アンデッド・アポカリプス ~ゾンビに嫌われた俺が行く終末世界~   作:鬼管いすき

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第七話 脱出

 よく見ればゾンビの壁にはまだ薄い場所がある。

 

「美香、俺が行く。二人を頼む」

「疲れたら交代してよね。私もいける」

「ありがたい!」

 

 両手に持った鉄パイプを強く握りしめ、ゾンビの群れに突っ込む。

 突き出してきた手を鉄パイプでいなし、体を押しながら足を払って転ばす。

 頭を向こうに足をこちらに。

 美香たちをその手で掴ませるわけにはいかない。

 

「恭平、危ない!」

「うっ、ク、クソ!」

 

 横から掴みかかられ引き寄せられる。

 そのまま腕のプロテクターに噛みつかれた。

 

「離しなさい!」

 

 美香の蹴りでゾンビの腕が離れた。

 そのチャンスを逃さず、左腕を噛ませたまま首投げ。

 プロテクターに食い込んでいた歯が折れ、腕が解放された。

 ゾンビから離れ鉄パイプを拾い、迫って来ていたゾンビを押しのける。

 

 少しずつ進んでいるが、遠い。

 たったの百メートルちょっとが何百メートルにも感じる。

 

 壊れたバリケードからはゾンビが列をなして侵入して来ている。

 ゾンビたちは活きの良い新鮮な肉を目指し避難所内に散っていく。

 この避難所内で活きの良さの一二を争う俺と美香の所には、大量のゾンビが押し寄せて来ていた。

 

「ダメだ、壁が厚すぎて突破できない」

「市庁舎に戻るにしても、あっちもだいぶゾンビに囲まれちゃってるわよ」

「……このまま進めば俺たちは大丈夫だが優子ちゃんたちは危ないな」

「せめてバリケードか高いものの下に行ければ二人を投げ上げられるんだけど……」

 

 どうしたらいいんだ。

 俺が間違った判断をしたせいで、幼い子供二人が死ぬかもしれない。

 絶対に、何が何でも二人だけは守らなければならない。

 だが、守りたいが、くそ、方法が思いつかない。

 

 優子ちゃんたちを中心に置いて、俺と美香でゾンビを押し返す。

 迫り来るゾンビを転倒させ、うまいこと将棋倒しにして距離を稼ぐ。

 美香は俺のように鉄パイプや足払いなどで押し倒すことはせず、前蹴りと後ろ蹴りのコンビネーションでぶっ飛ばしていく。

 ゾンビの輪が美香の方は広いが、俺の方は小さくなってしまっている。

 

 もっと長い柄の武器なら押し返すのも楽だったんだろう。

 この短い鉄パイプだと、突き出された腕を払う一動作分が余計に増えて、押し返すのが遅い。

 見れば美香は素手だった。

 

 鉄パイプをゾンビに投げ捨てて、美香に習い助走をつけてヤクザキックを繰り出す。

 ゾンビの腹に当たり体をくの字に曲げて倒れる。

 その後ろにいるゾンビがたたらを踏んでいるので追加でヤクザキックをかまし将棋倒しにする。

 

 これはいい。さすが美香だ。

 いいのだがこのままじゃ押し返せるだけで結局ジリ貧だ。

 いずれ体力が尽きてゾンビの波に飲み込まれてしまう。

 

「美香、あとどれだけ頑張れる?」

「どこまでも頑張ってあげたいけど、もって一時間かな」

「わかった」

 

 倒れるように飛びかかって来たゾンビにヤクザキックを食らわす。

 ゴキリと嫌な音がし、ゾンビの首が明後日の方へ向いた。

 どうしようもない嫌悪感。

 考えるな、こいつらはもう死んでいるんだ。

 俺が殺したわけじゃない。

 

 首が明後日の方を向いたゾンビがその首をかくかくさせながら起き上がる。

 くそ、殺した心配なんかするだけ無駄だった。

 こいつらはもうこういったモノなんだ。

 

 ゾンビを蹴り飛ばしながら考える。

 冷静になれ。

 何か手はあるはずだ。

 自衛隊のところにさえ行ければ良いんだ。

 

 ゾンビの密度は増えていくが俺と美香のスタミナは減る一方だ。

 この八方塞がりの状況をどう打開すればいいのか。

 実際に物理的にゾンビに八方を塞がれているんだけどな。ははっ!

 

 心の中でくだらないことを考えていると頭の上から「山下さーん!」と声がした。

 ゾンビを蹴り飛ばし空を見上げると、そこには。

 

「ええっ? 佐藤くん!?」

「山下さん! 助けに来たぜ!」

 

 空を飛ぶ佐藤くんがいた。

 いや、飛んでない。宙吊りになっている。

 バンジージャンプに使いそうなハーネスを体に装着して、背中から伸びたワイヤーをクレーンのフックに引っかけていた。

 ゆっくりと降下してくる佐藤くんに抱きつきたいが、ゾンビが迫ってくるので蹴り飛ばす。

 

「佐藤くん! 君にキスしてやりたいくらいだ!」

「やめてくれ!」

 

 それくらい嬉しいんだ。

 これで、優子ちゃんたちが助かる。

 

「佐藤くん、一度に何人いけるの? 全員いける?」

「いや、流石にハーネスが切れちまう。スリング取ってくる暇が無かったんだ」

「子供二人はいける?」

「いけると思うぜ」

「じゃあお願い。二人とも、佐藤くんのところに!」

 

 言いながら美香がゾンビに蹴りをいれる。

 ゾンビは凄い勢いで後ろに飛ぶ。

 あれ、生身の人間が食らったら一撃KOしそうだ。

 

 もうどの道、優子ちゃんたち二人には市庁舎で待っていてもらうしかない。

 自衛隊隊員も何人かはここに残るらしいし、佐藤くんもいる。

 駐屯地に優子ちゃんたちの両親を探しに行くのは俺と美香だけでいい。

 駐屯地からここに自衛隊の応援が来れば、頭のおかしい連中もおとなしくなるはずだ。

 

 高いところが苦手で、これから宙吊りになるのを想像したからか震えている優子ちゃんの頭に手を置く。

 

「優子ちゃん、怖いと思うけど頑張るんだよ」

「は、はい」

「自衛隊の基地には俺たちが行ってくるから、両親に二人のことを伝えるからここで待っててな」

「わ、わかりました! 絶対に、絶対に帰ってきてくださいね?」

「ああ、約束だ。っと、ちょっと待っててくれ」

 

 ゾンビが迫ってくるのでゆっくり話す時間も無い。

 五人ほど蹴り飛ばすと将棋倒しになったので少し時間が作れた。

 

「よし、これを。優子ちゃんの好きな大きいベーコンと恵理奈ちゃんの好きなパン缶があるよ。これを食べて待っていてくれ」

「あ、ありがとうございます。あの、早く帰ってこないと全部食べちゃいますよ?」

「ははっ、急いで帰ってくるよ」

 

 優子ちゃんも冗談を言える程度には落ち着いている。

 背中に背負っていたリュックを佐藤くんに渡す。

 

「落とさないでくれよ。他の缶詰めは食っていいから」

「え、いいの? よっしゃ、ありがたくいただきます」

 

 佐藤くんが腰の金具にカチンとリュックを取り付けた。

 カラビナとかいうやつか。

 あのリュックの上に二人が乗れば落ちなくて安心だ。

 

「佐藤くん、これもあげるわ」

「え、なにこれ。重っ!?」

「ビール。私のビールよ。あげるわ」

 

 美香も背負っていたリュックを佐藤くんに渡した。

 確かに身軽になった方がゾンビの中を突破しやすいが、まさか美香がビールを渡すとは。

 

「佐藤くんには感謝をしてるから特別に飲んでもいいわ。だけど私のだからね。少しは残しときなさいよ」

「ありがたくいただくぜ。じゃあもうヤバそうだから行くよ。ほらお嬢ちゃんたち、掴まりな」

「美香おねえちゃん、恭平おにいちゃん、また会えるよね!?」

 

 恵理奈ちゃんが泣きながら叫んでいるので親指をグッと立てて。

 

「アイルビーバック!」

「え? なに?」

「また戻ってくるって言ってるのよ。じゃあまたね」

 

 恵理奈ちゃんには伝わらずに少しがっくりしたが、佐藤くんは笑っていた。

 

「よし、行くぞ。しっかり掴まれよ。オペさん聞こえる? うん、行ける。子供二人増えたから。そう。ゆっくりゴーヘイね」

 

 佐藤くんが無線でやり取りをすると、三人がふわりと浮き上がる。

 

「きゃあ!」

「わあー、とんでる!」

「うっ。ぐ……。食い込む……。キツい……」

 

 優子ちゃんと恵理奈ちゃん、俺と美香のリュック分の重さが増え、佐藤くんの太もものハーネスがギュッと食い込んでいた。

 なるほど、あの様子じゃ確かに俺と美香も一緒に吊り上げるのは無理だ。

 佐藤くんの股が裂けるか、ハーネスが切れるかしてしまうだろう。

 

 地上五メートルくらいから手を振る恵理奈ちゃんに手を振り返し、駆け出す。

 邪魔なゾンビは蹴っ飛ばし、出された手を払い、隙間を走る。

 リュックが無くなったおかげで体が軽い。

 美香は俺の少し前を、ステップを使いフェイントでゾンビの飛び掛りを誘ってから、それを避けて走っている。

 あれは真似できない。

 

 走っているとどうしても突破が無理そうなゾンビの集団に当たる。

 一人にヤクザキックをかますも他のゾンビに迫られる。

 くそ、掴まれたらそのまま引き倒されて終わりだぞ。

 

「オッラア!!」

「美香! 助かった!」

「気にしないで! 行くわよ!」

 

 美香が横から飛んできて蹴りを入れてくれたおかげでなんとかなった。

 しかし、ゾンビをまとめて三人も吹き飛ばす美香の蹴りは、いったいどうなっているのか。

 俺が食らったらあばら全部を折って内臓破裂で即死くらいはしそうだ。

 

 美香の助けもあり自衛隊の装甲車が見える場所まで来れた。

 もう前方にゾンビの姿は見えない。

 ようやくゾンビの壁を抜けた。

 

「遅い! もう出るぞ!」

「早く乗る」

「どっから乗んだ、これ!」

「ドアどこ!?」

「一番後ろだ! 開いてんだろ!」

 

 自衛隊員の菊間ともう一人の女性隊員に促され、俺と美香は装甲車に乗り込んだ。

 入り口は小さく狭く低い。

 こんなの乗ったことないからわかんねえよ。

 

「ちょ、ちょ、めっちゃヤバいことになってんじゃん!」

「あん中走って来て大丈夫だったの!? 何おきてんのか全然わかんないんだけど!」

 

 装甲車の後部座席には双子がいて、ぎゃんぎゃん喚いてうるさかった。

 

「おい、少し黙っとけ。あいつらが寄ってくるぞ」

「わ、わかった……」

「静かにする……」

 

 狭く暗い車内に座り、ヘルメットを外す。

 汗がもの凄い出ていた。

 美香も肩で息をしている。

 

「さすがにやばかったわ……」

「ああ、そうだな……」

 

 このプロテクタースーツがなかったら死んでいただろう。

 バイク屋の店主には感謝してもしきれない。

 

「美香さん、優子ちゃんたちは?」

「もしかして……」

「安心して。二人は無事よ。市庁舎で待っててもらうことにしたわ」

 

 双子への説明は美香に丸投げしよう。

 美香のことを良く慕ってるから、ちゃんと聞くだろう。

 決して俺が宇宙人語を聞きたくないからとかではない。

 

 装甲車はゆっくりと進むが外の様子はわからない。

 窓がないのだ。

 時折、ドンやゴンといった音がして、車体が何かを乗り上げたように揺れた。

 ゆっくりとゆっくりと進み、やがてゾンビの呻き声が小さくなった。

 避難所を抜けたか。

 

 狭い車内を運転席にいる自衛隊員の方へ向かう。

 

「おい、自衛隊はゾンビへの攻撃許可が下りてないんじゃなかったのか? 轢いてたろ」

「許可が下りてないのは銃口を向けることだけだよ。これはあれだ。元国民が移動妨害をしたために起きたやむを得ない事故だ」

「なるほど。事故なら仕方ないな」

 

 攻撃をためらって自分たちは全滅しましたじゃ目も当てられない。

 俺はこの菊間の判断を尊重する。

 

「駐屯地までどれくらいだ?」

「道が塞がってなけりゃ渋滞無しで一時間ってとこだな」

「はっ。渋滞なんざもう起きないだろ。走ってる車なんかどこにもいない」

「ゾンビ渋滞がってことだよ」

「ああ……」

 

 道を埋め尽くすほどのゾンビが居たんじゃ、さすがにこの車でも無理だろう。

 

「ま、到着するまでゆっくりしとけよ。あのゾンビの中を走ってきたんだ、疲れただろ。中々シビれたぜ」

「ああ、ありがとう。そうさせてもらうかな」

 

 駐屯地に着けばゾンビと争うことはなさそうだが、それでもスタミナを回復させておきたい。

 

「後ろのボックスに水と携帯食料が入ってるからさ」

「ああ、助か」

「かゆい」

「え?」

 

 突然、運転をしていた女性隊員が目出し帽を脱ぎ捨てた。

 

「ちょ、春、何脱いでんだよ。脱ぐなって言われてたろ」

「もう着けている意味が無い。顔を見られて侮られないようにと命令されていた。この人たちには無意味」

「あー、んー、それもそうか」

 

 菊間も目出し帽を取ると、意外にも整った顔が出てきて驚いた。

 

「ん? なんだよ、そんな見て。……ははーん、さてはあたしに惚れたか? あたしが美人だからってお前、浮気はダメだぞ。奥さん泣いちゃうぞ」

「あー、いや、そういうんじゃなくて、女ゴリラが出てくるもんだと思ってたから」

「よし、その喧嘩買った。表に出ろ」

「ゾンビがいるからパスだな」

 

 菊間とくだらないことを言っていると、運転している女性隊員が「貴方、名前は?」と聞いてきた。

 そういや名乗ってなかったな。

 

「山下恭平だ。あっちにいるのが妻の美香だ」

「私は山口(やまぐち)(はる)。よろしく」

「ああ、こちらこそよろしく」

「あたしは菊間(きくま)葉子(ようこ)だ。よろしくな、恭平」

「お前、距離感計り間違えてるとか言われないか?」

「言われないな」

 

 随分とフレンドリーで対応に困る。

 まあ、こいつの口調もあってか、いつのまにか男友達感覚でいたのは間違いないか。

 

「あー! お兄さん浮気だ浮気ー!」

「ヤグったらダメっしょー! 美香さーん! お兄さんが美人さん二人と浮気してるよー!」

「つーか二人ともきれかわすぎ!」

「ぐうかわ!」

 

 双子が喚く。

 かわ……、革? 俺のスーツか? 切れ革? 切れてるのか? どこが?

 ダメだ、わからん。

 

「恭平、浮気はダメだからねー」

「いや、俺が美香以外を愛すわけ無いじゃないか……。わかってるだろ?」

「んふふ、まーね」

 

 何を言っているんだか。

 長い付き合いなんだから不安になることもないだろうに。

 

「ぐ、は……。至近距離でノロケを浴びて死にそうだ……」

「同感……。これはキツイ」

「軽くからかったらこの仕打ちとか……」

「冗談で弱く肩パンしたのに全力フルパンチで顔を殴り返されたらこんな気分になると思う」

 

 後ろの席にあったボックスに水と携帯食料があったのでいただく。

 水のペットボトルを開け一口、二口と飲み、「ほら」と美香に渡す。

 

「ありがとね、恭平」

「ん? うん?」

 

 嬉しそうに水を飲む美香が、なんだか印象的だった。


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