アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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透明マントの行方

 仕込みを終えて、次なる獲物を探しに歩き出したかの者。

 その足取りは何とも軽やかなることか、人を殺めておいてその足取りは罪悪感とは程遠い祭に浮かれた傾奇者のそれであった。

 人々の隙間を縫って歩き、まるで小踊りでも踊っているかのように軽薄で、それでいて楽し気な足取り。

 血に塗れたその姿にも拘らず、人々は彼には目もくれず、正確には目に捉えていなかった。

 頭よりすっぽりと被った薄布は天より遣わされた聖なる道具。姿を隠すのに苦労していたかの者には最も適した物であり、それの名は『透明マント』と呼ばれる品であった。

 どこかからか飛んできた物で、枯れ木に引っかかっており風に棚引いていた所を偶然拾ってそのまま使い続けている。

 この透明マントと言うものは対応年数が存在している。魔法動物デミガイズの毛で織り、そして強力な目くらまし術や眩惑の呪いをかけたりして使用者の姿を隠す迷彩効果を発揮する。

 しかしながら魔法も永遠ではない。始まりあるモノ終わりも必ずあり、その効果は早くて一ヶ月、長くて数年で姿を消すことが出来なくなり、そして透明マントは只の半透明な布となる。

 しかしながらかの者はそれでも重宝する。この祭りで崇拝するかの方、『ヴォルデモート』卿へより多くの供物を捧ぐ事さえできるのならそれで充分、そしてその恰好の場所である、ヴァルプルギスに混乱を与える事が出来るのならそれでいいのだ。

 たった一ヶ月、その間に12人の司祭をより多く殺す事が要はかの者の目標でもあり、目的でもあった。

 

「……はァ……ははっ」

 

 姿を隠した状態でも、かの者を認識している者たちは多くいる。

 匂いに敏感な人狼や、目の構造自体が魔法族のそれとは違う吸血鬼たち、そして──。

 

「姿を隠して何をしているのですか?」

 

 その者が人気のない所で声を掛けてきた。

 人などいない所で声を掛けるなど狂人のそれであるが、しかしながらかの者が潜んでいるのを分かっているかのように話しかけてくるではないか。

 

「ようやくだ……あの方の使いの方ですね」

 

 透明マントを脱いで、その者を見据えた。

 鼻が高くアジアの人間ではない。口元が焼け爛れ、右目の当たりより蛇の尾のような刺青が体に伸びた薄笑いを浮かべたポニーテールの女だった。

 隣には大男が立っており、黙りこくった仏頂面のその顔が印象的だった。

 ふーと煙草を摘まんで紫煙を吐くその女の無言の同意にかの者は跪いて、手を組んでまるで神に祈りでも捧げるかのように恍惚な表情を浮かべていた。

 

「紅幇の方ですか? それともアーネンエルベの方ですか? 是非とも私くしめをどうか貴方方の軍勢に参列させてもらえないでしょうか……?」

 

「ええ。構いませんとも。我々は膝を折り、あの方へ首を垂れる者を拒みません」

 

 スッと左腕の袖を捲って見せてきた。

 頭蓋骨の口より伸び出る蛇の頭が今にもその体を突き破らんと蜷局(とぐろ)を巻くその紋章は間違いなかった。

 死喰い人(デス・イーター)の証であった。

 

「私たちは死喰い人(デス・イーター)です。そして緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)の一員。私はイヴ。こちらがアダムです」

 

 何と、何と威厳あるお名前だろうか。最初の男女の名前を冠する彼女らはまさしく闇の皇帝に遣わされるために産まれ出でたのだろうと思ってしまう。

 大男の方も左腕の袖を捲り上げ、闇の印をかの者に見せた。

 両腕を彼女たちへ差し出して、かの者は彼女らにそれを願う。

 聖痕の痕(スティグマ)を、闇の下部としての印を。

 大男が杖を取り出しかの者の左腕に杖の先を押し当てて、唱えた。

 

闇の印を(モースモードル)

 

 大動脈より赤く熱せられれ溶け煮立つ鉄を流し込まれているかのような激痛が腕より頭の底へ抜けていく。しかしかの者は絶叫苦悶の声で応じる事はなく、むしろ吐息とも取れる悦楽に満ちた息を吐いて、血で乾き肌に張り付くズボンの中で射精していた。

 その様子に、イヴは何とも死喰い人(デス・イーター)に則したものかと薄笑いを浮かべて、その火の付いた吸い殻を空きテントに投げ捨て火の手が上がった。

 静かに長くその紫煙を吐いたイヴは祝福の拍手で応じた。

 

「ようこそ。死喰い人(デス・イーター)へ。あの方はさぞお喜びになられますよ」

 

 

 

 

 

 どこぞより火の手が上がって、闇祓いが慌ただしく消火活動に尽力している。

 私は外野だ、その野次馬根性猛々しく、そこへと向かってなんなら団扇でその火災の火力を上げてくれようかと思うが余計な手出しはしないに限ると、空で眺める事を決め込んだ。

 見るに何やら火の不始末からテントに引火しているものと思われるが、しかしながら火災の大きな主原因は火の不始末というより、会場中央の大樹に灯った炎の火の子が原因と考えるが自然な事だろう。

 一か月の間無休で燃え続ける12人の司祭が魔法で生やした大樹。

 その対燃性と来たらなんとも凄まじい事か。

 しかしそのような司祭が。

 

「ふむ……」

 

 私は空に浮かびながらそれを思想する。

 いったい何ゆえに12人の司祭を狙う必要があったのか? 私の足りないお頭でそれを考えてみた。

 相手は権威ある勲章を賜った者たちであり、私の魔道など優に及ばず、その実力が本当ならばそこらの闇の魔法使いなど赤子の手をひねる様なものだろう。

 そのようなものを狙うとなると何が目的か。力試しだろうか、はてそれもどうなのだろうか。

 わざわざ戦いを望むのであれば野蛮を提供する事に抜かりはないヴァルプルギス運営員会は、決闘と称して毎日どこかしらで決闘クラブと言われる魔法の技を争い試す場が設けられている。

 そこを使わずに、ただ単に司祭を狙うとなれば狙いは何か──。

 

「殺生、か?」

 

 ひっくり返って考える。人とは内なる暴力性に支配された怪物であることは去年の珊瑚の宮にて重々承知した私は、それを考えた。

 殺人を犯す事自体が目的、もしくは嬲る事で悲鳴を聞こうとしているのか? 。

 答えは出ない。犯人の考えに辿り着くとなればその思考を犯人同様に畜生へとならねばならない。しかしながらそのような腐った根性では私はない。清廉潔白だ。

 悪鬼の発想を思い浮かべるだけ怖気がして堪らない。嗚呼、嫌だ嫌だと私はゆっくりと空中で宙転して思考を捨てた瞬間だった。

 

「──ッ!?」

 

 頭の底に飛び込んでくる衝撃。頭痛に似たそれに頭を押さえた瞬間に眼を閉じているにも拘らず、とある風景が見えた。

 いや、見えると言うよりは()()()のだ。

 理解の領域で、それが見えた。

 邪悪な笑顔を浮かべたそれが、手に持った凶刃を私へと振り下ろしてくる。力強く、何度も何度も私の体に入り込んで激痛が全身を駆け巡り、途方もない寒気が全身を徐々に覆ってくる。

 体の芯から冷えてくるような寒さに声も出せず、遂にその思考が途切れた時、私は現実に引き戻された。

 

「うぅ……いったい何なのだ今のは」

 

 ズキズキと瞬間的に流れた情景の感覚が体に生々しく残っている。

 あの刃物が体の中に入り込んだあの感触、寒気、恐怖──恐ろしくて仕方がなくなる。

 何なのだあの感触は、光景は。

 理解が出来なかった。いや、出来ている。何が起こったのか──何が私の体で起こったのか。

 少しだけだがそれが理解できた。

 

「六神通の片鱗か……?」

 

 そうだとしたら一足飛びで学んでいる事だ。

 私はまだ初級と言われる天耳通を習得していない。だが、今見えたあの光景は理解できた。

 ──殺される瞬間の司祭の『過去』だ。

 それは即ち、自他の過去の出来事や生活前世をすべて知る力、『宿命通』の片鱗が私は覚醒しつつあると言う事ではなかろうか。

 宿命通は六神通の中では中級に当たる神通力、天耳通、他心通を完全習得せずに、段階を経ずに宿命通の片鱗を見せるなど聞き及んだことがない。

 例外中の例外、ある意味では本当に私の悪い妄想が頭痛として現れたのやもしれぬ。

 欧州の地にてその鱗片が確かな物であるかも確かめようもない。父様(ととさま)ならばわかるだろうが、私はまだまだ豆烏だ。

 そんな中で不意にとある見知った物を見つけた。

 丸眼鏡の青年、悪戯仲間のジェームズが誰ぞに詰め寄っているではないか。

 私はその近くにふわりと降り立った。

 

「どうしたのだ?」

 

 私は声を掛けると、ジェームズがすごい剣幕で掴み掛っていた青年に怒鳴った。

 

「なんだ、俺の透明マントを知らないんだよ!」

 

 あまりの剣幕に私もびっくりしてしまう。

 何やら掴み掛られている青年は冷たい目で、ジェームズを睨んでまるで嘲笑でもしているかのような表情で言った。

 

「知るわけないじゃないか。僕が君の悪戯道具をどうにかする訳ないじゃないか」

 

「じゃあなんで、お前が出品したオークションの商品の中に透明マントがあるんだ!」

 

「少し落ち着かぬか。ジェームズよ。私をほったらかして話を進めるでない」

 

 私がジェームズとその青年を引き剥がして、少し落ち着けと言った。

 今にも殴りかからん勢いのジェームズに青年は辟易した様子で襟元を整える。

 

「とんだ言い掛かりだポッター。僕が君に報復でもすると思ったのかい?」

 

「ああ、するだろうな、腐ったスリザリンの根性だ! そうだろう、スネイプ!」

 

「言い掛かりも甚だしいよ。僕はスラグホーン教授に頼まれて出品しただけで、君の透明マントなんて知らないよ」

 

「嘘言ってんじゃねえ! 今までの仕返しに俺の物を売り飛ばしたんだろうが!」

 

「本当にいい加減にしてくれ、僕も忙しいんだ。予定に間に合わなくなる」

 

 そう言い青年は嘲るように鼻笑いをして、どこぞへと向かって行った。

 彼に再度掴み掛ろうとするジェームズを私は止て、しっかりとその話を聞く事にした。

 

「一体どうしたのだ。主がそのように喚いても事は進展せぬぞ」

 

「……くっそ! そうだな……」

 

 少しだけ落ち着いた様子で、話し出した。

 

「あいつが俺の透明マントを売り飛ばしやがったんだ」

 

「透明マント……ああ、私の飲み物を盗んだ時に被っていたモノか」

 

「うん、その時に風に飛ばされてどっかに行っちまってずっと探してたんだ。──でもヴァルプルギスのオークションに透明マントが出品されてたんだ。そのオークションにあのスネイプも出品している、俺の透明マントを拾って勝手に売り飛ばしたんだ」

 

 それが本当なら何ともいただけない話だが、しかしながら掴み掛られていた『スネイプ』なる青年は違うと言うではないか。話が食い違っている。

 となればどちらかが何かしらの間違いで衝突していると言う事だ。

 

「オークションの主催者に、出品元を確かめさせたのか?」

 

「ガキの事だってまともに取り合ってはくれなかった」

 

 何ともひどい話である。

 オークションで出される物品の出所くらいは調べるのは一般的であろうに、それが盗品であろうと問答無用に競りに掛けるあたりこれが魔法界と言ったところか。

 

「ふむ、それは困ったなあ」

 

「あの野郎とっちめてやる。俺の物を勝手に売っぱらいやがって!」

 

「待てい、その出品された透明マントなる物が主の物であるとは限らぬであろうが、まずはオークションの物の出所であろう」

 

 ふと悪い事を思いついてしまう。

 私の財政財布というものは有限であるが、実質的な無限でもある。

 スッと懐から取り出した印籠。そこには日本魔法省の紋所が掘られて見事な金細工が施されている。

 これぞ無尽蔵の金を引き出す事の出来る魔法の印籠。

 私が魔法処に入学するにあたり、父様(ととさま)と富文との間で交わされた確約。

 其の一、私の身の安全が、私自身が反さない限り保証される事。

 其の二、天狗魔道の道を踏み外させない事。

 其の三、学業に必要な諸経費は日本魔法省が全額負担する事。

 この三つが約束されている。要は学業に当たり本業の天狗修行を忘れさせず、大手を振って学を学ぶことを約束されているという事である。

 そしてこの問題を解決するにあたり重要なのは三つ目の約束だ。

『学業に必要な諸経費は日本魔法省が全額負担する事』。

 

「これを持ってすれば財源は無限大なのだ!」

 

 この印籠は日本魔法省の承認を得た小切手。海外で言うところのブラックカードである。

 私が学業に必要と思ったものを無尽蔵に買い込むことのできるお墨付きだ。これを持ってすれば経費諸々すべての請求が日本魔法省へと送られることとなる。

 

「なんだそれ?」

 

「ぶらっくかーどなのだ! これで要はその出品された透明マントを買い戻せばいいだけの話なのだ!」

 

 意気揚々と私は大船に乗ったつもりで付いて来いとジェームズにそのオークション会場へと案内させた。そこは中央の燃ゆる大樹付近に建てられた大テントであり、すでに大勢の人間が所狭しと犇めいていた。

 司会が現れ音頭を取った。

 

「さあさあ、お立合い! 摩訶不思議、珍品に幻の品、曰く付きの品何でもござれ! 魔法品オークションの開催だよ!」

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