アンデッド・アポカリプス ~ゾンビに嫌われた俺が行く終末世界~   作:鬼管いすき

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第三十一話 義妹

 俺と美香の住んでいたアパートの部屋は、出て行ったときと様変わりしていた。

 窓という窓にはダンボールとガムテープで目張りされていて、明かりを漏らさないようにしている。

 歩く音を出さないためか、床には大量のタオルや服が置かれていた。

 部屋の隅には大量の缶詰の空き缶が入った袋が詰まれ、その缶詰の入っていたであろう畳まれたダンボールが折り重なっている。

 

 美香の妹の花乃ちゃんがなぜ俺のアパートで寝ていたのかを問いただそうとしたが、まずはびしょ濡れの体を拭いたほうが良いと言われ、それに従って脱衣所で体を拭き服を着替えた。

 明かりの点いた部屋でテーブルを挟んで花乃ちゃんと対面して座る。

 

 花乃ちゃんの姿をまじまじと見る。

 以前に会ったときは俺よりも短かった髪が、今は肩ほどまで伸びて後ろで一つにくくられていた。

 美香と違い高身長でボーイッシュなイメージだった花乃ちゃんの髪が長いと、なんとも違和感がある。

 

「はい、お義兄(にい)さん、まずはお茶をどうぞ」

「あ、ああ、ありがとう。いただきます」

 

 花乃ちゃんの入れてくれた熱い緑茶を飲む。

 冷えていた体がじんわりとあたたまっていく。

 

「さて、じゃあいろいろ聞きたいんだけどさ、まずその腕どうしたの?」

「え、ああ、ゾンビに噛まれたらこうなって」

「噛まれたの!? いつよ!」

「いや、ちょ、待ってくれ」

 

 立ち上がり空手の構えを取る花乃ちゃんは、いつでも殴るか蹴るかができる臨戦態勢を取っていた。

 慌てて腕のことなどについて弁解をすると、怪訝な顔をしつつも構えは解いてくれた。

 

「ゾンビにならない、ねえ。にわかには信じがたいけど」

「俺も信じられないけど事実なんだよ」

「ふーん。なんでそんなことになったの? ていうか今までどうしてたの?」

 

 座って話を聞く姿勢をとってくれた花乃ちゃんに、今まで起きたことをいろいろと話す。

 市役所、マキシーン、薬、駐屯地、米軍基地、百貨店、赤カブト、犬。

 話すことは山ほどあったが、美香についてはついぞ言うことができなかった

 

「ふーん、そんなことがおきてたんだ。なんか壮絶だね」

「ああ、壮絶か。そうだな。何度も死にかけたしなあ……」

「なんにせよ生きてて良かったよ。ところでお姉ちゃんは? 百貨店にいんの?」

「……それが、だな」

「あ、うん、そっか、わかった。死んだんだ、お姉ちゃん。そっか」

 

 花乃ちゃんは俺が言いよどんだ様子から、美香のことを察してしまった。

 そのなんともあっさりした反応に、俺がなにも返せずにいると、花乃ちゃんが「実はね」と話を切り出した。

 

「お母さんとお父さんもゾンビになっちゃってさ。私が殺したんだ」

「そんな、お義母(かあ)さんとお義父(とう)さんが……?」

「うん。だからお姉ちゃんも私が殺してあげる。眠らせてあげるんだ」

「いや、それは俺がやる。俺がやらないといけないんだよ」

「そっか、でもお義兄さん、お姉ちゃんのことすごく好きだったから無理だと思うよ?」

「それでも、やるよ。甘えてばかりはいられないからな」

「うん、まあそのときになったら考えようね。それで、お姉ちゃんははどこにいるの?」

 

 花乃ちゃんへ美香に起きたことをかいつまんで説明する。

 チャラ男の件は、言うのがつらかったが伝えた。

 眉間に皺を寄せて「お姉ちゃんが? ありえないね」と否定する花乃ちゃんに、俺のせいだと伝えるも険しい顔のままだった。

 

「あのお姉ちゃんがお義兄さん以外の人に体を許す? ないない。お姉ちゃん男嫌いなの知ってるでしょ?」

「ああ、だが、俺という弱みがあったから……」

「それはそうかもだけどさ。ていうかそしたらそれ浮気じゃなくない?」

「だから俺は死にたくなるくらい後悔しているんだよ……。マジで、もう昔の俺を殺してやりたい」

「まあまあ。ていうかお姉ちゃんが大人しくヤられるわけないし、その動画ってのを見ないとなんとも言えないなあ」

「俺は絶対に見たくない」

 

 衝動的に左手の爪で首を掻っ切って自殺をする可能性がある。

 

「まあ、その話は置いておくとして、美香を探して、それでこのアパートにいるかと思ってやってきたら花乃ちゃんがいたんだよ」

「そっか。タイミング良かったね。私ももう食料ないし明日にはどこかへ移動しようかなって思ってたんだ。勝手にいろいろ食べちゃってごめんね。もうなにも残ってないよ」

「それは構わない。ていうかいつからいたんだ?」

「一ヶ月前くらいかな。ここまで来るのに一週間もかかってさ。わりと死にそうだった」

「そりゃそうだろうよ……。ゾンビがうようよいただろうによく無事だったな」

「うん、マウンテンバイクを全力で漕いでたら意外となんとかなった。気がつく前に走り去る感じで」

「それなのに死にそうだったのか?」

「うん。餓死寸前だったよ」

「ああ、そういう……。明日には俺の拠点に向かおうか。食いもんいっぱいあるぞ」

「やった。今日なんか『ジュールフレンド』二箱しか食べてないからお腹ペコペコだよ」

 

 あれは一箱で四百キロカロリー近くある。

 二箱食べても一日の消費カロリーには足りない。

 お腹も空くことだろう。

 

「拠点にはいろいろあるぞ。ビーフシチューとか、ローストビーフとか。あとサバの味噌煮も食える」

「ちょ、やめてよ。今それ聞いたらお腹減りすぎて耐えらんないよ」

「ああ、悪い。ただ、料理を作ってくれる人の腕が良いから、今まで生きてきたなかで一番美味いと思えるものが食えるぞ」

「あー、お腹減った! くそー! お腹減ったよ! お義兄さんさあ!」

「悪い悪い。あ、ちょっと今その辺で食えるもん持ってきてやるよ。このアパートのどこかにあるだろ」

「え、危なくない?」

「だから俺はゾンビに襲われないんだって。ちょっと行ってくる」

「うん、だけど気をつけてね」

「ああ」

 

 玄関を開けると外は土砂降りの雨だった。

 雨避けの(ひさし)のついたアパートの二階通路が、横殴りの雨のせいでびしょ濡れになっている。

 せっかく着替えたのにまた濡れることになりそうだが、急げばそれほど濡れないだろう。

 

 アパートには八部屋あり、俺と美香の住んでいた部屋は二階の一番奥の角部屋だった。

 とりあえずお隣さんから探っていこう。

 インターホンを押すも反応はない。

 俺と美香が自宅待機の避難生活をしているときにお隣さんからは物音がしていなかったので、おそらくパニック初期のうちに違うところへ避難したと推測できる。

 玄関に取り付けられたポストを開け中に声をかけるべく口を寄せる。

 

「おーい、隣の山下だけど。いないならドア破るぞ。いるなら何かしら反応してくれ。あと五秒、四、三、二、一」

 

 物音はまったくしない。

 これはドアを破ってもいいな。

 

 まず、ドアについているポストの開く場所を左手で掴み、思い切り下へ引っ張る。

 バキリと音がして腕が入るくらい広くなったので左腕を突っ込む。

 邪魔な手紙受けは壊して内側に落とす。

 そしてサムターンを捻り開錠。

 

「さて、お邪魔しますよ」

 

 お隣さんは三十代のサラリーマンが一人で住んでいた。

 あまり食料には期待ができないか?

 

 男の一人暮らしの荒れた部屋を想像していたが、意外と綺麗に片ついていた。

 冷蔵庫を開ける。

 変色したなにかが入った皿やタッパーがいくつかと、瓶に入ったカビたなにか。

 調味料がいくつかと栄養ドリンクが二本。

 賞味期限は、一月前。まあ、いけるだろう。

 冷凍庫には、未開封のパックシュウマイ、五玉入りの冷凍うどん、冷凍チャーハンがあった。

 キッチンの棚を漁れば缶詰がいくつかとカレー粉がでてきた。

 よし、これだけあればいいだろ。

 冷蔵庫に磁石で取り付けられていたスーパーの袋に戦利品を入れて部屋に戻る。

 

「はい、ただいま」

「おかえり、早かったね」

「お隣さんにしか行ってないからな。ほら、これだけあったぞ」

「うわ、お義兄さん、やるじゃん。はやく食べよ食べよ」

「まあ待てって。俺が美味いもん作ってやるから」

「ええ、待てないよ」

「わかった。じゃあチャーハン食ってて良いから」

「やった。お義兄さん、ありがとう」

 

 電子レンジでチャーハンを温める花乃ちゃんを横に、料理を開始する。

 といっても全部混ぜて煮るだけなんだけどな。

 カレー粉は万能なのだ。

 

 シュウマイを冷凍のままサイコロサイズに切って鍋に入れる。

 そこにコーン缶、グリンピース缶を入れる。

 オリーブオイルで軽く炒め、我が家に残っていたスパイスのガーリックとターメリック、コリアンダー、ガラムマサラをたっぷり入れる。

 

「ふわあ、良い匂い!」

「そうだろう、ってもう食ったのか。あと少し待っててくれ。あ、うどんはなん玉食う?」

「あ、カレーうどんなの、これ? じゃあ三玉食べる」

「食いすぎだろ。食えんのか?」

「余裕だね」

「そうかい。じゃあレンチンしといてくれ」

「はーい」

 

 水を入れて煮込んだあと、火を止めてカレー粉を入れてかき混ぜればほぼ完成だ。

 そばつゆを入れれば完成だが、さすがに封を開けてから何ヶ月も放置していたものはやばそうだったので、粉末の和風出汁と醤油で味付けする。

 

「はい、完成。なんでもぶっこみカレーうどんだ」

「すてき!」

 

 テンションの高い花乃ちゃんが持つ、うどんが入った大皿へ汁をたっぷりと入れてやる。

 自分用の皿にも取り分け「いただきます」と食事を開始。

 ああ、これ、美味いな。

 シュウマイの肉や玉ねぎから良い出汁が出ている。

 いろいろな味がひとつにまとまり調和がとれている。

 やはりカレー粉は万能だ。

 

「これは、面白い味だね。たまに食べるシュウマイの欠片が謎肉感があって好き」

「わかる。ただコーンを入れたのは失敗だな」

「そう? この甘いのも美味しいよ」

「そうか、ならいいけど」

 

 花乃ちゃんはその身のどこに収めたのかと思うほどの量を平らげ(スープまで飲み干していた!)満足そうにしていた。

 その場でコロンと転がりパンパンに膨れたお腹をさする花乃ちゃんへ、明日の朝一にここを出ることを伝える。

 花乃ちゃんは「じゃあもう寝ないとね。十時過ぎてるし」とソファへ向かうが、そこは俺の寝る場所だからベッドに行ってくれと頼んだ。

 

「でもお義兄さんの家だし」 

「いやいや、一月もそのベッドで花乃ちゃんが寝てたんだから俺のほうが気まずいよ」

 

 そんな押し問答の末に、なんとかソファで寝る権利を勝ち取った。

 

 花乃ちゃんを寝室に見送ったあと、ソファで横になるがまったく眠くならなかった。

 壁にかけられた時計の秒針の動く音に意識を集中し、眠る努力をする。

 窓の外は雨が降り続けていて、時おり強く風が吹いて雨戸がカタカタと鳴った。

 

 寝室とはふすま一枚で仕切られている。

 花乃ちゃんはもう寝ただろうか。

 意識をそちらへ集中すると、鼻をすする音とくぐもった嗚咽が聞こえた。

 ……やっぱり、美香は絶対に俺の手で眠らせてあげよう。

 これだけは花乃ちゃんにやらせてはダメだ。

 

 そう決意をして目を閉じると、だんだんと意識がまどろんでいった。

 

 

 

 翌朝、雨はやまずにその勢いを増していた。

 窓を少し開けると外の冷えた空気が入り込み、思わず体がぶるりと震える。

 押入れにしまわれていた冬服を引っ張り出し、防寒対策をしっかりとする。

 

 俺の左腕は元の腕の二倍くらいまで太くなっており、長袖はまず入らない。

 泣く泣くお気に入りのシャツの左腕部分を肩から切り落とした。

 ジャケットは切り落としたくなかったので左腕だけ袖を通さずに羽織る感じで着る。

 腕には包帯を巻き、万が一見られても骨折しているといいわけができるようにしておく。

 

「さて、花乃ちゃん準備できた?」

「うーん、ちょっと待って。お姉ちゃんのダウンじゃやっぱ小さいや」

「二人とも姉妹なのに全然身長違うからなあ」

 

 美香は一五五センチだが、花乃ちゃんは一七〇センチほどある。

 小柄なお義母さんに似たのが美香で、俺よりも身長が高いお義父さんに似たのが花乃ちゃんだ。

 

「あ、お義兄さんのコート貸してよ。緑のやつ」

「ああ、前に欲しがってたもんな。良いよ、あげるよ」

「え、良いの? やった」

 

 美香と花乃ちゃんと三人で米軍基地に行ったときに、近くにある店で米軍払い下げのモッズコートを買ったのだ。

 夏なのにコート買うなんて馬鹿じゃない? と言う美香だったが、花乃ちゃんは羨ましそうに見ていた。

 その後、冬になり美香の実家へそれを着ていくと、花乃ちゃんが「私も買えば良かった! ちょうだい!」と言っていた覚えがある。

 この腕になってしまったしもう俺は着れなさそうだから、いっそのこと花乃ちゃんにあげてしまうのも良いだろう。

 上背もあるからきっと着こなしてくれる。

 

 玄関を開けると雨がしとしとと降っていた。

 土砂降りじゃないだけマシだが、それでも雨が降っているだけで気分が滅入ってくる。

 カッパは来るときにボロボロになってしまったので傘を使うことにした。

 美香が帰ってくるかもしれないので、玄関の鍵は開けっ放しにしておく。

 

 傘を差し拠点を目指し歩き出す。

 家を飛び越えて直線で行けば早く着くが、今は花乃ちゃんを連れているので道を歩く。

 途中で会ったゾンビはぼんやりとこちらを見ていたが、俺に気がつくと慌ててどこかへ逃げ出していく。

 雨だと俺を認知するのに時間がかかるようだ。

 花乃ちゃんは逃げていくゾンビを見て「すごい……」と呟いていた。

 今は花乃ちゃんがいるからやらないが、いずれあのゾンビたちも眠らせてあげなければならない。

 

 拠点までの道すがら、花乃ちゃんからいろいろと話を聞いた。

 美香の実家で花乃ちゃんが住む家は、ここからとても遠い、富士山のある県の奥のほうにある。

 花乃ちゃんは実家近くの大学に通っていて、たまに実家の農業の仕事などを手伝って暮らしていた。

 美香たちの家は農家で、その辺りに住む人の数も少なく、ゾンビの心配もそこまでなかった。

 花乃ちゃんを含む三家族十人で助け合いながら今まで暮らしていたが、大量のゾンビがやってきたことで崩壊を迎えた。

 

 お義父さんとお義母さんが改造トラクターや改造農業機械で奮闘するも、ゾンビの物量に飲み込まれてしまう。

 お義父さんとお義母さんがゾンビを減らしてくれたおかげで、残りの人数で殲滅をすることができた。

 その時に花乃ちゃんはお義父さんとお義母さんをその手で眠らせ、そして俺と美香に会うために一五〇キロも離れたあのアパートへやってきたそうだ。

 SNSやメールで俺や美香に呼びかけていたが返信がなく、直接出向くしかないと思ったらしい。

 そういえばスマホはどこかにいってしまった。

 というよりまだネットが生きていることに驚いた。

 

「俺も美香も花乃ちゃんにメッセージ送ったんだけどな。返事がなかったからさ」

「あー、うん。気付くのが遅れちゃって、返信したんだけど既読にならなかったからさ。うちと違ってこっちはゾンビがウヨウヨしてると思ったから、返信しまくって音出すとマズいかなって思ってさ」

「そっか。確かに音を出さないようにマナーモードにしてたし、バイブもマズいと思って電源切って持ち歩いてたよ」

「うん。こんな状況だからね。仕方ないよ」

 

 いろいろバタバタと続いてそのまま忘れてしまっていた。

 花乃ちゃんには悪いことをした。

 

「それで、お姉ちゃんの行きそうなところってわかるの?」

「わからない、……ゾンビになった人がどういう行動をするのかなんて、わかるはずもない」

 

 もしかしたらアパートが懐かしいと思って帰ってきているかもしれないと思ったが、ゾンビがそんなことを考えるわけもない。

 ……あまり美香をゾンビとは言いたくないが、俺の目の前で確実にゾンビになってしまったのだ。

 鈴鹿にも言われたが、いいかげん現実を見なければ。

 

「お姉ちゃんの行きそうなところどこかないかなあ。あ、仕事先は?」

「いや、美香は仕事してなかったよ。友達もそっちの県にしかいないようだったし」

「なんだよ、お姉ちゃん。私に実家の農家継げとか偉そうに言って出てったくせに。自分はグータラしてたのかよ」

「いや、美香は俺のために家事をいろいろとしてくれてたぞ。洗濯、掃除、料理に買い物。ゴミ出しなんかもしてくれていた」

「それくらい普通でしょ。私だって養ってもらってたらやるよ」

「そ、そうか? 俺はやってもらえるだけでありがたかったけどな。美香が楽しく暮らせるならそれが一番だって、そう思っていたよ」

「そうやっておねえちゃんを甘やかすのはお義兄さんの悪いところだね。世間一般の奥様が聞いたら羨ましすぎて血を吐くよ」

「そうなのか」

「そうなの」

 

 美香の友達が遊びに来たときも似たようなことを言っていた。

 

「お義兄さん、どこかないの? お姉ちゃんが行きそうなところ。会いたい人とかいないのかな」

「会いたい人か……。もしかしたら……」

 

 美香と一緒に市役所へ避難したことを思い出す。

 その時に出会った小学生の姉妹、優子ちゃんと恵理奈ちゃん。

 美香は二人のことをずっと気にしていたから、もしかしたら会いに行ったのかもしれない。

 

「市役所にいる可能性があるかもしれない」

「市役所って避難所になってるって言ってたやつ?」

「あれ? なんで知ってんだ?」

「メッセージでそう言ってたじゃん。市役所に避難するって。だからアパートに行く前に一回行ってみたけどゾンビでいっぱいだったからさ。諦めてこっち来ちゃった」

「そうか。中に人は?」

「いるっぽいよ。しっかりバリケードでふさがれてたし」

「そうか。良かった」

 

 どうやら佐藤くんたちは無事にゾンビを撃退できたようだ。

 自衛隊も援軍で駆けつけただろうし、優子ちゃんたちも安心して暮らせていることだろう。

 両親とは再会できただろうか?

 

 そうだ、俺のこのゾンビに嫌われる能力で市役所からゾンビを追い払ってしまおう。

 もしかしたらそのゾンビの中に美香もいるかもしれないし、これは市役所に行くべきだろう。

  

「花乃ちゃん、ちょっと拠点に行く前に市役所に寄っても良いかな?」

「あー、お姉ちゃんがいるかもなら全然良いよ」

「あとは知人にも会いたいってのもあるんだけどな。それと、俺が行けばゾンビがいなくなるだろうし」

「逃げてったもんね。でもさ、あれだけ大量のゾンビが違うとこに行くと、そこで知らない人が襲われちゃうんじゃない?」

「そっか。そんなこと考えたこともなかった」

 

 たしかにゾンビはこの世から消えるわけではなく違うところへ行くだけだ。

 俺のせいでどこかの誰かが襲われる可能性もあるのだ。

 今までなんとか暮らしていた人々が俺のせいで死ぬかもしれないのか。

 

「ま、今は他の人の事なんて考える余裕は無いけどね。仕方ないでしょ。行こうよ、市役所」

 

 そう言って笑う花乃ちゃんは、少しだけ美香に似ていた。


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