日を跨ぎまた夜が訪れ、私たちが向かったのは古本を扱う店であった。
無造作に積み上げられた本や草書、竹冊など本の形態を問わず取り扱っているその店で私たちはあるものを探していた。
「あった。これだよ」
リリーがそう言い手に取ったモノは新聞であった。
日刊預言者新聞という世界中の魔法界の情報を取り扱う大手新聞社の古新聞であった。
それは六年前のそこそこ古いものであり、今にも朽ち果てそうな見た目であったが、しっかりとその文字は見て取れた。
英文で書かれたそれに首を捻って唸る私にリリーと綾瀬はその見出しに首っ引きな様子で見入っていた。
「これだよ。その『ゾディアック』の見出し」
「ホントだ……こんなに前に起こってたんだ……」
綾瀬がリリーに綴りの補足を貰いながら、見出しの内容を呼んでくれた。
『ゾディアック事件』
米国サンフランシスコ近郊ベニシアにあるハーマン湖にて男女二人の未成年カップルが射殺される。
ノーマジ同士の諍いかと思われ、事件は魔法界とは無縁のものだと思われたが、事が一転したのは翌年の1969年7月4日カリフォルニア州ヴァレーホの駐車場で銃撃があり、19歳男性が重傷、22歳女性が搬送先の病院で死亡した。同年7月5日、ヴァレーホ市警に男性の声で「前述の2件とそれ以前に行われた殺人、そのいずれも自分が実行した」と、犯人しか知り得ない情報を含む電話がかかって来た。その後すぐに指定した場所に駆けつけると、被害者である2人が発見された。
同年同月から翌月にかけて、ゾディアックを称する人物からサンフランシスコ湾域警察、『タイムズ・ヘラルド』とサンフランシスコ、アメリカ大手魔法界新聞社の3紙、著名人らへ一部魔法による暗号化されたものを含み多量の手紙が送付された。
同年9月、20歳男性と22歳女性のカップルがベリエッサ湖畔で覆面の男にナイフで襲われる。ナパ警察はゾディアックからの電話を受けて新たな犠牲者カップルを発見し、男性は生存するも女性は同月29日に死亡した。
足取りを掴むべく、
同年10月、29歳のタクシー運転手が、サンフランシスコ近郊のプレシディオハイツで射殺され、金品を奪われ事件が発生し、10日後、ゾディアックは運転手の血が付いたシャツ断片を地元新聞社へ送り、警察署へ電話、「弁護に就いてくれるなら自首する」と名指しで伝え「テレビ番組で電話出演する」旨の発言をした。
その後、テレビ番組で指名された弁護士出演のもと、ゾディアックからの連絡を待ち、本人と思われる人物から連絡が実際に来たものの、結局ゾディアックが自首することはなかった。
この一連の出来事から只の魔法族ではなく、ノーマジの生活形態を非常に知っていることが伺え、アメリカ合衆国魔法議会は『スカウラー』の犯行と想定し被害者たちの血統を調べると、三等親以内に魔法族の存在が確認され、『スカウラー』の犯行と断定された。
そして今年、ゾディアックから「今まで37人を殺害し、事件を新聞で一層大きく取り扱わないと『何かすさまじいこと』をやる」と記された2通の手紙がサンフランシスコ市警察へ届く。
「凄まじいのだ……」
私は言い、そのゾディアックなる悪党にむかっ腹を立てた。
何も私が来訪しているヴァルプルギスの夜に犯行を行わなくても良いではないかと鼻息荒く、怒り散らした。
「アメリカ大陸の魔法族の歴史ははユーラシアの魔法歴と比べても成り立ちが新しいし、その上複雑なんだよ」
「この“すかうらー”とは何なのだ?」
私はまず一つ、『スカウラー』と言うものが何なのかが分からなかった。
話を聞く限りでは、魔法族を狙っているような犯行をしているように思えて仕方がなかった。
リリーもそこは少し首を捻っていたが、綾瀬が代りに説明してくれた。
「アメリカ大陸が発見されて、まだまだ開拓もされていなかった頃に入植した魔法族たちだよ」
米国というのはまだまだ歴史的に見れば建国して歴史が浅いところがあるが、その複雑な人種の入り乱れようと混沌とした歴史は間違いなく、英国や、日本の歴史に匹敵する密度がある。
スカウラ──―それはアメリカに入植が始まって間もない時期にアメリカに渡った魔法族、その中でも無法を極めた者たちの事を示す言葉だ。
17世紀、アメリカ魔法界に措いて魔法政府や法律の執行機関が存在しなかった、それ故にユーラシアの闇の魔法使いの流刑の地として重宝されたのだ。
彼ら闇の魔法使いたちは次第にコミュニティなどを形成していき、平和に暮らすものも居れば、生来の暴力性に従う者たちもいた。
そしてその暴力に従う者たちは、
各地で起こる賞金首を捕らえて生計を立てる者たちは次第に、ノーマジ、只人にも牙をむく事となり、先住民のネイティブアメリカンの魔法族と手を組み、西部への西進を進めた。
蒸気機関車が大陸を横断できるようになった頃合い、1693年に『セイラム』と村で起こった事件にて、スカウラーの関与が認められ、ようやくアメリカの大地に、中央政府と呼べるものが建立された。
それがアメリカ合衆国魔法議会、その頭文字を取って
スカウラーは国際的に指名手配される事となった、しかしながら悪名の高い者たちは数名が裁きを免れ只人社会に紛れ込んで、子を儲けるなどをしてその悪名を隠しながら時は流れた。
歴史家たちによれば、魔法族に発見されるのを防ぐため、こうした家庭では魔力を持った子どもは“間引かれ”、只人の子だけが育てられたと考えられている。スカウラーは魔法界を追放されたことへの復讐心を燃やし、子どもに魔法の存在を教え、魔法使いや魔女は滅ぼすべき者たちだと信じ込ませているそうだ。
「自らの首を絞めておいて、終いには人のせいか」
私はスカウラーの非道に大変に自分勝手であると断じる。
「アメリカの魔法史は結構特殊な部類だから、調べるのも苦労したよ」
綾瀬はニコッと笑った。
成り立ちも、建国された年数も浅いとなればその文献を扱っているものは少ないだろう。
よくぞそこまで調べたモノだと言おう。
ラパポート法などアメリカの特徴的な魔法界の説明を聞くと、なかなかに変わっている。
国を跨げば神も変わる、神が変われば生活も変わり、海を跨げばまさに別世界だ。
「にしても、ァメリカ魔法省も闇の魔法使いがスカウラーの犯行とは、安直ではなかろうか」
「それだけ禍根は根深いんだと思う。奴隷文化も建国当初はあった見たいだし、多人種国家、人種の数だけ神様もいるから。そう言った括りで扱った方がたぶん簡単なんだと思う」
「ふむ……」
何とも歯痒い限りだ。
同じ人間であろうと区別されるし、個性は確かに存在してその個性は差異となり、その差異が差別、区別、侮蔑と負の感情が発生する。
只人と常人が違うように、男と女が違うように、私と綾瀬が違うように。すべてには違いが存在している。
「しかしながら闇祓いたちは師走のようだな」
私たちはテントの外を覗くと、黒衣の魔法使い、
この様な祝いの場で殺しなど起こる筈もないとたかを括っていたのが運の尽き、ヴァルプルギス運営委員会はヴァルプルギスの夜と言う長年続いた威信もあり、その失墜を免れるべく各地の闇祓いたちに召集を掛けていると聞く。
日本もそれに当たり、国外に出向くことはないにしてもこの場にいる者たちは部署問わず召集が掛っているそうで、竜人も捜査に駆り出されて祭どころではなくなっている。
憎悪と禍根に生み出された狂気の殺人鬼『ゾディアック』。
いったい何を求めてそれを行っているのか──今の私には分からない。
「ッチ──グチャグチャだな」
竜人はそれを見ていった。
仏に向かって無体な事を言うほど無礼な竜人ではないのだが、その姿と来たらグチャグチャと称するしかなかったのだ。
体中を刃物でめった刺し、顔の半分は皮が荒く裂かれてグチャグチャだった。
人の形はとどめているが、その表面的な人間的な部分がすべて意図的に崩されているかのような犯行の行われ方だった。
「蛆がまだ湧いてない。昨日の夜か、その前か……」
仏に手を合わせて竜人は黙祷する。崇拝する神は違うだろうが、神様は神様だ。さほど変わらないモノだろう、手を合わせて祈ることが大事なのだ。
殺されて然程時間は経っていない。おそらく犯行の時間帯は竜人たちが化かされている最中と言ったところか。
少なくともとなれば少なくとも、ホグワーツ、魔法処の生徒教員の犯行ではない事は立証できる。
しかしながら、この『私はゾディアックだ』というこれ見よがしの犯行声明を書き残す者とは。
まるでこれが己の唯一の表現方法であると言わんばかりのやり方だ。
愉快犯、猟奇的、そして非常に狡猾。
ヴァルプルギスの会場から少し離れているとはいえ、人目はある。その中で堂々と行われたこれは、人払い魔法かな何かで人を寄せ付けなかった? だが、それでは犯行のやり方がずさん過ぎる。
イタリアの
単独犯と考えるべきか、集団での犯行と考えるべきか、双方の可能性が秘められている現場だった。
竜人は遺体を眼前に据えて考え込んでいた時だった。
「どけ、ここはガキが来る所じゃない」
竜人を押しのけてくる
「あ? 俺は魔法省務めの人間だ」
「魔法省だぁ? どこの国のだ。ちんまいガキが出張る場所じゃない」
そう言う
高圧的、そして人間を下に見る傾向ありと見える。
ナチュラルな金髪で、とび色の瞳、鼻の高さから見て少なくとも亜細亜圏の
「悪かったな。日本はどこでも魔法使い不足なんだ。文句があるならヴァルプルギスの運営員会にどうぞ」
「日本? はっ! 極東の島国のイエローモンキーが、悪い事は言わないからさっさと消え失せな」
己以上の憎まれ口、いや、もはや侮辱の域だ。
この場で締め上げてやりたい気持ちになるが、そこはグッと堪え、こちらが大人になろうと思う。
だが言われっぱなしは気に食わない、大層な皮肉を込めて言ってこの場から消えてやろうかと思ったが、そこへ割って入る人物がいた。
「いくら彼が若かろうと、この場に入れるってことは実力はあると言う事ではなくて? ミスター?」
「あん? ……あっ! はっ! 失礼しました」
さっきまでの威勢がどこかに消し飛んだのか。その人物の顔を見るなり手のひらを返して律義に敬礼して答えて消えていくそいつに鼻笑いで応じた。
「若いのも大変ね」
その人物が竜人に話しかけた。さっきの馬鹿でも立場と言うものを知っているのならこの者は相当な人物なのだろうと竜人は察して同じように敬礼で応じた。日本海軍式だが礼に応じるのは義を蔑ろにするは六波羅局員の名折れだ。
「大変失礼しました。日本魔法省預かり、陰陽寮『六波羅局』局員。安部竜人と申します」
「構わないわ。楽にして頂戴」
彼女はそう言った。僅かにだが皺の浮いた顔で瞳も髪も茶の女性がにこやかに笑った。
「私はポーペンティナ・エスター・"ティナ"・スキャマンダーです。よろしくね。日本の方」
少し驚いてしまう。スキャマンダー夫人と来たかと思う。
『幻の動物とその生息地』の著者、ニュート・スキャマンダーの妻にして、アメリカ合衆国魔法議会
世界魔法大戦の引き金を引いた重罪人『ゲラート・グリンデルバルド』の投獄に尽力した人物でもあり、世界魔法史にすらその名前が記される人物だった。
「これはご拝謁に賜り、大変光栄でございます。スキャマンダー夫人」
本心から出会えた縁に感謝だ。彼女の功績はダンブルドアに次ぐ功績だ。
気恥ずかしそうに笑った彼女はチラリと遺体を見て、悲しげな顔をする。
「遂に国外に出てきたのですね」
「何か手掛かりでも?」
「いえ、以前この『ゾディアック事件』の捜査に係ったことがあったのよ」
彼女の出身国はアメリカだ。闇祓いを引退しイギリスに移住したと聞いていたが、彼女がゾディアック事件を調べていたとは驚きだ。
「これを見てあなたはどう思う?」
スキャマンダ―夫人がそう聞いてくることに竜人は率直に答えた。
「頭の狂かれた。狂人の犯行だと思いますが」
「素直なのね。若さ故かしら」
夫人は考え込むようにして僅かな間、黙考して言った。
「まだまだ。この犯行は続くわ」