アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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緑龍会

 私はいつものように冗談交じりの怒りではなく本当に怒り心頭で廊下を歩いていた。

 目指す先は、目指す人物の元へ向かう最中一体どれだけの旋風を吹かしそうになった事か。

 それだけ私は怒っていた。

 銀の間にある教員室を通り過ぎ、校長室の扉を荒々しく開けて叫んだ。

 

「来ておるのだろう富文よ!」

 

 その声に校長室で話し合っていた二人が驚いたように驚いてこちらを見た。

 団芝三と富文は真剣な話をしていたのだろう、しかし私の来訪を予想していなかったのだろう、大変驚いた様子であった。

 

「驚いた。撫子さんご機嫌麗しくありますね」

 

「麗しいものか。不機嫌極まりないわ!」

 

 私は富文に掴み掛らん勢いで足りない背をその場で飛んで威嚇して、私の怒りの理由を訊いた。

 

「なぜここに殺生石などという呪物が持ち込まれている!」

 

「どこでそれを聞いたのですか……」

 

「どこも何も生徒が持ち込み騒動になっておるではないか。殺生石の管理は魔法省というところの管轄ではないのか!」

 

 私の言う事はもっともであるはずだ。

 魔法省は魔法界に措ける絶対権威の象徴であり、あらゆる魔法の事象を管理する役割が与えられている。

 それが故に彼らの目から逃れるという事はまさしく『闇』と呼ばれる良からぬことを企む連中の仕業が多い為に、今回の殺生石の魔法処来訪はまさしく最悪な状況なのだ。

 多くの命を奪い去った特一級の呪いの石『殺生石』。

 近寄るだけでその命を弱め終いには呼気を奪い呪われた者は苦しみと死を与えられる。

 本来ならば、那須野の地で賽の河原に設置された千体地蔵の封印で二度とこの世界に現れる事が無いはずである。

 しかしながらその殺生石はこうして魔法処にあるではないか。魔法省の大変な失態が現在進行形で証拠として封印御所『天岩戸』に存在して、その存在を閉じられている。

 顔を見合わせる団芝三と富文、隠し切れないと言った様子で話し出す。

 

「我々の失態であった。あの石はどこぞより持ち込まれた時、教員の何人かが倒れてな。調査もろくすっぽ進んでいない。僅かなる進展で出所は純血を推す生徒たちであるとまでは分かっているが。妙でなぁ……」

 

 団芝三はそう言った。

 私は少しだけ落ち着いて彼らの言い分を聞いてみることにした。

 

「妙とはなんなのだ?」

 

「入手自体が不可能と言う事ですよ。賽の河原の千体地蔵は封印の装置であると同時に魔法使いを一定距離遠ざけ、近寄るものを退ける攻撃装置である為に、入手自体が不可能なはずでした」

 

 富文は深刻な顔で答えた。だがしかし。

 

「現にここにあるではないか」

 

「そこなのだ、問題は。本来無いはずのモノがある、しかもそれは生徒の実力ではまず手に入らないモノとなると、嫌な流れになる」

 

 団芝三は断言するように答えた。

 

「数年前から只人世界をも巻き込んだ騒動。陰から若輩者たちを扇動し混乱をもたらそうとする者を我々は知りえている。今回の一件まさにその者たちが関わっているのではないかと睨んでおる」

 

「なんと不届きな者たちなのだ! 一体何奴なのだ!」

 

「──『緑龍会(グリューンドラヘ・ゲゼルシャフト)』」

 

「ぐりゅーんどらへ?」

 

 険しい顔でその者たちを語る。

 

「第一次から第二次世界大戦の世界魔法大戦時に旧ドイツ、ナチスから生まれた魔法族共同体。その思想も目的も団員数もすべてが謎に包まれ、彼らの陰がチラつくところには確実に混乱が訪れている。ホロコースト、二・二八、タイビン村、例を上げだすと切りがない」

 

「戦後の混乱期、ヒトラー自殺の一報からその組織の陰が薄まりましたが、52年の『血のメーデー』より日本での活動が報告され出したんです」

 

 あまり存在そのものが歓迎されない組織であるのはよく理解できた。

 しかしながら、何故その組織がこの殺生石の一件と関係があるのだろうか。

 そう思った時、団芝三が即座にその疑問に返答してくれた。

 

「奴らの狙いはわからんが、どう見ても魔法界の混乱が目的としているのは確かだ。そして今回の殺生石の案件も間違いなく緑龍会の手引きだろう。対抗措置も無意味になった」

 

「対抗措置?」

 

「撫子さんの入学ですよ。彼らの行動パターンから純血の魔法族には攻撃を加える率が少ないです。ですので魔法族にとって貴族であり希少種である天狗の撫子さんに入学していただくことで、魔法処より緑龍会の手を引かせようとしたのですが」

 

「失敗であるな」

 

 苦い顔で考える団芝三の顔は芳しくないといた様子。

 そうだろうともあろうことかこの学び舎に人の命を奪う特級の呪物が持ち込まれたなど誰が想像し得ようか。

 その持ち込まれた目的も知れず、あるのは混乱のみとなれば苦しくもなろうぞ。

 

「封印御所に殺生石を封じ込めれば事態は収まると思っておったが、そうでもないようだ。あまつさえ殺生石を砕き破片を持っていようなど思いもよらなんだ」

 

 殺生石はただの物体ではない。濃密な呪いの集合体。

 トンカチでも杖でも、あらゆる方法がその呪いに負けて、砕く方法すら後世に伝わらない程に強力な呪物なのだ。それを砕くとなると、生徒だけの力ではまず無理に等しい。

 

「生徒より押収した時、その者に罰を与えたのか?」

 

「珊瑚の宮で偶然に木箱に入った殺生石の母体を発見して持ち込んだもの自体は捕らえられてないのです。しかも全生徒の外套(ローブ)の色が白になっている生徒がいない。闇の魔法使いに接触も闇の魔法の使用もしていない、不可解なんですよ。今回の一件は」

 

「それこそ本当に『魔法』を使ったのかと疑いたくなる」

 

「ぬぅ……手詰まりではないか」

 

「純血を推す生徒の内調はこちらとしても進めているが、進捗も芳しくはない」

 

「ならば私もその内調をしているモノを手伝うのだ!」

 

「駄目です。撫子さんは天狗。法起坊殿との確約もありますし、危険に晒すわけにはいかないのです」

 

「ぬぬぬぬっ! 話にならんのだ!」

 

 私の怒りは最高潮で、旋風を吹かせていない事に褒められてもいいぐらいだ。

 この者たちとはまともに取り合えないと分かった私は、踵を返し校長室を後にしようとした時に富文が警告する。

 

「この件は他言無用で願いますよ撫子さん」

 

「当然なのである‼ 失礼する!」

 

 私は荒々しく扉を閉めてその場を後にした。

 

 

 

 

 

「怒らせてしまいましたね」

 

「致し方なかろう。これも教師の役目だ」

 

 富文と団芝三は苦労していると言わんばかりに大きなため息を付いた。

 

「彼にはこの話を撫子さんに話してしまった事を伝えなくていいのですか」

 

「ふむ……伝えんでも良かろう」

 

「報告義務はあると思いますがね」

 

「私を誰だと思っておる? 団三郎芝右衛門太三郎(だんさぶろうしばえもんたたさぶろう)。四国一の化け狸の総領だ」

 

 カカカっと特徴的な笑い方で団芝三は笑い飛ばし、富文は困った人だと同じように笑って見せた。

 

 

 

 

 

「うぬぅ、ぬぅぅうううっ! 一体どうすればよいのだ……」

 

 私は戦中派の抱えるクディッチチームの練習を観戦しながら悩みで唸っていた。

 どうにか箒には乗れるようになり今私が乗っている箒は海外の会社が作った箒、どうにも私は日本の木々で作った箒とは相性が悪いようで悉く壬生鴉の備品の箒をダメにした。

 この箒はクリーンスイープ・ブルーム・カンパニーの『クリーンスイープ5』だ。

 私は箒に跨り試合会場を俯瞰する形で考え事に耽っていた。

 たかだが危険な呪物を生徒が持ち込んだものだとばかり考えていたが、実際はもっと大事だった。

 聞き及びもしなかった日本の情勢、そして魔法省に抗う闇の魔法使いたち『緑龍会(グリューンドラヘ・ゲゼルシャフト)』。

 想像したよりもこの事態は深刻で巨大であった。

 しかし私としても、この魔法処魔法学校で起こった不届き者の珍事に指を咥えて見ている程に寛容ではなく、積極的にこの事態を解決することを望んでいる。

 しかしこれより先の手立てが見当たらない。

 殺生石を持ち込んだ生徒を見つけ出し、緑龍会の係わりを白状させるとまで考えるのはいいが、その生徒を見つけ出すまでの方法が思いつかない。

 団芝三、富文が言っていた内調をしている生徒と接触すると言うのも手であるが、当のその生徒の名前どころか学年すらも聞いていなかったことを思い出し、さらに唸って苦しみが産まれる。

 

「ぬぅぅうううっ! 私はどうすればよいのだ」

 

「どうしたんだ? 石槌君。悩み事かな」

 

 休憩か、竹人が練習場から離れて私の隣に飛んできた。

 壬生鴉のトレードマークである三本の脚を持つ緑の八咫烏の練習着に滴る汗が何とも爽やかな姿だったで、いつもならば精を出しておるなとねぎらいの言葉をかけるところだったが今はどうにもそう言った言葉が出てこなかった。

 そんな様子に敏く気づく辺りやはり竹人は人の出来た上に立つ人物だ。

 

「そうなのだ……私は悩み事が多いのだ」

 

「天狗でも悩み事があるんだね。相談に乗るよ、話してみてくれないか?」

 

 私は少し悩んだ。富文に緑龍会と今回の一件の事は伏せておくようにと念押しされている。

 彼を今回の一件に巻き込むことは私としても少々気が引けてならないが、それでも私の足りない頭を補うには人の意見というのも大事だ。

 重要な箇所を伏せて、私は竹人に相談することにした。

 

「どうにも純血派の連中の動向が気になってな」

 

「ま、まさか純血派の火焔竜に行く気なのかい」

 

 火焔竜とは純血派が抱えるクディッチチームの事だ。

 そんな気は甚だしいほどに無い。何より純血派の横暴な態度は入学当初より目に余るばかりだ。

 しかしそれでも今はその動向が気になっている。

 

「そうではないがな。んンーなんと申すか、純血派の一部の生徒が少々気になるのだ。どうにかして珊瑚の宮に入れぬかと考えあぐねている」

 

 戦中派や探求派とは違い、純血派が占拠している学校施設の珊瑚の宮は魔法的な施錠のみならず、物理的にも封鎖されている為に入ることが儘ならない。

 正面入り口は真言の合言葉で開くには開くが、その先で椅子や机、用具入れで塞がれている為にまともに入ることもできず、そしてなにより純血派はほかの派閥と違い血の気が多いい。

 他派閥と見れば袋叩きにされた他派閥生徒は数えだせば数知れず、珊瑚の宮には普通の生徒は近寄るなという見解が生徒のみならず、教師陣ですら公言する始末だ。

 それ故に既に私のような戦中派と係わりのある者は珊瑚の宮に入るだけでどんな仕打ちを受けるか想像に難くない。

 竹人は少し考えて、そして案を出してくれた。

 

「『茶の脛こすり』に聞いてみたらどうだろう?」

 

「脛こすりに?」

 

 学校のマスコット事脛こすり。学校のあちこちに生息している妖怪。

 学校施設の道案内を主にその活動をしており、昼休みの時はよく団子となって固まって日向ぼっこをしている光景が目に入る。

 人畜無害の妖怪であのフワフワの毛並みは抱きしめていて飽きがこない妖怪だ。

 

「知らないかな『茶の脛こすり』? 毛並みがゴワゴワで茶色い脛こすり。他のとはちょっと違って、人を化かすことが好きなんだ」

 

「そのような者がいたのか?」

 

「ああ、ここ最近産まれたのかもしれないが妙に学校の構造に詳しくてね。もしかしたらあの脛こすりなら知っているかもしれない」

 

「ふむ、ふむふむ……脛こすりにか」

 

 妖怪風情に頼るのは少々不服ではあるが、こういった時は致し方ない。

 

「分かったのだ。その脛こすりに聞いてみるのだ」

 

 私は練習場より引き上げ、校舎へと急ぎ戻った。

 茶色い脛こすりだ。すぐに見つかるものだと思っていたが、一体魔法処には脛こすりがどれだけ生息しているのかどれだけ探そうとも見当たらなかった。

 

「どうしたんだミぃ?」

 

「気持ちのいい妖気がするミぃ……」

 

 目的とする脛こすりではない者たちが私の脛に絡まりついてくる。

 ふわふわと気持ちのいい感触が脛を撫で、この者たちを両手一杯に抱きしめて転げまわりたいがその欲望をグッとこらえて私はしゃがみこんでその者たちに訊いた。

 

「主ら、茶色い同胞を見なんだか?」

 

「茶色い? あいつかミぃ」

 

「あれは付き合い悪いミぃ、案内なら僕たちがするミぃ」

 

「では珊瑚の宮に入れる場所を知っておるか?」

 

『それは知らないミぃ』

 

 口を揃えてそういう脛こすり立ちに私はうな垂れた。

 やはり茶の脛こすりを頼るしかないのだろうか、そう思っていた時、荒い鼻息が背後に現れ、いきなり背中をまさぐられた。

 

「な! なんなのだ!」

 

「もう少し、もう少しだけ……! はぁはぁ!」

 

 魔法動物兼魔法理論兼語学教諭の変態、鴇野美奈子がいきなり私の制服の中へ手を入れて、羽根を直接まさぐってくる。

 

「な、んんっ……やめ、はぁ、ああっ! やめるのだ……羽根の付け根は、あん! 敏感なの、だ──」

 

「ここがいいんですか?! 付け根が敏感なんですね! 何と、何と興味深い!」

 

 ひとしきり私の羽根をまさぐり上げた美奈子は、つやつやとした顔つきで離してくれた。

 まるで生き生きとした美奈子に比べ、私の元気はこやつに吸い取られてしまったようにゲッソリとしてしまう。

 いい汗を掻いたと汗を拭う美奈子から私は距離を取り、睨みつけた。

 

「何をする変態め!」

 

「いやいや。麗しい天狗が脛こすりと戯れる姿。そんなものを見たらもう……」

 

 くねくねと体をくねらせ悶える美奈子に怖気を感じながら、私は引いてしまう。

 やはりこやつは変態だ。度を越したド変態だ。

 

「何かをお探しの様ですね。何を探してるのですか」

 

「うむ……貴様に訊くのは癪だが。茶の脛こすりを探しておるのだ」

 

「茶の? ああ、あの脛こすりですね。それでしたら玻璃の天文台に行ってください。あそこにいましたよ」

 

「本当か! 感謝するのだ!」

 

 私は走り、玻璃の天文台へと向かった。

 脛こすりは猫と同じく気まぐれだ、急がねばその場から消え失せてしまう。

 玻璃の天文台の扉を開けた。巨大な天球と空を望むレンズを玻璃で拵えた望遠鏡が空へ突き出している。

 そしてその天文台の教壇の上にいた。

 茶の脛こすり、ジトっとした目でまるで見る者すべてが犯罪者のような冷たい目線で私を見てきた。

 脛こすりは野太い声で聴いてきた。

 

「何ようだミぃ?」

 

 珊瑚の宮の道筋が僅かに開けた瞬間だった。


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