アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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独り歩きする行く末

「…………」

 

「…………」

 

 富士樹海の奥地、潤井川の麓近くに建てられた富士山陀羅尼坊の里。

 富士山陀羅尼坊(だらにぼう)総領の邸宅の御堂に私と父様(ととさま)と並んで座り、向いには陀羅尼坊(だらにぼう)とその息子が座っていた。

 本当に居心地の悪い空気が流れ、今にもこの家を旋風が吹き飛ばしてもおかしくない状況。

 

「……わざわざ我をここに呼び出した理由は、その常人に合わせるためか」

 

 パチン……パチン……。

 父様(ととさま)は苛立ったように扇を開けたり閉じたり。今にも噴火寸前だった。

 そんな様子に陀羅尼坊(だらにぼう)は天狗の総領のくせしてビクビク、ビクビクと体を震わせて冷や汗を額に浮かべていた。

 仕方なしと言えば仕方なし。富士山陀羅尼坊は四十八天狗の中でも序列は下から数えた方が早い席次だ。そんな彼がわざわざ八天狗の中でもトップに位置する父様(ととさま)を呼び寄せて、その呼び寄せた理由と来たら。

 

「撫子を常人の学校に通わせよと申すか。えぇ? どうだ我の耳がおかしくなったのか?」

 

「法起坊……魔法使いの学校だ。常人が教えて居るが、少なくとも世界を知るには日本ではここが一番だ……」

 

「なぜ我々天狗が常人に教えを請わねばならぬ。悪ふざけにもたちが悪いなぁ。どうなのだ──」

 

「すす……済まぬ、大変済まぬ法起坊!」

 

 父子共に目も見はる速さで頭を下げ、板床を脂汗とも冷や汗とも分からぬ汁を滴らせていた。

 必死の弁明が述べられ、父様(ととさま)はその寛大な心で聴いていた。

 

「魔法省という役所がこの願いを伝えれば鞍馬の古文書を渡してくれると言うのだ! 我々とて天狗の誇りを忘れたわけではない。六神通を得て涅槃へと至る試みは忘れておらぬ!」

 

「わざわざそのような事で我を呼び出すか!」

 

 父様(ととさま)が吠えた時、外で突風が吹き荒れ邸宅の窓を激しく揺らして無意識に旋風を吹かしてしまった。

 反省したように扇を懐に収めた父様(ととさま)。まだまだ涅槃への道は遠いようだ。

 

「それで、その学校の常人は来ぬのか?」

 

「来るようにと言っておるが、結界を潜るのに苦労しておるようだ」

 

「気が利かぬのう。こういった時は結界を切っておくべきだろう」

 

「その冗談はきついですぞ法起坊」

 

 天狗の里と言うのは基本的にその総領が神通力にて人払いの結界が張られ只人より隠されている。

 そうすることで只人の社会治安……と言うより天狗たちの機嫌が損なわれない。

 元来天狗は只人が嫌いであり、それらを遠ざける事で小事を取り除いている。

 人との関わりは涅槃への道を遠のかせる大きな要因であるからだ。

 人間とのかかわりを絶った結果としてこうした厄介事も起きることも確かだ。

 

「しかしまァ、このバカをよく好んで欲しがる。幼児趣味でもあるのではなかろうか」

 

 ゴンと鉄拳が私の脳天を撃ち抜いた。

 私は茶菓子として出された水羊羹が鼻の穴から飛び出るのではないかと思ってしまうほど驚いてしまう。

 

「何するのだ」

 

「貴様は今までの道のりを何だと思っておるのだ。神足通を習得させたのは夜街に出て甘味を貪らせるためではないぞ」

 

「何で知ってるのだ!」

 

「修行が足らん。天耳通ですべて聴いておるは。馬鹿者め」

 

 鼻高く、それこそお面の天狗の様に鼻が伸びてしまいかねない程に顔を苛立ちで赤らませ、鼻を尖らせる父様(ととさま)。掌が暇なのか所在なさげにまた扇を取り出して閉じたり開いたり。

 あれではお気に入りの風神の扇もダメになる日は近いと見えた。

 

『御免下さい』

 

 堂の入口より声が聞こえ、壁際に控えていた使い天狗がそそくさと入口へ参った者を出迎えた。

 来訪者には謝辞と哀悼を述べねばならない。今の父様(ととさま)は本当に機嫌が悪い。

 大説教会が開かれかの者は旋風にて宙を舞って運が良ければ駿河湾へと着水できるだろう。

 何とも悲惨なものである。

 

「失礼。大変遅くなりました」

 

 堂を跨ぎ現れたのは背広のよく似合う青年であった。猫の目のような金色の瞳で私たちに会釈をした。

 何とも珍妙な男か。この者の気配、まるで妖怪であった。

 “獣憑き”であろう男に恭しく陀羅尼坊は隣に座るように手招きする。

 しかし父様(ととさま)は──。

 

「誰が座れと言った」

 

 低い声で唸るようにそれを止めたのだった。

 上座は陀羅尼坊が座りこの邸宅のすべてを仕切る権利はあるが、父様(ととさま)から言わせてしまえばそんなものちり紙ほどの役にも立たない。

 そんなもんでこの場で一番偉いのは石槌山法起坊こと父様(ととさま)なのだ。

 

「ご挨拶が遅れました。私は日本魔法省教育課次長、長江富文と申します。石槌山法起坊殿のご尊顔を拝謁できる機会を賜れ誠に感謝致します」

 

「ふんッ……口の利き方はなっておるようだな。座れ、猫わっぱ」

 

「失礼します」

 

 上座の陀羅尼坊の隣は父様(ととさま)に遠慮してか、富文は御堂の脇へと移り静かに腰を落ち着かせた。

 ピンと伸びた背が天を目指してどこぞの老人を思い出させて涎が垂れそうになる。

 昨夜の甘味は本当に美味しかった。今度会う機会があるのならまたたかって見るのもやぶさかではない。

 

「この度は、石槌山法起坊殿に御足労戴いた次第、伏して我々の願いを聞き入れて頂きたく馳せ参じました」

 

「陀羅尼坊から聞いておる。撫子をお主らの学校とやらに入れろと言うのだな」

 

「その通りでございます。我々としても法起坊殿のご息女を迎え入れる事ができるのなら、大変な名誉でございます」

 

「ふぅん……」

 

 父様(ととさま)は見下したように富文を見て、考えている風な仕草を見せる。

 とんだ戯れだ。実際のところは結論はすでに出ている。

 ──否、断じて断わる、だ。

 

「長江と言ったか?」

 

「は」

 

「貴様に聞くが、主らにとってこやつをその学校とやらに入れるのは名誉であっても、我に何の得があるのだ? 聞かせてくれ」

 

「それは……」

 

 少々言い淀む富文だったが、私をちらりと見て言った。

 

「ご息女の、撫子殿の知見を大きく広げ探求とそれに伴う悦楽を満たして進ぜましょう」

 

「────―」

 

 父様(ととさま)は言葉を失ってしまう。

 何ともまあ、よくも天狗の目の前でそのような抗弁を並べたものだ。

 天狗とは涅槃へと至る道のりをしている一族だ。その一族のモノに探求だの、快楽だのは不必要な事柄であり、煩悩のと言って差し支えない事柄だ。

 それをいけしゃあしゃあと。なんとまあ。

 父様(ととさま)の眉間には青筋が浮かび、今にも旋風が吹き荒れてもおかしくない。

 私は茶菓子がダメにならぬようそそくさと懐と口の中に頬り込んだ。

 

「バカにしておるのか。天狗を何者だと思っておるのだ? 天狗道を究めんとする迦楼羅天に列するモノに高々魔道の入口に立っただけのわっぱに従えと? ──ふざけるのも大概にしろ!」

 

 湯呑が飛んで富文の額にぶつかり砕け散った。

 その怒号は旋風どころの話ではなくなり始めた。漏れ出る神通力の波動とも取れる力の波が肌を通して感じられ外ではぽつぽつと雨まで降り始める。

 天狗。それは魔道へと堕ちた魔縁であり、一度涅槃への道を踏み外した者たちを指し示す。

 仏の道から外れた私たちはその道へと戻ろうと、神通力を会得して、それこそこの世界に措いて人々の想像する『神』と呼ばれる御業を身に着ける。

 神通力とはそういったモノだ。祈祷師、陰陽師などは所詮、神通力の神の字にも達していない連中、即ち『常人』であり、常人の域にも達していない者たちこそ『只人』と呼び天狗は嘲る。

 そんな『常人』が天上人たる天狗に指図するなど──甚だしいことこの上ない。

 

「天狗の怒りに触れて只で帰れると思うか? 妖怪もどきの化け猫風情が……」

 

 風神の扇が開かれ富文に向いたとき、隣より矢庭に姿を現すものがもう一人いた。

 父様(ととさま)も陀羅尼坊もこの場にいる者すべてが驚いて、体をびくつかせた。

 その者は撫子は昨夜会っていた。あの老人であった。

 

「お初にお目にかかります。魔法処魔法学校にて校長を務めさせてさせていただきます、ご挨拶のほどを。罷り越すは、初代『団三郎芝右衛門太三郎(だんさぶろうしばえもんたたさぶろう)』、団芝三と申します」

 

 あまりの唐突な表れに厚顔不遜の父様(ととさま)も面食らっていた。

 だがそれも長くは続かない。勘の良さは神通力にて折り紙付きだ。

 団芝三の気配に不敵な笑みを浮かべた。

 

「主、もはや化け狸の類か。笑かしてくれる、しかしながら化けの力は名のわりに程々の様だな」

 

「ええ、我々化け狸一同当世の時勢に合わせ人々にあぐねる事に決めました故、一族のしがらみを捨て代表を立てることに相成りました。そして代表が私、『団芝三』となりました」

 

 

「妖の誇りを捨て追ったか。今宵は猫鍋と狸鍋にでもしようか?」

 

「御戯れを、法起坊殿は分かりませぬが。少なくとも撫子殿はこちらの方がよろしいので?」

 

 外套(ローブ)を広げると、内より溢れ出てくる甘味の数々。

 昨晩食べたモノから見たことのないものまで次々と溢れて出てくるのだ。

 飛びつかない理由の方が見つからない。私は猫も驚く速さでその菓子の山へと飛びついたが、父様(ととさま)に空中で白衣の襟腰をふん掴まれ腹に服が食い込んだ。

 

「ぐえっ!」

 

「目に見える餌に食いつく馬鹿がおるか、バカ娘め。そのようなものに我が釣れると思うのか」

 

「いいえ? 法起坊殿を試したわけではありませぬ。試したのはご息女、撫子殿ですぞ」

 

 眼が細まり父様(ととさま)胡坐(あぐら)を崩し、片膝をついて煙管を吹かし始める。

 本当に苛々しているのだろう。煙草の紫煙が無ければ聞くに堪えないと言った様子であった。

 私は腹に食い込んだ白衣に痛く痛く、腹を押さえてのたうったが、それでも菓子へと手を伸ばした。

 

「どうでしょう? 法起坊。ここは撫子殿に判断を委ねるてみては」

 

「阿保も程々に云え。こやつはこの有様だ。小さな誘惑にもすぐに負ける阿呆だ。この話を二割も理解しておらんわ」

 

 団芝三は私を見て父様(ととさま)は私の首根っこを押さえつけて頭を揺すって聞いてくる。

 答えは一つだった。

 

「その菓子くれなのだ」

 

「これよ。論議にならん」

 

「……さようなようで」

 

 父様(ととさま)はもう呆れかえって言葉も出ないと言った様子。団芝三も苦笑いだ。

 富文だけは楽しそうに笑っていた。

 

「我も暇を持て余しているわけではない。我の旋風に飛ばされたくなくばとくと去ね」

 

「そうも言っておられません。どうか私たちの願いを聞き入れて頂きたい」

 

 一歩も引く気のない団芝三がずいッと体をにじり寄り懇願してくる。

 どうしても折れる気がないようだった。

 

「このような時勢、魔道に列するモノならばお分かりになりませぬか。列強との大戦にて敗北を期した日本の魔法使いは既に滅亡へと赴くばかり、各国では魔道を敷かんと跋扈する輩も現れ、妖も人も何もかもを支配しようとしております」

 

「知らぬな。常人如き我々に言わしてしまえば、蚤にも劣る」

 

「そうでしょうか。ならば何故鞍馬山僧正坊(そうじょうぼう)の乱痴気を放置なされるのです。倫敦の魔法使いと手を組み、世のセクト闘争の片棒を担いでおられる。全天狗の長たる石槌山法起坊は傍観を決め込むのですか」

 

「涅槃へと至る道だ。手段は問わん」

 

「ならばなぜ。外法へ術がここにあるのですか」

 

 団芝三が取り出したのは刀の鍔。その禍々しさに私たちですら目を剥いた。

 なんとも邪悪な。その鍔、その気配。──一匹入っている。

 

「英国の魔法省に問い合わせホグワーツの友人より聞き及びました。『分霊箱』と呼ぶそうです」

 

「なんだその忌々しいものは! 僧正坊(そうじょうぼう)が作ったと? 邪法外道の所業ぞ!」

 

「うぇ……」

 

 私でさえ嘔吐(えず)いてしまう。その鍔には魂が封じ込まれている。

 恐らく、刃を媒介に人を殺める事で使用者の魂を切り離して鍔の中に魂を封じ込めている。

 何とも禍々しい。そして愚かしい。

 それがあるだけで、人も、恐らく天狗でさえも不死性を得る。

 涅槃とは真逆の道だ。

 

「我をそれで焚きつけて、こやつをその学校に入れなんとする気だ」

 

「初秋の天狗総会。僧正坊(そうじょうぼう)殿に責問をお頼み申します。天狗道の光差、翳らせるのは我々日本の損失でありますれば」

 

 父様(ととさま)の手の中で煙管が音を立ててへし折られた。

 目も当てらぬほど怒り散らしている。これでは近々台風が到来しよう。

 それだけ父様(ととさま)の血は頭へと上り詰めている。

 

「奴めぇ……天狗の風上にも置けぬ面汚しめぇ。この手で縊り殺してやりたいわ」

 

父様(ととさま)。いい加減頭から手を放してくれぬか。頭が割れそうなのだ」

 

「おお、忘れておったわ。済まぬ」

 

 頭より手を退けた父様(ととさま)は折れた煙管を投げ捨てて、厚顔無恥に団芝三に更なる要求をする。

 

「主らのせいでお気に入りの煙管が折れた。新しいものを用意せよ、それがこやつをその学校とやらに入れてやる条件だ」

 

「承りました。ご要望はどのようなものがよろしいかな」

 

「火皿は竜の逆さ鱗が良いな、匂いが良くなる。羅宇は朱雀の尾羽を使い、吸い口は緋緋色金とせよ。煙管入れは象牙だ」

 

「賜りました」

 

「わが元へ届けよ。石槌山ではない。()()()だ」

 

 団芝三と富文は深々と頭を下げ、平伏する。

 天狗とはこういうものだ。敬われ、畏れられ、そして拝まれるもの。

 無頼の輩と言えばそれまでだが、そう言ったモノにはできぬ(かるま)を得たのが大天狗たる父様(ととさま)の権威だ。

 帝とてぞんざいには扱わない。神にも勝る権威の象徴。

 八咫烏の翼を得た天上人だ。

 

「了承頂き、誠に感謝を申し上げます。末永き繁栄と法起坊殿の涅槃への道のり永久に願います」

 

「うむ、我が娘を預けようぞ。雑に扱ってくれるなよ」

 

「平に感謝を」

 

 こうして私は身の振り方を決めるまでもなく決定づけられた。

 まあ、父様(ととさま)の監視の目を抜けれる事だけで良しとしようと思うのであった。

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