アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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裏浅草珍道中

 私は父様(ととさま)に子猫を貸すが如き扱いで、富文に投げて渡され、樹海を抜け新幹線なる鉄の蛇へと投げ込まれ東京へと向かっていた。

 駅弁も早々に平らげ、富文に駄々を捏ねて車内販売の駄菓子をありったけ食っていた。

 私を通わせるにあたり、諸々の学費、魔法処魔法学校に掛る経費はすべて魔法省が持つと無理難題を団芝三と富文に了承させている。この駄菓子もその経費の内だ。

 

「これでは教育課の経費も圧迫されますね」

 

 ハハハッと爽快と言わんばかりに笑う富文を横目に私は“ぽっきー”なる棒状のチョコレート菓子を食って、その様子にやらんぞと体で示した。

 

「……やらんぞ富文」

 

「大丈夫ですよ私は。どうぞお好きにお食べ下さい」

 

 そう言い富文は手帳にさらさらと経費の計算を始めた。なんとも勤勉な男である。

 にしても新幹線なるこの乗り物は本当に乗り心地はよろしい。

 動かずともこの身を遠方へと運ぶ乗り物とは只人も馬鹿にならないモノを作ってくれる。

 しかしながら飛行機だけは好かない。あの煤煙ほど嗅ぐに堪えない匂いはないからだ。

 あの煙も音も天狗にとってはただの頭痛と腰痛の種でしかない。即刻廃止を願わずにはいられない。

 

「これよりどこへ向かうのだ? 富文」

 

「魔法処の入学に当たって、制服等々の準備をせねばなりません。やはり私たち魔法使いも大都市に集まりたがりますからね。東京の浅草で衣服、杖、動物等を揃えます」

 

「この服では行けぬのか?」

 

 私は茶色く染まった白衣の袖を掴んで広げて見せるが、富文は首を振った。

 

「駄目です。制服は所属を示す証でもありますからね。新調しないと」

 

 小一時間ほど新幹線に缶詰となり、早々に飽きが来ていた頃合に東京駅へと到着した。

 既に日は暮れ、どっぷりと夜帳が下りていた。

 人気も少なくこんな夜中に出歩く連中もそうそういないモノだ。東京駅から少し離れたところで富文が懐中時計を確認して道路を目の前に立ち止まった。

 

「何をしておるのだ」

 

「時刻を確認しているんですよ。……そろそろ来ますね。少し下がって」

 

 私の体を守るように道路から遠ざけて一分もしないうちに何やらが走ってくる。

 カタカタカタと手足の動きの可笑しい人間が引く人力車。よくよく見ればその人間の顔は木製でぎこちなくこちらを見た。

 

「さあ乗って下さい」

 

「こやつは一体何なのだ?」

 

「日本魔法界名物、『絡繰り人力車』ですよ。浅草の裏雷門を開門するとき魔女魔法使いを送迎する為に浅草の魔法使い組合が夜のこの時間に東京中を走らせてくれています」

 

「おお~ぉ」

 

 私は感心してその絡繰り車夫を手で触り顔を寄せ、好奇心でまさぐり回す。

 材質は木で、全身がそれだ。一応人間に見えるように羽織を着せて鬘を被せてはいるが近くで見れば珍妙なことこの上ない。

 そんなこんなで絡繰り車夫を見ていると気づけば何人かが集まってきている。

 魔道を志す者たちだ。同じく裏浅草に行くのだろう私が乗らない事で列が出来つつあった。

 

「まったく、浅草組合も資金難でも作りも雑なものを作ったものですね……。さあ撫子さん行きますよ」

 

「うむ……そうしよう……うむ」

 

 興味深い、これが魔法なのだろう。

 神通力ではなかなかに骨の折れる作業だ。手足の動き、そして前進する力の働きそれらすべてを逐一操るのは至難の業だろう。

 それを魔法はやってのけるとは、侮れない。

 しかしながらこのようなものを作り出しなんとするかよくよく思えば不思議だ。飛べば早いものを。

 人力車に乗り込むとキイキイと異音を鳴らしながら車夫が走り始めた。

 夜の摩天楼を疾走する絡繰り人力車に心を躍らせ、好奇心で目を輝かせて辺りを見回せば、一台二台と絡繰り人力車が走っているではないか。

 

「富文よ! 一体どれだけの数の人力車がおるのだ!」

 

「さあどうでしょうね。人力車には通行手形を持つものしか見えない魔法が掛けられておりますから、僕はこの懐中時計」

 

「うん? 見えぬのか他の車が? 三十台は走っておるぞ」

 

「他の方々も似たようなものを持っていますが、個別ですからねえ。天狗の貴方には見えているようですね」

 

 人力車は直走り、浅草雷門に到着して停止した。

 ぞろぞろと珍妙な格好をした者たちが雷門を潜り行き、只人が雷門を潜った時酩酊したように千鳥足となり来た道を戻っていた。

 

「さあ、これを持ってください」

 

 小さな板切れのようなものを渡してくる富文。

 私はそれを光にかざして透かし見た。

 

「妙な業が掛かっておるな。この板切れ」

 

「雷門の提灯には只人がこの時期この時間帯に通ると酒を飲んだように酩酊してしまう錯乱の術が掛けられております。これはその呪い返しです」

 

 私はそれを懐に収め、人力車を降りた。

 迷子にならぬよう富文の背中にピッタリと張り付いて雷門を抜けた時、世界は突如として変わった。

 しんと静まり返った仲見世通りが門を潜り抜けた瞬間、色とりどりの光を露わにして往来を行き交う祭と思わせる人の溢れようであった。

 

「撫子さん。ようこそ、日本の魔法世界へ。ここが東京浅草名物の『裏雷門仲見世通り』です」

 

「うぉおおおおっ!」

 

 私は飛び跳ねてその光景に見入ってしまった。見た事のないものが目白押しだ。

 妖怪とも取れる見た事もない動物が売られているし、景気よく鳴いて五月蠅いくらいだ。

 文屋の店には表紙がころころ動き、売られる新聞の文字は逐次変わって、様々な話題を提供している。

 そして何より甘味処の匂いときたらなんと魅力的な事か、綿菓子と思える砂糖菓子は雲のように宙を踊り、トロ箱の中には元気に動くひよこの形をした饅頭がピヨピヨ鳴いていた。

 

「撫子さん。お菓子もいいですが、まず制服を作らないと」

 

「うむぅ……後でこのひよこ買ってくれ!」

 

「はいはい。まずは仕立て屋に」

 

 腕を引かれて私は甘味処から引き剥がされ、仕立て屋へと連れて行かれた。

 仲見世通りの中にある仕立て屋『糸引き中村服屋』と言う店に入った。

 そこにいた店主であろう老婆が椅子に座って茶を啜って、奥では糸車を回す娘がおりその隣では無人の縫製機が動いていた。

 

「いらっしゃい。どういったモノが要りようかな?」

 

「すいません。この子に魔法処魔法学校の制服を仕立ててもらえないでしょうか」

 

「あいよ。寸法のほどは?」

 

「採寸からお願いします」

 

「はいはい」

 

 腰の曲がった店主の老婆が私の手を引いて、奥へと手を引いてくる。

 試着室へと投げ込まれ、老婆は手際よく私の衣服をはぎ取り始める。

 

「な、何をするのだ!」

 

「採寸じゃぁ。はよう脱げはよう脱げ」

 

 驚いてしまうほど手際がよく私の白衣の結び目を解いてゆく。

 私が拒否して体をよじればそれに合わせてうまく動いて、自然と修行服が脱げてゆく。これも魔法なのだろうか。

 

「こまいのう。わたしゃアンタ位やったらブリンブリンゆわしとったわ」

 

「う、うるさいわい!」

 

「ブラもつけんで。飴いるけ?」

 

「……もらうのだ」

 

 私は飴を口に入れころころと転がして味わい大人しくした。この老婆に逆らうと仕舞には褌さえも剥ぎ取られかねない。

 巻尺で頭から爪先、腕の長さから太さ、胴回りから胸囲を計り採寸を済ませてゆく。

 

「牛乳飲め、乳育たんぞ」

 

「うう……、そこは突かなくていいのだ! 牛乳は頂くのだ!」

 

 私のおっぱいを話題に上げてくれるな常人よ。他の女天狗の中でも育ちが悪いのは自分がよくよく理解している。

 悔しさに涙があふれてしまっても悪くはないだろう。

 採寸が終わり、修行服を再度着て試着室から私は外へ出た。

 

「採寸終わったよ。三十分ほどまっといてぇな」

 

 富文は笑顔で了承して、次へ行きましょうと私を先導する。

 私は奥で糸車を回す娘を見た時、老婆が私の視線を遮った。

 

「見ちゃいけねぇ……さあ行った」

 

 私は不思議に思う。富文に走って近づき、背中に飛びついた。

 驚いたような声を上げて、富文はよろめいた。

 

「撫子さん。危ないです、降りてください」

 

「……」

 

 周囲の仲見世を見渡せはちらほらいる。

 

「富文よ。ここの店は妖怪を飼っておるのか?」

 

「妖怪。ああ、使い魔ですか。あの店のあの娘さんの事ですか?」

 

「うむ、人間と妖怪は相容れぬモノなのに、ここでは自然と馴染んでおる。不思議で仕方ないのだ」

 

「地方では妖怪は隠れてますからね。こうした都市になると。無害な妖怪には我々と共存するのが一番いい方法だったのでしょう。危険な妖怪は魔法省が管理していますしね」

 

 何と奇妙な光景か。今迄私が見てきた妖怪ときたら私たちのみならず只人ですら見かければ逃げ出してしまう臆病者が多かった。

 一昔前は父様(ととさま)が子供の頃、爺様(じじさま)がまだ涅槃へと至っていなかった頃はまだまだ百鬼夜行が各地で起こっていたそうだが。

 魔法省とやらのせいでそれも起きぬようだ。

 

「あの単物屋の娘妖怪、何を供物に捧げている」

 

「糸引き娘さんですか? 紡いだ糸と引き換えにここに巣食う権利ですよ。糸引き娘の紡ぐ糸は魔法の乗りがいいですからね」

 

「ほうほう」

 

 感心だ。こうした生き方に人間が順応できるとは思っていなかったが、こうして目にして見ると人間も侮れないのもだ。

 私は富文の肩の上で町々の人の息遣いに感嘆のため息を漏らし、演技なしの関心を示す。

 陰陽師、祈祷師などは天狗の猿真似をするものだと父様(ととさま)に聞き及んできたが、魔法使いはまた違うのだと思えて心躍らせる。

 

「撫子さんは動物などは使わせてますか?」

 

「動物? そこらにいよう」

 

「いえいえ、契りを交わす使い魔になりえる動物の事ですよ」

 

「そういうのか。おるにはおるぞ。右烏よ」

 

 私が夜の空に声を掛けると何処からともなく現れる一匹の真っ白いカラスが私の肩に止まった。

 法起坊一族総領の家系に代々伝わる製法で生んだ一匹だ。

 

「立派なカラスですね」

 

「私の友人の右烏だ。父様(ととさま)母様(かかさま)の連絡役じゃ。霊峰で同時に生まれた三羽の一匹。魂が繋がっておるからな、右烏が見聞きしたことは父様(ととさま)母様(かかさま)に筒抜けだと思え富文」

 

「それは怖い。法起坊殿に怒られるのは何よりも怖いです」

 

「ふふん! そうであろうそうであろう。父様(ととさま)は誰よりも偉いのだ!」

 

 富文の肩の上で私は胸を逸らして自慢の出来る父様(ととさま)の権威に酔いしれる。

 フンス、と鼻を鳴らしてうんうんと頷き、これでもかと父様(ととさま)の偉大さを身に染みて理解する。

 四十八天狗、八天狗に列せられる五十六大天狗のみならず、常人にも只人にも畏れられる父様(ととさま)は本当に偉い。そんな父様(ととさま)が父に居てくれる事に私も鼻高く自慢だ。

 

「それでは次は杖ですね。杖屋を探さないと」

 

「店を構えているのではないのか?」

 

「杖と言う文化は欧州からの新しいモノですからね。仲見世で店を構えるには出遅れておりますから、歩き売りされてますよ。探すのが一苦労なんです」

 

 日本の魔術、魔道は神道の業であり道具を使ってどうこうというより、道具を使って神様に意思疎通を取って行う。陰陽師の系譜も大きく受けており、道具と言えばもっぱら杖と言うよりはその場で使い切りの和紙の呪符だ。

 杖と言うものの役割を今一理解していない私であったが、その事は学校と言うところで思う存分学べるだろう。

 と言うても私たち天狗の身から言わせてしまえば道具など使う輩は狒々にも劣る。

 

「ああいたいた。杖屋さん、すいません。杖を売ってもらえますか」

 

「んん? んんんっ? 妙な嬢ちゃんを連れてるねえアンタ」

 

 富文が話しかける杖屋。虚無僧服で声は壮年のモノであったが、奇妙な程に若々しい。

 それもその筈で大きな担い屋台を担いで、この人混みで人とぶつからず闊歩しているのだから体力もあろう。

 屋台を下ろして、杖屋は聞いてきた。

 

「毎度どうも。どっちさんが杖が欲しいのかな?」

 

「この子の杖を見繕ってくれませんか?」

 

「んん? んんん……無茶を云う旦那だねぇ。その子、天狗だろう?」

 

「そうなのだ」

 

 私は富文の上で溌溂と答えると、杖屋は首を捻って唸る。

 

「んん、んんん……んんんん、難しいなぁ。この子に見合う、杖なんてそうそうないよ」

 

「日本で杖を扱っているのは貴方だけなんですよ。お願いします」

 

「ふんん……。どれ」

 

 担ぎ屋台を下ろした杖屋は屋台の()()と入ってゆく。人の入れる隙間など無いはずなのに全身がその中に入りしばらくして出てくる。

 

「こいつはどうだ? 皮木に黒檀、心金に狂骨の大腿骨だ」

 

 若竹の筒に納まった杖を渡してくる杖屋。私はそれを取り出した。

 

「さあ、如何様にも」

 

「んんん?」

 

 杖屋の言葉が移ってしまった私は杖をフイっと振った時、杖は勢いよく内側より弾けて持ち手だけになってしまった。

 

「こりゃいかん。売り物が台無しだね」

 

「すいません。すべて買い取らせてもらいます」

 

「毎度あり、じゃあ次はァ……」

 

 また屋台の中へと潜って行きしばらくして出てくる。

 今度は桐箱に入った杖だ。

 

「皮木が豹麗木で心金が大蛇の背骨を使っている」

 

 手に取って、それを振った。

 ピューっと軽快な音と共に私の手を離れて空へと大きく舞って、空中のどこかでパン、と炸裂する。

 

「こいつもダメかい。そうさねぇ」

 

「もう杖は要らぬのではないか? 富文」

 

「そうはいきませんよ。杖魔法は必須課題ですし」

 

 富文も杖屋もうんうんと唸って困り顔。私は徐々に退屈になり始めた。

 そんな時、杖屋は手を叩いて思いつく。

 

「ああ、アイツがあった」

 

 何かを思い出したように杖屋は屋台へと潜った。

 今度はなかなか出てこない。ガタガタと屋台は揺れて、半時も待たされた。

 そして出てきた杖屋にはボロボロの布に包まられてた杖を持っていた。

 

「血脈桜の皮木、檮杌(とうこつ)の尻尾の毛の心金。北方より流れてきた曰くつきの逸品だ」

 

「曰くとはなんなのだ?」

 

「話じゃあ、こいつは使い手の命を吸い取るそうだ。天狗の嬢ちゃんには関係のない話だろうなァ」

 

 私はそれを握ると確かに、この杖は私の命を、魂を吸おうとしていた。

 枝切れ、棒切れの分際で貪欲な事この上ない。私はニッと笑て自分のその杖の柄をガジガジと噛んだ。

 甘い、途轍もなく甘い。甘露でいて甘美。神通力を身につけた者にはこの味は身に覚えがある。

 命の味だ。奪い、食らうその時の感情の味。

 一体幾つの命を吸って来たのだろう。この杖はまさしく冒涜と暴虐の味がする。

 

「うむ。気に入ったぞ、この杖を従わせようぞ」

 

「それですか分かりました」

 

 富文は駄目にした杖と血脈桜の杖の代金を払った。

 私は早々に富文の肩から降りて夜闇の空へと杖を掲げた。ツンと天を指し示すその真っ直ぐさと、貪欲さに惚れ込んだ。

 これが私が生涯持つ杖になるとは露知らず。


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