アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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マローダーズ

 一週間も経てばいくら祭と言えどダレてくるのが人の性だろうか。

 ヴァルプルギスに参加しだして既に見て回り飽きてきていた。背後の強烈な気配二つを常に警戒し過ぎているのもあるが、疲れてきた。

 

「疲れたのだ」

 

 恋人を装うなどという慣れない事をすれば疲れ果てても仕方なしだろう。

 私は露店の椅子でとろけてしまいそうになりながら片手にバタービールなる飲み物片手に浅く座り、ため息を付いた。

 隣に竜人も似た様子であり、薫の視線も最早恐怖しているのだろう。柄でもなくビクビクしている様子であった。

 

「ああ、俺もだ。協定合意したのはいいが、なんつう事思いついてくれたんだ」

 

 いちいち腕を絡めるのも疲れてきて、今では手を繋ぐ程度だ。

 本来はそれもしたくはないのだが、それをしていなければセウや薫が背後より急接近してくるではないか。致し方なく私たちは手を繋いで様々なところを逃げ惑い彷徨い歩いている。

 しかし余計なものがケツに着いて来ていると楽しい事も心から楽しむことが出来ずにただチラリとしか見て回ってしまうのが現状で本当ならもっとしっかり見て回りたいのだ。

 どうしたものかと頭を抱える私たちを尻目に楽しみ歩く魔女魔法使いたちが羨ましい。

 

「これではヴァルプルギスを真に楽しめないのだ! どうにかせねばならぬ!」

 

 私は立ち上がって宣言するが竜人はもうその気力もないのか、うな垂れた様子であった。

 

「お前はいいよな、外人で。俺と来たら、ふふッ……同じクラスのやつだぞ。学校に行くたびに逃げ回らねえといけねえ」

 

 遂に頭を抱えだした竜人を私は熱心に慰める。

 

「気を確かに持つのだ。まだまだ時間はある! 連中の気を逸らす方法を共に考えるのだ」

 

 バタービールを地面に置いて、竜人に向き合って膝を揺すって見るが、どうしたものか案の一つも浮かんでこない。

 修学旅行もこれではあったものではない。愛の逃避行──いや、愛からの逃避行だ。

 どれだけ慰めようと変わらない竜人。これは時間が必要だと、地面に置いたバタービールを取ろうと手を伸ばせば、そこには何もありはしなかった。

 はてどういう事だろうか、私は確かに地面にバタービールを置いて竜人を慰めていたが、蹴り倒したなど不作法な事をすることはなかった筈だ。

 地面はビールの濡れた跡はなく、カップも忽然と消えているではないか。

 どこだ。どこへ行ったと、周囲を見渡すと珍妙な光景があった。

 

「…………?」

 

 人混みの中でふわふわと浮かぶカップがあり、その中にはちゃぷちゃぷと飲みかけのバタービールが波打っているではないか。独りでに浮かぶバタービールは私より遠く離れ、人混みを避けるように遠くに向かって行く。

 ポカンと私はそれを見て、私の反応に気づいたのか似たように竜人もそれを見てポカンとしていた。

 

「バタービールが飛んでいるのだ……」

 

「ああ……飛んでるな……」

 

 馬鹿みたいな会話をする私たちにハッと現実に引き戻されたのか竜人が立ち上がった。

 

「いや、あれ置き引きだろ! 追うぞ!」

 

 竜人もテーブルに置いたビールが消えていることに気づいたのか。立ち上がってそう言った。

 私たちが立ち上がってカップを追って走り出す。

 するとそれに気が付いたのか。カップも同じような速度で動き出すではないか。

 激しく揺れるバタービール。私は目を凝らせば、何やら妙な気配がそれより立ち上っているではないか。

 間違いなく人の気配、しかし何やらに隠匿されているような気配だった。

 

「何やら妙なのがあれを奪って言ったようなのだ!」

 

「妙なの? もっと具体的に云え!」

 

 私たちはそれを追いながら話し合った。

 

「何かで姿を消している者が我らがモノを盗んだのだ! ひらひらとした布のようなものが感じられる!」

 

「てことは……透明マントか!」

 

 竜人がそう言い呪符を手に取って言った。

 

「お前思いっきり風吹かせろ! 俺も手助けする!」

 

「了解なのだ!」

 

 私は羽根を広げて、団扇を抜いた。

 人の肩を足場に飛びあがった私はそれを見下ろす様にして宣言する。

 

「不届きな輩よ! 我よりモノを盗もうなど千年、いやそれ以上早いのだ!」

 

 団扇を振った瞬間、猛烈な突風が辺り一帯を吹き撫でた。

 バタバタと強烈な風に煽られるテントたちに帽子が飛ばぬように、魔女魔法使いたちが頭を押さえてその場に固まった。塵も枯れ木も大樹の灰もすべてが舞い上がって辻風となり一体に混乱が起こった。

 天狗に仇なす輩にはキツイお灸が必要なようだ。

 バタービールもその場で動きが止まり、その場に縫い付けられたようであった。

 

「よくやった! 石槌!」

 

 竜人が呪符を掲げて、術を発動させた。

 私の起こした突風を上へ舞い上がらせるように制御して、遂にその者の姿を露わにした。

 丸い眼鏡を掛けた青年だった。綺麗なドレスローブに身を包んで、驚いたようにこちらを見上げていた。

 私はその者に向かって急降下して、馬乗りになって取り押さえた。

 

「御縄に付かぬか! この不届き者め!」

 

「く、放せ! 放せよ! 何だよ飲み物くらいで!」

 

「くらいも何もないのだ! 人のモノを取ってはいけないと教わらなかったのか馬鹿者が!」

 

 ジタバタと私の下で暴れる青年にどこからともなく三人の取り巻き達の青年が駆け寄り、私を引き剥がそうと、腕を取って引っ張ってくるではないか。

 

「放せこのガキ! おい! ムーニー! そっちの手持て!」

 

「わかってる! ワームテール、お前も手伝え!」

 

「わ、わかったよ!」

 

 必死になって青年から私を引き剥がそうとするが、私の足は蟹の爪が如く強力に青年を挟んで離さなかった。男四人掛りで私を引きはそうとする輩に、竜人が殴り掛かった。

 

「俺のクラスメイトに何しやがんだ!」

 

 ムーニーと呼ばれた青年の顎にもろに拳が入り、崩れ落ちる。

 そこからは最早乱闘であった。私を引き剥がそうとしていた黒髪の青年と小柄なぼさぼさ髪の青年が竜人と取っ組み合いの喧嘩を始めて、私は馬乗りになった青年を力いっぱいぺちぺちと顔を叩いた。

 罵声に怒声。言えるだけの悪態をついて私たちは醜い争いに必死であった。

 もうバタービールなんてどうでもいい。ただ私たちはこやつらを懲らしめることに必死になっていた。

 

「手助けするよ! マイ・フェア・レディ!」

 

 そう言いセウが小柄の青年の顔面に蹴りを入れて助太刀に入った。

 何とも言い難き心境だ。あれだけ煙たがっていた男だが、こんな時には心強い戦友だ。

 竜人は正装の鎧が功を奏したのか、腹への攻撃という攻撃が防がれ、六波羅局仕込みの護身術で黒髪の青年をボコボコにしている。セウは何とも言い難く、小柄な青年と奇怪な面持ちで睨み合い固まっていた。

 そんな中でようやくそれに気づいたのか。大人たちが止めに入ってきた。

 

「やめろ、やめないか!」

 

「石槌さん! やめなさい!」

 

 見知らぬ初老の男が青年らを宥めて、美奈子が私を背負い上げて取り押さえた。

 

「放せ! 放さぬか美奈子。この不敬ものに灸を据えねば腹の虫が治まらん!」

 

「やりすぎですよ! もう! ここは日本じゃないんですよ!」

 

 尻を叩かれ私は恥ずかしさからしょぼくれてしまう。

 青年らは初老の男にこっぴどく怒られている様子であった。

 そんな中でカカカっと笑い声を上げてきた者がいた。団芝三だった。

 

「お互い大変なようだな。ダンブルドア教授」

 

「ん? おお、団芝三か!」

 

 二人は仲睦まじく抱擁を交わして出会いを喜び合っているではないか。

 未だに竜人と黒髪の青年は額を突き合わせて睨み合いを続けて、それを止める少しふくよかな男性。

 後に判ったのだが、彼らはホグワーツの生徒であった。

 

 

 

 

 

 小一時間私たちは正座をして団芝三から説教を受けて、互いに謝罪の場を設けることになった。

 学生同士のいざこざだ。原因の食い違いなどが目に見えているが、しかし──。

 

「いや、すまなんだ。団芝三。この者たちは少々悪戯が過ぎる所があってな話を聞けば、この者たちが君の所の者たちから置き引きをした様でな」

 

 素直に彼らが話したのか。首から『私たちは今罰を受けています』という看板を掲げていた。

 

「こちらこそ済まない。私の方からもキツク言っておく故、これにて事を荒立てないようにしようではないか」

 

 大らかにそう言い場を和まそうとするが私はその者たちを威嚇して美奈子に無理やり頭を押さえられ、頭を下げさせられる。

 事を言うとセウはいつの間にやらどこぞに逐電して姿をくらまして正体不明者と言う事で片が付いていた。

 

「双方大変よのう。学生の相手は」

 

「そうだな。大変よ」

 

 二人はさも愉快と言わんばかりに笑い声をあげて笑っていた。

 面識があるのだろうか、団芝三とダンブルドアと呼ばれた初老の男は仲睦まじそうに握手を交わしているではないか。

 向かい合って座っている私たち、青年らは不貞腐れてか、反省の色は一切見えないどこ吹く風の顔であった。

 

「反省しなさい!」

 

 まだまだ若い彼らのホグワーツの女性教師が黒髪の二人の頭を押さえて頭を下げさせた。

 

「待ってくださいよマダム。俺らの方がボコボコなんですけど」

 

 丸眼鏡の青年がその女性教師に反論した。ところがそれは藪蛇もいいとこで烈火の如く怒り上げられる。

 

「原因を作ったのは貴方たちでしょう。大体ここはホグワーツではないのです。貴方たちの勝手は、グリフィンドールの名前だけでなく洩れなくホグワーツの名前を汚すことになるのですよ!」

 

「まあまあ、こっちも暴力で解決しようとした罰もありますし、喧嘩両成敗ってことで」

 

 見かねた美奈子が割って入り私と竜人の頭を下げさせた。

 私とは心裡で悪いのはあいつ等だと言い正当化する。しかし確かに暴力で解決はいけなかった。

 団芝三とダンブルドア教授が知り合いであった為に痛み分けと言う事で物事が運んでいた。

 どういった知り合いなのか少々気になるが彼ら青年団はもう謝ったと言った様子で唇を尖らせてそそくさと退散していく。

 

「ポッター今度は何したんだよ!」

 

「カボチャジュース盗んだらボコボコにされた……」

 

「柄でもねえな。ブラックは顔が腫れ上げてる」

 

「……うるせぇ」

 

「頭がフラフラする……」

 

「ルーピンは顎にもろに食らってたからな」

 

 何とも和気藹々と例の四人組は人混みの中に消えていった。

 

「今回は大変申し訳ありませんでした。私はミネルバ・マクゴナガル。同じ教員同士、何かこの夜の困りごとがあれば協力させてください」

 

 そう言ったホグワーツの教員が美奈子に握手を求めて手を出していた。

 美奈子もそれを断る筈もなく、快く手を取って握手を交わしていた。何とも私と竜人は居心地が悪い。

 あの乱闘である意味で目立った私たちは、様々な者たちからの注目も的だった。

 特に同年代の学生からの悪目立ちしている。

 謝罪の場で設けられた『ホロ衣カフェ』という大テントに設けられたカフェテラスにはそこに着席している私たちを囲むようにホグワーツ生徒や魔法処の生徒が群がっている。

 端々を見ればそれ以外も数多くいて、乱闘の原因を訊こうとワクワクしている様子であった。

 私と竜人はとにかく機嫌が悪く、眉間に皺を寄せながらその場から離れた。

 

「竜人様! 大丈夫ですか!?」

 

「げっ……」

 

 いち早く駆け寄ってくる薫に露骨に嫌な顔をする竜人が私の体を楯にするように前に出して、薫を避ける。薫も薫で私がいると察したのか煙たそうな顔をしてどこかへ消えていった。

 

「私は蚊取り線香ではないのだ……!」

 

「俺達の協定合意だ」

 

 セウはどこぞに消えて、姿を現さないが私はそれで安心だ。

 そんな中に私たちに話しかけてくる者がいた。

 

「あの、今いい?」

 

「あ”!」

 

 大人げなく声を荒げて威圧顔で応答する竜人を私は宥めた。

 話しかけてきたのは僅かに髪の毛が赤い、明るい瞳をした少女だった。

 見た事もない少女は竜人の声に少し怯えた様子であったが、私が替わりに前に出て話を変わる。

 

「どうしたのだ?」

 

「ジェームズが天使(エンジェル)様に悪さしたって訊いたから、神罰が下る前に替わりに謝っておきたくて」

 

「じぇーむず?」

 

 人物名だろうか、一体誰の事を言っているのだろうか。

 話の文脈からジェームズなるものは例の四人組だと思われるが誰を指し示しているのか分からなかった。

 

「あの四人組の事を言っているのか? どいつの事だ?」

 

「丸眼鏡を掛けた男の子。ジェームズ・ポッターっていうの」

 

「なんとも不届きな者たちだ。ホグワーツは教育がなっておらん」

 

 私は腕を組んで怒っている風に装って、その者の反応を見た。

 心底彼を心配しているような感じで、私の前に今にも跪かんばかりに手を組んで祈ってくるようであった。

 天使(エンジェル)様など。そんなチャチなものでは私はない、天下不遜の大天狗の娘だ。

 神の使いなど、恐るるに足らず我こそ天なる者だ。

 しかし少女の心底神罰に怯える様子に私は少々図に乗ってしまい、鼻笑いでその願いをワザとらしく笑い飛ばした。

 

「ふん! あの者たちに神罰を与えてはならぬのか?」

 

「お願いします。マローダーズは確かに悪戯が過ぎますが、悪人たちではないんです」

 

 必死の少女に私が得意気に胸を逸らして鼻高天狗になっていると、竜人が頭に拳骨を落とした。

 

「いたぁあ!」

 

「調子に乗るな。──気にすんな。神罰もくそもねえ。こいつは天使ですらねえんだから」

 

「え? でも羽根が」

 

「ただの絶滅危惧種のクソ天狗だ。貴重な馬鹿野郎だ」

 

「バカだのクソだの一体誰に言っておるのだ! 不敬にもほどがあるぞクソ狐!」

 

「それは俺のご先祖様を馬鹿にしてんのか? 天狗娘!」

 

 私たちはいがみ合い額を突き合わせて睨み合う。この者はいったい何様のつもりで私に口を利いている。第一にここまで大きく騒ぎを起こしたのは竜人が丸眼鏡で無い方の黒髪をボコボコにしたのが原因だ。

 大層彼も顔を赤く腫らしていた。やりすぎだ。

 

「あ、あのそんなに言い争っちゃだめですよ」

 

「あ? と言うかお前だいたい誰だよ。あのバカ共の代わりだ? 神様はてめえの頭を下げてこそ意味のある存在だ」

 

「この者に当たるでない。馬鹿者! ──大丈夫か。この者は少々気が立っておる。関わらぬが吉なのだ」

 

「ありがとう」

 

 捻て竜人は勝手にどっかに行ってしまった。恋人ごっこ協定もこれで決裂だろう。

 ほとほと嫌気が差していた頃合だった。

 

「ふぅ……迷惑を掛けたのだ。うぬ、名をなんと申すのだ?」

 

「私はリリー。リリー・エバンズです。ホグワーツの三年生です」

 

「そうか! 私は魔法処の出身だ! 家名を石槌、名を撫子と申す。石槌山法起坊の石槌空大の娘にして六代目天狗なのだ!」

 

「そうなんですね。天使(エンジェル)様」

 

 リリーには私がどうしても天狗ではなく天使(エンジェル)なのだろう。不動の意味に頭を白黒させるが、それはそれだ。

 私は彼女と握手を交わして、初めて異国の友を得たのだった。


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