アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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滑稽な恋人

「あ、あそこに行くのだぁ……」

 

「お、おう。そうするか」

 

 私と竜人は腕を組んでたどたどしい恋人の真似事に精を出していた。

 周囲の逢引きずれに馴染むように私が竜人の腕に手を絡めて、体を寄せて出来うるだけの楽しそうにしているのならまだいい。

 これを行う理由を知っている者ならば何とも滑稽な光景だろうか。

 私と竜人の二人が恋人ごっこに尽力しなければならなくなったのは私たちの背後より向けられる、嫉み嫉み(ねたみそねみ)の視線の送り主たち。

 

「竜人様、なんで私よりもあんなちんちくりん天狗娘を選んだのです……」

 

「マイ・フェア・レディ! そのような気障な男に靡くなら僕の熱い抱擁を!」

 

 私と竜人が双方に一方的な思い人が出来てしまっていた。

 私は南米の異国青年、竜人は同郷の同学年の生徒に。

 双方両想いであるのなら良いものの、それが一方的な押し付けがましい片思いならば逃げ出したくもなる。

 そして今、私たちは逃げている最中だった。

 

 

 

 

 

「そこの美女たち、少しよろしいかな!」

 

「ぬ?」

 

 綾瀬と私の二人でヴァルプルギスを巡り初めて三日目の話であった。

 にわかに声を掛けられ私たちは振り向いた先にいたのは何とも珍妙な男だった。

 ギラギラした衣装、わざと悪目立ちを狙っているのではないかと思わせる衣裳で、上半身は裸、股間の当たりを煌びやかなラメ入りの布で覆っていた青年だった。

 背中と頭には絢爛豪華な、孔雀を思わせる飾りがあり、そこそこの伊達男も衣装で台無しにしている。

 浅黒い肌に筋肉質な胸板、彫りの深い顔つきでなかなかの美男子、英雄の彫刻が動き出したかのような顔つきは亜細亜圏の者ではないのは確かであったが、なんで私たちに話しかけてきたのかが分からなかった。

 周囲の魔法使い、魔女を見れば明らかに場違いな衣装の青年が妙な姿勢で私に手を差し伸べた。

 

「なんなのだ?」

 

「僕とサンバを踊らないかい!」

 

「は?」

 

「産婆?」

 

 何とも衣服に相応しい珍妙な態度でそう宣下する青年は私に向かって手を差し伸べてきた。

 真剣な目付きで何とも紳士的な態度で跪いて私の同行を願っているのだろう。

 しかしながら──。

 

「こいつ……綾瀬よ。こいつは変質者なのだ」

 

「え? え? ちょっと、私の後ろに隠れないでよ~」

 

 猫が如く私は機敏に綾瀬の背に隠れて威嚇して、私はこやつを睨みつけた。

 この反応は須らく当然のことである。何せこのような変質者気味た恰好で、『サンバ』なる踊りを共に踊らないかと誘われれば誰しもが警戒しよう。

 何よりこの者の名すら知らない。かどわかしの場である事は既に重々承知な上に、それ以上に可笑しな存在に共に夜道を共にしようなど正気の沙汰ではない。

 故に結論としては一択だ。

 

「断るのだ。第一に貴様は何者なのだ」

 

 ジトっとした目で私はそいつを睨みつけて身を小さく縮こまらせて威嚇する。猫の威嚇方法と全く似ているが私はそんな小動物よりも偉い存在なのは忘れてはならない。

 団扇に手が伸びそうになったが、青年はまたまた珍妙な姿勢で、その名を名乗った。

 

「そうだね! 僕の名前を言っていなかった! 僕はセウ・ガブリエウ・アイルトン・ロビショメン・セナさ! 親しみを込めてセウと呼んでくれ! ブラジルの魔法使いで学生さ!」

 

 何とも爽やかな笑顔で返答するがそれでもその身より溢れ出る言い知れぬ怪しさを払拭するには少々説得力と言うものに欠ける。

 ブラジルの魔法使いで学生と来たら、恐らくだが『カステロブルーショ』の生徒だろうか。

 世界にはいくつかの魔法学校が存在している。

 私たちの通う日本の魔法学校『魔法処』。ウガンダにある『ワガドゥー』。ブラジルの熱帯雨林の奥地に存在する『カステロブルーショ』。フランスのお嬢様魔法学校『ボーバトン魔法アカデミー』。北欧のいずこかにある『ダームストラング専門学校』。アメリカ、マサチューセッツ州のグレイロック山にある『イルヴァーモーニー魔法魔術学校』。そしてイギリスのスコットランドにある『ホグワーツ魔法魔術学校』。代表的なところと言えばこの七校だろう。

 他にも小規模なところで言えば日本の陰陽寮『禁裏預処』や、ローマの『聖アルベルトゥス騎士団』。アメリカの『ミスカトニック大学』などもあるがあそこは正直なところ魔法学校と呼ぶには小規模すぎ実質的に魔法族の寄り合いという側面がある。代表的なのは前者の七校だ。

 そんな七校の内の『カステロブルーショ』だろうか。そうだったとしても、こやつは怪し過ぎる。

 シャンシャンと珍妙な腰の動きで衣服の飾り物を鳴らすセウの奇妙過ぎる動きで、私たちを踊りに誘おうとしているが、怪しさ満点である。

 

「もうすぐ僕の学校が演奏を始めるんだ! 一緒にサンバを踊らないかい! マイ・フェア・レディ!」

 

「え、え、ど、どっちに言ってるんですか」

 

「勿論そちらの背に隠れた少女であるとも! 君も十分に美しくあるが、血の澄み切った芳醇な香りを漂わしているのはその後ろの少女であるとも! お名前をよろしいかな!」

 

 答える気すら起こらないその青年の要望に私はげんなりしてしまう。

 

「どんな提案であろうとも答えは一つなのだ。ノーなのだ」

 

「そんな! 少しでいいんだ。サンバが無理ならせめてチークダンスでも!」

 

「もっと嫌なのだ!」

 

 私は綾瀬の手を取って走り出した。

 しかしながらセウが追いかけてくるではないか。

 

「なんていじらしい子なんだ! 恥ずかしがらなくてもいいんだ! 僕たちの情熱の夜はまだまだ始まったばかりなんだから!」

 

「しつこいのだああああああああ! 貴様あああああああ!」

 

「待ってくれ! マイ・フェア・レディ!」

 

 夜も更け再開されたヴァルプルギスの夜に私は逃げ回っていた。

 後ろに続くのは浅黒い肌で鼻高い奇人セウなのだから逃げ回って当然だろう。

 春の雲一つない夜に私は見初められたようだった。

 テントの角を縫いながら私は綾瀬を引っ張り回す様に走り回った。

 何とかセウを撒けたと判断して息せき切らせて地面に二人で座り込んでしまった。

 恐らくセウに捕まればサンバなるものを踊らされることになるのは目に見えている、その踊りが一体どんなものなのかも知らない。サンバ、サンバ、一体何なのだサンバとは。

 

「はァはァ……何してんだおめえ」

 

 テントの陰に隠れた私はビクつきながら声を掛けてきた者を見た。

 息せき切らせた竜人だった。軽装の鎧に半着が袖より見えていて、何とも凛々しいく近寄りがたいその姿に行き交う魔女たちは遠目よりため息を付いていた。

 ヴァルプルギスが始まって以降、魔女界隈では少々有名人になりつつある竜人。

 見た目も良し、家系も良し、職もよし、ここまで優良な人物とくれば婚姻希望の魔女の集い『美魔女クラブ』なるところでは『東方の貴公子』と呼び名が決まったそうだ。

 竜人も息せき切らせてしきりに周囲を気にして落ち着かない様子であった。

 

「竜人も逃げて来たのか?」

 

「はァはァ……ああ、そうだ。お前は」

 

「妙なのが逢引き目的で言いよって来て仕方がなかったのだ」

 

「妙なの?」

 

「あれなのだ……」

 

 セウに気づかれないように顔を覗かせて指さした。

 

「どこへ行ったんだい! マイ・フェア・レディ!」

 

 ギラギラ姿のセウが必死になって私を探して大声であちこち走り回っているではないか。

 

「ありゃぁ。郭公の類だな」

 

 要は狂人の類だ。確かにあの姿では郭公と同じと思われても仕方が無かろう。

 どさっと腰を下ろした、竜人が息をついて疲れ切った様子でため息を付いた。

 

「スゴイ疲れてるね。安部君」

 

「そりゃあ疲れるよ。すまねえ」

 

 汗をかいてバテバテの竜人を綾瀬は労いながら、汗を拭う為にハンカチを渡す。

 竜人はそれを受け取って汗を拭いて、ようやく一息つけると言った様子だった。おそらく美魔女クラブに追い回され、ケツに火が付いているのだろう。

 見合いの場である。日本人の義を重んじる性格が災いし、一人一人丁寧に断りを入れていれば寧ろ好感は上がっていくばかりでたった三日で、ヴァルプルギスに参加した魔女たちの人気はうなぎ上りだ。

 

「くそが、やってられっか。祭もくそもねえじゃねえか」

 

「そう愚痴るでない。女子(おなご)に好かれるとは男冥利に尽きるではないか」

 

「別に魔女どもに好かれようとどうでもいい。男としちゃあ願ったり叶ったりだが、藤原がなぁ……」

 

 竜人が指さした方向にその者がいた。

 

「竜人様! いずこにおられるのですか!」

 

 それは同学年の学友、私綾瀬を除いて唯一の女子学生。藤原薫が十二単姿で竜人を必死になって探しているではないか。

 彼女は陰陽寮の出自で家名は由緒正しい事で有名だ。何せ彼女のご先祖様は、藤原香子、即ち『紫式部』の直系に当たる家系なのだ。

 

「分けわかんねえこと言いやがって。何が数百年の時を超えたロマンスだ。晴明が紫式部に術を仕込んだなんて眉唾もいいとこだ」

 

 巷の噂ではあるが、安倍晴明は宮中に仕えていた頃に紫式部に陰陽術を手ずから教えたと言う噂話がまことしやかに囁かれている。

 そう言った記述の資料があったわけでも、伝承もあったわけではない。

 あるのは只一つ、彼らが宮中に仕えていた時期がほんの少しだけ重なっていたと言うだけの話だ。

 少女の紫式部、八十にもなる老人の安倍晴明。そんなこんなで噂話に尾ひれがついていると言うだけの話なのだが、藤原薫は少々違う様であった。

 入学当初から竜人と私は、数百年を越えた恋物語の中にいると言い何度も言いよって仲睦まじく成ろうと、あわよくば睦言を交わせる間柄になろうとあらゆる手段を取ってきている。

 去年の一幕で彼女が送った手作り菓子の中に手製の惚れ薬を仕込み、それが変に作用して強烈なひきつけを起こす薬となり竜人が石の如くなった事件は今も思い出して面白い。

 私は面白いが、それ以来竜人は薫を煙たく思っているのだろう、表立って避けてはいないが避けている風ではあった。

 

「あの野郎、今度は飲み物に惚れ薬ぶち込んできやがった。危うく呑むとこだった……」

 

 状況はなんとなく見える。

 一席一席断わりを入れて疲れ果てた竜人の元に薫が労いと称して飲料水を持ち込んだのだろう。その飲料水は惚れ薬入り、匂いか何かに勘づいたのか逃げてきたのだろう。

 

「主も大変だな……」

 

「おめえもな……」

 

 私たちは疲れ切っていた。何故にあのようなモノたちに追い回されなければならぬのか。

 只の祭とはまた違う。生き急ぐとはまさにこの事だ。

 我々の人生とて長いのだ。ともに連れ添う伴侶は慎重に決めなければ。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

「ん? どうしたんだ綾瀬」

 

「私ね。この後少し予定があるんだ」

 

「予定?」

 

 私は首を捻て何の事かと思う。修学旅行の主目的はヴァルプルギスの夜の参列だ。

 そしてヴァルプルギスの夜は自由行動が認められているために予定という予定はないはずだが。

 

「白虎煉丹のリハか?」

 

 竜人はそう言った。

『白虎煉丹』、魔法処の学生倶楽部の一つでいわば軽音クラブと言えばいいのか。歌舞伎に能、舞、琴に琵琶に、フルート、バイオリン、ギターにドラムにと何でもありの音楽倶楽部だ。

 魔法界でも音楽を尊ぶ文化はある。世界的に有名な『セイレーン』の名を思いのままにしているセレスティナ・ワーベックや妖女シスターズなどがいる。

 戦中派の壬生鴉だって応援団としてバンドを組んでいる連中は要るし、魔法処で音楽を楽しんでいる者たちと言えば白虎煉丹が最もだろう。

 綾瀬はその白虎煉丹に所属しており、舞の担当だ。

 何でもヴァルプルギスで作詞作曲、演出のすべてを学生が作ったモノを披露すると噂されている。

 よくよく思えばセウの学校がそろそろ演奏を開始する頃だろうか。

 

「うん。最終日に演奏する予定だから練習を詰めたいって昨日言われたの」

 

 遠くで太鼓や管楽器の音階が高らかに鳴らされ喧騒が聞えてきた。

 セウの学校が演奏を始めたのだろうか。綾瀬は急いだようにその場を離れた。

 私は竜人と二人っきりにされため息を付いたときに、最悪のタイミングで例の二人が同時に私たちを見つけたではないか。

 

「見つけたよ! マイ・フェア・レディ!」

 

「見つけましたわ! 竜人様!」

 

 セウと薫が私たちを挟むようにしてにじり寄ってくる。

 それはまるで怪物の様相であり、私たちを取って食べる気であるのは見え見えであった。

 逃げる手立ては見当たらない。どうすればいい、どうすればいい。

 そんな中でひどく冴えた、いや、酷く馬鹿げた方法が私の頭の中で思いついた。

 隣に立って薫から後ずさる竜人の手を取って、引きつった笑い顔で私は出来る限りの楽しげな声を出して見せた。

 

「さ、探したのだ竜人! まったく、私と言うものがいながら何故に他の者にうつつを抜かしておるのだ」

 

「は? ──え?」

 

 腕を絡めて私が苦々しい笑顔に一瞬何の事かとそんな顔を浮かべたがすぐに意味を察知した竜人は私に合わせるように言った。

 

「お、おう。俺も探してたんだ。全くお前はちっさいなぁ」

 

 この者は全く、その言葉の棒読みたるや殴りつけてやりたいぐらいの白々しさで、私はセウや薫からは見えないように竜人の腿を抓り上げてる。

 痛みの声を噛み殺し、引きつり笑顔の竜人。

 最低最悪の思い付きだ。こんな事ならヴァルプルギスに参列などしなければよかったと悔いるが後の祭りとはまさにこの事。

 こうして私たちはヴァルプルギスの夜の間、張りぼて、虚像の張子虎の行いを行う事をその視線で締結した。

 嗚呼、楽しい楽しい『恋人ごっこ』の始まりだった。

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