

 当の子犬は、何が起きたのかわからないといった様子できょときょとしている。

 

「プググゥ」 (おろして)

「下ろしても良いけどその粉は食べちゃダメだぞ。お腹を壊すかもしれないからな」

「プププク」 (おなかこわす?)

「ああ、食べたら死んじゃうかもしれない怖いものなんだ。食べないと約束するなら下ろしてやるぞ?」

「ワウゥ」 (たべない)

「よし、良い子だ」

 

 子犬を床に下ろしてやると、きな粉の匂いを嗅ぎにいき、ぺろりと舐めたので慌てて抱き上げる。

 

「食べるんじゃねえか! 珠子、ちょっとこれ片付けてくれないか?」

「あ、はい。ちょっと待っててくださいね」

 

 子犬は俺の腕の中で珠子が掃除している様子をジッと見ている。

 

「プグゥ」 (おろして)

「掃除が終わるまでダメだ」

 

 あとで腹が痛くなっても知らないからな。

 

 珠子と鈴鹿が掃除を終わらせてくれたので子犬を下ろすと、きな粉が落ちていたところの匂いをしきりに嗅いでいた。

 

「きなこちゃん、ダメですよ~」

「お腹空いてるのかな?」

「ワププゥ」 (だれ?)

「鈴鹿と珠子だ。敵じゃないぞ」

「ググゥ」 (なかま?)

「ああ、俺の仲間だ」

 

 子犬が二人の方へ歩いていき、匂いを嗅ぐ。

 

「プウプププ……ププププ」 (ひとのにおい……なかま?)

「可愛いねえ。ほらおいでおいで」

「あ、ずるいです。きなこちゃんおいで~」

「ワフゥ」 (なにかくれる?)

「何も貰えないぞ」

「グブブ」 (おなかすいた)

「ああ、じゃあちょっと待ってろ。肉持ってくるから」

「クァウ!」 (にく!)

 

 肉を取りに行こうとすると、鈴鹿が「ねえ、恭平さ」と話かけてきたので足を止める。

 

「ん? なんだ?」

「なんかさっきからきなこと話しているみたいだけど、言いたいことわかるの?」

「言いたいことっていうか、なんて言ってるかわかるな」

「ええ? どうやって?」

「どうやって? んー、なんとなくだな。耳の倒れ方とか顔の向け方、目の伏せ方、鼻の動き方、体の動き、あと鳴き声で、なんとなく」

「普通わかんなくない? すごいね、恭平。動物関連の仕事でもしてたの?」

「いや、俺は普通のサラリーマンだったよ」

「意外ですね。もっと特別な何かをしているようなイメージでした」

 

 特別な何かとは、いったいなんなのだろうか。

 俺はどんなイメージを珠子に持たれているのだろう。

 

「ああ、そうだ。珠子、犬のご飯ってどうしたら良いかわかるか? 下に落ちていた塊肉はあげたんだが」

「ふふふ、実は昔、犬用の手作りご飯を研究していたことがありまして。時間をいただければ作れますよ」

「本当か、じゃあそれで頼む。食いかけの塊肉はあそこにあるから使ってくれ。こいつは風呂にでも入れて洗ってやるか? 粉まみれだ」

「あ、私がお風呂入れるよ。ねー、きなこちゃん。一緒に入ろうねー」

「プグプグ」 (おなかすいた)

「じゃあ鈴鹿頼む。ほら、鈴鹿と一緒に行ってこい。風呂に入れてくれるってよ」

「ウァン!」 (なにそれ!)

「水浴びだよ。やったことないか?」

「ワフ」 (ない)

「そうか。きっと楽しいぞ。水で遊んで来い」

「ワウウ、アン!」 (あそぶ? いっぱいあそぶ!)

「ねえ恭平、なんて言ってるの?」

「水でいっぱい遊ぶってさ」

「えー、可愛いねー! 一緒に遊ぼうねー」

「ワフウ」 (あそぶ)

 

 珠子は厨房へ、鈴鹿は子犬を連れて風呂へ向かった。

 残された俺は時計を確認し、ベランダへと向かう。

 時刻は夕方の四時半。夜行性と思わしき野犬たちもそろそろ起きている頃だろう。

 

 ベランダから街全体に響くように、遠吠えの真似をしてみるか。

 子供は預かっている。無事だ。

 そんな意味を込めて、叫ぼう。

 

「ウオオオォォォン!!」

 

 しばらくすると、遠くの方で一つ二つと遠吠えがあがった。

 その遠吠えは「待っていろ、そちらに行く」と言っているように聞こえたので、恐らく意思は伝わっていることだろう。

 

 包丁とメタルラックの支柱はまだまだあったので、投げ槍を量産していく。

 勿体無いので、包丁の数は複数でなく全て一本だ。

 メタルラックの支柱も長さがいろいろあり、連結して伸ばすこともできたので、長いものから短いものまで作る。

 今日は猪対策が終わらなかったので狩りをすることができなかった。

 明日、罠や仕掛けを作って準備を終わらせて、それから狩りをするとなると明後日くらいになりそうだ。

 

「あ、ちょ、待ちなって! 恭平、捕まえて!」

「アン!」 (おおかみのひと!)

「ん? おお。どうした、ってびちょ濡れじゃないか」

「ワフ! ワウアウ!」 (たのしい! おおかみのひともあそぶ!)

 

 子犬は風呂での水浴びがとても楽しかったのか、嬉しそうにはしゃいでいた。

 

「もう、きなこったら、急に暴れ出してお風呂から逃げちゃってさ。抱きかかえて戻そうとしてもすっごく暴れて、エスカレーターの階段上ろうとして転んでて」

「そうだったか。俺のことを遊びに誘いに来たらしい……ってお前なんて格好でうろついてんだ。服を着ろ」

「あはっ。エロい?」

 

 バスタオルを巻いただけの鈴鹿が、科(しな)を作ってポーズを決めた。

 少し小さめのタオルからいろいろ見えてしまいそうだ。

 

「そういうのはいいから服を着ろ。風邪をひいても知らないぞ」

「へーいへい。相変わらずインポでいらっしゃいますなあ。ねえ、恭平。据え膳食わぬはなんとやらって知ってる?」

「知ってるけど気分じゃないんだよ。こいつは俺がやっておくから、お前も髪を乾かしておけよ」

「はいはーい」

 

 鈴鹿を見送り、足に絡みついてくる子犬を連れてタオルやドライヤーがまとめて置いてある場所まで行く。

 そこには既に先客が居た。

 

「あーら、恭平さんじゃないの? なに? 私の裸でも見に来た?」

「ちげえよ。ドライヤーだ」

「そうなんだー。ムッツリなのかと思っちゃった」

 

 裸を隠そうともしない鈴鹿がそう言ってくるが、俺は極力その姿を見ないようにしてドライヤーとタオルを取ると違う場所へと避難した。

 クソ、ドライヤーとタオルは別の場所に置いておくべきだったな。

 乾かしておけなんて偉そうに言っておいて、すぐに再会するなんて恥ずかしすぎる。

 少し考えればわかるだろうに。クソ。

 

 暴れる子犬の水気をタオルでふき取り、ドライヤーをかけてしっかりと乾かしていくと、とんでもなくふわふわな白毛玉が完成した。

 

「ワグゥ!」 (あつかった!)

「すまんすまん。でもちゃんと乾かさないと具合が悪くなるかもしれないし、許してくれよ」

「グウルル……」 (なにかたべたい……)

「ああ、夕飯できたかな? 行ってみるか?」

「アン!」 (いく!)

 

 九階のレストランへ行けば、既にテーブルの上に料理が並んでいて、夕飯の準備がもう少しで完了するところだった

 先にここで準備の手伝いをしていた鈴鹿が、俺を見ると「あら?」と言った。

 

「あらあら、ムッツリの恭平さんじゃない……って可愛いいい! きなこすっごくふわっふわ! こっちおいで!」

 

 俺に軽口を叩こうとしたようだが、俺の足元に居る子犬を見て、その顔をとろとろにとろかしていた。

 

「ププグググ」 (おなかすいた)

「恭平、なんて言ってるの?」

「腹減ったって」

「ちょっとたまちゃんにご飯貰ってくる!」

 

 鈴鹿が走って厨房に行くと、珠子と二人でいろいろと料理を持って帰ってきた。

 

「今日はいかとサトイモの煮物とひじきご飯です。きなこちゃんはハンバーグだよ~。モフモフ度がアップしたね~」

「ねえ、たまちゃん。床に置いた方が良いの? テーブルで一緒に食べた方が良いんじゃない?」

「むむ。そうですねえ……」

「そうですねえじゃないだろ。床のほうが食べやすいんだから置いてやれよ」

「それもそっか。ほらきなこちゃん、ご飯だよー。おいでおいで」

「ウアン! ウォン!」 (いいにおい! たべたい!)

 

 鈴鹿が持っているプレートには数種類の料理が乗っかっている。

 犬用のほうが人間用より種類が多いという。

 

「インゲンとツナの混ぜご飯。じゃがいものお焼き。牛肉の粗挽きハンバーグにはブロッコリーとニンジンを入れてみました」

「普通に美味そうなんだが」

「ワフ、ガウガウ!」 (おいし! これおいし!)

「おう、すげえ勢いだ。美味しいってさ」

「良かったです!」

 

 二人は子犬の食事風景を見るばかりでなかなか箸が進んでいなかった。

 子犬は満腹になると、丸くなって眠ってしまった。

 

「ああ、そうだ。こいつの親と連絡が取れたから今夜中にいなくなるからな。覚悟はしておくように」

「えええええ! 一緒に寝たいんだけど!」

「そうですよ! ひどすぎます!」

「そもそもどうやって親と連絡取るの! 犬でしょ!」

「そうですよ! 嘘はダメです!」

 

 二人は想像以上に激しくブーイングをしてきた。

 名前なんか付けて愛着を持つと離れるときに辛くなるのはわかっていただろうに。

 

「連絡は遠吠えでやった。最近、夜になるとずっと聞こえてたろ? あれはこいつを探していたからだ。お前らは親と子を引き離したままでも良いと言うのか?」

「そ、そうじゃないけどさ。でもやっぱり寂しいよ」

「たしかに家族は一緒に居るべきですね……」

 

 二人が意気消沈となるのと同時に、窓を閉めていても聞こえるくらいすぐ近くから犬の遠吠えが聞こえた。

 その声を聞くと子犬がガバリと体を起こす。

 

「アウン!」 (おとさん!)

「ああ、お前のお父さんが迎えにきたぞ」

「アン!」 (いく!)

「わかった、連れて行ってやるから。お前らはどうする? 見送るだろ?」

「うん。そうだね」

「行きます」

 

 子犬を抱き上げエレベーターへと向かう。

 

「また来るんだよ」

「きなこちゃん、元気でね」

 

 二人はずっと子犬に話掛けたり撫でたりをしていた。

 エレベーターで一階まで行き、子犬を床に下ろしてやると元気に走り回る。

 

「ワウ! アオン!」 (おとさん! どこ!)

「ちょっと待て。今開けてやるから。二人は万が一があるといけないから、この防火扉を開けたままここで待っててもらえるか?」

「うん。そうだね。わかった」

「うう、最後にきなこちゃんを撫でたかったです」

 

 走り回っている子犬は既にこちらへ興味を失っているように見えるが、試すだけ試してみるか。

 

「おい、こっち来い!」

「ワフン」 (なに?)

 

 意外にも俺の声に子犬が寄って来た。

 

「さよならの挨拶をしようか」

「アン!」 (またね!)

「うー、きなこー」

「あ、舐めてくれました……」

 

 二人とも無事別れを済ませたので、正面玄関へと子犬を連れて向かう。

 防火シャッターは脇に設置されたパネルで開閉が可能だ。

 

 スイッチを押すとシャッターがゆっくりと上がっていく。

 シャッターが開ききると、突如、目の前に白い大きな何かが降り立った。

 

「グルルル……」

 

 そこには、鼻にしわを寄せ、牙を見せて唸る、明らかに怒りの表情をしている巨大な白い犬がいた。

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