28日、午前5時の事でした。警官隊からの投石が止み僅かなながらの静寂を取り戻したあさま山荘で、私たち生徒たちは先生やセクトメンバーの方々とは隠れて集まっていました。
きっとこの事は世間で大きな波紋を広げるのは間違いありませんでした。何より私たちは既にこの事件に大きく加担しているのは明白で、きっと魔法省も今頃動いている頃合です。
先生曰く、魔法省はここまで大きな事案にはむしろ消極的な対応で、事件発生後の事後処理の方が精力的になると言うのです。
当然です。何せ魔法省は只人から常人の活動を隠すことが目的で、陰と陽でいう裏側でしかないのないのです。そうなれば事を大きくすればするだけ彼らは介入してこないのは目に見えていました。
とんでもない策略家です。先生は。
「もう後戻りはできない。先生についていく事にはしたが、先生は俺たちをどうしたいんだろう」
大久保先輩はそう皆に言いました。
確かにそうです。疑念を持つのはもっともです。今迄は普通の勉強会だけの席が、今はそれとは打って変わりやっていることはただ世間を引っ掻き回す首謀者のようです。
目的も何も見えたモノではありませんでした。
「きっと先生は俺たちが次世代を背負って立つような指導者にしたいんだ。こんな経験をしている俺達世代の魔法使いが一体どれだけいる? きっと俺達だけだ。
「そうだ。確かに鹿島の言う通りだ」
「魔法省に飼いならされるだけの魔法使いは牙を抜かれた狼と一緒だ」
「昔の日本のように強く、強かな魔法使いが今必要なんだ」
鹿島さんの言う事に触発された生徒たちはそう声を上げ賛同していました。
私はそれに同意する事が出来ませんでした。経験も大事ですが、それは経験の種類によると思ったのです。そしてこの経験は体験するには余りあるものでした。
セクトの皆さんが一体どれだけの苦痛を感じながら親に向かって撃ったのか。吉野さんの心情を思えば、こんなことは間違っていると思いました。
でも、私はそれを口にする事が出来なかったのです。
鹿島さんと大久保先輩は、なにせ私のヒーロー。目標に弓ひく事が出来るほど私は利口ではなかった。
「それは分かっている。いい経験だ。だが、この件の推移を見ればドン詰まりは目に見えている。捕まっては話にならないだろう」
そう大久保先輩は反論しました。
私もそこは気になっていました。大勢の警官隊、魔法省が介入してこないにしても、セクトの皆さんが逮捕され私たちも縛に付いたのちきっと裁判に掛けられるのは目に見えていました。
そうなれば未来も何もない。あるのはアズカバンの薄暗い牢獄の一室の光景だけ。想像もしえない刑罰がこの先待ち受けているだけでした。
「きっとここから出る手立てがあるんだ」
「どうやって? 俺は見いだせない。逃げる方法なんてなかったろ、吉野さんが提案した濃霧に紛れて脱出する方法もダメだった」
「だから先生は何か案を隠してるんだ! 今俺達がどうこう考えても仕方がない。先生の今迄の教えを聞いていてお前は分からないのか? あの人は無謀無策で行動はしない。きっとこの計画も終盤まで展望は持っている筈だ!」
立ち上がって吼える鹿島さん。
しかし大久保先輩、いえ、他人の口から言わせてしまえばそれはまさに『他力本願』というに他ないほどに楽観視した展望、願望でした。
結局のところ私たちは何も分からなかったのです。先生の思考も、今後の物事の流れも。
「腰抜けになったのか。大久保」
「バカを云うな。腰抜けどうこうじゃない。この先俺たちはお前の言う次世代を背負って立つ人間の地位に立てれるのかも怪しいと言っているんだ」
「立てれるに決まっているだろう。先生の今迄をみてそれが分からないのか」
「分かるさ。でも確証はないだろう。先生だって人の子だ、どこか何かしらのミスを犯していてもおかしくはない」
大久保先輩の言う事はもっともな事ばかり、正論で反論していましたが、鹿島さんにその声は届くことはありませんでした。むしろ火に油を注ぐことになりました。
「なら、契約しろ。先生が俺たちを無事に脱出させることが出来たなら二度と先生を疑わないと」
「分かった。立会人はここにいる全員だ」
鹿島さんと大久保先輩は懐に持っていた和紙に一筆向かい合う様にして名を記しました。
日本古来から伝わる魔法契約です。古くからは戦国以前より伝わる魔法契約。魔法連判状です。
皆が向かい合って書かれた両名の周りに円を描くように名前を書きました。
魔法連判状の中でも禁を破ることができないとまで言われる
私の番が回ってきました。筆を渡され、私は名前を書き記すことに躊躇しました。
本当にこんなことで魔法契約書に名前を貸していいものかと苦悩しました。
大好きな二人の確執に私は短い時間でしたが苦悩し、そして連判状に名前を書きました。
身体に害を及ぼす契約内容ではない。そう自分に言い聞かせて名前を書きました。
こんな契約を結んだところで状況は好転することは絶対にありえません。
殆ど皆さん錯乱していたのです。少しでも何かしらの行動を起こさないと気が休まらないようなそんな気がして、鹿島さんと大久保先輩は無意味な魔法契約をここに結んだのです。
和紙が解れて光を佩びる繊維が鹿島さんと大久保先輩の腕に輪の証を刻みつけました。
「これで俺たちは何事にも疑いを生まない一心同体の存在だ」
「ああ、俺達は護国の衛士。生きて誅殺の鏃となり、死して不動の盾たらん」
腕を組んでそういう二人に周りの皆さんは拍手で答えました。
決して違う事のない絶対契約。彼ら二人の決意の証でした。私もここまでくれば彼らの強烈な覚悟は理解できました。
決して明るい未来ではないにしても、全力で戦い抜くとそう言いたかったのです。
私もそんな気合、覚悟が欲しかったのですが、結局は弱いままでした。
朝九時、十時になろうとしていた頃に警官隊から最後通告がありました。
警官隊もしびれを切らしているのです。私たちもそうでした、いつでも戦争を開始できる心持でした。
そして十時きっかりに警官隊たちの攻撃が始まったのです。
『検挙!』
その声と共に、完全防備の警官たちが大盾を二重にして突撃してきました。
セクトの皆さんは三階より銃撃を始めました
あちこちで銃撃の轟音が響き、意識の中の善悪を判断する機能が麻痺していくようでした。
警官隊の集団の中から空へとせり上がる鉄柱が見え、それが吊るすのは大きな鉄球。
スイングしてその鉄球は玄関に激突して、山荘全体を大きく揺らしました。
「連中、モンケンまで持ち出して来やがった!」
加藤さんがそう叫び、銃撃で応戦しました。
先生は、静かに拳銃を抜いて私たち生徒に言いました。
「いいですか皆さん。警官隊に魔法を放つのは山荘内だけです。外に向かって撃とうだなんて馬鹿な真似はしないように」
「何故ですか! 我々も戦う覚悟くらいはあります」
生徒の一人がそう言いました。先生はそれをたしなめました。
「いくら魔法省が出張ってこないにしても、魔法を世間一般に認識させるのは我々としても都合が悪い。然るべきタイミングで私たちが指示しますので」
先生は世間に私たちがこの場にいる事を知らせたくないようでした。
実際私も知られたくなかったですし、ここに来て初めて先生の発言に心から同意しました。
鉄球で破壊された玄関に激しい放水で瓦礫が吹き飛ばされ、警官たちが雪崩のように突入してきます。セクトの吉野さん坂東さん急行し応戦の銃撃を始めました。
生徒も二人そこへと続き、杖を抜いて応戦したようでした。
奥で控える私はラジオのあさま山荘突入の報に耳を傾け、止まらない震えを必死で押さえつけていました。
「木島、俺達も助太刀に行くぞ。突入が開始した」
私は鹿島さんに手を引かれて三階に引き摺られて応戦に参加させられました。
簡易的なバリケードを楯に入り口から流れ込んでくる警官隊たち。一本道でしたから殆ど入れ食い状態の鴨撃ち状態でした。
警官隊の大楯が私たちの攻撃を阻み、まともに攻撃は受けませんでしたがしかしながらその場に彼らを食い止めることは出来ました。
極力、殺傷を目的としない魔法で警官隊に向かい撃ちだし、目を白黒させる警官隊に私たちはある意味では少しだけ優位に立った気で魔法を景気良く撃ちました。
私は恐れながら、怖がりながら応戦の為に杖を振りました。何もしない事が怖かったからです。
閃光が杖の先から輝き、一直線に楯の上部、誰もいない場所に向かって飛んでいきました。
しかしタイミングが悪かった。
大楯の上部から警官の一人が頭を覗かせたではありませんか。ちょうど私の放った魔法の軌跡に重なるようにして頭が飛び出てきて、そして当たりました。
血が舞いました。
警官の被っていたテッパチが飛んで、バタリと倒れる音がこの銃撃戦の中でも私の耳にはしっかりと聞こえたのです。
驚きや恐怖よりも先に立った感情は、こんなモノか、といった拍子抜けするほど軽い感情でした。
「よくやった木島!」
鹿島さんはそういい私の頭を撫でてきました。
何と呆気ない事でしょうか。人を傷つける事が、ここまで呆気ないとは思いもよりませんでした。
傷つけた事で地獄の底まで引きずり込まれるような罪悪感に苛まれると思っていましたがそんなことはなくただ時間だ淡々と流れていくではないですか。
私は腰が抜けてその場に座り込みました。泣き崩れるわけでもなく悲観した意見を言う訳でもなく、ただ呆けて、唖然とした様子で座っていました。
一時間が経ち、警官たちが引き上げて行き僅かながらの静寂が戻りました。
呆け続ける私に、他の人たちは忙しそうに走り回り壊れたバリケードの修繕などで大忙しでした。
「おい! 木島、木島!」
「え?」
私を揺すって呆ける私を現実に引き戻してくれたのは大久保先輩でした。
顔も汚れ、警官隊の攻撃で負傷したのか、僅かに頬が腫れているようでした。
「もうひと踏ん張りだ、先生たちが作戦会議をしている。食事もある、それが済んだら今後が分かる筈だ」
そう言って大久保先輩は腰の抜けた私を立たせてくれて、食事の場へと私を引っ張っていきました。
質素な食事です。僅かな白米、そして味付けもされていない茹でたマカロニに昨日の残りのおかず。
私たちはそれを黙って食べました。
加藤お兄さんは既に戦意を喪失しており、食事には一切手を付けずにうな垂れているばかりでした。
先生が言いました。
「手詰まりですね。これ以上は」
「今何と?」
先生はどうしようもないと言った様子で笑って見せ、坂口さんはその反応に、眉間にしわを寄せて詰め寄りました。
「手詰まりとはどういうことですか。我々に勝利をもたらすと約束なさったはず、応援もすぐに駆け付けると言ったのは貴方でしょう」
「応援も何もないですよ。この子たちの成長の為にはこういった事態も経験させておきたかった。でももうお終いです、詰みですよ。私たちこれで引き揚げさせてもらいます」
「ふざけるな!」
坂口さんは先生に掴み掛り、今にも殴らんとするばかりでしたが、大男の先生が素早く杖を抜き、魔法を放ちました。
『
その場にいるセクトメンバー全員に服従の魔法を瞬時に掛けた先生。
服を整えて、山荘のどこかに隠していた全員分の箒を持ってきました。
「次の警官隊の攻撃に合わせて私たちは脱出します。安心してください姿くらましで我々は誰にも知られず脱出できますので」
爽やかな笑顔で先生は、さも当然のようにセクトの皆さんを裏切ると言い放ったのです。
私はその正気を疑いました。この先生は一体何がしたいのかと思いました。
そして私は気づいたのです。
この先生に目的なんてないと。ただ混乱を求めているのだと。
大男の先生はセクトの皆さんの記憶を魔法で改竄して、どういう動きを差せるのか服従の魔法で動かしていきました。
昼過ぎ頃、三階厨房で物音がして操られた坂口さんが懐からパイプ爆弾を手に向かい、次の瞬間に爆発音が響きました。
混乱ばかりを産み落とす先生。その薄暗く目的の見えない行動に私は一層の恐怖が掻き立てられました。
警官隊の放水が再開され、あさま山荘に催涙弾が何発も撃ち込まれ山荘内部のすべてに行き渡らん勢いでした。
「行きますよ」
先生の号令と共に私たちは外へと飛び出しました。
姿くらましで警官隊からは私たちの姿は見えない。外に出たと同時に私たちは箒に跨り、空に飛び立ちました。
地上を見れば、警官とはまた違った人たちが集まっていました。
私は理解しました。魔法省の役人の人たち、禍祓いの人たちだったのです。
彼らに姿くらまし程度の魔法は子供の悪戯同然、私たちが見えていたのです。
杖で空に向かい攻撃の魔法を放ってきました。私たちは魔法を掻い潜り逃げていきました。
私はその最中、あさま山荘を振り返り見ました。
催涙ガスで烟るあさま山荘の窓から、坂口さんの姿が見えました。ガスの影響で涙でグチャグチャになった顔で私たちのいる方向を見ていました。
その姿はひどく悲し気で、憐れみすら感じさせる姿でした。
私は酷い女でした。そんな坂口さんたちの姿に、セクトの皆さんに。
私たちの身代わりになってくれたことに感謝していたんですから。