2月17日のまだまだ寒さの堪える日の早朝でした。
私たちは下宿先で荷物を詰めて、長野軽井沢で先生たちと合流するようにと通達があり、私たち三人は箒に跨り飛び立ちました。
空も寒く、雪もチラつく薄暗がりに私と、鹿島さん、大久保先輩は飛んで向かうのは勉学の為と理由でしたが、私には言い知れない不安感があったのです。
学生に磔の魔法を掛けた先生の目に罪悪感などなく、どこか楽しみすら感じさせたあの目に私は竦み上がって、ただ先輩たちに付いて行くしか私は選択肢が見いだせなくなっていた。
暗闇の中を歩いているようでした。足元も真っ暗な、どこまで行っても暗闇が支配するようなそんな感覚で、盲目に妄信的に信じるしかなかった。
軽井沢は避暑地で完全なオフシーズン。ひっそりとしており人もまばらにしかおらず、人の足音も気配も降り積もる雪が白色に消し去っていくようでした。
「ああ、ようやく来ましたか。皆さん」
先生が私たちの到着を待ちわびていたと言わないような笑顔で両手を広げて迎え入れてくれた。
この寒さが堪えるのか古臭い防寒軍服のような服で、ニコニコとしていた二人の先生。
一人はいつも教鞭をとっている女性の先生だった。長い髪をポニーテールにして鼻の高い容姿から日本の血だけではない事が理解できる。
もう一人はぎこちない笑顔を必死に浮かべて苦しそうだった。笑顔になれていない大男だ。
他にも五名程度の生徒が私たちを待ちわびており、霜焼けにならぬように己の手を自らの息で温めていた。
「先生、ここからどうするんですか?」
鹿島さんはそう言いこれからの行動の指示を乞うていた。
確かに私たちは軽井沢で勉強合宿をするとだけ伝えられていて、詳しい勉強内容は伝えられていなかった。
女の先生は手を叩いて忘れていたとわざとらし気な動作で、説明を開始する。
「皆さんに今日集まってもらったのは実地での実践経験を積んでいただくためですよ。マグルの協力者が今回皆さんの勉学を手伝っていただくように言っておりますので、まずは合流することからにしましょう」
先生はそう言って、私たちを連れて歩き出した。
向かった先は山道への道で、まだまだ寒さとひどく、雪も積もって足を取られながら、私は歩いて行きました。
足を雪にとられこけそうになった時、大久保先輩が私の体を支えてくれた。
「大丈夫か? 木島」
「ありがとうございます。大久保先輩」
爽やかな顔で笑い返してくれるが、その頬は寒さで赤く染まり吐く息は白く煙る。
「体を動かすのは苦手か?」
「あまり得意ではないです。ずっと勉強ばかりしていて体を動かすのは」
「はははっ。俺も似たようなものだ。無理は禁物だから少しゆっくり行こう」
私を気遣いながらともに歩いていた。
ずっと彼の事は気に掛けていた。これは今にして思えば淡い恋心のようなもの、彼ら二人に私は恋をしていた。
その恋が成就せずとも、共に居られることが何よりも嬉しく楽しかった。
だからここまで付いて来れたし、頑張ってこれたのです。
険しい道のりで息も切れて、空気を吸うことも苦しいくらいだった。冷たく凍てつく空気が諸に肺を冷やして防寒着の中はじっとりと汗ばんで頬に汗がつたった。
「皆さん見えてまいりましたよ。あれが私たちの合流点で宿泊施設──あさま山荘です」
切り立った山肌にせり出す様に建てられた三階建ての宿泊施設。
私たちはその戸を叩いて、管理人らしき女性の人が出てきた。
「はい? どちら様でしょうか?」
「すいませんね。──やってくれ」
杖を抜いた大男が聞き取れなかったが、何かしらの魔法をその女性に掛けた。
瞬間、女性の目から精気が失われた。
私は血の気が引いた。なんとなしだが使った魔法が何なのか理解できた。
──服従の魔法。
許されざる魔術の一つ、私たちが使えば忽ち魔法処を退学処分にされ、魔法省で裁判を受ける事となる。
それして下手を打てばアズカバンという魔法使いの刑務所に収監れてしまう。
「……先輩」
「ん? どうした?」
「なんだか、この合宿、怖いです」
「本当に、木島は臆病だな。俺達が付てるから安心して勉強しろよ」
私は大久保先輩の背に隠れて先生の視界に入らないように身を隠して、ビクビクと震えるばかりだった。
そのまま逃げ帰ればどれだけいい未来が私を迎え入れてくれるだろうと今でも考えます。
でも後悔先に立たずとはこの事でした。
私たちはあさま山荘に入り、大部屋で私たちは荷物を下ろした。
大変軽やか部屋で、只人の施設と言う事もあり魔法的な道具や器具は無く、あるのはテレビとラジオ、そして布団ぐらいであった。
その日は特にと言って何もなく過ごしたが、問題は翌日からであった。
「集まって下さい。皆さん」
山荘の外に集められた私たちは円陣を組み、私たちの中心に置かれたそれを囲う様にして先生の話を聞いた。
「これは皆さんなんだと思いますか?」
先生が手に取って見せたのは鉄の筒。
まごう事のない只人が個人で持ちえる最大の武器。
「銃です」
「エクセレント。そう、これは銃。皆さんはこれに触ったことはありますか?」
「いいえ」
「ではドンドン触りましょう。触って使い心地も知っておきましょう」
先生はそう言って全員分の拳銃、そして猟銃を手渡してきた。
ずっしりとした重みが私の両手に圧し掛かってくる。こんなに重いなんて想像していなかった。
只人はこんなに重いものを持たないと自衛の手段がないのかと思うと大変な苦労だ。
そんな苦労を知ったところで私たちは常人。杖を使って身を守る者たちだ。
なのになぜ先生はこれを持たせるのか不思議でならなかった。
「先生。こいつを持って何するんですか?」
鹿島さんがそう質問した。
先生は困った子だと言わんばかりの顔で、語りだす。
「これは、来るべき時の準備ですよ。私たちは狭い視野で物事を見過ぎている。大きく視野を持つのです、人の命を奪うのに強力な魔法は必要ない事を知っておいてほしいのです。これはその一つです」
そう言った先生は誰もいない方向に銃を構えて引き金を引いた。
ズドンと重苦しいようでそして瞬間的な炸裂音が響きわたり、山に反響して木霊のように音が返ってきた。
生徒全員がその音量に驚いて、目を閉じて撃った方向を向いた。
小さな命が瞬時にして奪われていた。
野兎だった。どこかから出て来たのか、野兎の頭が綺麗に撃ち砕かれ無くなっているではないか。
正確無比な射撃の力を見せる先生は、強力な力などいらないと言う。
必要なのは必要な時に必要とされる決断力と発想力、そしてそれを実行に移す行動力なのだという。
「皆さんはまだまだ若い。前途多難な人生でしょうが、それらを乗り越えましょう」
そう笑顔で言い、先生は手を叩て銃の訓練を始めようとしたとき、どこからともなく、パン、と銃声が山の中に鳴り響いた。
先生が撃った拳銃の比ではない大きさと重苦しさのある銃声だった。どこか命がけの何かをしているようなそんな銃声。
先生はその方角に向いて目を細めた笑っていた。
「ささ、訓練をするのです。マグルの知識も必要とされる知識の一つですよ」
言われるがまま皆は銃を扱う練習を始めた。
皆使い慣れない道具に四苦八苦しながら、弾を込めて、標準を定め、撃つ。
杖の魔法とは非にならない重み。どこか興奮と、その先にある誰もが持つ暴力性を刺激してくる反動の衝撃が、理性を麻痺させて私たちはおかしくなり始めました。
その日一日は銃の硝煙の匂いが手に染みつくぐらい銃を撃ち続けて私たちの『勉強』が終わりました。
次の日、目を覚ました私は手に銃の衝撃からの痺れが未だに残る体でのそのそと起き出して外を見ました。すると先生が外に立っているではありませんか。
何かを察知した草食動物のようにピリピリとした雰囲気で、大男の先生と神妙な顔つきで話し合い時折笑い顔を覗かせる。
そんな先生の姿が、私はゾッとするぐらい恐ろしい妖怪のように見えて仕方がありませんでした。
時間もたちみんなが起き出して朝食を終えた時、食堂で先生は手を叩いて次なる報せを持ってきました。
「さて、今日はバリケードを作る方法を教えましょう。いくら魔法でも、銃でも物理的な障壁があれば忽ちその脅威は減少します」
いわれた通りに皆は出入口、窓、勝手口などすべてをベニヤ板を建付け、足りなければ机で塞ぎ、それでも塞げなかった窓などはカーテンなどで覆い隠した。
的確にこうすればいいと先生たちが指導して、遂にあさま山荘はネズミ一匹、蟻んこ一匹も入り込めない程の強固な要塞に作り替えるころには既に昼も過ぎ、私たちは昼食の準備を始めた頃でした。
玄関の扉を叩く人たちがいました。
封鎖した窓の隙間ら覗き込むと、五人ほどの山登りをしている人にしては小綺麗な格好をしていて、その雰囲気は剣呑な感じでした。
管理人さんが彼らを出迎えて、私たちのいる部屋に入ってきました。
「ああ、ようやく来ましたか坂口さん」
「先生。御無沙汰しております」
皆立ち上がて警戒して杖の柄に手が伸びていました。何せ来訪者たちの背には拳銃など可愛い武器でなく大きな猟銃が担がれているではありませんか。
私は震えて、大久保先輩の背中に隠れてただただ震えるしかありませんでした。
「ご紹介します。マグルの協力者です。坂口さん、坂東さん、吉野さん、加藤兄弟さんですよ」
「この方々が先生の親しき友人ですか? 少々お若いようで」
「これでも立派な戦士ですよ。ここのバリケードも今しがた彼らが作ったものです」
「おお、それは凄い。皆さんご協力感謝します」
恭しく坂口さんは頭を下げて感謝する。
しかし私はそれを素直に受け取れるほどの余裕がなかった。
剣呑過ぎたのです。彼らは。
どこか血の気の、いや、人を殺してきているようなどこかトロンとした眠たげな眼であったのでから私は震えて怖がったのです。
「お疲れでしょう。ちょうど昼食を取ろうとしている頃です。御一緒にどうですか?」
「それではご相伴に預かります」
私たちは彼らと共にその昼食をともにしました。彼らはやけに親し気に私たちに話を振って来て、どういった思想で先生と行動を共にしているのかと色々聞いてきましたが、とにかく私はその食事は怖くて仕方がなく、何かの拍子に彼らが激昂し猟銃を構えて私たちの頭を撃ち抜くのではないかと思っていました。
怖くて怖くて仕方がなく、料理の味もろくにしませんでした。
「そうか、君たちの世界でも資本主義が横行しているのか」
「ええ、そうなんですよ。皆さんも大変苦労をされているようで」
鹿島さんは彼らのリーダーと思われる坂口さんと意気投合したかのように親しく話していました。
資本主義も共産主義も何も魔法界には関係のない話だと私は思っていましたが、鹿島さんは海外のガリオン硬貨の制度を資本主義などに当てはめて見事な論弁を披露するのです。
それに坂口さんはここはこう考えた方がいい、こうした方が合理的だと討論しているではないですか。
どうすればここまで意気投合できるか判りませんでした。
その日はそれで終わり、翌朝の事です。
少し遅く起きてしまった私は朝食を取ろうと食堂に向かったのですが、何やら彼らが話し合っていました。
聞き耳を立てて、それを聞いていると。
徹底抗戦、銃撃戦、人質の必要性、食料の備蓄などまるで戦争の作戦会議をしているではありませんか。
私は怖くなって大久保先輩を探して走り回り、その先輩が屋上にいる事を知り急ぎ向かいました。
「大久保先輩!」
「ん? どうしたんだ? 木島」
「息せき切らしてどうしたんだ?」
「あの、あの──!」
空を見上げてぶんぶん飛び回るヘリコプターに不思議そうな二人に私は叫んで言った。
「やっぱりおかしいです、この合宿は! 銃の練習をさせたり、バリケードを作ったり、終いには変な人を呼び込んで! さっき食堂であの人たちの作戦会議を聞きました。あの人たちは戦争をしてます!」
二人は頭を掻いて何とも言えない様子でため息を吐いた。
「知ってる」
「え……?」
「何となくだけど勘づいてたよ」
鹿島さんと大久保先輩は苦笑いを浮かべて私に笑いかけてくれました。
「俺達もさ馬鹿な餓鬼だけど、勘だけはいいんだ。昨日の鹿島と坂口さんの討論で何となく理解できた」
「あの人たち学生運動している人だろうな」
最近メッキリ只人の世情で活動が訊かなくなり始めた頃だった。銃まで持ち出して日本という国に抵抗しているとは思いもしていなかった。
「先生がさ、いきなり合宿するっていうんでみんな怪しがってたんだ。それでも先生に付いて行きたい連中だけがここに来てる」
「俺達は先生に付いて行くよ。木島、君はどうする?」
私は理解できませんでした。鹿島さんも大久保先輩も危険を知りながら、ここに来ていたのです。
死をもいとわない覚悟。確かに先生には不思議と人を惹きつける魅力のようなものがありましたが、それでも先輩たちは先生の危険性を知ってなお、ついていく事にしていたのです。
その場で私は崩れ落ちて、泣き喚きたかった。凍てつく冷たさが私の身も心もボロボロと切り刻んでくるようで、私の心が崩れ去っていく感覚がしました。
それでも時間は残酷に時を刻み、そしてセクトの一人が屋上に銃を持って上がってました。
銃を掲げて、空を飛ぶヘリコプターに、ズドンと。
それが開戦の祝砲でした。