アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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ヴァルプルギスの夜

「ようやく到着したのだ!」

 

 私は叫んで嬉しく飛び跳ねる。

 夕焼けの色鮮やかに緋色と染まった夕暮れ。欧州のイタリア付近の港へと到着した我々、魔法処一行はその(いとま)に飽きを覚えて仕方がなかった頃にちょうど良く海へと着水した。

 生徒全員が到着したと胸を撫で下ろし、一息ついていた。

 何せこのサイクロプスはオンボロだ。いつ軋みを上げて空中分解してもおかしくない外見をしていたが、それはなかったようだ。

 三日ぶりの陸地に私もここ地面に足を付けていることが嬉しい事かと思えた。

 

「さて、皆の者、ヴァルプルギスに参列するよりも先にやることと言えば──」

 

「やることと言えば?」

 

 団芝三がそう言い、手を叩く姿に私は聞き返した。

 参列よりもする事と言えば、なんだろうか? 。正装へ模様替えだろうか。

 

「換金だ。グリンゴッツ魔法銀行へ行かねばな。支店は近くだ」

 

 そう言い、大仰な白金の外套(ローブ)を脱ぎ只人の装いで船を降りた。

 私たちもそれに習い、只人の装い。私たちの場合は外套(ローブ)を脱ぐだけで良いのだが、学生服で下船した。

 団芝三が最前列、我々学生がそれに続き美奈子が最後列を歩き、教員が学生を挟む形で進んでいく。

 郭公はどうしているのかと艦橋の舵輪のある場所を見れば、三日三晩不眠不休で操舵をしていたのだろう、白目を剥いてあまりの疲れからか立ったまま気絶している。

 いくら発狂の申し子と言え人の子だ。三日の完徹は流石に堪えた様であのようになるのも納得だ。

 今はゆっくり気絶させとけばいいだろう。

 下船した先の港町は何とも寂れた町であった。人も疎らに、家も両手の指で数えきれるだけしか建っていない。

 そんな港町に場違いなほど立派な石作りの建物があり、イタリア語で『グリンゴッツ魔法銀行イタリア支店』と掲げられていた。

 中に入ればこれまた町の如く伽藍洞な雰囲気、銀行員もヨロヨロと腑抜けた小鬼ばかりが幽鬼の如く行き交っている。まあこの片田舎だ、人も来なければ、魔法使いも寄り付かない。

 ここに銀行が立っていること自体が珍しいのだ。

 

「すまんが、日本円から魔法族通貨へ換金を願いたいのだが」

 

「わ、わ、わかり、ました」

 

 震えた声で老眼に苦しんでいるのだろう老眼鏡を掛けた支店長らしき小鬼に話しかけた団芝三。それを合図に上客が来たと言わんばかりに老いた小鬼たちがヨロヨロと出てきて生徒たちの手持ちの金の換金を始めた。

 

「Qual è l'importo dello scambio?」

 

「ぬ、す、少し待つのだ……!」

 

 私は教本を開いて何と言っているかを調べるが諳んじれた言葉は頭の中でどこぞへ霧散していき結果として何と言っているのか分からない。

 あたふたしている私に竜人が助け舟を出した。

 

「たく……見てられねえ。これ付けてろ」

 

 背中をバンと叩かれ、私はキッと竜人を睨んで威嚇しそうになったが──。

 

「換金額は?」

 

 小鬼の声がはっきりと理解できた。換金額を聞いてくる小鬼のイタリア語。

 それを理解できるほどの脳味噌をまだ持っていない私は目を白黒させて竜人の顔を見た。

 

「翻訳の呪符だ。見聞き、その人間の話す言語に自ら合わせる事が無意識に出来る。呪符剥がすなよアホに戻るぞ」

 

 憎まれ口は大概だが、しかしながらこれはありがたい。

 背を叩いたこととその口の非礼は許すことにしようと心で思い、小鬼の要求に私は返答した。

 

「この財布の金を換金してほしいのだ」

 

 私はガマ口の財布を小鬼に私て換金を願った。

 母様(かかさま)が多めにお小遣いをくれている為に私の懐は今温かい。

 総額にして約10万円くらいでこれだけあれば一体どれだけ豪遊できようか。私はその中身を広げて換金する小鬼をワクワクした目で眺めていく。

 

「ガリオン以外にも要りようですか?」

 

「よくわからぬが、頼むのだ」

 

 そう言い小鬼は換金していく。

 何と魔法族通貨は純金を使用しているのか、黄金に輝くガリオン硬貨に純銀のシックル何枚か、銅貨のクヌートと換金していった。

 ガマ口財布もこれでは大変重い。

 金貨のガリオンは870円、銀貨のシックルは64円、銅貨のクヌートは2円だ。

 何ともちぐはぐな換金率であろうが、これは仕方がない。

 錬金術の基本体系から計算された只人世界の通貨事情を照らし合わせればこれがちょうどいい具合なのだ。

 しかしながら私が疑問に思うのはわざわざ、常人社会と只人社会の通貨を別個にする必要性だ。

 日本のように円は円で統一すればいい話だ。それをわざわざ分けようなど面倒な話である。

 しかしながら体勢に痰を吐いたところですぐさまそれが変わらないと言う事は身に染みて知っている私であった。

 

「紙幣にしろっての、遅れてるな」

 

 愚痴る竜人を綾瀬と二人で弄って宥める私たち。

 団芝三がグリンゴッツを出て、港町の小高い丘へと向かってその上に登った。

 私たちもそれに続き、丘を登りきって見えたのは──。

 

「大人数だが、何もしておらんな」

 

 幾つも立ち並ぶテントが一面に広がり、その中心だけぽっかりと土地が開き、その中心を起点に円形に旭日旗のように通りが出来ていた。

 

「さて、着替えようか。正装に」

 

 美奈子が杖を振って背負っていた二つのテントを魔法で一瞬で立てた。

 男女別れて着替えるようにと念押しするが当然である。誰がこの肌を不浄の輩に晒さねばならないのか。

 小さな女子のテントに入ればそこに広がるのは洋風の御殿が如く、立派な内装ではないか。

 いやいや、こればかりで驚いていた私はもういない。それの場所を見てきたのだこれ以上驚く事もなかろうと思っていたが、しかしながら魔法世界の裾野は広く、そして深い。

 私は山伏の僧衣に着替える。

 女子の魔法衣と言えば巫女服が多いだろう。狩衣や私のような山伏の僧衣、十二単のような身重な物を着ている者もいるが、やはり日本の女性は神より神託を受ける気質にあるのか、神に仕える巫女が多いように思えた。

 

「ほら行こう!」

 

「うむ!」

 

 巫女服の綾瀬と共に手を繋いで私たちはテントを出た。

 大勢の魔女魔法使いたちがその特徴的な衣服で、大きな先の尖がった帽子や黒い外套(ローブ)を身に纏う者たちは欧州由来の者たちであることは分かるが、それ以外にも古代中国の宮中女官のような衣服を着る者たちや、アフリカ的な特徴的な民族衣装の者たちもいる。

 世界各地の由緒ある魔法族がここまで集まれば壮観である。皆がテント群の中央の開けた円に向かっている。

 私たちもそこへ向かい。人混みの中でそれを見た。

 純白の祭服を着た十二人の魔法使い魔女が円を組んでいる。その者たちの人種も様々、欧州、亜細亜、印度、阿弗利加、中国と彩り豊かだ。

 そんな十二人の魔法使いたちが術を唱える。

 

『ヴァルプルギスの夜に集う者たちを祝え、聖なる名のもとに』

 

 術を唱えた途端に彼らが囲む円の中央より生え伸びる木々が目も見張る速さで成長して、そして一体化して巨大な大木と姿を変え盛者必衰の理で葉はすぐさま枯れ落ちてその大木は今にも朽ち果てん枯れ木となった。

 その場にいる全魔法族たちがその気に向かって魔法を唱えた。

 体系形態の異なる魔法の行使の仕方であったが共通して言えたのはその術らは火を灯す魔法であった。

 枯れた大木に私もそれに習い火を向けた。

 

炎上を(ラカーナム・インフラマーレイ)!」

 

 杖より火種が枯れ木に灯り囂々とその熱気を発する業火に皆が声を上げて喜んだ。

 開催だ。これがヴァルプルギスの夜の参列の儀式だ。

 

 

 

 

 

「行くのだ綾瀬よ。次はあそこを巡るぞ!」

 

 私たちは走り回って様々なところを見て回った。

 テント群はそのまま仲見世と変わり、あちこちで商いが行われ出していた。

 子供たちは走り回り、大人たちは酒のグラスを傾け今宵に一献。そして麗しき若者たちは逢引き相手を探していた。

 日本のように神輿が周囲を練り歩くようなド派手な事はしていないがこの夜の象徴(シンボル)はあの燃え上がる大木なのだ。炎の夜宴、ヴァルプルギスの夜とはこういったものなのだ。

 私も存分に堪能している。両手一杯に甘味や、欧州由来の食べ物でいっぱいだ。

 立ち売りの売り子たちの手練手管のよろしい事か、私はそれに唆され買い上げて舌を楽しませていた。

 綾瀬も、棒飴を舐めながら背中に着いて来ていた。

 

「もう、ぽろぽろ落としてるよ。ほら、ヘビグミが今落ちた」

 

「ヌッ、すまぬのだ」

 

 私の抱える菓子の山から蛇の如くのたうつグミなる菓子を受け取り私はここに来れたことに感謝する。日本に居ればこれに参加することも本当はなかった筈だ。

 楽しくて仕方ないが、しかしながら難点があるとするば──。

 

「嬢ちゃん。うちの店見ていくかい?」

 

 逢引き目的の祭である為に惚れ薬や媚薬など数えきれない種類の精力剤、強壮薬を売る連中が多いい。

 

「要らぬのだ。私はそれが目的ではない」

 

 手を振ってそう言った輩を追っ払い私は少しため息を付いた。

 これで五回目だ。確かに婚姻を結ぶには良い歳ごろだろうが、由緒ある天狗の家系で常人の血を入れるのは言語道断。それをやったのなら、母様(かかさま)に泣かれ、父様(ととさま)の雷鳴が轟き、放逐され一児の母として市勢に出される。親不孝もいい所だろう。

 そんな勇気はないし、必要もされていない。

 軌を確かに持ってかどわかしに引っ掛からない様にしなければいけない。

 フンスと鼻息荒く私は寄りつく悪虫を追っ払っているが、よくよく周囲を見れば、巫女服や山伏服の者に寄りつこうとするものは少ないように見えた。

 

「綾瀬よ。私たちは避けられておらぬか?」

 

「確かにね。思ったほど逢引きの誘いの声は懸からないから存外安心かもね」

 

「だといいですねぇ」

 

『うわぁああっ!』

 

 息を殺して私たちの背に現れたのは美奈子であり、その両手に抱えられた鳥籠には私の見知らぬ妖怪、この場合は欧州由来の魔法動物というべきだろう、それを抱えて鼻息荒くは顔を紅潮させながら現れた。

 

「日本の魔法族は恐れられてますからねえ」

 

「どういう事ですか?」

 

 綾瀬が美奈子に質問した。その意味はよく分からなかったが懇切丁寧な説明をしてくれた。

 

「第一第二次世界大戦で日本の魔法族は只人に手を貸して世界に戦争を吹っ掛けましたからね。全世界ですよ? それを何年も持ち堪えた根性と底力、脅威なんですよ。諸外国の魔法省は日本の魔法省に厳重なセキュリティ機関を設置してますし、恐れているんでしょうね。また戦争に参加するなんて事を言いださないかを」

 

 確かにそうだ。何年も世界に傷跡を残した大戦火の片棒を陰陽寮は担いでいる。

 全世界を敵に回して何年も持ちこたえ剰え大国の魔法省に甚大なる被害をもたらした国の魔法族だ。きっと私も同じ立場であったなら避けるだろうし、先祖の行いを悔やみ続けるばかりだろう。

 

「まあ。それでも今は魔法条約に日本も参加してますし。石を投げられるなんて事はないですよ」

 

 美奈子は気持ちの悪い顔で鳥籠に頬ずりをする。本当にこの者は魔法動物のことになると気持ち悪くなる。変態だ。真の変態だ。

 肉欲や食欲、睡眠欲もすべて魔法動物の為に使われている為にこの者は本当に『変態』と呼べるだろう。

 私は両手に持った菓子を胃の中へ片付け、カボチャジュースなるもので流し込む。

 正装は崩してはならないと今更に団扇を片手に持った瞬間に、美奈子の両手の鳥籠が大騒ぎを始めるではないか。

 周囲の魔法動物たちがいきなり騒ぎ出し、一種の混乱がここ一帯で起こっていた。

 

「うっ。うわっ!」

 

 いきなり暴れ出した魔法動物たち、周囲を飛び回っていた妖精たちも私を避けるように逃げ惑う。

 美奈子の鳥籠が飛び跳ねて隣で茶色いトランクを抱えた男性にぶつかり、美奈子が頭を下げた。

 

「すいません。この子たちが暴れたもの……で……」

 

「こちらこそ、すいません。トランクが暴れるモノで」

 

 美奈子はその者を見て言葉を失っているようであった。

 ハッと私はこの騒動の原因に気づいてしまった。

 私のせいだ。正確に言えば私の持つ団扇のせいだ。

 天狗の団扇は妖怪、悪鳥悪獣を退ける力を持ち主の力に応じて自然と放つことが儘ある。

 天狗にとって団扇は象徴であり、その神通力を行使する道具であると同時に我が身を守る結界としての役割も果たしている為に、私がこれを持ったなら魔法動物たちが騒ぐのも頷ける話だった。

 急いでそれを納めれば、魔法動物たちが静かになった。

 

妖精(フェアリー)の鳥籠ですか? しっかり持っておかないと逃げ出しますよ」

 

「……………………」

 

 言葉を失っている様子の美奈子、鳥籠を渡してくる男性の顔を見て固まっていた。

 そして何とか絞り出したように言葉を云った。

 

「にゅ、にゅにゅ、ニュート・スキャマンダーさん!」

 

「は、はい?」

 

「私大ファンなんですよ。読みましたよ『幻の動物とその生息地』! あれは私にとっての聖書だ! サインください」

 

 妙に息荒く騒ぐ美奈子。誰なのかと私は綾瀬に耳打ちした。

 

「ニュート・スキャマンダーって、たぶん魔法動物学の最高権威者だよ。ほらカエルチョコのカードにも乗ってるはず」

 

「そうなのか?」

 

 私は勤勉ではない方で、本の作者など正直な話どうでもいいと言ったところで所詮は常人だ。

 何を成そうと天狗の足元にも及ばない。

 美奈子は嬉しそうに握手をニュートに求めて大興奮だ。これも祭の一幕だ。

 私たちは美奈子の邪魔をしないようにその場を後にした。


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