アンデッド・アポカリプス ~ゾンビに嫌われた俺が行く終末世界~   作:鬼管いすき

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第三話 崩壊の足音

「マジ助かった……」

「ガチでやばみざわだった……」

「マジあざまる〜」

「あざまる水産だよね」

 

 クレーンで吊られた籠の中、女子高生二人がよくわからないことを言っていた。

 頭にハテナを浮かべていると、とび職のお兄さんが「お前らなあ……」と言った。

 お兄さんは女子高生の言葉がわかるんだなあと感心していると、突然、美香が女子高生たちを思い切りビンタした。

 女子高生はビンタが強すぎたのか尻餅をついて驚いた顔をしている。

 

「え、ええ、なにすんだよ!」

「ってーな!」

「黙れ。黙らないと落とす」

「はあ!?」

「意味わかんないんだけどっ!」

「おいおい、暴れないでくれよ……。あんま安定してないんだから」

「美香、いきなり叩くのはちょっと……」

「ごめん。このクソガキらがウザくて」

「お前の方がウザいし!」

「コスプレ女!」

「うっ……」

 

 やはりはたから見たらコスプレに見えるのか……。

 思わぬところで心にダメージを負った。

 

「もうちょいオヤゴーコースラー、オッケー、そんままゆっくり右旋回。あ? ああ、なんでもねえよ」

 

 とび職のお兄さんが無線に専門用語で指示出しをしている。

 無線の通話を切ったお兄さんが女子高生たちに「お前らさあ」と声をかけた。

 

「叩かれた意味わかんねえの? この人らいなかったら死んでたかもしれねえんだぞ?」

「だからお礼言ったじゃん!」

「そしたら叩かれたんだって!」

「あんなんお礼じゃねえんだよ。そんぐらいわかんねえのかよ。時と場合をわきまえろって言ってんの」

 

 美香は腕を組み女子高生たちを見下ろしている。

 お兄さんの言っているのことはド正論だ。

 最近の若い子の喋り方はわからないと俺は諦めていた。

 ただ言われてみれば確かにこういう非常事態の時くらい、普通のまともな喋り方をするべきなのだろう。

 女子高生もそれが理解できたのか「うぅ」とうめき声をもらすだけで反論をやめた。

 

「あ、ありがとう、ございました」

「おかげで助かりました。ありがとうございます」

「うん、よし。良いよ。私も叩いてごめんね。それより足のケガは?」

「あ、結愛(ゆあ)が捻っちゃって」

「足つくと痛くて……」

「そっか。避難所ついたら治療してもらおう。あと、あんたたち、避難所でもあんな喋り方してたら余計なヘイト集まるだけだからね。年配の方の中には私以上にひどいことをする人がいるかもしれないんだから」

「はい、気をつけます」

「すんませんでした……」

 

 意外と素直な子たちなのかもしれない。

 勝手に苦手意識を持っていたが、話せばわかる子もいるようだ。

 美香は女子高生たちになにやら避難所にいるだろう癖のある人の対処法やらをレクチャーしだした。

 二人は真剣な顔で聞いている。

 

「ケンカおわったの?」

「ああ、ごめんね、恵理奈ちゃん。ケンカじゃないけどもう終わったよ」

「ケンカは怖くてきらいだよ」

「うん。そうだね。良くないね」

 

 恵理奈ちゃんが悲しそうな顔をしているので頭を撫でておく。

 ふと優子ちゃんの様子を見ると、座り込んで青い顔をしながら震えていた。

 

「ああ、怖いって言ってたっけ。大丈夫? おじさんに掴まる?」

「は、は、はい」

「ははは! 大丈夫だよ、この籠はたまにしか落ちないから」

「たまに落ちるんですか!?」

「そういう冗談は今はやめてくれると助かるよ」

「ああ、ごめんごめん」

 

 とび職のお兄さんのせいで、俺に掴まった優子ちゃんの震えがよりいっそう激しくなってしまった。

 

「ほら、もう市役所の中入ったから。あとは降りるだけだよ」

「は、はやく……」

 

 優子ちゃんの願いに反して、籠はゆっくりと降下していく。

 市役所の駐車場に籠がつくと、優子ちゃんは大きな安堵のため息を吐いた。

 籠の周りにはベニヤ板を持ち上げていた職人さんを含めて、たくさんの人がいた。

 用意してくれていた脚立を使い、籠から出る。

 

「いや、よかったよかった」

「よく無事だったなあ」

 

 職人さんらが言うには、避難してきた人は二週間ぶりとのことだ。

 羽田空港閉鎖からすぐにゾンビパニックが起き、それから既に二ヶ月が経っている。

 避難者が少なくてもおかしくない。

 

「ああ、お兄さんたち」

「ん?」

「いろいろわからないだろうから、担当の人の所まで案内するよ」

「ああ、助かるよ。ありがとう」

「いいって。あ、俺、佐藤(さとう)(ゆずる)ね。よろしく」

 

 迎えに来てくれたとび職のお兄さん、佐藤くんが手を差し出してきたので握り返す。

 

「山下恭平です。こっちが妻の美香」

「よろしくね」

 

 佐藤くんは美香とも握手を交わす。

 

「私は飯塚優子です」

「飯塚恵理奈だよ!」

「よろしくねー。ってお二人の娘さんじゃなかったんだ」

「私はまだ二十五歳ですので」

「俺とタメじゃないですか。マジかあ」

 

 佐藤くんも二十五歳だったようだ。

 

「あ、あたしは三咲(みさき)結愛(ゆあ)

「あたしが愛理(あいり)ね。見ての通り双子だよ」

「すごく似てるね!」

 

 恵理奈ちゃんが双子の顔を見比べ笑顔で言うと、「でしょ~」と双子が声をそろえて笑顔で返した。

 

 一通り自己紹介が済んだので、佐藤くんに市役所内を案内してもらうことに。

 一階の正面入り口付近で、美香が隣に並んで脇を小突いてきた。

 

「恭平。バイザー下げて」

「え? なんで?」

「良いから。あとできるだけ人前では言葉を喋らないで」

「お、おう。わかった」

 

 美香の言うとおりにバイザーを下げる。

 

「何かあったら対応は私がするから。恭平は結愛(ゆあ)愛理(あいり)を守る感じで」

「うん。具体的には?」

「二人の前に立って視線から庇うとか、いろいろ。とにかく、お願い」

「わかった」

 

 美香がここまで言うくらいだ。

 きっと何かがあるのだろう。

 

 市役所の一階は、前に来た時と様変わりしていた。

 受付のカウンターや待ち合い用の椅子が取っ払われ、ダンボールと布で区切られたブースがいくつも作られていた。

 美香の言いたかった事はすぐにわかった。

 布の隙間やダンボールの上から、何人もの避難者らしき男性たちが結愛と愛理、美香をなめまわすように見ているのだ。

 男性の視線から結愛たちの体を隠す位置に立ち、威圧するように顔を向ける。

 何人かは見るのをやめたが、少なくない数の男性がこちらを見続けていた。

 

「ちっ。ッゼぇな」

 

 佐藤くんがボソッと呟いたのが聞こえた。

 

 市役所の二階も区切られたブースになっていたが、こちらにいるのは女性だけだった。

 かなり剣呑な空気を感じる。

 

「俺と佐藤くんが睨まれてるな」

「まあ、仕方ないんだよなあ。悪いけど我慢してくれる?」

「何が起きたかは想像つくけど」

 

異様な雰囲気に、子供たちは皆静かだった。

 

「ついたぜ。ちょっと呼んでくるから待っててくれ」

「ああ、わかった」

 

 三階は良く見知った市役所の形を保っていた。

 防災対策本部として機能しているらしく、たくさんの人が働いている。

 

「恭平、ありがとう。ここではヘルメットを取っておきましょうか」

「そうだね。さすがに怪しまれてる」

 

 まるで銀行強盗でも見るかのような目で見られていたからな。

 確かに顔も見えないヘルメットかぶった二人組みがいきなり現れたら怪しみもする。

 程なくして佐藤くんが担当者を連れて戻ってきた。

 佐藤くんはすぐに「んじゃ、俺仕事に戻るんで」と行ってしまった。

 

「ああ、どうも。新しく避難してきた方ですね。ご無事で何よりです」

「どうも。山下です。すみませんが医務室などはございませんか? 連れがケガをしてしまいまして」

「ございますよ。今案内させますので。ご自分で歩けますか?」

「あ、はい。肩借りてるので大丈夫です」

「あたしが連れていきます」

 

 双子は担当者が呼んだ案内の人に連れられて医務室に向かった。

 美香が担当者に言うまで、あの結愛か愛理かのどちらかが足を捻挫しているなんてすっかり忘れていた。

 慣れない場所で心に余裕がないからだろうか。

 少し冷静になろう。

 

 その後も美香と担当者の間で話が進み、俺はたまに投げかけられる質問に答えるだけだった。

 うちの奥さんが万能で優秀すぎて、ちょっとツラい。

 途中で優子ちゃんが両親を探しに、職員と一緒に奥のパソコンのある場所へ行った。

 だが、ここに避難している人の中に両親の名前は無かったそうだ。

 優子ちゃんが涙をこらえていたがポロポロとこぼれてしまっていた。

 どこかで無事で居てくれれば良いが。

 

 この市役所の避難所には、職員を含めて現在百十五名が生活している。

 生活スペースは男女で分かれているが、夫婦や家族などでまとまっても良いそうだ。

 その際は二階奥のスペースを使うように言われた。

 ただし二階は女性用の生活スペースなので、正しい配慮をするようにと念入りに注意された。

 あの剣呑な視線に晒されれば、嫌でも気をつけると思う。

 

 風呂は外に仮設風呂が六つ用意されていて、一人の利用時間が二十分以内とのことだ。

 食事は朝昼晩の三回、外で炊き出しが行われる。

 洗濯機は八台が稼働しているらしく、空いていれば使っても良いが、終わるまでその場所を離れるなとのことだ。

 

「恭平、どうする?」

「んー、俺は一階で美香は二階で良いんじゃないか?」

「そうね。そうしましょうか」

 

 先ほど二階を通ってきたが、あの女性たちの視線を浴びて針の(むしろ)に座らされるような気持ちになった。

 四六時中あの視線に晒されると思うと、さすがに勘弁してほしいと思ってしまう。

 美香もそれがわかっているのか、あっさりと承知してくれた。

 

「私は優子ちゃんたちと一緒にいようと思うからさ。なにかあったらすぐに来て」

「オッケー。とりあえずブラブラしてみるから、十二時になったら外の炊き出しのところで落ちあおうか」

「うん、わかった」

 

 二階で美香たちと別れ一階の男性用生活スペースへ向かう。

 荷物もなく誰も使ってないと思われるブースが結構あるので、その一つへと入り布のカーテン閉める。

 手に持っていたヘルメットを置きリュックを下ろす。

 グローブやブーツを脱ぎスーツの上をはだけさせると、やっと人心地(ひとごこち)ついた。

 ため息を一つ吐き、ポケットからタバコを出して咥える。

 

「と、禁煙って言ってたっけ」

 

 市役所内は全館禁煙と言われたのを思い出した。

 確か外に喫煙スペースがあったはずだ。

 

 脱いだばかりのブーツを履き、スーツに腕を通す。

 ジッパーはおろしたままだ。

 

 喫煙スペースには何人かの人がいた。

 

「お、佐藤くん、さっきぶり」

「あ、ども、山下さん」

 

 職人数名と一緒に煙草を吸っている佐藤くんを見つけた。

 佐藤くんはフィルター近くまで減った煙草をもみ消すと、新しい一本を咥えた。

 ヘビースモーカーなのかもしれない。

 

「山下さん、ここいろんなヤツがいるんでマジで気をつけといてよ」

「ああ、そうみたいだね」

「今は自衛隊の人がいるからマシになったけど、前は相当ひどかったからさ」

「自衛隊の人がいるの?」

「いるよ、四人。ただ全員喋らないし顔をマスクで隠してるしで、どんな人かはわからないんだけど」

「なんだかスワットとかの特殊部隊の人みたいだね」

「あー、そんな感じが近いかも」

 

 佐藤くんいわく、自衛隊員たちは装甲車の中で寝泊りをしていてコミュニケーションをあまり取らないそうだ。

 自衛隊員たちは市役所内の巡回を定期的にしてくれているらしい。

 

「あの人らが来るまでは盗みや暴行が多発してて、ほんとひどかったんだよなあ」

「こんな状況だから皆どこかしらタガが外れてるのかもね」

 

 殺しがないだけマシなのだろうか。

 ここに避難してきた人たちはほぼ全員が、避難生活や集団生活のストレスだけでなく、もっとストレートに死のストレスをゾンビから感じたことだろう。

 知人や友人、家族さえもが歩く死体になって襲いかかってくるストレスは、人の心を簡単に壊すのではないだろうか。

 美香がゾンビになって襲ってくることを想像したが絶望感しかなく、たぶん俺はそのまま美香に噛まれてゾンビの仲間入りをするのは間違いない。

 

「マジであの小さい子たちとか女子高生たちから目を離さないようにしたほうが良いよ」

「自衛隊の人がいるのにいまだにそういう犯罪が?」

「……ちょっと前に一人で避難してきた中学生の女の子が行方不明になって、男の一部が外に出てったって言ってたんだよ。家族を探しに行ったって」

「そいつらがなにかしたのか?」

「まず間違いなくそうだと思う。外をうろついてるゾンビの中に、裸のその子がいたから」

「……なんてことだ」

「証拠隠滅のために外に放り出したんだろうね。まあ自衛隊の人にそれを伝えたから監視の目が強くなっているとは思うけど、万が一があるんで、ほんと気をつけてよ」

「ああ……。気をつけるよ」

 

 なんとも胸糞の悪い話だ。

 胸のもやもやを一緒に吐き出すように煙草の煙を吐いた。

 

 仕事をするという佐藤くんと別れ、市役所の敷地内をぶらつきながら考える。

 女の子を殺した犯人がまだここにいる。

 男の一部、ということは複数の犯行なんだろうか。

 美香たちをじっとりとした目で見ていた男性たちの顔を思い出して、嫌悪感を抱く。

 

 女の子の事件が避難所全体に知られているから、女性たちも男性不信になっているのだろう。

 

 犯罪者たちは自衛隊員というわかりやすい力に押さえられて今は大人しくしているだけかもしれない。

 常に警戒し決して一人にならないように言っておこう。

 安全な避難所かと思っていたが、まさかゾンビ以外にも脅威があるとは思わなかった。

 

 なんだか、堅牢そうに見えるこの避難所が、砂上(さじょう)楼閣(ろうかく)であるかのように思えた。

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