済し崩しに竜人もゾディアック事件の捜査に協力することとなり、ヴァルプルギスの会場の警邏に割り当てられ、会場を警備して回っていた。
本職の、闇祓いではない竜人にとって殺人現場などの実況見分など出来るわけもなく、出来うることと言えばそうした警備が主だ。
隣を歩く女性、かの『名誉闇祓い』スキャマンダ―夫人と共に会場を鋭く睨みつけるようにして、怪しきものを探して回る。
「あなたは闇祓いじゃないのよね」
スキャマンダ―夫人が聞いてくる。
竜人は静かに、はい、とだけ答えて気を張り詰め続けた。
そんな様子にくすりと笑った彼女は竜人の後ろに回って、背中をパンと叩いた。
何の
「張り詰めているのも肩身が狭くなるだけよ。気を抜くことも大切なんだから」
そう言う彼女に竜人は呆気にとられた。
先任者がそう言うのであるのだからそうなのだろうと少しだけ肩の力を抜いて脱力して見せた。
にしても今回のこの事件、何故に『12人の司祭』を狙っての犯行か、気掛かりだった。
黙って考え込む竜人にスキャマンダ―夫人は、その様子を気取る。
「被害者の事?」
「ええ……わざわざ何故司祭を狙ってか。不思議でして」
ヴァルプルギスの夜に選ばれる『12人の司祭』。それ即ち栄光ある立場の者たちばかりだ。
その年で最も業績輝かしい者が選ばれ、少なくともマーリン勲章を贈られた者たちが選ばれることとなっている。
並みの魔法使いではない。高々そこらにいる闇の魔法使いに後れを取る人物ではないはずだが、なぜ殺人を犯すにあたり、司祭が選ばれたのか。
そこが気掛かりだった。
「プロパガンダ……って考えるのが普通よね。この場合」
「でしょうね。わざわざ司祭を狙うなんて非合理だ。そこらの逢引き連中を狙った方がよっぽど簡単に殺せる」
「殺人に関してよく知ってるのね」
「ただ単に想像ですよ。俺が犯人ならどうするか考えただけです」
相手の立場となって考えるのは危うき事也、六波羅局の殺人担当の先輩がそう言っていたが、竜人はこうした捜査の方法しか思いつかなかった。
その先輩曰く、捜査は証拠となりえる物を点と例え、それらを線で結んでい行く絵なのだそうだ。と言ってもその先輩は『イタコ』の家系なのだから線もクソもない。
「それもまた一つの方法ね。犯行動機も、その手段も現状分からないわけだし。今、探すとなるとそれを起こして何を目的としているか、ね」
「愉快犯と考えているんですか?」
「あの犯行現場を見るに誰しもがそう思うと思うわ。これ見よがしのケルト十字の血の文様、周囲に飾られた花、口に詰められたパセリの花。パセリの花言葉って知ってる?」
「いいえ」
「『お祭り気分』『愉快な気持ち』──そして『死の前兆』。ゾディアックがそれを知っていて口に詰め込んだなら、まだ犯行を行う気でいるんでしょうね」
「お祭り騒ぎがしたいのなら、次に行う行動は予想が付きますね」
「どういった予想? 聞かせて貰いたいわ」
「大量に殺すか、司祭がまた狙われるか、この二択でしょうね」
竜人は断言した。司祭を狙った犯行だとするならば犯人の益となることはその犯行が人の目に留まる事、即ちプロパガンダ以外にその意味が見えない。
それに勝る方法で注目を集めるとなれば、方法は一つ──大量殺戮しかないと思われる。
そんなことはないとは思いたいが、しかし相手は既に頭の螺子が飛んだ相手だ手段を選ぶほどの理性を求めるのは自分勝手な物だろう。
「まずそこに行きつくかですけどね。ゾディアックが次の行動を起こすかが問題でしょう」
「起こすわ。絶対に」
「確証があるんですか?」
「ええ……」
夫人が取り出したのは過去、ゾディアックに関する事件の記録を記した手帳であった。
その内容に驚愕する。想像を絶する内容が書きこまれたていた。
日刊預言者新聞にも知らされていない世間一般には知られていない30名の魔法族殺害のがあったと書き記され、そしてゾディアックと言う名前が出る以前の事件まで関連付けされていた。
日本人でも知っている最悪の暗殺事件だった。表アメリカ大統領の暗殺事件が関連していると考察されている。
「ジョン・F・ケネディ大統領暗殺にゾディアックが関与の可能性あり? ゾディアック事件よりも以前でしょう。これ」
「いいえ、関与している。服従の魔法で犯人を従わせたのよ」
事件の斬新な切り口からの考察、ゾディアックの人物像からすべてが記されていた。
マクーザの闇祓いたちのゾディアックはスカウラーの家系だと言う見解は一緒であったが、その犯行動機は、スカウラー特有の歴史的な禍根から来るものではないと考えられていた。
そこに記されていたのはとある人物の名前とその印。
「ヴォルデモート?」
「ええ。ゾディアックが崇拝していると思われる人物よ」
「誰ですか? ゾディアックなんて狂った殺人犯に崇拝されるなんていうそいつは?」
「そこが分からないの。世界魔法大戦が終結してからの十年間、それこそ本当に全世界が平和だったわ。でも55年に少し不穏な事件があったの。これを見た事ある?」
夫人はその印を見せてきた。
頭蓋骨、その口から蛇が這い出ている魔法の印。新たに作り出された魔法だそうで、その術の名前は──『
「この印に集う闇の魔法使いたちがいる」
「確証はあるんですか」
「考察でしかない。でも、完全なる否定が出来ないのも確かなの」
ヴォルデモート成る人物、その人となりが少しながら気に掛かる。
スキャマンダ―夫人がマクーザで名誉闇祓いになったのはそれなりの実績があるからだ、妄信、妄言、空想、無想でそれを積み上げるほど、魔法省は優しい場所ではない。
となれば彼女の捜査方法も正鵠を射たものかもしれない。
ゾディアックがそのヴォルデモートなる者の信奉者だとして、一体この殺人に何の意味があるのだろうか。
「この人物はいったいどんな者なのですか?」
「詳しくは分からない。でも、その思想が確実に純血主義、とも違うわね。魔法族至上主義とでもいうべきか。そう言った考えで動いているのは確かよ」
「魔法族至上主義……何ともアバウトな考えだな……」
「実際そうであるかも分からない。ただ今分かっている事と言えばその行い、行動原理は間違っていると言う事だけ、それを慕うゾディアックは間違いなく、『闇』に属しているわ」
「素性のよろしい人間でない事は確か、ですか……なんとも厄介な」
大変厄介だ。人間は信じると言う本当に恋と言うものの次に厄介なものを持ち得ている。
盲信という言葉があるように、本当に自らをも盲目にさせてしまう。
ゾディアックがそのヴォルデモートなる者に触発されて動いているのならもはや手の付けようがないだろう。ほぼほぼそれは人の生活、信仰にまで結びついているのだとしたら。
いや、待て、それ以前に──。
「待ってください夫人。この捜査の考察だと、スカウラーの禍根と、ヴォルデモートの主張が食い違うことになる」
「そこなの。そこが疑問で仕方がないの」
「過去のゾディアック犯行で、この、闇の印があったってことは、スカウラーの血筋っていう立証が不可能になる」
「そう、そこなの。その事もあってマクーザの闇祓い局長は私の主張を退けたわ、『全くの関係のない事象だ』ってね」
「引っ掛かる言い方ですね……」
マクーザの闇祓い局長の言い方『全くの関係のない事象だ』。それ自体はあると認識していると言う事だ。
「マクーザでスカウラーの極刑を執行する事は、ある意味ではステータスになる。セイラム魔女裁判の再来を未然に阻止したっという大きなステータスになる。だから私の主張は拒否された、スカウラーの関連が認められないといった主張は」
「業績の為に、真実をねじ伏せたってことですか?」
「ええ、お国が違うっていうのもあるのかしらね」
竜人は手帳の頁を捲ると──。
「……なんだこれ──戦争じゃないか」
衝撃的すぎるなようであった。もはやそれはゾディアックどころの話ではなくなり始めていた。
ヨーロッパ各地で起こっている連続魔法族失踪事件、その関連性と、その背後に動いているであろう者たちの名称、組織名が記されていた。
アーネンエルベ、狼人間コミュニティの名前、中国の魔法コミニティ『紅幇』もある。
そして日本の陰陽寮の名前も。その上驚かされるものがそこに記されていた──
「……
それらをすべて束ねていると思われる『
この規模となれば、たった一国の魔法省では手に負えない規模になってくる。
ただ一国の闇祓いの人数などたかが知れている。確実に手に余る。
待て、少し落ち着こう。冷静に対局を見る必要がある。
「──ふぅー……」
息をついて、それに向き直る。
奥に見えるのは、これが確かなら凶悪な事象であろうが、しかしながら今それを見据えるのは些か早急過ぎるのではないだろうか。
まずは目先の事件を、『ゾディアック事件』を解決することの方が先決ではなかろうか。
「……面白い考えですね」
「あなたの目から見ても面白いかしら。私を狂人だと思う?」
「そこまでは言いませんが、少しながら事を急ぎ過ぎていると言わせてもらいます」
「ふふっ、賢明なのね」
事を急ぐのは利巧ではない。一つ一つ、コツコツと石を積み上げていく事こそ努力の賜物であり、利口な人間のやることだ。
夫人はその対極こそ見れているのだろうが、事を急ぎ過ぎているように思え、竜人は全面的に賛同すると言う事が出来なかった。
魔法省が違う、国の違いというのもあるが、事が大きすぎる。
竜人、夫人の二人でどうこう出来る話の規模ではまずないからだ。負け戦に果敢に挑んでいく蛮勇は竜人は持ち合わせていない。あるのは確実なる勝利を掴む為の布石を集めて、そしてそれらを人に投げて渡して解決させる。
決定的な動きは自ら行うな──これが六波羅局の方針だ。
陰陽寮、魔法省、双方の動きを監視して天秤となりえる公正な機関たれ。
それ故に六波羅局の人間は陰陽寮の所属であるが、魔法省に出向する形で『魔法省職員』という肩書で活動している。本来ならば国外の事件など眼中にないのだが、今回はその『魔法省職員』という肩書であった為にこうして捜査に協力させられているわけだ。
「確かにその通りだわ。事が急ぎ過ぎているのは確かね」
「まずは目先の事件が先決です、ゾディアック事件の解決が。魔法省も超法規的な機関じゃない、魔法族に益する公正な機関であるのですから、手順は踏まないと」
「まあ、若いのにお利巧さんなのね」
何だが馬鹿にされているような気がするが、ここは気にしないでおこう。
警邏を続けていると、夫人に話しかけてくる者がいた。
容姿、年齢、それらを夫人と比較していると、夫人からその者の正体を話してくれた。
「……ティナ。また、闇祓いをやっているの?」
「あら、ニュート! お買い物はもう終わった?」
かの著名魔法動物学者で、夫人の夫。マーリン勲章勲二等の持ち主、ニュート・スキャマンダーだった。
「彼は?」
「ああ、ついさっき知り合ったの。日本の魔法省務めの──」
「六波羅局局員、安部竜人です」
握手を求めて手を出すと、スキャマンダーは自らの掌をズボンの裾に擦って拭いて、握手をした。
僅かに獣の臭さが混じった匂い、御年77歳を迎える筈だが年不相応と言った容姿で、大変若々しい見た目をしていた。
片手にはトランクを持って、その功績に見合う人物かと思っていたが少しだけ違った。
どこか竜人の目線を合わせないようにおどおどした様子で、どこか伏し目がちに竜人と握手をした。
「僕は、ニュート。ニュート・スキャマンダーだ」
「知ってます。『幻の動物とその生息地』日本語訳版ですが読みました。大変貴重な文献だ。尊敬します」
「……う、うん」
どこかよそよそしい感じで竜人に受け応えるスキャマンダ―に苦笑いのような笑顔で返してしまう竜人、いつも使わない顔の筋肉に引き攣り笑顔だったが、その後ろで夫人が『彼は人が苦手なの』とジェスチャーしてくる。
研究者気質なのだろう。人類と対話することに長けていない人種というのは一定数人類に紛れ込んでいるもので、彼もそれなのだろう。
人間同士の会話よりも他の動植物に囲まれている方が快適という手合いなのだとこの数秒の間で分かった。
無理を押し付けても、無理なものは無理だろう、それが竜人のように若かりし者ならいかようにも矯正できようが、彼はもう大人というには少々年を取り過ぎている。もう手の施しようがないだろう。
軽く挨拶を済ませて、彼はビクビクとした様子で夫人の後ろに隠れるように話をする。
「ティナ……。ヴァルプルギスには魔法動物の餌の買い付けに来たんだ。もう帰ろう」
「待ってニュート。今この場を離れる事は出来ない。ゾディアックが出たのよ」
「もう、何年も前の事件じゃないか。他の闇祓いに任せればいいじゃないか」
「彼みたいな若い子も捜査してるのよ。放っておけないわ」
闇祓いを身内として持つ身として考えれば確かに彼女はもう前線から退いた身だ。もう落ち着いていい頃合いでもあるし、何より闇祓いは他の魔法省部署よりもその職員の殉職率はケタ違いだ。
スキャマンダーは夫人を心配しているのだろう。
だが、言い方と言うものもある。まるで手を付けておいてそれをキリの悪い所で他に投げて渡すかのような言い方は頂けない。
「スキャマンダ―さん。すいませんが、夫人には僅かな間ですが捜査に協力してもらってもよろしいでしょうか」
「あ、え、う──」
「無茶はさせません。過去に起こったゾディアックの検証だけです。決闘などになったなら絶対参加させませんので」
「それなら……」
渋々了承するスキャマンダ―に引き攣り笑顔で応じた竜人に、夫人は大変なものと実を結んだと苦笑いだった。