アンデッド・アポカリプス ~ゾンビに嫌われた俺が行く終末世界~   作:鬼管いすき

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第三十六話 山下美香はかく語りき

 私は恭平が眠っている間、ある男と取引をしていたの。最初は取引と言うよりも脅しに近かったけど。

 

 マキシーンがミシェルさんを助けに行ってしばらくしてから、私たちの部屋に四人の男がやってきた。

 武装した男たちは私に襲いかかってきたけど、全員返り討ちにしてやったわ。強姦するつもりだったのだろうけど。

 

 うん、大丈夫よ。落ち着いて恭平。そいつらはもう死んでるから。

 

 力の差を思い知らせるために、リーダー格の男以外の一人を見せしめに殺したわ。

 泣いて懇願してきたけど容赦なく痛めつけて、体を少しずつ破壊してやった。

 恭平を守るためにはそうするしかなかった。

 

 ううん、平気よ。恭平以外の男が死んだところでなんとも思わないし。

 

 それからリーダー格の男へ、私たちに手を出すなと脅したわ。

 男たちはそれ以降ちょっかいをかけてこなかったんだけど、恭平を一人残して行くと襲われるかもしれないと思って、探索に行けなかった。

 どんどん恭平が痩せ細っていっちゃって、どうしようって思っていたときにリーダー格の男が来て取引を持ちかけて来たの。

 

 そいつは『俺と勝負しようぜ。勝ったらなんでもあげるから、かわりに負けたら奴隷な』と言ってきた。

 私の実力を知っているはずなのにずいぶんバカなやつだって思ったわ。

 だから私は勝負を受けた。そのときにルールを決められたんだけど『男が触った服を脱ぐ』というルールにされちゃって。

 もちろん最初は渋ったわよ。でも命がけで外に探索に行ってるんだからそれくらい認めろと言われたし、負けなきゃいい話だし、恭平も死んじゃうかもだし、仕方なくそのルールで受けたわ。

 

 ふふ、そういうこと。先に潰しちゃえば手を出されることもないって思ってたわ。

 え? 動画にも残ってた? 毎回念入りに蹴り上げてたからね。

 いつの間にかコツカケを修得してたのかも。

 何って、タマを体内に収納する技よ。漫画じゃないってば、本当にあるの。

 

 それで、男たちが集めた点滴とかの物資を使って、恭平をなんとか死なせずに済んだわ。

 恭平の顔色が良くなってきて安心した頃に、リーダー格の男の妹が男たちの性奴隷になっていると知ったの。

 リーダー格の男の言うことを男たちに聞かせるには、そういった犠牲が必要なんだって自分に言い聞かせて、私はその子を見捨てた。

 

 それから少しして恭平が目覚めたわ。

 私は罪悪感から、拠点を移動する前にリーダー格の男の妹を助けようと思った。

 男たちに連れられていくその子を、自衛隊の駐屯地まで送り届けることにしたの。

 それがゾンビに噛まれる前の日のこと。

 

 うん、嘘をついててごめんなさい。心配をかけたくなくて……。

 ありがとう。

 

 私と女の子は面識が無かったから、助けると言っても信じてもらえるまで時間がかかっちゃって。

 それでもなんとかあのマンションから連れ出すことに成功した。

 でも途中で男たちに見つかって、逃げた末に殺し合いになったわ。

 

 男たちと戦っていると物音を聞きつけたゾンビに囲まれた。

 突破口を開こうとゾンビに突っ込んだら男の一人に邪魔されて、そのときに首を噛まれたの。

 男たちはその場で気絶させてゾンビに食わせてやったわ。当然よ。

 気絶してても痛みで覚醒するのね。ざまあみろとしか思わなかったけど。

 

 それで、駐屯地まですぐ近くのところに来ていたから女の子を送り届けて、すぐに恭平のところに戻ったの。

 あ、女の子に会った? そう、ジャケットを貸してたの。ゾンビに噛まれないように。

 違う違う、あの子のせいじゃないわ。

 噛まれたあとにジャケットを貸したの。もう私は噛まれちゃったから、せめてこの子はって。

 だから次に会っても脅さないでよ。あの子、男が近づくだけでパニックになっちゃってたから。

 

 マキシーンの薬、ああ、ミシェルさんのか。ミシェルさんの薬があれば私もゾンビにならなくて済むって思った。

 だけどダメだった。

 

 次に気がついたとき、私の体は勝手に動いていたわ。

 恭平がなにか話しかけてきたけど、言葉も理解できないし返事をすることもできなくて悲しかった。

 薬が間に合わなくてゾンビになったって理解したとき、激しい怒りを覚えた。

 あの男のせいで、私と恭平は離れなくちゃならない。

 ぶっ殺してやるって思ったら、体がそれ通りに動いたわ。

 

 ただあの男を目の前にしたとき、殺意のほかに、美味しそうとも思った……。

 

 それから男を襲ってその肉を食べた。

 吐き出したくて、気持ち悪くて、でも美味しくて、気が狂いそうだった。

 もう狂ってたのかもしれない。

 男が喚くのをやめて少しして、不意に口の中に腐肉を詰め込まれたかのように感じた。

 激しい嫌悪感を覚えて、口に残っていた肉を吐き出したわ。

 胃の中にあるものを全て吐いて、ようやく私は自分の意思で体を動かせるようになった。

 男を見れば目を見開いて死んでいたわ。

 

 それから茫然と座っていたんだけど、死んだと思っていた男が動き出したの。

 ゾンビみたいな動きだった。

 だけどすぐに意識があるような動きに変わったわ。

 

 少ししたら男が私に罵詈雑言を浴びせてきた。

 やれ「クソアマ」だの「ぶち殺してやる」だの。

 

 え? ああ、たぶんそうじゃないかしら。男も私と同じになってたんだと思う。

 でもゾンビになるまでの時間が、私から感染するのと、他のゾンビから感染するので違うのよね。

 うん、そう。実験した。クソみたいな男がこの世界にはいっぱいいるからね。材料に事欠かないわ。

 

 で、私から感染したゾンビは一時間もしないうちに意識を取り戻すの。

 あの男もそうだったし、春もそうだったわね。

 

 男の話に戻るけど、力が強くなったからか生意気にも私に食って掛かってきたわ。

 ムカついたから体をバラバラにして舌を引っこ抜いてやったけど。

 腕を千切っても近くに置いてあるとくっついちゃうから外に投げ捨てた。

 目をつぶして歯を折って、痛めつけてやるとまたゾンビみたいに呻き声をあげるだけになったわ。

 

 なんだか虚しくなったので死のうとベランダから飛び降りた。

 だけど死ねなくて、お腹や足から飛び出た骨が逆再生みたいにどんどん治っていって。

 死ねないのならこの力で恭平を助けてあげようって思った。

 

 恭平と一緒に生きようとは思えなかった。

 人ではなくなってあの男の肉を食べた私は、恭平と一緒にいる資格はないって。

 そう思っていたら恭平がマンションからフラフラと出て来たの。

 ゾンビに襲われるんじゃないかってハラハラしたわ。

 だけどゾンビは恭平を襲わないで逃げていった。

 

 そのあと恭平が言ったの。

 「美香、俺を捨てたこと裏切ったこと、後悔してもしらねえからな」って。

 「俺の気に入った女を集めて好き放題してやる」って。

 

 ううん。そういう風に思われても仕方ないことを私はしていた。

 だから私は、恭平の望む通りのことをしてあげようって思った。

 それくらいしか私にはできなかったから。

 

 恭平が鈴鹿さんと合流して百貨店に向かったところも見守ってたのよ。

 あの規格外に大きな猪がいたのを見て、銃を持っている春に協力してもらおうって思った。

 べつに無理強いはしてないわよ。

 私の体の説明をして、おそらく感染すると同じになるって教えたの。

 垂直跳びで四メートル飛んで見せたらすぐに信じてくれたわ。

 

 春本人も強い体を手に入れることに前向きだったわ。

 私が前に言ったことをずっと気にしてて、それの罪滅ぼしもしたいって言ってきて。

 

 え? 恭平も一緒にいたんだけど覚えてないか。あのときの恭平はそれどころじゃなかったもんね。

 ああ、私が春に「あんたのせいで恭平がケガをした」って言ったのよ。

 そのときのケガで恭平と私がこんなことになっちゃったって聞かなくて。 

 

 そうそう、恭平の言うとおりよ。私たちは春を恨んでもいないし、もう気に病むことはないわ。

 

 それで、春を私と同じ体にさせてから初めて太陽の光を浴びたとき、とても酷いことになった。

 ずっと曇りだったから、このときに初めて太陽の光を浴びたのよ。

 なにか対策をしないとと考えて、市役所前のバイクショップに服を取りに行ったの。

 ヘルメットとあの服が予備で何着かあったの知ってたからね。

 

 久しぶりに見た市役所はゾンビが多少減っていただけで何も変わってなくて安心した。

 そのとき優子ちゃんと恵理奈ちゃんが建物の中からこっちを見ているのに気がついて。

 適当なゾンビを蹴り飛ばして手を振ったら笑顔で喜んでいたわ。

 子供って可愛いわよね。

 ここに合流していたよね。あとで会いたいわ。

 

 それから他の避難所というかコミュニティを見に行ったんだけど、これがまた酷くてね。

 本人たちから聞いたと思うけど、女性たちをなぶっていた男を皆殺しにしてやったわ。

 

 そのあと恭平があの熊と戦うのも見てた。

 春も私も手に力が入っちゃってさ。

 いつ助けに飛び出そうかとヒヤヒヤしてたけど、皆で協力して倒したときは大声で歓声をあげるところだった。

 

 たまにここに忍び込んだりもしてたんだけど、恭平、意外と気がつかなかったね。

 私か春が恭平のことを見張るようにしてたのよ。

 いつ危ない目にあうかわからなかったから。

 まあ恭平には私の助けなんて必要なかったけどね。

 

 それで二人の女子高生を助けたときなんだけど、あ、ここに行くように言っておいたけど合流した? そう、良かった。

 そのときにクソみたいな男がいてね、そいつで感染の実験をしたんだけど、最終的に血以外の体液じゃ感染しないってわかったわ。

 その男? そのまま太陽の光の下に置いておいたら溶けて液体になって死んだわ。くさかった。

 

 マキシーンのところにもついて行ったわよ。

 ただ恭平も五感が強化されてるでしょ?

 だから五キロくらい離れて様子を見てた。

 この体の視力10.0くらいあるんじゃないかしら。

 五キロ先でも恭平の顔がしっかり見れたわ。

 

 マンションから帰ってきてマキシーンと喧嘩しちゃったのは私のせいよね。ごめんなさい。謝るわ。

 花乃や優子ちゃんたちと合流したのも見守ってたわ。

 恭平を見守るかたわらで物資の目処もつけてたのよ。

 

 私と春は恭平みたいにゾンビに逃げられるんじゃなくて、ゾンビから興味を持たれないらしいの。

 ゾンビたちは襲ってくることも逃げることもしないわ。仲間だと思われてるのかも。

 

 で、物資調達の候補として駅ビルの方に行ったんだけど、そこのゾンビは私たちに襲い掛かってくるのよ。

 こっちの体も強くなってるから蹴散らすのは容易いんだけど、いかんせん量が多くて。

 しかも腕とか足が変異しているヤツとか、牙が凄いことになっているヤツとかがたくさんいてね。

 三日ほど戦ってたけど諦めて逃げたわ。

 だから恭平も駅ビル方面には注意をしておいて。

 

 西部百貨店のゾンビは普通のヤツらだったんだけど、数が多くて散らすのに時間がかかりそうだったの。

 だから恭平のにおいのついたものを持ってきて、それで散らしてやったわ。

 え? うん。そう。そのパンツ。洗濯籠にあったから貰ってったわよ。

 大丈夫、春には持たせてないから。私しか触ってないわ。

 

 どっから侵入したかって、ここいくらでも入るとこあるわよ?

 三階までは全部の窓やドアが塞がっているけど、それ以上の階は窓の鍵閉めてないじゃない。

 五階まで外から登って男子トイレの窓から入るのが多かったかしら。

 恭平が使うのは七階のトイレだけだもんね。

 うん。なんでも知ってるわよ、私。

 

 西部百貨店の中はゾンビの糞尿とか血でひどいことになってたから掃除することにしたの。拠点も欲しかったしね。

 恭平を見守るのはやめて、二人で掃除して丸三日もかかったわ。

 三徹目でなんとか生活基板を作って、それから泥のように寝てたところに恭平たちが来たの。

 

 もうパニックで、どうしたらいいかわからなくて、とりあえず逃げることにしたわ。

 だけど春が寝惚けてたのかヘルメットを落としちゃって、そしたら恭平が下からものすごい勢いで登ってくるじゃない。

 最悪、春なら見つかってもいいかなと思って私だけ先に逃げたわ。

 どこにって六階のベランダの下に大量にマットレス重なってたでしょ。あそこに飛んだの。

 

 春もそこに飛び降りようとしてたのよ。うん、そう、緊急避難用に用意してた。

 まさか恭平が春を捕まえて落ちるとは思わなくて、本当に焦ったわ。

 隣のバスの上だったからまだ良かったけど、コンクリに叩きつけられてたら本当に痛かったわよ。

 

 そのあと恭平が春のこと殺そうとしてたから、仕方なく手を離させようとしたんだけど。

 恭平、全身から殺気漏れ出てたでしょ。春も怯えちゃってたじゃない。

 私も『あ、このままじゃ殺されるかも、本気だそ』って思ってさ。

 戦うつもりはなかったのよ、本当に。

 

 え? いや、それは……うん、ごめん。

 ちょっと戦いたいって思っちゃった。だから挑発した。ごめんね。

 でも、そもそも私、恭平の前に姿を現すつもりはなかったんだから。

 

 なんでって、だから言ったじゃない、私にはその資格がないの。

 いくら恭平を守るためとは言え体を売るような真似をして、恭平に嘘もついて……。

 いいえ、違うわ。恭平に見放されないように、私の保身のために嘘をついたの。それだけでじゅうぶん裏切り行為よ。

 

 恭平を悲しませて、させなくてもいい決心をさせた。

 それに、私じゃもう……。

 ううん、なんでもない。なんでもないわよ。

 

 これはもう私が決めたことなの。

 勝手な女って思ってくれて構わないわ。

 でも、もう私じゃ恭平を幸せにすることはできない……。

 恭平のためでもあるの。

 お願い、わかって恭平。

 

 

 

 ※  ※  ※  ※  ※

 

 

  

 最後に「本当にごめんなさい」と話を終えた美香は、ひどく暗い顔をしていた。

 俺も似たような顔をしているのだろうか。

 一緒に居たいと思う二人が一緒に居られない理由とはいったいなんなのか。

 考えてみたがまったくわからなかった。

 

 理由はどうあれ、美香は一度こうと決めたらテコでも考えを変えない。

 時間が経てば考えを変えるかもしれないから、気長に待つしかない。

 美香が生きてそばにいてくれるだけで、俺は満足なんだ。

 

「あとでここの女の子たちを全員集めることはできる?」

「ああ、それはできるけど」

「皆に大事な話があるの。恭平抜きで、女だけの大事な話が」

 

 それがいったいなんなのかは気になるが、さすがに女同士の話に聞き耳を立てるのはデリカシーに欠ける。

 美香が俺抜きだと言っているのだから、俺が聞かなくていい話ということだ。

 

「わかった。皆には俺からも言っておく」

「お願いね」

「さて、話は終わりかしらね。気になるところがいくつかあったから、もう少し詳しく美香さんに聞きたいのだけれどかまわないかしら?」

「はい。それでなにかがわかるのなら」

「ありがとう。それじゃあ美香さんと山口さん、恭平は採血しちゃいましょう。試したいことがたくさんあるの」

 

 ミシェルは少しワクワクした様子で、それでも手早く俺たちの採血を終わらせた。

 美香と山口の採血管は三本で俺は二本だった。

 俺の血は結構な量を保管してあるので、今回は実験に使うためのものだけ採血したらしい。

 

 採血が終わるとミシェルが美香に質問を開始した。

 俺や美香が噛まれたときの日付と時間、俺が起きるまでの日数。

 いろいろなことを聞いてはメモ帳に書き記していた。

 美香の話を聞いて、そうだったのかと思うこともいくつかあった。

 

 ミシェルの質問はまだ続いているが少し疲れてきたのでコーヒーを一口飲む。

 

「感染の疑いがあるとかでお前もう駐屯地に戻れないぞ」

「構わない」

 

 一息ついていると山口と菊間がなにやら話しているのが聞こえたので耳を傾ける。

 

「小池さんにどう伝えんだよ」

「本当のことを言う。もしこの力を欲したら美香を説得する」

「説得してどうすんだ? お前みたいな体になれんのか?」

「なれる。でも人の体には戻れなくなる」

「人じゃなくなるかわりにゾンビに狙われなくなって怪力と超回復が手に入るか……。あの人なら絶対求めてくるだろ」

「たぶん」

 

 小池さんか。

 きっと美香や山口みたいにゾンビに狙われなくなっても、奥さんと娘さんを探しに行かずに国民を救出するとかやってるんだろうな。

 

「なあ春。あたしもお前らみたいになりたいって言ったらなれんのか?」

「なれる。でもおすすめはしない。葉子は人でいるべき」

「はっ、んだよそれ。小池さんは良くって私はダメだってか? あれだ。斉藤も誘って皆でなればいい。あいつも乗ってくんだろ」

「斉藤はヘタレだから乗らない」

「小池さん慕ってたから平気だろ。日の光がダメなら夜に活動すりゃいいんだよな。宵闇に暗中飛躍するヤタガラス。かっこいいじゃねえか」

「いや、恥ずかしい」

「俺もそれはどうかと思う」

「おい恭平、聞いてんじゃねえよ!」

「でもそれは無いっていうか」

「うるせえよ。ったく、ロマンのねえやつらだな」

 

 発想が中学生のそれなんだよな。

 それか時代劇的なあれだ。

 

 

 

 ミシェルと美香の話が終わったので退散することにした。

 コーヒーのお礼をしてトレーラーハウスを出るときには、既にミシェルは実験器具を取り出してなにやらやっていた。

 すごくワクワクしていたからな。

 どうか無理せず頑張ってほしい。

 

 菊間と山口は小池さんと連絡を取るとかで、別行動となった。

 美香が「花乃と話がしたい」と言うので、花乃ちゃんのやっている空手教室まで移動する。

 四階の空手教室へと移動している最中、前方から双子が現れた。

 

「おー、お兄さんおかー」

「え、ちょっと待ってちょっと待って。お兄さんやばみざわじゃね?」

「待って、ほんと待って、美香さんもいるし」

「え、あ、え? やばくね?」

「二人とも久しぶりね」

「美香さんだ……」

「み、美香さあぁん!!」

 

 双子は美香へ駆け寄り、ぎゅうぎゅうと抱きついた。

 

「うおおぉぉ! 美香さんだあぁぁ!」

「あげぽよピーナッツなんだけど!」

「はいはい、わかったから。あいかわらずね」

 

 双子が宇宙人語を織り交ぜながら美香に抱きつきながらなにかを喚いている。

 断片的に拾えて理解できたのは「死んだと思ってた」と「生きてて嬉しい」だった。

 ひとしきり美香に宇宙人語を浴びせていた双子がこっちをジッと見ているのに気がつく。

 

「お兄さんがガチめのやばたんなのは?」

「マジでエグいよね。あ、ピッカンきた。ちょっとお兄さんその手で顔挟んで」

「あ、それベェわ。あたしもやって!」

「ん? なに? 手で顔を挟むのか?」

「そっ! とりま挟んで!」

「ほらよ」

 

 言うとおりに両手で顔を挟んでやると、双子の愛理のほうが「ふうぅぅ!」と奇声を発した。

 うるさいので手を離し結愛のほうも挟むと、同じように「ほおぉぉ!!」と奇声を発する。

 ほんとうるせえ。

 

「肉球のエモさほんと神」

「はげど。お兄さん神対応あざす」

「あ、ああ」

 

 とりあえず俺は神じゃないが、なにを言っているのかわからない二人はほうっておくことにした。

 こいつらと付き合っていく上で大事なことは、まともに取り合わない、だ。

 ちゃんと伝えたいことがあるなら俺にわかりやすく伝えるだろう。

 宇宙人語を話している間は、適当に返しておけばいい。

 

 一通り騒いだ宇宙人の双子はきなこを探すのだと去っていった。

 あいつら、ほんときなこのこと追い掛け回してんな。

 

 空手教室に着くと意外と人が多いことに驚いた。

 指導役の花乃ちゃんの他に生徒が五人ほどいた。

 恵理奈ちゃん優子ちゃん姉妹と、高校生組の友里と涼子と詩織。

 俺と美香が姿を現すと、全員が練習をやめて集まってきた。

 

「おねえちゃん、ひさしぶり!」

「美香さん、お久しぶりです」

「二人とも久しぶり。元気だった?」

「うん!」

「美香さんも元気そうで良かったです」

 

 優子ちゃんと恵理奈ちゃんは嬉しそうに美香にくっつき頭を撫でられている。

 二人に懐かれている美香もとても嬉しそうだ。

 

「お兄さんヤバくないッスかそれ」

「プロモーションしましたか。流石です」

「あ、あの、痛くないですか?」

 

 高校生組は俺の手や目を見て一応心配をしてくれているようだ。

 いや、心配しているのは友里だけだな。涼子はなにを言っているのかわからないし詩織は双子の反応と一緒だな。

 

「お姉ちゃん、やっぱり生きてたか」

「花乃」

 

 花乃ちゃんが安心したかのような笑顔を美香へ向けていた。

 美香が死んだと話した夜は嗚咽を漏らしていた花乃ちゃんだ、再会の喜びもひとしおだろう。

 

「ごめんね、心配かけて」

「ううん、大丈夫。お父さんとお母さんがアレになっちゃったから、眠らせといたよ」

「うん、そっか。ありがとう。辛い役やらせちゃったね」

「平気。ん、あれ?」

 

 花乃ちゃんの目から涙がこぼれ落ちた。

 本人も自分がなんで泣いているか理解していないような顔をしている。

 両親をその手にかけたのだから平気なわけはない。

 美香という存在に会えたことで、今までの辛さや悲しみが(せき)を切ったように溢れてしまったのだろう。

 

「ほら、おいで花乃」

「う、うぅ、お姉ちゃん……」

 

 美香にすがりつくようにして泣く花乃ちゃん。

 その背を美香は幼子をあやすように優しく撫でていた。

 

「あの人がお兄さんの奥さんッスか。優しそうな人ッスね」

「ああ、そうだろ」

「これでキングとクイーンが揃いましたね」

「お前はなにを言っているのかわからないんだよ。チェスか?」

「もしかしたら、私あの人に助けられたかもしれません」

「そうだった。友里とあと涼子もか。二人を助けたのは美香ともう一人いる山口ってやつだ」

「そうだったんですね」

「お礼を言わないとですね」

「喜ぶだろうけど、今はそっとしておいてやってくれ」

 

 目を真っ赤にして泣く花乃ちゃんと、その頭を撫でる美香を見て、俺の胸は喜悦と充足感に満たされていた。

 

 

 

 空手教室をあとにし、皆をレストランに集める。

 美香から皆へと大事な話があるらしいが、それがいったいなんなのかが気になる。

 ミシェルは俺や美香たちの血で実験をするのに忙しそうだったが、それでも集まってくれた。

 

 あとは屋上で銃の訓練している鈴鹿たちだが、呼びに行く前にタイミングよくやってきた。

 

「恭平、どうしたのそれ。大丈夫なの?」

「ああ、心配は要らない」

「そんなこと言われても心配するに決まってるでしょ」

 

 鈴鹿がこちらに駆け寄って、目の周辺を撫でてきた。

 まあたしかに化け物の手と目になっていなかったら普通に大怪我だったしな。

 

 ひとしきり目元や手を触った鈴鹿は、俺の隣にいる美香を見て呆れたような視線を俺に向けた。

 

「また可愛らしい人を連れてきたね?」

「ああ、紹介するよ。俺の」

「OH! ミカ! 久しぶりデスネー。生きてるしてるマスたか」

「マキシーン、久しぶり」

 

 マキシーンと美香はかなり力強いハグをしていた。

 マキシーンも美香が生きていて嬉しそうだ。

 その様子を見ていると自然と俺も笑顔になってしまう。

 

「美香さんって……。え、恭平の奥さん?」

「ああ、そうだ。生きてくれていてな。西部百貨店で合流したんだよ」

「そう、なんだ。うん、良かったね恭平。ほんと、良かった」

「あなたが鈴鹿さんね。初めまして、山下美香です。恭平がお世話になったみたいで」

「いえ、私はべつに、特になにもしてませんけど……」

「それでもお礼を言わせてね。ありがとう」

 

 鈴鹿が人見知りをしているのか、どうにもぎこちない。

 そんな鈴鹿を美香が真剣な目で見ている。

 

「鈴鹿さん、突然で申し訳ないんだけど、今から大事な話があるの」

「大事な話ですか……?」

「そう。女だけで話したいから、恭平はどっかで時間を潰しててくれるかしら?」

「ああ、わかった」

「え、恭平……」

 

 こちらを見ている鈴鹿と目が合った。

 なんだろう、美香が怖いのか?

 

「大丈夫だ鈴鹿。美香は滅多なことじゃ女に暴力は振るわない。安心しろ」

「ちょっと、人を暴力女みたいに言わないでよ」

「ああ、すまん。じゃ、全員揃ったし話を始めるだろ。俺は自分のとこで酒でも飲んでるから、終わったら教えてくれ」

「耳も良くなってるんだから音楽とか流しといてよね」

「わかったよ」

 

 美香たちに軽く手を振り、中華レストランへと行く。

 酒をいくつか持ち、自分の寛ぎスペースに向かう。

 寛ぎスペースに、家電ショップからCDプレーヤーとポータブルスピーカーを集めておいたのは正解だった。

 『CLASSIC ROCK GREATEST HITS 80s & 90s』は俺のここ数日の晩酌のお供となっていた。

 『U2』や『ACDC』を聞きながら飲む酒は美味い。

 『Guns N' Roses』も好きだし『Bon Jovi』も名曲揃いだ。

 

 今、俺以外の住人は全てレストランに集まっている。

 誰も気にせず爆音で流すROCKは最高だ。

 シャウトしたら流石に聞こえそうだから口ずさむ程度にしておこう。

 

 ソファをリクライニングにして月を見上げながら『Livin' On A Prayer』を口ずさむ。

 今日の酒はダークラム。つまみはサラミとチーズ。

 ロックで飲みながらロックを聴く。最高だな。

 

「こんな寒いのによく外に居られる」

「うお、びっくりした。山口か」

 

 気がつけば山口が対面のソファへ座っていた。

 誰かと飲みたいから用意したが、二月の夜にわざわざ外で飲むアホはいないと誰も晩酌に付き合ってくれず、一度も使われていなかったソファだ。

 

「話は終わったのか? ずいぶん早いな」

「いや、私は貴方の監視だ」

「なんだそりゃ、べつに聞き耳立ててねえだろ」

「私は話を聞く必要がない。だから一応の監視だ。暇だったのもある」

「暇なのか。ならちょうどいいや。付き合ってくれよ」

「いただく」

 

 いつ誰が来てもいいようにグラス入れを用意しておいて正解だったな。

 グラスにロックアイスを入れてラム酒を注いでやる。

 

「ほら」

「ありがとう」

 

 グラスを受け取った山口は一口飲むと眉間に皺を寄せた。

 

「ん、苦手か?」

「いや、初めての味だ。クセが強い」

「それが美味いんだよ」

 

 グラスの中身を半分ほど流し込む。

 ほんのりとした甘みが口いっぱいに広がり、ドライフルーツを食べたかのような香りが鼻腔を抜けていく。

 あまりラム酒を飲んだことはなかったが、一度はまってしまうとやめられない美味さだ。

 

「貴方には、本当に申し訳ないことをした。改めて謝罪をさせて欲しい。すまなかった」

「まだ言ってんのか。俺も美香もお前を恨んじゃいねえよ。むしろこの体を手に入れるきっかけをくれて感謝すらしてる」

 

 山口はしかめっ面のまま黙って酒を口に運んだ。

 

「お前はやりたいことをやってくれ。美香への協力はもういらないんだろう? さっき言ってたけど小池さんのところに行きたいんじゃないのか?」

「そう。美香からも自由にしていいと言われた。できれば小池さんのところに向かいたい」

「いいんじゃねえの? あ、じゃあ俺からの頼みだ。小池さんの家族を探してやってくれないか?」

「もちろんだ。それは菊間と話してだいたいの場所の見当はついている」

「そっか。流石だな。じゃあ明日にでも行動したらどうだ?」

「感謝する」

 

 俺ほどじゃないが人外の体になってまで人命救助をしようとする山口に尊敬の念を抱いた。

 

 小一時間ほど酒を飲んでいると、上階から誰かが叫ぶ声が聞こえた。

 プレーヤーを止めて耳を澄ます。

 どうやら叫んでいるのは鈴鹿のようだ。

 なにかあったのかと慌てて席を立つと、山口に手を掴まれた。

 

「揉めるのは予測していた」

「予測してたからなんだってんだよ。鈴鹿があんなに声を荒げてんだぞ」

 

 山口の手を振り払い、階段へ向かう。

 

「ふざけないで!」

「……よ。……が一番……なの」

 

 階段を登っている最中も叫び声は続く。

 鈴鹿と、会話しているのは美香か。

 レストラン前には美香と対峙するように立つ鈴鹿がいた。

 肩を怒らせ睨むようにして美香を見ている。

 

「おい、どうしたんだ。なにがあった?」

「恭平は関係ないわ。私たちの問題よ」

「関係ない? 関係あるに決まってんでしょ! どんだけ自分勝手なのよ、あんた!」

「おい鈴鹿落ち着け。どうしたんだ?」

「……なんでもない」

 

 鈴鹿は唇を血が出そうなほど噛み締め、俺を見ずに床を睨んでいる。

 こんな鈴鹿を見るのは初めてだ。

 いったいなにがあったんだ。

 

「美香さん、あんたのその考えは間違ってる。私は認めないから」

「絶対に認めさせるわ」

 

 鈴鹿は美香を睨むと踵を返し歩き出した。

 

「おい、鈴鹿」

「ごめん恭平。今はほうっておいて」

 

 呆気にとられたまま鈴鹿の背を見送るしかできなかった。

 

「おい、なにを言ったんだよ美香」

「女同士の話よ」

「うん、まあこればっかりはお義兄さんも口出しちゃダメだね。私はお姉ちゃんの意見に賛成だし」

「どういうことだよ……」

 

 なんの話かは知らないが、調和を乱す真似だけはやめてほしい。

 

「大丈夫。上手くいくから。安心して」

 

 自信満々に言う美香を見て、なんだか嫌な予感がした。


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