アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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異変と呪物

 事件の始まりは早朝の魔法処魔法学校の魔法御殿から。

 朝早く、滅多にない全校生を集めた座禅の時間の事であった。

 私は眠気眼で座禅を組んで半分意識を飛ばしながら瞑想に耽っていた。本来なら心頭を滅却、知への探求を欲するが理由を再確認する時間なのだが、私には魔道は道すがら傍らに落ちていた釣銭を拾って回る作業の一つ。

 本当に欲するは涅槃へと至った天狗への道のりだった。

 石槌山法起坊を襲名するに値する器とならんと精進しようとするが、あるのは狭量な己の器にがっかりするばかりの事実。

 好奇心と言う罠に負けてばかりの私を戒めんとするが、その甘露な味は抗い難き芳醇な快感であるのだから始末に負えない。

 この度を越した好奇心を戒めるにはそれこそ父様(ととさま)と全国を回った修行の旅よりも厳しい修行を積まなければ衆生の欲を取り払う事は叶わず。

 欲するは欲のない心、目指すは輪廻転生の果ての涅槃への道のり。

 よくよく考えれば欲しない心を求めるなど矛盾している事この上ない。

 無我無想を求めてはいけない。いや求めるべきなのだが、求める事は求めているモノに反する。

 昔の人間はよく言ったモノだ。

 

 ──これぞ矛盾だ。

 

 そんな堂々巡りの思考に囚われているとき、御殿の中でバタリ、バタリと倒れ伏す音が聞こえるではないか。

 誰ぞ、怪力で有名な鬼灯が振り下ろした警策の餌食で気絶でもしたのかと薄眼で私はそちらをちらりと見ようとするが妙な事に気が付いた。

 警策の炸裂音が聞えぬではないか。低血圧で朝の弱い者が倒れたのだろうと考えた瞬間に、あちこちで倒れる音が。

 バタリ、バタリ、バタリバタリバタリバタリ──。

 流石に皆もこれだけ連続して倒れることに違和感を感じ始めたのか講堂内に騒めきが起こった。

 

「おい、起きろ! どうした、おい!」

 

 一人の生徒が声を上げて倒れた生徒を揺すっていた。

 徐々にその呼びかけの声に余裕がなくなり遂には悲痛な、まるで友が目の前で死んだような声になりつつあるではないか。

 余りの事態に騒めきはひと際大きく、そして不安に駆られ始める。

 

「どけ、退くんだ!」

 

「……通るよ。退いて」

 

 この学校で立った二人しかいない癒者。教師陣の中では普通で通っている大野姫路と、ビリーウィグに噛まれ永遠に地に足を付ける事が出来なくなり鬱病に侵されたと噂される『浮かぶ教師』事、村崎野治が倒れた生徒全員を見て回った。

 

「村崎先生。こっちは生徒の意識がありません!」

 

「……こっちもだよ。また本土行きかな……」

 

 村崎の言う本土。

 日本本土には魔法の疾患傷害に関する病院が帝都にあるそうで、『帝都魔法疾患傷害国立病院』と呼ばれ日本で魔法癒療を受けるのならそこが最も良い治療が受けられる。

 ふわふわ浮かぶ野治が諦めたように、本土行きを即決する。

 姫路が野治に駆け寄って耳打ちする。私はそれに聞き耳を立てる。

 人混みと騒めきで聞き取れないが、習得中の天耳通の一部を使い講堂内程度なら全て聴きとおせる。

 

(外傷も呪いの形跡もないのに、意識も脈も全部弱ってますよ)

 

(……そうだねぇ。まるでディメンターに魂を吸われたみたいになってるよ。命そのものが弱ってしまってる。ここじゃあ治療も何もないよ、帝都病院に送るしかない)

 

 命そのものが弱るとな。そのようなことがあり得るのか。

 人間の魂、命に相当するものはこの魔法世界において存在すると実証されている。

 しかしそれを弄るとなると方法は限られる。

 一つは禁忌の呪文、死の呪い(アバダ・ケダブラ)による瞬時なる死を与える事。二つ目は死後の魂が地縛霊化させること、そして三つ目、伝承の域も出ない話だが、死した魂を蘇りの石で肉体に呼び戻す方法がある。

 魂を弄るとなれば二極端しかないのだ。死ぬか、死した後に弄られるか。

 それが生きている段階で徐々に魂を削られるなんてことがあり得るだろうか。

 

「皆、瞑想は終わりだ。急ぎ教室へ戻り授業を受けるのだ」

 

 団芝三はそう言い、混乱に騒めく中で瞑想の時間が終わった。

 

 

 

 

 

 

「なんだったんだろうね。瞑想の時間の騒ぎ」

 

 授業も一通り終わり、私たちは帰路に付きエンマ荘の自室へと戻った。

 私は綾瀬の部屋に押し入り、今日渡された宿題を手伝わせていた。

 

「姫路と野治が何やら物騒な事を言っておった」

 

「あの距離から聞こえたの?」

 

「天狗を舐めるではないのだ! これでも私は弱冠十歳で神通力『神足通』を習得して天狗界隈では有名なのだ。六神通をすべて極めたわけではないが、若干なら使えるのだ!」

 

 部屋着の小袖の裾を振り上げまるで歌舞伎の演劇の如くどうだと言わんばかりの顔で片足を机の上にあげて自慢する。

 神通力とは一つ極めるのに五十年は懸かると天狗界隈では言われている。初歩の『神足通』と『天耳通』、中級の『他心通』、『宿命通』、究極の『天眼通』、『漏尽通』。これらすべてを修めた天狗は皆より大天狗と呼ばれ尊ばれる。天狗どうこうではなく全てを修め覚醒すれば釈迦と同一視されるためだ。

 そんな訳で私は神足通を習得して、そして現在は天耳通を絶賛習得中だ。

 

「何やら倒れた生徒は命が弱っていたようだ」

 

「命が弱るって。毒や呪いで?」

 

「いや、それ以外の方法のようだ」

 

「魂が弱る方法となると限られてくるね」

 

 綾瀬が席を立ち、部屋の中の本棚から古臭い竹冊を持ち出してきた。

 それには魔法で管理番号を振られたモノであり、魔法処のしゃこの図書室が管理する蔵書の一つだった。

 

「今ね。私達でも借りれる禁書の棚の中で面白いのがあったから借りて来たの。これにそれっぽいのが書いてあったから見て見よ」

 

 慎重に竹冊の紐を解き、それを開いた。

 指で文字をなぞり、目的とする項目を探す。

 そして見つけた。

 

「あった。ここ」

 

「ん? どれ、どういったモノなのだ?」

 

 そこにはとある伝説が書き記されていた。

 時の帝は鳥羽上皇。彼は生まれながらにして病弱な身の上で帝の座についても体調を崩しがちであったそうな。そんな彼を親身に付きそう美女がいたそうだ。

 その名も藻女。

 親身に鳥羽上皇に連れ添い、介抱する彼女に上皇に次第に心を惹かれ恋仲となるまでにそう長くはなかったそうな。

 上皇は彼女に求婚するが、彼女は女官なるまで待ってくれと言われ上皇はそれを受け入れた。

 どれだけいじらしい恋話か、ここまでは何とも甘酸っぱい惚気のように見えるが。

 

「藻女は十八歳となり誰もが羨む美女と変貌し宮中では『玉藻前』と呼ばれるようになった……」

 

 上皇に寵愛され玉藻前は寝食を共にするようになった。しかしそれを機に上皇の病態は悪化を辿った。

 各地の陰陽師、医者を呼びその原因を調べるがみな匙を投げるばかり、そんな時に陰陽師『安倍泰成』が玉藻前にただならぬ妖気を感じ調べてみると、あら何と言う事か──玉藻前は九尾の尾を持つ狐妖怪の化身だったではないか。

 彼女は知らず識らずに上皇の命を啜っていたのだ。

 安倍泰成は玉藻前に真言を唱えた事で変身は解け、この世を崩すが如き大妖怪が現れ宮中は大騒ぎとなり九尾の狐は宮中を脱走し行方を眩ました。

 その後、那須野で人々が倒れる事件を聞いた上皇は九尾の狐に大変心を痛めた。

 いくら自らを弱めた者であろうともその者は真に愛した女性であることには変わりなく、上皇はこれ以上非道を見過ごせず討伐軍を出兵させた。

 攻防は熾烈を極め、多くの死者が那須野の地で積み上げられらた。

 だが九尾の狐は多勢に無勢、遂には討伐軍の将軍の夢に現れ玉藻前の姿で許しを願った。しかし将軍は最後の好機であると考え攻撃に出た。

 金色に輝いていた九尾の狐の毛は真っ赤に染まり、血反吐を吐いて苦しんだそうだ。

 そして介錯される時、許しの懇願を反故にされ、反省の念も踏みにじられた九尾の狐は世界を呪い、巨大な毒石となり近づく者の命をすべて吸い取る存在となった。

 

「その石の名前は『殺生石』……」

 

「後世まで殺生石が猛威を振るったみたいだけど玄翁和尚が砕いて各地に散ったみたい」

 

「ふむぅ、何とも悲劇と申すか。名状し難い話なのだ」

 

 綾瀬はうんうんと頷き私に同意した。

 これは私たちから見れば悲運な恋物語と思えて仕方ない。

 他意のない呪いが愛すべき者の命を奪ってしまう美女が、恋人に討たれる悲劇だ。

 

「綾瀬は今回の昏倒騒ぎ、この石が関係していると申すのか?」

 

「分からないよ。でも、これだったら命が弱るっていう意味が何となく納得がいくっていうだけの事だよ」

 

「ふむ」

 

 殺生石。妖狐の恋慕の呪い、それは命さえも吸い取ってしまう大変な災厄をもたらす呪物あろう。

 

「この石は実在しておるのか」

 

「那須高原の賽の河原に実際にあるよ。今は只人には名所扱いだけど、実際は魔法省が千体地蔵を設置することで呪いを封じ込めてる」

 

「千体とな。石職人も大変苦労しただろうに」

 

 石ころの地蔵菩薩であっても神は神だ。それなりの呪い返しの力はあるだろう。

 それを千体も置けば否が応でも呪いは封じ込めようぞ。

 

「でもあり得ないわ。魔法省管理なんだし、賽の河原からは絶対に出てこないはず」

 

 そう言った時だった。

 悲鳴がエンマ荘の端から端まで響き渡った。

 何事かと私たちは部屋を抜け出して、悲鳴の発生元へと向かった。

 そこは浴室、女子風呂の更衣室であった。

 余りの声に私たちのみならず、他の入荘者たちも駆けつけてきた。

 そこに広がっていたのは今朝の講堂を思い起こさせる光景だった。

 まるで顔から精気が消え失せ、全身が青白くなった者たちが倒れている。

 

「おい大丈夫──」

 

 駆けつけた一人が、更衣室に踏み入った途端に言葉が失われた。

 瞬間、その者の目が裏返り白目を剥いた。ブクブクとカニの泡吹きが如く泡を吹いて倒れた。

 余りにも唐突な事に皆が混乱したが、瞬時に何かしらを感じ取った。

 呪詛、しかもこの更衣室を境に結界のように張られた昏倒の呪いだ、と。

 私はそこを見た時、あまりにも禍々しい気配に足が竦んでしまった。空気が、まるで変色しているのではないかと思うほどに妖気を佩びて倒れる生徒の体内に次々と入り込んでゆく。

 皆がたじろいで動けずにいた。

 

「どおおおおおおおおくのであああああああああっる!」

 

 お馴染みの発狂声で到着した郭公。教員の外套(ローブ)を脱いで不衛生極まりない格好であったがこんな男であっても今は大変頼りになる者だった。

 杖を抜き、自身にすぐさま術を掛ける。

 

呪いを拭え(イムプレカーティオー・テルジオ)!」

 

 淡い光が郭公を包んで、更衣室へと押し入った。

 

「むうううううら崎を呼ぶのでああああああああっる!」

 

 力強くそう言い生徒の何人かが走って野治を呼びに行く。

 倒れた生徒の異変に郭公は応急処置をする。

 

呪いを拭え(イムプレカーティオー・テルジオ)!」

 

 簡易的な呪い返しであるが、しかしながら今はこの手しか郭公もなす術がなかった。

 そんな中、一人のモノが郭公に続いた。

 

「先生、これは五行の金に由来するものです。退いてください」

 

 竜人であった。

 腰に収めた呪符箱から呪符を取り出し、生徒の一人に張り付ける。

 

「木と火、五官五味所禁を閉じる」

 

 瞬く間に竜人は印を結んだ。符が煌き何やら毒々しい気配のする何かを体内に入るのが治まった。

 私はそれを見て妙な事に気が付いた。これは呪いであるが、呪いにしてはどこか自然に馴染み過ぎている。

 それこそ空気であるかのような振舞い方に、私は理解した。

 これは私にもどうにか出来ると。

 私は小さく翼を広げて、正常な空気を顔に纏わせ更衣室へと踏み入った。

 

「天狗娘、危険だ入ってくるな」

 

「心配無用だ。これは直接我らに働き掛けるモノではない。空気を媒介に作用する呪いであろう」

 

 郭公と、竜人の周辺の空気の清らかさを見ればすぐに分かった。

 呪い拭いの術で空気を正常化している郭公。陰陽術で空気を作り出している竜人。

 ならば清らかな空気を纏えばどうと言う事はない。

 

「気を確かにするのだ。大丈夫か!」

 

 倒れた一人を抱きかかえて意識の確認をした。

 いくら揺すろうとも起きる気配はない。よくよく見れば魂が弱っている。今朝と全く同じ状況だ。

 何かによって魂が吸い取られているような。そんな状況だった。

 静かに床に頭を戻そうとしたとき、その生徒のポケットからあるものがまろび出た。

 それは変哲もない石ころ。しかしそれを目にした途端、眩暈がしてしまいそうなほどの呪いが漏れ出ているではないか。

 

「うっ、っぐ……なんだこれは──」

 

 私はそれに手を伸ばした。

 

「触るな! そいつに触るんじゃねえ!」

 

 竜人が声を荒らげてそれに近寄った。

 懐より封印用の呪符でそれを包んで収めた。

 

「なんだそれは。なんと禍々しい」

 

「とんでもない呪物だよ。……はァ」

 

 それが身の近くにあるだけであまりよろしいものではないようだ。

 納めた竜人の顔が瞬く間に青白くなっている。

 

「……どこなの、また倒れたって?」

 

 野治が到着して、皆が安堵した。これでどうになると。

 しかしこれはまだまだ序の口であることをここにいる全員は知らなかった。

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