アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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不穏な報せ

「お互い大変な立場になったものだな」

 

「左様。若人に己の背を見せ行く末を指し示すとは難儀である」

 

 団芝三とダンブルドアは苦々しく笑って、互いに向き合って酒を酌み交わしていた。

『ホロ衣カフェ』にて提供される悪魔の血を由来とするエル・ディアブロなるカクテルに舌鼓を打っていた。ピリリと引き締まるような辛口な舌触りに眼も冴えてくるようであった。

 

「あの者たちは大変元気だな。若人の活力にはもう付いて行けぬわ」

 

 カカカっと笑った団芝三はくいッと一息に飲み干してもう一杯頼んだ。

 ダンブルドアも恥を知られたと言わんばかりに頭を掻いた。

 

「いやいや、あの者たち『マローダーズ』と呼ばれる悪戯集団でな。悩みあぐねているのだ」

 

「悪戯が出来るだけの元気があればそれだけでよろしい。大人は黙ってその悪戯を受けるが幸せだ」

 

「笑わせてもらっておるよ」

 

 互いににこやかに雑談や苦労話、互いに『校長』という重圧に押しつぶされんと愚痴、困りごとを話し合っていたが、不意に団芝三が真剣な目になった。

 

「この間はすまぬの」

 

「この間?」

 

 声を静かに言った。

 

「分霊箱の件だ」

 

「なんとも忌々しい話じゃ。あのようなモノこの世に生まれてはならない」

 

「同意する。それが同胞の恥となれば悔い入るばかりだ」

 

「調べるのに骨を折ったぞ。禁書の棚を一から(さら)わねばならなんだ」

 

「発狂者でも出たか?」

 

「バカを云うでない。気の触れるような魔術書を置く訳なかろう」

 

 そう言うダンブルドアに団芝三は心裡で魔法処では置いてしまっている自身に嘲り笑いを浴びせかけた。見るだけで発狂するとはまさしく禁書。その内容も禁術に値するモノばかり。

 となれば管理者も聖人君主が求められるが、そんな本を読んでまともにいられる人間など早々いるモノではない。

 現に魔法処のしゃこの図書館『禁書の棚の管理者』である田路村郭公はまともであったがあそこを管理し始めてひと月も掛らずに発狂した。

 手の付けれる発狂の仕方であったためによかったが、人は禁忌に触れると逃げるか、壊れるかの二択しか残されない。

 

「わが校も、禁書の棚を焚書とするかのう……」

 

「なに? 魔法処では置いておるのか?」

 

「妙な収集癖のある教諭がいてな。ミスカトニックからの紛失書をどこぞより集めてきている」

 

「危ない輩だな」

 

「確かにな。しかし禁術とて知識の一つ、善に利用すればそれとなり、悪に利用すれば悪になろう。物は使いようだ」

 

 スッと団芝三は紙を差し出した。羊皮紙に記された内容は昨年の騒動の物品、『殺生石』を砕く術が書きするされたモノだった。日本魔法省で極秘中の極秘とされるモノだが、どこぞよりちょろまかした団芝三はダンブルドアに差し出した。

 

「主も何を考えておる。古今東西ありとあらゆる物質を砕く術などありはしなかろう」

 

「どうしても必要になるかもしれない。あの者に悟られぬように、団芝三、お主を頼ったのだ」

 

 団芝三とダンブルドアの付き合いはそれほど長いとは言えない。

 出会いは、一九〇〇年の初頭の国際錬金術会議でダンブルドアがまだ校長ではなく教諭だった頃に出会った。団芝三は既に校長であったが、ダンブルドアの言い知れぬ気配に狸の血が騒ぎ引き寄せられて交友が始まった。

 それ以来何事と様々な相談事に乗り、互いの悩みを話し合う中になっていた。

 そして1971年3月にダンブルドアもホグワーツ校長という立場に晴れて相なる事となり、互いに同じ立場に立ったのだ。

 懇意しているが、しかし今はどこか二人とも共に互いの腹の内を探り合っている様子だった。

 

「いやはや、やはりこのようなジュースでは腹を割って話せぬ」

 

 そう言い団芝三は懐から一升瓶を取り出して、ダンブルドアのタンブラーに諒解も遠慮もなく酒を注いだ。この酒は団芝三が天狗の里より秘密裏に手に入れた秘蔵の酒『天狗ころし』だ。

 典型的な日本酒でガツンと来る酒の香りで互いの腹を割るにはこれと、天狗煙草がなければならない。

 

「ぬぅう……こいつはキツイ、しかし旨いな」

 

「そうだろう。私の秘蔵の酒の一つだ」

 

 自慢げにグイっとそれを一飲みで飲み干して赤ら顔で酒気を帯びた呼気を吐き、リラックスしたようにその頭に耳が生え、尻尾も尾てい骨から生え伸び、目の周りに隈の如く黒々とした色が強くなる団芝三。

 

「化け術が解けておるぞ」

 

「構わぬさ。こうでもせぬと、主も話す気にならなかろう?」

 

 完全に腹を見せて何でも話せと言った様子の団芝三に観念したようにダンブルドアが心裡で秘めて隠した秘密を吐露し始めた。

 

「これを欲したのは、『賢者の石』を砕く方法を探しているからだ」

 

「……砕く前提で話しておるのか? それはフラメルの命を奪うことになるのだぞ」

 

 険しい顔で言ったダンブルドアに団芝三も真剣な様子で請け合った。

『賢者の石』、伝説の錬金物質。完全の物質でありあらゆる方法を持っても砕く方法は在りはしない。

 鉛を黄金に変え、泥水を命の水と呼ばれる寿命を延ばす水へと変える力を持っている。完全であり絶対の物質はこの世の後あらゆる法則に囚われず、あるのは『賢者の石』という絶対の法則。

 二人の共通の友人である二コラ・フラメルがどうやってかこの物質を錬金せしめたのか知りたいくらいだが、この世の法則にないを砕く方法は未だにない。

 ならば、それを砕く術を探すのは至難のは技だ。ダンブルドアもそれを砕くことは友人を殺す事になるのは百も承知のはずだが、何をとち狂ってか砕こうとしている。

 

「正気か。ダンブルドア」

 

「当然だ。至極真っ当で冴えている」

 

「…………ふむ」

 

 僅かな沈黙で答えた団芝三は腕を組んで考えた。

 この男は急に狂うことなどあり得るのか、友の命とその場の発想を天秤に掛けるほど危うい考えを持っているなどあり得るのだろうか。

 否──断じて否。

 それこの問答にて全てを察した団芝三が二人の声を周囲から遮断する魔法を掛けた。

 本当ならば団芝三は魔法どころか杖すら所有することを魔法省から認められていないが、しかしそんな事は化け狸には知った事ではない。

 杖に見えぬようにステッキと加工した大きな杖を地面に突き、魔法は正常に作用した。

 

「これにて話す事が出来よう」

 

「済まぬな──。さてどこから話すべきか……」

 

 考えあぐねているようなダンブルドアが話し出す。

 

「今、ヨーロッパ全土の魔法界を揺るがす惨事が起きているのは知っているか」

 

「主が捕まえたグリンデルバルドの残党どもの過激な行動の事か?」

 

「それもあるが本題はそちらではない。腕を失礼」

 

 ダンブルドアが両手を出してくれと言うので団芝三は両手を出した。袖を捲りそのまっさらな腕を見せれば安心したように息を付いたダンブルドア。

 

「良かった。お主なら連中に加担することはないと信じておった」

 

「誰の事だ?」

 

「『死喰い人(デス・イーター)』と呼ばれる者たちを知っているか?」

 

「知らぬが何者だ?」

 

「良からぬ輩だ。闇の魔術に傾倒した過激な純血主義の者たちで構成された集団で、近年に入ってその活動が報告され出した。私も魔法省の要請で調査をしているが、足取りが見えぬでな」

 

「ふむ……。過激な純血主義……か」

 

 思い合ったる節はあった。何を隠そう、去年の『殺生石』の案件だ。

 純血主義を掲げる生徒を唆した輩。緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)がまさにそれではないか。

 しかしこの事は日本魔法省、強く言うのなら陰陽寮より強く口止めされている。

 この事を話してしまわぬように、唐笠連判状を団芝三のみならず、あの場にいた全員に結ばせる徹底ぶりであり、石槌撫子、安部竜人、山本綾瀬もその例に洩れず連判状という名の呪詛に縛られている。

 団芝三は話す事が出来ない。厳密には出来るがやろうとした瞬間にこの場で死ぬことで何かしらの不審な点をダンブルドアに与えることになる。

 どう説明すべきかと悩んで、傘の絵を空にステッキで書いた。

 

「済まぬな、話せぬ事もある。しかしながら我らとて手をただ拱いている訳には行くまい。──その死喰い人(デス・イーター)の目的は純血至上主義と言う事で良いのか?」

 

「ああ。マグルの前でも見境なしだ。これまでの事件はすべて忘却術で事が済んで居るが、このままでは魔法省だけでは手に負えなくなる」

 

「魔法省とて馬鹿の集まりではなかろう。聞く限りでは欧州圏だけの話だろう。何も亜細亜の辺鄙の我らに協力を仰ぐものでもないモノと思うがなぁ」

 

「──分霊箱じゃ」

 

 目を細めてこれまた面倒なことになったとため息を付いた団芝三。

 

「規模は?」

 

「首領の者だけと思われるが、相当数と思ってくれて構わない」

 

「相当数なると。三つか……?」

 

「それ以上と考えた方がいい」

 

 眼を剥いた団芝三は驚愕した、声を周囲から遮断する魔法を掛けていて良かった。

 声を上げていた。

 

「バカなことを言うでない! その者は無間地獄へと堕ちるのだぞ。魔法族がそれを知らぬわけなかろうが!」

 

「確かにな……しかしこちらの冥界とそちらの冥界が共通している保証はない。恐れを知らぬゆえにそのような凶行を行える。死の先は死してこそ見れるものなのだからな」

 

 冥界、地獄、黄泉のあの世は無論存在している。

 英国の魔法省の神秘部という部署はあの世へ通ずる門を管理しているそうだが、その先に足を踏み入れた者は悉く再度それを潜り戻ってくることはなかったそうだ。

 人間の持つ霊的信仰心(アニミズム)が死を嫌悪する限り、死後の世界は安寧を求めるのは当然であるが進んでその安寧を捨てるものなどいようものか。

 もっと言うのなら、この世こそ地獄のそれに留まることがそれだけの決断か。想像するだけでも恐ろしい。

 分霊箱を三つ以上。

 人間性は確実に失われるのは確かだろう。魂と人間性は人間を形作る上で何よりも大切な人間の面であり、それを削るとは即ち人間ですらなくなってしまう事だ。

 人間でなくして何が出来よう。それは化け物だ。

 化け物は須らく悪道へと堕ちて、地獄の業火がその身に宿り苦痛と絶望、確実な破滅と狂気がその身を蝕んでいく事だろう。

 それを平然とやってのけるなど──ゾッとしない話だ。

 

「故に、か? 完全物質を砕ければ、分霊箱も砕ける。そう踏んだのだな」

 

「そう言う事だ」

 

「そうなれば、事態は一層深刻になったな。魔法省はその者たちの棟梁の目測は付いておるのか」

 

「一切、尻尾も掴んでおらん」

 

「魔法界だけの話ではなくなるな……まさしくこの世界の話となるだろう」

 

 人間性の崩壊は即ち規則の縛りより外れることになる。罪悪感の喪失と言ってもいい。

 ストッパーがなくなった人間ほど手の付けられないモノはいないだろう。罪悪感がないのだから欲することに歯止めがない、どこまでもあらゆる物を欲して力ずくで手に入れるだろう。

 人間の欲程際限の無いモノはない。物体しかり、人心しかり、──世界しかり。

 小さな世界、国や星と言った枠組みの話ではない。この宇宙全土も世界に含まれるだろう。

 魔法神智学協会の見解ではこの地球の魔法法則と宇宙の魔法法則は違うと言うではないか。となればその者の欲の際限は天井知らずだろう。

 恐ろしい限りだ。

 

「我らも共にその者の尾を掴めれば良いのだが……」

 

 団芝三は無念と言った様子で唸り、天狗ころしをタンブラーに注ぎ直し、飲み直した。

 

「日本の情勢それで無理なのは百も承知だ。故にこれだけでも受け取れ打だけでも貢献しているさ」

 

 ダンブルドアは聡明でいて察しもいい。それ故に私に相談してきたのだろう。

 いま日本の魔法界は崩壊寸前の薄氷の上だ。

 ただでさえ魔法省と陰陽寮の対立で微妙な情勢だったのが、緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)が常人も只人も関係なく魔法省へ政治的、物理的に攻撃を仕掛けている。

 魔法族が只人社会へ明るみに出ていない事が今の日本魔法省の何よりもの魔法界の貢献だろう。

 魔法省と陰陽寮の緩衝材の役割を果たしている六波羅局とていつ潰れてもおかしくない立場だ。日本魔法省と陰陽寮がぶつかれば、それこそ我ら『日本の魔法族』は死に絶え、確実に知性の持つ妖怪たちもその煽りを受けるのは確実だ。

 それだけは避けなければならない。それが、私が団芝三の、『団三郎芝右衛門太三郎(だんさぶろうしばえもんたたさぶろう)』が化け狸界隈の棟梁としての責務だ。

 

「いと悔しきかな。眼前の蟻にばかり目を向けて、視界の先の猛虎に気づいておらぬ連中が多い。悔しきかな。愚かしきかな」

 

「人は目の前にしなければ気づかぬ生き物だ。嘆くでない」

 

 団芝三とダンブルドアは酒を酌み交わし共に嘆かわしきかなと声を声を出して言う。

 声なき席での一幕であった。


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