アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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ナデシコと殺生の石
天狗の娘


 森林の青々とした匂いを鼻いっぱい吸い込んで大きな深呼吸。

 富士の樹海を巡り、様々な声を聴いた。

 鳥、蛙、豕、蛇。数えきれない生物の声で耳がどうにかしてしまいそうだったが不思議と疲れず、三日三晩も樹海を歩いている。

 茶色の白衣を身に纏った私と父様(ととさま)二人は錫杖を突き深々とすけ笠を被り歩き続けた。

 目的と言う目的はない。定住を好まない父様(ととさま)は里の山を母様(かかさま)に任せ私を連れて修行と称して各地を回る一生を辿っていた。

 疑問と言えば疑問であるが、七歳の頃から十一歳の五年間で日本を巡ればそんな疑問も吹き飛んだ。

 曰く、目指すのは涅槃への道のりであり、解脱を得る事こそ私たちの一生なのだと言う。

 しかしながら私と来たら──。

 

「カリカリカリカリカリカリ──……」

 

「いつまで金平糖を食っているんだ。バカ娘め」

 

 甘味に舌鼓を打つ始末だった。

 時を数え西暦1973年。皇紀にして2633年の初春の事である。

 

 

 

 

 

 富士の裾野を跨ぎ樹海へと入る私たちの向かう先は森深い先の中の親戚とも言える一族の家だった。

 山伏とも、修行者とも取れる私生活で麗らかな若さを消費して突き詰めるは無欲。

 しかし抑えきれぬ好奇心ばかりを抱えた私「石槌撫子(いしつちなでしこ)」は父様(ととさま)が寝入ったことを見計らい夜な夜な夜町へと繰り出し、甘味の数々を堪能して回る日々を楽しんでいた。

 人里より遠く離れた道程ばかりだったが、私はすでに神足通を身に着けた為に飛ぶことなど容易で山深くより人の町へと一時も掛らなず行き来をしていた。

 富士町の町は海に面していると言う事もあり船もよく出入りしている。

 その為に目的の甘味もよくよく手に入る。

 夜の暗がりにエレクトロニクスなる雷の力で絶え間ない輝きを得ている。お天道様の光を必要としなくなった人々は夜の町でも闊歩し、私もその一人として同じように遊楽を楽しんでいる。

 瓦屋根の長屋道を、大福をパクつきながら片手には甘酒を持って、新年の神社参拝に勤しむ人々に混じり私は頬を綻ばせた。

 

「んん~! 甘いものはホント美味しいのだ!」

 

 

 金銭と言う金銭は持ち合わせていなかったが、父様(ととさま)よりちょろまかした千円で豪遊三昧を堪能するに苦労はない。

 いざとなれば食い逃げ上等である。

 人混みに身を任せていると自然と近場の神社の境内へと体が運ばれ、私は辟易しながら人通りの少ない脇へとそれと手ごろな石へと腰を据え付けた。

 温かい甘酒のをグイっと飲んで小さなゲップを突いた。

 家族友人とこうして初詣を楽しみたいと思うが、離れ離れ。

 と言うより友人と呼べる者たちは四肢の数よりも少ない。

 唯一の友人は京都の愛宕山の太郎の倅だけで、元より家柄で神様に祈りを捧げるより先祖様の方が神様に近しいのだからいちいち神社まで出向くことがなかった。

 しかしながらこうして人々の営みを見るのも楽しくある。不思議と気分も高揚してこの喧騒が愛おしくなるのも致し方ないだろう。

 人よりも関わることの多いのは妖怪ばかりで嫌になっていた頃合だった。

 あちこち回って修行、修行、修行。妖怪、妖怪、妖怪、父様(ととさま)は私を一体何者にしたいのか。各地を回るのは了承したが、こうも雁字搦めの生活は息苦し過ぎる。

 

「もう少しで帰らないとなぁ……」

 

 またまた樹海の奥地へと歩かないといけない。仕方のない事だが、正直なところ戻りたくはない。

 神足通を習得してから幾度も里へと帰ろうと思っただろうか。しかし里に戻ったところで母様(かかさま)にこっぴどく怒られるだけだろう。

 致し方ない事だが、父様(ととさま)の元へ帰るしかない。

 片手に持った大福を食べ、指に付いた粉を舐めて取る。

 不意に足元を見ると寒さからか三匹ほど猫が私の足元にすり寄って来ていた。

 私は三匹の頭を優しく撫でて余った大福を小さくちぎって与えてやっていると、もう一匹私の隣に座っていることに気づいた。

 その一匹はがんとせず隣から動かず、私の体温で暖まりもせず、大福も食べずそこに座っていた。

 私の目は少しだけ険しくなる。その猫の雰囲気とでもいうのか、私の霊的な感覚を激しく刺激してくる。

 

「ぬし。妖怪なのか?」

 

 ジッと私をその猫。こういった妖怪は酒を与えるに限る。

 甘酒を垂らし、その猫に与えようとしたとき背後より暖かな雰囲気が背中を撫でた。

 くるりと振り返ったりそれを見た時少々目を細めてしまう。

 かなりの年を重ねているのだろう深く顔に刻まれたし皺が印象的な老人だったが、その見た目は矍鑠(かくしゃく)としており背筋もピンと天に向いていた。

 それだけならばまだいいのだが、その衣裳は何とも言い難いほど自己主張の激しいものだった。

 白金に輝く外套(ローブ)を着込み、下には大変軽やかな衣服を求めてか小袖を着ていた。

 菩提樹の匂いが強いステッキを付いて怪し気に微笑んだ。

 

 

「お嬢さんとなりいいかい?」

 

「主もこの猫と一緒で妖怪なのだ? ぬらりひょん?」

 

「まさか? ちょっと特別なだけの人間だとも。──見たところ君も私と近しいようだがね」

 

 私の返答も聞かず私の隣に座った老人は息をついて猫を膝の上に乗せた。

 

 

「こんなところで同胞に会えるとは心強いよ。この人混みはかなわん」

 

 

「どうほう……ねぇ……」

 

 私が人間と同じとは思えない。空を飛べる人間ほど奇怪な存在はいなかろう。

 そういう老人の横顔を見て私は大福を平らげた。

 

「君は祈祷師と言ったところかね? 神社の境内にいると言う事は少なくとも陰陽寮の人間ではないだろう?」

 

「祈祷? 何に祈るの? 私に祈る神様はいないのだ」

 

「いないとな。と言う事は山伏ということか?」

 

「だから、私に祈る神様はいないのだ。だって私のご先祖様が神様なのだ」

 

 老人が目を細めて私の顔をまじまじと見てくる。あまりにも顔を近づけてくるために身を引いてしまう。

 

 枯れ葉のような匂いが鼻について私は鼻を摘まんで顔を顰める。

 私の全身を見渡して、老人は合点がいったような表情を表して手を叩いた。

 

「なんと、君は迦楼羅天の系譜のモノか」

 

 訳の分からぬことをいう老人に私は少々物狂いと見てしまい体を引いた。

 老人は手を叩いて喜んだ。

 

「丁度よかった。ああよかった。明日ほど陀羅尼坊殿の所に向かおうとしておったのだ。あない願えぬかね?」

 

「……やだ」

 

 私はそっぽを向いて老人の願いを突っぱねた。

 老人は驚いたような顔をで手揉みをして何度も願ってくるが私が無視し続けるために遂には肩を揉んでくる。

 

「ここで出会えたことも何かの縁だ。頼まれてくれんかね」

 

「……私が只願っただけで受けると思ってる?」

 

「嫌かね」

 

「絶対いやなのだ。父様(ととさま)に願われたなら供え物を取れって教わってるのだ」

 

「あれま! それは失敬した」

 

 老人はこれは失念と言わんばかりに額を叩いて、懐から何やらいろいろなものを取り出す。

 

「君は一体何が欲しいかな。金かな銀かな、それとも翡翠や金剛石がよかろうか」

 

「……甘いものがいいのだ」

 

「甘いもの……カカカッ! これまた失敬した。君はまだまだ子供だったねえ」

 

 狸のような口上を述べる老人は懐よりようやく供え物を取り出した。

 様々な色鮮やかな梱包をなされた箱に私は恐る恐る視線を向けて、その見た事もない細工の細かさと一目で分かる未知の甘味の予感に興味を一気に引かれて老人の手の中からその甘味を奪い取った。

 五角形の不思議な箱を開けると茶色のカエルが生き良いよく飛び出すが、匂いから甘いものと感じ取り空中で逃がす気なく握り口の中に頬り込んで貪った。

 口に広がるまろやかな甘み、餡子の甘みとは別途の甘み。砂糖とも違う味に目を輝かせて咀嚼して舌を楽しませた。

 まだまだある、黒光(ごきぶり)の形をした豆を食べればまるで金時豆のような味がして大変よろしい。

 飴玉を口に頬り込めば梅干しの様に酸っぱい味が口いっぱいに広がるがこれはこれでなかなか味わい深い。

 

「もぐもぐもぐ……ゴクン。うむ、よかろう教えよう」

 

「それは良かった。陀羅尼坊殿の住所を教えてくれぬだろうか?」

 

「そこはな……潤井川の麓の北へ一刻程歩けば付けるのだ」

 

「ほほう、それは箒でも行けるのかな?」

 

「バカをいえ、私たちですら陀羅尼坊の神通力は破れない。アイツが用意した道のりを辿るしかないのだ」

 

「なるほど、道理でどれだけ探しても見つからぬはずだ」

 

 私はよく分からない臓物の味のする煮凝りのような菓子を口いっぱいに頬張った。

 

「あんたは結局何者なのだ? 妖怪でも檀家でもないようだが」

 

「私かい? そうさな、先生だ。君のような子を育てる先生だ」

 

「私のようなものはそういないだろ。いたら空は今頃大混雑だなのだ」

 

「君とは少々力の使い方が違う。箒で飛ぶんだ」

 

「箒とな。それはまた奇怪な、只人如きがよくもまァそんな不遜を働きよる」

 

「カカカッ! 確かに君のようなものには不遜であろうな。しかしながら今は“ぐろーばる”な世界だ。そうも言っていられないんだ」

 

「ふんッ! 父様(ととさま)の前で飛んでくれるなよ。吹き飛ばされても知らぬぞ」

 

 カカカッ特徴的な笑い方で老人は笑って吹き飛ばす。

 冗談で言ったのではない。父様(ととさま)は間違いなく目の前を“私たち”以外が飛ぼうものなら間違いなく旋風を吹かせて地面に叩き落すであろう。

 私たちは厚顔無恥、傲慢不遜であれとされているのだから私たちの目の前を挨拶なしに飛ぶことは無礼である。

 私もその系譜のモノであるからに突き落としはしないモノの怒りはするだろう。

 

「君はどこの生まれなのかな? 比叡山かな。それとも如意ケ嶽」

 

「バカを云え。私をそんな人間どもに阿るモノどもと同じにするな」

 

「ほう。なかなかの系譜と見える」

 

「ハッ! 聞いて驚け! 私は石槌山の総領たる長の娘なのだ!」

 

 石の上で胸を張って威張り散らしてみる。

 しかしながら自分でも思うが阿保に見えるため恥ずかしい。しずしずと座り直して残りの菓子を食べる。

 

「それは……と言う事は君は六代目の──」

 

 妙に真剣な顔で考え込む老人は手を叩いた。それこそ妙案であると言わんばかりの表情で。

 手に持ったステッキを私の前へずいっと向けてくる。

 

「少しこれを持ってもらえるかな?」

 

「この棒切れをか?」

 

「……ああ」

 

 私は訝し気にそれを握って見せた。

 何とも出来の良いステッキであろうか持ち手の細工もよく出来ている。

 しかしこれはただのステッキ。棒切れだった。

 だが、これを持ったことで老人の顔は驚愕へと移行した。

 矢庭に吹き荒れた突風が境内に吹きすさび、その風は吹雪を運んでくる。

 チラチラと、囂々と。徐々に降りしきり始めた。

 

「なんと……これほどとは」

 

「なんなのだ。あんたは棒切れを持てだの。もうよいかそろそろ眠いのだ」

 

「ああ、もういいよ。済まなかったね」

 

 私は尻に着いた土を払い境内の林へと向かう。飛ぶ姿を見られ騒ぎになられてもかなわない。

 たらふく甘味も堪能できたことだしもう十分であろうとそう思った時、老人が私に聞いてくる。

 

 

「君、魔法使いになれるとしたらどうする?」

 

「魔法とな? 何とも珍妙な事を訊く」

 

 私はハッキリと言ってやった。

 

「私は魔法などとうに超えている。私は既に魔法など眼中にないのだ!」

 

「ほほう。では何に夢中なのだ?」

 

「私は飽くなき探求を求める。そして至るのだ、父様(ととさま)も越えて、この空を統べるのだ!」

 

 私はそう言い、地を蹴り空へと舞い上がった。

 私は、石槌撫子に魔法などと言うものは小事。飽くなき探求を、飽くなき快楽を、寿命は尽きぬほどある。

 ならば探求の快楽を求めるのは無理からぬことだ。私は空を統べる者の家系だ。

 五代目石槌山法起坊、石槌空大の娘、石槌撫子──私はこの空を支配する『天狗』だ。


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