アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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大天狗

「さあ、早く出てきてください。このままでは事態は好転しませんよ」

 

 夜闇の中に浮かぶ月光を背負って立つように『先生』。

 その顔は逆光で良く見えないが理解できた。気味悪く薄ら笑いを浮かべたその表情が手に取るように分かる。

 

「何事ですか!」

 

 飛び出てくる鹿島達が先生に声を掛けた。

 純血派の中核をなす全員がこれにて把握できた。全員揃っている。

 彼らをさえ説得できればこのバカげた計画を阻止できよう。

 

「追っ手です。貴方たちは殺生石の母体を富士山頂へ運んでください」

 

「先生はどうするのですか」

 

「私はここで彼らを食い止めましょう。さあ急いで」

 

『先生』はそう言い鹿島達は慌ただしく荷物を纏めて登山を開始しようとしたが──。

 

「そこを動くなよ。先輩よぅ」

 

 竜人の呪符が投擲され、日ノ出館の出入り口、窓のすべてに張り付き魔法の施錠が成された。

 綾瀬は震えて、仕方がないと言った様子だったが、その手に握られる杖は覚悟の証。

 私も覚悟を決めねばなるまい。

 立ち上がり、私は彼らを睨みつけた。

 

「おやおや。何とも可愛らしい追っ手ですね」

 

『先生』はそう言うが決して拳銃の銃口はこちらに向けて離さない。

 薄暗がりの中で月明かりが翳りその素顔が露わになる。

 下顎が焼け爛れ、まるで骸骨のそれで、不敵に笑っている。恐怖も、悲しみも、喜怒哀楽のすべての表情が狂気の笑顔で塗りつぶされたその顔、右目の当たりより蛇の尾のような刺青が体に伸びており、それが表すものは。

 

「緑龍会の手の者なのか。貴様は」

 

「おや、何とも察しの良い子なのでしょうか。私の生徒に欲しい位だ」

 

 軽薄な語り口。それが本心かどうかも理解出来ようのないペラペラな雀の羽根のように軽い言い方だった。

 私は強く睨みつけていう。

 

「主たちの企みは無駄だ」

 

「何故そう言い切れるのですか?」

 

「山頂の()()を感じ取れぬか。貴様、よもやスクイブではなかろうか」

 

『先生』はより強く笑ったようだった。

 慈悲に溢れ、情が深いそんな笑顔であったが、その身に纏う気配と来たら──悪意の一色であった。

 ズドンと了承も挨拶もなく引き金が引かれ、私の腿を撃ち抜いた。

 

「その言葉は嫌いですね。差別的だ」

 

「ぬっ……あああああああああっ!」

 

 腿を抜けた時は痛みなど蚊に食われた程度の感覚だったのに、それを感じ取った瞬間に襲い来る激烈な痛み。血が足を伝い滴り富士の赤い土を更に赤々と染め上げた。

 

「何をしているのですか。急ぐのです」

 

「ですが、呪符が強力で……」

 

 手こずっている様子で鹿島達は日ノ出館に張られた施錠の呪符を解呪しようと必死であった。

 したり顔で僅かに鼻笑いを浮かべた竜人。かの者の幼年であろうともその実力は陰陽寮のお墨付き、それ故に六波羅局などという禁裏を監視する役所へ席を置いているのだ。

 

「大丈夫か、石槌」

 

「撫子ちゃん……っ!」

 

 綾瀬は泣きそうになりながら私を見て、竜人は何やら印を必死になって地面に記している。

 痛くて痛くて気が狂いそうだ。しかし、この者たちの覚悟を受けて私はここに立っているのだ。

 これしきの痛み、これしきの流血で跪いてどうする。立つのだ私よ。

 震える足で私は立ち上がり、雄々しく羽根を広げて見せた。

 

「的が広がるだけだ。仕舞え石槌」

 

 竜人はそう言い、必死に印を結んでいる。

 

「構わん。これは私の決意の印なのだ。主たちの決意も、典子の決意も私が背負って立つ!」

 

 私の言葉に反応したのは竜人でも綾瀬でも、『先生』でもなかった。

 その暗き影に覆われ周囲の見えなくなった愚者。鹿島その人だった。

 解呪の手が止まり、私を見て聞いてくる。

 

「なんで、お前が木島を知っているんだ」

 

「主が閉じ込めたあの部屋にいた。主を心配していたぞ」

 

「心配……勝手なこと言うな! あそこにあるのは死体だけだ。死人に口なし! 分からないのか」

 

「貴様には見えぬようだがな。確かにいるのだ、あそこに! 地縛霊として貴様の身を案じてやきもきしておったわ!」

 

 鹿島の表情は信じられないと言った様子であった。

 致し方ない、何せ典子はあの場に縛られる結びつきが緩い。天狗である私や、何故か見えた竜人以外の者にはあるのはただ彼女の遺体だけだろう。

 しかし、しっかりとそこにいる。そこにいて彼らを見続けていた。

 その所業に心を痛めながら、悲しみ続ける憐れな霊となっている。

 あの悲劇の霊をそのまま捨ておいてよいものか。喜劇の霊へと変えん。

 

「バカを云うな……バカげたことを言うなぁっ!」

 

「バカげたことなど何一つ言っておらぬ! 典子より聞いた。大久保の事もあさま山荘での一件も、全て、全てこの耳で聞いた! 気づかぬか、主らはそこの女に誑かされているだけだ!」

 

 混乱したように頭を掻き毟る鹿島。苦悩と葛藤、善良な心が残っているのなら典子の言った非暴力の意味が理解できるはずだ。外道に堕ちてくれるな、畜生に成ってくれるな。

 

「主らは、魔道を極めんとするものだろう……悪鬼に誑かされるな。悪童の教えより目を覚ますのだ!」

 

 その枷は何とも硬く強固であろうか。服従の呪文で操られているわけでもなし、それを行ったのは自らの意志、今まさにそれを否定して現実に向き合おうとしている彼らは何よりも重く苦労するだろう。

 抗え、そして気づけ、それが鹿島達の最善の道だ。

 竜人はそのまま続けろとジェスチャーで指示してくる。

 ──パン、パン、パン。

 天に向かって『先生』が三度銃声を鳴らして、鹿島達がそれを見た。

 

「惑わされてはいけませんよ。あのような甘言。禁裏様の為でしょう?」

 

 かの者の言葉の呪詛は私の言葉にも惑わされない程に強く鹿島達を縛り付けているようだった。

 鹿島たちは日ノ出館に向き直り、先生の教えを忠実に守った。

 視野を大きく持て、魔法ばかりに目を向けることなかれ。

 小さな鉄の棒切れを鍵穴に押し入れ、何やらカチャカチャと弄り始めた。

 

「そうです。呪符にばかり目を向けてはいけない。ピッキングも教えたでしょう?」

 

「……はい。先生」

 

 私の言葉は届かなかった。彼らに纏わりついた緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)の吐息は払われる事無くしつこく鹿島たちを拘束している。

 もうダメだと思った時だった。

 

「来た! 来た来た来た! 成功だ!」

 

 竜人は声を抑えることなく叫んで喜んだ。両腕を天に付き上げて拳を握り締めて唱える。

 

『葛ノ葉の血涙。我が血に流れる九尾の血よ。集え、その陰なる印を!』

 

 日ノ出館の天井を突き破り中が黒々とした妖気を漂わせて流星の如く、竜人の手に向かて()ってくる。すっぽりとその手に納まったのは毬ほどの大きさの歪な形をした石だった。

 その石より漏れ出る悪意の妖気を抑え込むように竜人はその手で気を抑え込み、我が子を抱くがように優しく抱きしめた。

 

「何故……殺生石が君に応じるのですか……」

 

 驚愕といった様子で『先生』は銃口を竜人へと向けた。

 皆がそうだった。愕然とする。

 竜人の黒々とした髪が白銀を思わせる透き通った白々とした発色を放ち、その気配は人のそれとは懸け離れた何かを漂わせていた。

 “獣憑き(動物もどき)”とも違う、血脈に流れる強い妖怪の気。

 

「アンタらホントに馬鹿だよ。俺の名前でまず気付っつの。俺は安部竜人、安倍晴明の直系の血筋だ」

 

 この日本で最も名の通る陰陽師。その知名度ときたら日本では英国の大魔法使いマーリンをも凌ぐ通り名、日本最強の名であり最も高貴な蘆屋家に勝るとも劣らない家系の名、その当主──安倍晴明(あべのせいめい)

 その血を引く者こそ──。

 

「クソ馬鹿どもに俺のご先祖様を弄ばれるのはくそ癪なんだよ!」

 

 安倍晴明は純正の人の子ではない。人の種と葛の葉と呼ばれる妖狐の胎から生まれ出た半妖半人の魔法使いとされている。

 その葛の葉と玉藻の前に血縁関係であったかは定かではないが、竜人の口がそう言うのであれば恐らくそうなのであろう。

 殺生石は我らが手中に収まった。連中の計画で最も重要な要となるものが我らの手に収まったとなれば。

 

「詰みなのだ! 貴様らの計画は、これにて倒れた! 素直に縛に付くのだ!」

 

 私はそう宣言して鹿島達を指さした。

 竜人は必死に殺生石の暴れ狂う妖気を抑え込むことで必死なようであった。

 完璧に近い勝利が目前であった。しかし、『先生』とてそれを甘んじて受け入れるほどの心意気など持ち合わせていない。

 銃口が竜人の額に向き、キリキリと引き金が軋む音が耳に聞こえてきそうな緊迫した空気が流れた。

 竜人は今、殺生石をあやすのに必死でその場を動くことは出来なかった。

 私は腿を撃ち抜かれ、機敏な動きは出来ない。身を挺して守る事が出来なかった。

 時の流れがゆったりと、その時を流す。学友の死のその瞬間をこれでもかと見せつけんとゆっくりと流れていく。

 もうこれ以上友が傷つく姿は見たくはない。そう思った矢先に竜人の前に立ったのは綾瀬だった。

 我が身を楯に両手を広げて目を強く瞑り、震えた足で竜人を守ろうと前に立った。

 銃声が長々と私の耳に響き、その弾丸がしっかりと私の目に捉えられて、綾瀬の頭部へと飛来する姿があった。

 友の死に私も立ち会わねばならぬのか。

 典子のように心を許した友を見送らぬばならぬのか。

 わずかな時間、どれだけ悔いが溢れた事か。私の浅はかさこそ愚かしい事この上ない。

 しかし、それは訪れる事はなかった。

 体が飛ばされそうになりそうなほど強い、旋風が富士の傾斜を撫でて拭き下ろし、砂塵が渦を巻いて吹き上る。

 

「銃声がすれば何かと思えば。常人がこのようなところで何用だ」

 

 月天の夜光をその背に背負った者が空に鎮座していた。

 私よりも大きく、そして艶やかな漆黒の翼。すべてを見下して這いずり虫を磨り潰す天空の覇者。

 我らが五十六大天狗が二席の座を占める天狗界の若き棟梁。

 

「誰だ! 天狗など恐れる足らぬ!」

 

 鹿島に賛同する純血派の生徒が勇ましくそう言うと、高笑いがすべてを吹き飛ばしてかの者は答えた。

 

「我を誰と申すか? ならば答えよう。我が名は護法魔王尊、鞍馬山を統べこの天空の覇者たるものだ」

 

「まさか、鞍馬山僧正坊(くらまやまそうじょうぼう)……」

 

『先生』はそう言った。

 誰もがそうは思えないだろう。何せ僧正坊の居姿は背広の高圧的な青年なのだから。

 短髪の黒々とした羽根と同じ髪色。そして腰に帯びた霊刀の一本『百足丸』。

 その羽根が空を撫でればすべてが吹き飛び、先ほど放たれた弾丸など塵ごみの如くどこぞへと吹き飛ばされていた。

 バサリ、バサリと強い羽ばたきが私たち全員の耳に刻み付けられ、その押し付けてこんばかりの重圧の雰囲気は只者ではない。

 その素顔を知らない綾瀬や竜人、『先生』や鹿島たちはその場で僧正坊を見上げるしかできなかった。

 

「三度銃声が聞こえると思えば。ごみが這いずりおるわ」

 

 腰に帯びた刀の柄を撫でるようにゆっくりとした動作。しかし侮るなかれ隙のそれは一切見せず、肌に刺さるような神通力の気配は並大抵の修行で得られるものではない。

 私など足元にも及ばない本当の意味での『大天狗』だ。

 

「僧正坊殿! お久しゅうございます! 私は──」

 

「ああ、分かっておる。法起坊の娘だな、しばらく」

 

 私は跪いて首を垂れたて口上を述べようとしたが、遮るように短く答えた僧正坊は全員を虫けらを見るが如く、顎を突き出し見回した。

 

「ゴミ、ゴミ、ゴミ。──この山はいつごみ捨て場になったのだ?」

 

「私の文に応じ馳せ参じられた事、大変な感謝の謝辞を送らせてもらいます」

 

 私は僧正坊との視線を合わせることなど出来ない。私は頼みごとをしているのだ、下手に出て当然。

 この場の主導権はすべて彼が一瞬にして握ったのだ。

 

「文? 何の事やら。豆鉄砲の音に釣られてきたまでだ」

 

 手を振り、私を旋風で舞い上がらせて私を抱きかかえた僧正坊は腿より垂れる血をその指で掬って、目を細めた。

 

「撃たれたのか?」

 

「はい、あの者に。豆鉄砲を持っておりまする」

 

「ほぉう……」

 

 優しく私を下ろした僧正坊はゆっくりと『先生』の元へと歩いて行った。

 

「あなたが来てくれるとは、何と心強い」

 

『先生』はそう言ったが、僧正坊は何のことかと首を捻りそして──。

 

「貴様など知らぬ」

 

 袈裟懸けよりバッサリと切り捨てた。

 鮮血が噴水の如く溢れ出て辺り一帯を赤々と染め上げた。

 その血を旋風で巻き上げる僧正坊の周囲には血の驟雨が降り注ぎ、これでもかと僧正坊は高笑いを上げる。

 

「先生!」

 

 鹿島達が立ち上がって、僧正坊に立ち向かおうとしたが、瞬く間、どこからともなく現れた鞍馬天狗たち。

 僧正坊の抱える軍隊、『百人天狗』たちがその腰に帯びた『百足丸』をその首に押し当て動きを封じた。

 

「ゴミが囀りおるは……ははは、ハハハハハハハハハッ!」

 

 何もかもが取るに足らない塵。そう言わんばかりの高笑いが富士の山に響いて止まらない。

 

緑龍会(グリューンドラッヘ)の……合意は……」

 

 虫の息の『先生』は僧正坊の足にしがみ付いて懇願するが。それを軽く振り解き、一ヶ月は燃え続ける天狗煙草に火を付けた僧正坊が屈んでその手の甲へ火を押し当てた。

 

「貴様など知らぬ、虫けら。虫けらは虫けららしく死ぬがよい」

 

 大男の『先生』が百人天狗の何人かを振り払い、杖を抜いて魔法を放った。

 

死の呪い(アバダ・ケダブラ)!」

 

 低い唸り声で最悪の魔法を放つ。

 しかし僧正坊とってはそれすらも取るに足らない。

 血の滴る百足丸の切っ先が僅かに揺らいだと同時に、地より巻き上がる竜巻が土も岩も木材もすべてを巻き上げて、死の呪いを遮り捲き上げた。

 雷鳴のような轟音を響かせ、蛇の様にのたうつ竜巻は意思を持ったようにその頭が大男を食らい、瞬時に辺り一帯に血をまき散らし、竜巻が治まった時には遂には擦り下ろされた大男の骸がそこに倒れた。

 

「やり過ぎだ。僧正坊」

 

 暗夜の暗がりから雄々しく聞こえた声。それは。

 

父様(ととさま)!」

 

 父様(ととさま)が羽根を納めて、私の頭をゴム毬を付くが如く叩いて撫でてきた。

 

「文は受け取った。──僧正坊、何故に貴様は常人を殺めておる」

 

「何故? 法起坊、天狗を傷物する不届き者に誅罰を与えたまでの事。何か不手際でも」

 

 ちらりと私を見た父様(ととさま)。私の腿より流れ出る血を一瞥して、押し黙った。

 

「神聖なる天狗総会。常人如きの血で汚してなるものか。即刻止めぬか」

 

「はァ、これだから──」

 

 何か言いたげであったが僧正坊は百足丸より血を払い鞘へ戻して、天へと舞った。

 父様(ととさま)の到着に合わせるように幾人もの天狗、そして魔法省の禍祓いが到着して私たちを保護し、鹿島達は取り押さえられた。

 私たちが保護されて、振り向いて見た鹿島の顔は悲壮なものであった。

 慟哭の声を富士の夜に吼えて、どこまでも、どこまでも透き通った木霊を響かせた。

 

 

 

 

 

「鹿島さんを止めてくれたんですね。石槌さん」

 

 珊瑚の宮に訪れた私はその後の報告を典子にしていた。

 禍祓いたちに保護された私は足の治療を受け、厳重な事情聴取を取られ、しつこく何故富士山に向かったのかを聞かれ私は彼らを止めるために向かったの一点張りで突き通した。

 綾瀬も似た感じであったそうだが、竜人は六波羅局員である為に少々厄介であったと言う。

 しかしながら一週間も掛らずに私たちは解放され、復学していた。

 鹿島達はその場で取り押さえられ、今後魔法省で裁判を受ける運びとなっているようだ。

 外套(ローブ)は正常で白にはならなかったそうだが、殺生石の運搬、そして緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)の関与という余罪で退学は確定となっているそうだ。

 

「歯痒い限りよ。私は奴らを助けるために動いていたのに、退学になっては元も子もない」

 

「それでも私は嬉しいです。鹿島さんが生きていてくれるだけで」

 

 嬉しそうに笑う典子が私の手に触れぬ手を重ねてきた。

 そうであるのなら私としては何よりだ。彼女は私の学びの場の先代だ。それをないがしろにして何としようか。

 典子がそう言ってくれるのなら私も少しは心が軽くなる。

 

「撫子ちゃん? わっ、幽霊だ」

 

「綾瀬。すまぬ待たせたのだ」

 

 綾瀬を連れて来ていたが、典子と長話をしてしまって長く待たせてしまったようだ。

 

「ん? 綾瀬よ。典子が見えておるのか?」

 

「うん。初めて見たよ、幽霊。いつもならすぐ列車に連れてかれるから」

 

 私は典子を見た時、気恥ずかしそうに笑った典子。

 

「土地との繋がりが時間と共に強くなったようです。もう、声も揺れていないでしょう?」

 

「おお、そう言えばそうなのだ!」

 

 私も祝おうぞ。この魔法処の新たなる住人の誕生に。

 抱きしめれるものなら思いっきり抱きしめたやりたいが、残念ながら地縛霊だ。触れることもままならない。

 しかし彼女はいつも私たちを見ていてくれるだろう。珊瑚の宮の良き霊として。

 

「撫子ちゃん。急がないと、杖術の学科が始まっちゃうよ」

 

「うむ! わかったのだ! それでは典子よ。これにて失礼!」

 

 私と綾瀬は走り、本来杖術の教室であった珊瑚の宮の一室に走り入った。

 

「まったく騒がしい奴だ」

 

「うるさいのだ竜人」

 

 竜人の軽口に反論して私は席に着いた。

 見慣れぬ珊瑚の宮の外観に胸を高鳴らせる私。

 新たな世界を見せてくれ。私は探求を希望するぞ。

 魔道の最果てを、そして天狗として涅槃へと至り、父様(ととさま)を超える大天狗に私は成りたいのだ。

 

「杖術を始めるぞう!」

 

 鼓膜を破らんばかりの大声で杖術講師の秋形鬼灯が教室へと押し入ってきた。

 

「うむ! 始めるのだ!」

 

 私は机に立って宣言する。私は天狗。

 天下不遜の大天狗の娘、六代目石槌山法起坊、石槌撫子だ。




殺生石編終了。
次回より新章、『炎の夜宴編』です
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