アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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決意

 典子の話を聞くころには既に日を跨ぎ、夕日が上り始めていた。

 悲劇。その一言しか言いようがなかった。

 私は典子の語った純血派の過去、そして彼らが行わんとする計画の全容を知り愕然とした。

 彼らには、純血派には何の罪もなかった。あったのはやりようのない熱量、そのひどいやる気だけだった。

 典子の言う先生という輩にたぶらかされ、弄ばれているだけで、彼らはその言葉で錯乱させられているのだ。

 末恐ろしい。一体どんな手品でその先生とやらは生徒たちを勾引かしたのか。

 いくら生徒、子供で世間を知らないにしても、我々とて馬鹿ではない。良識を持っているし、善悪の判断は出来る。

 それを容易に壊す先生とやらの手練手管、口八丁手八丁は『魔法』と呼んで相違ない。

 僅かにだが輪郭のようなものがぼんやりとだが見えてきた。

 緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)の背中が、その尻尾が。

 

私の願いは無意味だったようです。総括は行われた

 

 典子は哀しそうにそう言い、窓から差し込む朝日に諦めたように笑った。

 憧れの人の非道。心から慕った男の悪鬼羅刹の所業を見せつけられるほど魂を抉る事はないだろう。

 自らの小さな勇気もすべてが無意味となった彼女が、気の毒で仕方がない。

 この事のすべての悪はただ一人だった。

 

「その『先生』という輩の素性は分からぬのか?」

 

何も、何もわかりません。素性も何も答えませんでした

 

「…………」

 

 ある意味では手詰まり、そして素性の知れなさこそが緑龍会の繋がりを匂わせる一つの道標。

 奴らの悪事をここに暴き立てん事には私の気持ちが治まらない。

 無垢な人々を唆し、一人の娘の覚悟も踏みにじり、その面をのうのうとお天道の元を歩かせるほど私は寛大ではない。

 怒りが満ちる、今迄にない位の気が狂ってしまいそうなほどの怒りだった。

 

「ぬっううううっ! くああああああッ!」

 

 叫んでこの拘束の魔法を解こうと力むが、微々たる隙間も生まれない頑丈さ。

 憎いぞ、私。恨むぞ、私。呪うぞ私。

 その非力な力を今まさに解放せん時であろうに、何をしている私の力よ。

 

「解けろ! 解けるのだ!」

 

 体を壁に打ち付けて、荒縄に切込みでも入れんとのたうつがどうにもならない。

 非力な私め、一体どれだけ待たせば気が済む。

 正義は成る、悪は討ち取られるのが世の常。それ跳梁跋扈の世を許してなるものか。私は断固としてそんな世の中を拒絶して見せる。

 私が正して見せるのだ。

 

「がっぁああああああっ!」

 

 額を壁に自ら打ち付けて、全身に痛みを巡らせる。

 挫けてなるものか、負けてなるものか。私を誰だと思っている。

 私は五代目石槌山法起坊石槌空大の娘。そして六代目石槌山法起坊であるぞ。

 

あの、あの、頭から血が出ています! 

 

 構うものか、この言い知れぬ怒りを抑えるのにただじっとしていることなど出来ようがない。

 滅してくれる悪を、その権化を。緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)のその喉元に。

 

『少し静かにしてくれよ……』

 

 壁の向こう側から声が聞えた。その声は竜人であった。

 掠れた声で弱弱しい言い方であったが、その気障な喋り方は未だに健在だった。

 

「竜人! 生きておったのか。……よかった。誠によかったのだ」

 

『勝手に殺すなよ。たく、おちおち寝てられねえよ』

 

 私とは違い鎖で縛られているのか金属の擦れる音が聞こえてきた。

 どうしても、私は竜人がどうなっているのかが気になり、その術を探り、そして思いつく。

 

「そうだ。神足通!」

 

 神足通は空を飛び、水面を歩き、天上も壁も床同然の便利な(わざ)だが、その本質はただの移動するだけの業ではない。

 外界の法則を私たちの法則に書き換える業だ。その便利さに忘れがちだが、集中をすれば。

 

「────」

 

 壁の物質を透過させ、すり抜けるまでは出来ないまでもその姿を見る事が出来る。

 薄透明に色を濾された壁越しから見えたのはひどい惨状であった。

 両手、首に枷を嵌められて吊るされてつま先立ち。顔を真っ赤に腫らして、鼻血は止でなく流れ、目元は大きく殴打により腫れ上がっていた。

 顔より下はもっとひどい、切り傷、擦り傷、打擲の後もあり、指先の爪は剥ぎ飛ばされ血が滴っていた。

 もはやこれは拷問だ。

 私はその光景に目を瞑りそうになるが、しかしこれは私が起こした事。しっかりと己の目に焼き付けるべくそれを見据えた。

 

「竜人。気を確かに持つのだ」

 

『あ? バカ言ってんじゃねえ。意識はハッキリしてるっての』

 

 激烈な痛みで、頭がどうにかして痛みを感じていない竜人は異様な笑みを浮かべていた。

 透過された壁に竜人は気づき、こちらを見た。

 

『それが天狗かよ。迦楼羅天の名が泣くな』

 

「ぬっ! そういうお主こそ、ボロボロではないか。私に軽口を云えないのだ!」

 

『そりゃそうか。お前も俺もボロボロの虫けらだ』

 

 大声で笑った竜人の姿に拷問の受けすぎで頭がおかしくなったのだと私は思ってしまった。

 当然だ。ここまで相当な痛み与えられ頭がどうにかならないのなら、その者は既に頭がどうにかしている。気がどうにかしてしまっていると思ったが、竜人の思考の巡らせ方は異様を極めていた。

 吊るされた鎖を器用に使い、体を浮き上がらせて足を鎖に絡めて自力で天井に登ったのだ。

 鼻血を舌先に付けて顔を振って、天上に五芒星を書き呪文を唱える。

 

『齎すは、虫の報せ』

 

 勢いよく天井から降りた竜人の頸が嫌な音を立てた。

 

『ゴハッ! がっ──』

 

 カエルの潰れた声のような嫌な音を立てて、虫の息で竜人は息を切らせていた。

 

「一体何をしたのだ」

 

『虫の報せだ。勉強不足だな。石槌……』

 

 息苦しそうな竜人は今にも膝から崩れ落ちそうになりながら、目をギラつかせて笑って見せた。

 ただでさえ立っていることもやっとであるはずなのに、まだ何かをしようとしていたのだ。

 

虫の報せ……あなたは陰陽師なのですか

 

 典子は透明な壁に張り付いて聞いた。

 

お願いです! 鹿島さんの馬鹿な計画に手を貸さないでください。お願いします

 

 必死になって典子は懇願していた。

 純血派の計画の一翼を担っているのは何を隠そう、陰陽師の総本山『陰陽寮』なのだから典子が声を上げるのも当然だった。

 竜人は首を振った。

 

『悪いな、地縛霊。俺は陰陽寮所属でも『六波羅局』の人間だ』

 

そんな……

 

『まあ見てろよ。こんな馬鹿げた事すぐに収まる』

 

 不敵に笑った竜人の宣言に合わせるように、珊瑚の宮が大きく揺れた。

 何事か、そう思い這いずりながら部屋の扉に耳を当てて聞き耳を立てた。

 慌ただしく走り回る生徒の足音。次第にそれは怒声や罵声、魔法の嘶きなどがたちどころに響き渡り珊瑚の宮全体が騒がしくなる。

 殺し合いでもしているのではないかと思われる剣呑な声が次第に登って来て──。

 

「石槌君! 大丈夫か!」

 

 扉を荒々しく開けたのは、なんと戦中派のリーダーの竹人だった。

 杖を片手に血走った目で床に転がされる私を見て怒り心頭と言った様子だった。

 何人もの戦中派生徒が部屋流れ込んできて私を甲斐甲斐しく助け出そうとしてくれた。

 

「なんてひどい事をしやがる連中だ! 純血派は悪魔に魂を売り渡した!」

 

 竹人は純血派の所業に、声を上げていた。

 誰もがそう思うだろう。しかしその裏に隠されたモノを知ればそんなことも言えない。

 皆が私の拘束魔法を解くために荒縄に杖を宛がい、解除の魔法を使っていた。

 数人が典子の遺体に気づき目を逸らしている。霊の典子は見えていないようだった。

 

よかったですね。これであなたたちは解放されます

 

「それでもお主は、典子はここに縛られ続けることになる。それではあまりにも……不憫すぎるのだ」

 

いいんです。私は私の勇気に従います

 

 弱弱しく笑って見せた典子。その姿は私にと竜人にしか見えずともしっかり見えた。

 

「典子、主は『なり損ない』なのではない。人との縁が悪かったのだ」

 

そう、ですね。私もそう思います

 

 頬を掻きながら気恥ずかしそうに笑った典子は私に頭を下げた。

 

私の話を聞いてくれてありがとうございました。私はずっとここにいます。ずっと、ずっと

 

 拘束が解かれ、私と竜人は珊瑚の宮より脱出した。

 長い一日だった。とても、とても長い一日だった。

 

 

 

 

 

 

「……天狗の羽根を治す日が来ようとはね。夢にも思わなかったよ」

 

 病的な笑顔で目元にくっきりとした隈を浮かべて、浮きながら私の羽根の治療をする野治。

 その陰鬱な雰囲気は私たちまで野治の患う鬱病に当てられそうになりながら、私は翼の治療を受けた。

 私と竜人は戦中派生徒の手によって珊瑚の宮から救出され、事態を鑑み教員より私たちは数日間の停学処分を受けていた。

 別段悪いことをした訳ではないが少なくとも今私たちが魔法処に通うと言う事は我が身を危険に晒すことに相違なく、廊下を歩いていて、いきなり純血派生徒の一派に襲われてもおかしくはない為の処置だった。

 その事もあり私たちはエンマ荘の村崎野治の診察室に押し込められ、事態が収まるまで謹慎を言い渡されていた。

 典子の遺体の事もあり、戦中派突入の際に珊瑚の宮に居座っていた純血派生徒たちはどういった理由であれ問答無用の停学処分をくらったそうだ。

 しかしながら純血派生徒の中核を成す生徒たちの姿はなく、現在は姿をくらましているそうだ。

 

「ッく……」

 

「……痛むかい」

 

 治療での痛みを気遣う様に野治が声を掛けてくるが、この声は痛みの声というより悔しさからだった。

 鹿島達の行き先は知っている。

 富士山頂の噴火口。

 殺生石は既に学校側に押収されている。どうやってか再度、殺生石を手に入れる気でいるのだろう。

 もしやと思うが、金の間の封印御所『天岩戸』に押し入り奪取する気なのだろうか。

 いや、恐らくそれは不可能だ。

 一度、天岩戸の封印の厳重さを目にしたから分かる。並大抵の努力同行では解決が図れない程の強固な守り。

 純血派の言う『計画』は日取りが決まっているようで、長い時間を書けて天岩戸を攻略するのは不合理だ。

 となれば、手に入れる方法は一つだ。

 

「先生とやらに会う気なのか……」

 

「妙な気を起こすなよ。石槌」

 

「竜人! 起きたのか」

 

 隣のベットで冗談みたいに包帯でぐるぐる巻きにされ、埃及(エジプト)の古代王族の埋葬姿のようになっている竜人がジトっとした目で私を見た。

 

「おめえの事だから、また変なこと考えてんじゃねえだろうな」

 

「へ、変ではない。至極真っ当な事なのだ」

 

「まっとうねえ……じゃあ聞かせて見ろよ。今度は何しでかす気だ」

 

 責めるように竜人が聞いてくる。

 私は、その目に、竜人の姿を見て尻込みしてしまう。

 私の軽率な行いが竜人を病人のそれに姿を返させ、物事を大事にしてしまっている。

 事態を引っ掻き回すだけの道化なのかもしれないとそう思えた時、私は何もすべきではないのかもしれないと思ったのだ。

 しかし、彼らの真実を、典子の決意を不意にして私はここでただ未来の不確実性に震える弱者でいていいものなのか。

 ──否。

 何をもってして私はここに居座っている。治療の為だが、私は天狗だ。

 傲岸不遜で居丈高、無礼で尊大であれ、それ即ち天狗の居姿なのだ。

 誰の指しづ儲けず、あるのは自らの願望の為に羽を広げて天を目指す。

 まさしくその姿は天に座す迦楼羅天の化身。

 私は父様(ととさま)の雄々しく羽ばたく羽音を思い起こされた。そうだ、弱気でどうする、へっぴり腰でいかにする。

 私は天狗であるぞ。そして私は石槌山法起坊の六代目。石槌撫子である。

 勇気と蛮勇は違うと誰もが言うだろうが、私たち天狗には同義である。神に向かって唾を吐き、仏に向かって説法を説く。基督の手を振り払い、天帝に向かって罵声を浴びせよう。

 私は天狗である。何事であろうと、何者にも揺るがされない天狗だ。

 

「撫子ちゃん、大丈夫?」

 

 綾瀬が診療室に入ってきた。ちょうどいい、仲間は多い方がいい。

 私は体を起こして、野治が席を外していることを確認して竜人と綾瀬に言った。

 

「二人とも、私は、純血派の凶行を止めたい。我らが学び舎の同胞を、悪鬼畜生の道へ堕とす事は許せない」

 

「撫子ちゃんどうしたの」

 

「まったく、何言いだすんだこのバカ……」

 

 綾瀬は心配そうに、竜人は正気を疑う様にして呆れかえっていた。

 好きなだけ呆れればいい、私は至極真っ当でそれでいて冷静だ。いや、違う冷静に錯乱しているんだろう。呆れて物も言えない竜人が顔の包帯を解いて体を起こした。

 

「何をやらかす気だよ。話によっちゃぁ。今ここで村崎先生に突き出してやる」

 

「正義を成すのだ。私たちは指を咥えて悪党の跋扈を許してなるものか」

 

 私は典子より聞いた話を全て二人に話した。

 唖然、愕然と言った様子であり、私も一体典子の覚悟がどれだけ尊いものだったかを再確認させられた。純血派は悪人ではない、彼を悪道へ誘う『先生』と呼ばれる輩が悪いのだ。

 

「それが本当なら私、許せないよ」

 

「嘘ではない。本当なのだ!」

 

「隣で話してたから聞えたけどよ。勝算ないだろ。その勝負」

 

 賛同気味の綾瀬に対して後ろ向きな竜人。やはり、こやつの説得が骨になるだろうとは思っていた。

 しかし私とて完全な阿呆ではない。考えは持っていた。

 

「勝算が欲しいのか竜人よ」

 

「当たり前だ」

 

「ならば、聞かせてやる。魔法省も陰陽寮も、魔法処でも知らぬ我々の必勝の手立てを」

 

 胸を張って言う。

 

「まず、主が六波羅局へと事態を報告する。陰陽寮とて六波羅局員の主の声が掛かれば下手に動けなかろう、そして我々が行動を開始してすぐに団芝三へと文を送る。奴は魔法省ともつながりが強い。故に魔法省の禍祓いが急行して来よう」

 

「熱くなってるとこ悪いがな。まず第一に俺は六波羅局員だが、六波羅を何だと思っているんだ? 学生の使いっ走りじゃねえ。魔法省も同様だ。俺達の言う事は戯言なんだよ」

 

「話の腰を折るのが上手い奴だな主は」

 

「当然のことを言ってるまでだ」

 

 しかし、私にはもう一つの方法も思いついている。酷く冴えた発想だと思う。

 ここ日の元では一国の軍隊もそれを目の前にしてしまえば猫に挑む鼠、像の前の蟻だ。

 この事は魔法族の中でも『天狗』しか知らない事柄だったからだ。

 

「今年の天狗総会は富士山山頂で行われることになっておる。私が一筆書けば、五十六大天狗すべてが我が元に集うことになる。これ程までに心強い案は無かろうが!」

 

 天狗総会。それは年に一度に四十八天狗の山のどれかで行われる天狗の行く末を決める重要な会議だ。

 四十八天狗、そして八天狗が一挙に集う人外魔境の場。日本の魔法使いがそれを聞けばまさしく震え上がる悪夢であるが、私はその天狗で何度も出席している。

 そしてその天狗総会が開かれる山は毎年、四十八天狗の山の持ち回りで天狗の身がそれを知りえている。そして今年の天狗総会が開かれる山は富士山。そして開かれる日取りもまさしく今から二日後。

 明日鹿島達が富士山頂へ上るにしても先んじて到着している天狗たちが居てもおかしくはない。

 

「五十六大天狗のすべてが味方か……ハッ、ゾッとしないな」

 

 流石の竜人も笑っていた。諦め笑いなどではない確実な勝利の光明を見たのだ。

 

「どうだ。私の案に乗る気はあるか。竜人よ」

 

「まいったねこりゃ。……分かった。乗ってやるよその案に」

 

 包帯を振り解き、傷だらけの体で竜人は起き上がり不敵な笑みを浮かべた。

 決行は今夜の夜からだ。急ぎ鹿島達の後を追わねばならない。

 

「我らは愚連隊のそれではあるが、正義を成すために杖を取るのだ」

 

「分かってるよ撫子ちゃん」

 

「天狗娘が、張り切りすぎるなよ」

 

 私の目指す大いなる天狗になるために、この悪事は絶対に止めなければならなかった。

 そう、絶対に。

 

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