犇めく大テント内の熱量は何とも異様な雰囲気で、剣呑とはまた違った鬼気迫る観客の気迫に私たちは気圧される。
成金とも思える連中が多く見て取れ、重そうなガリオンを詰め込んだ袋を使いしもべ妖精たちに持たせて侍らせるその姿は何とも滑稽と言えよう。
そこまでして手に入れたいものなど何があり得ようかと思うが、ここはある種の主張の場であり、権力と財力をこれでもかと見せつける最適な場所であり、有り余る財を散財する
魔法品オークションである。
「何とも凄まじい熱気なのだ……」
「ここは、俺達がいるには場違いな気がするんだが」
縮こまりながら、テントの端に私たちは逃げるように退散して、壇上で音頭を取る司会のその珍妙な姿にまるで見世物を見せられているような気がする。
道化のように極彩色の衣服を纏った司会の目はまるで郭公のそれに似た雰囲気があり、少しだが恐ろしげであった。
それもその筈、司会は人間ではない。
泣き妖怪『バンシー』であり、人の世の規則を多少は理解できる魔法生物で、この魔法品オークションの主催者のしもべ妖精として飼われているのだ。
人件費をケチってか大声が特徴のバンシーには司会をやらせるとは何とも巧妙な発想だろうか。
「皆々様、お揃いですかな! 待ったなしの無慈悲なオークションだ! ここでの正義は、要は
バンシーはいやらしく指で輪っかを作って、金を払えと言いたげに、というより言っている。
この場での正義は有無を言わさず金である。金を持っているものこそ正義。
富豪は英雄であり、貧民は悪者。金=絶対権利を示している。
金無き者に発言する権利は与えられず、その主張も人権もルールですら、金の前ではゴミにも劣る者に成り下がる。
金金金、卑しき哉。この空間での絶対法則は『金』である。
観客たちは待ってましたと言わんばかりにたんまりとガリオンが詰め込まれた袋をジャラジャラと鳴らして応じる。
「オーケイ、オーケイ! 皆様貯蓄は十分な様子で有られますね。ならばその服も置いて行け! さあ、古今東西、珍品、幻、幻想の品々をその金で毟り取るのですよ!」
大声で叫ぶバンシーの音頭に、屋敷しもべ妖精たちが商品を持ってきた。
「初めの品は、皆が大好きグリム兄弟の『グリム童話』の43番目のお話。さあ、皆さま永遠の眠りが欲しくありませんか、死とも違う『永遠の眠り』。眠る意識はいずこやら。──白雪姫がその柔い唇を触れて食したと言われるその毒林檎。あまり物は我々に──さあさあ競りの開始だよ! 初めの品は『白雪姫』が食べた毒林檎からだ! 100ガリオンから開始だ!」
バンシーの掛け声とともに競りが開始した。
白雪姫の毒林檎。それはさも有名な毒林檎だ。
白雪姫を嫉んだ継母が姫に食べさせたと言われる毒林檎だ。
運ばれてきたその毒林檎は一口だけ歯型がしっかりと残りシワシワに萎れて枯れ、今にも朽ち果てんばかりの見た目であったが、しかしながらそのような物実在するモノなのだろうか。
魔法界というのは只人界では伝承、民話、童話に伝説と様々な方法で口伝されてきた。
我々天狗とてその例に洩れず、鼻が高く、赤らんだ顔で、山伏の装いで高下駄を履いた妖怪と後世に伝わっているが、実際はそれとはかなり違っている。
白雪姫の童話もそれである。
継母──それは魔法薬学に長けた魔法族だった。
大方の流れはそのままに、その毒林檎の製法は外法邪法を極めて作られた究極の毒である。
それの残り香と来たらまさしく珍品に値する。
「中々に珍しいものなのだ」
「確かにな。白雪姫の毒林檎か、かなりの値段になるだろうな……」
私とジェームズはその競りがどのようなものなのかと見ていた。
「オークションとは要はあのような珍品をどれだけ高く買い取るかを決める戦いの事だろう?」
「ああ。でも、このオークションはあの珍品を売り買いするだけじゃないんだ」
ジェームズは目を顰めて、観客たちを睨んだ。
「大概が、勝ち取った商品を
「食べる。口から、という事か?」
「ああ、ここの主催者の商品の品質は高い事で有名だからな……神秘をその体に取り込むことで己の魔法の力やら霊的な力やらを高めようっていう怪物たちが集まっているんだ……」
ジェームズのその言葉に私はゾクッとしてしまう。
そうだ、よくよく観客たちを観察してみるとその気配はまるで通常のヒトのそれと見るのはあまりにもかけ離れた、異常な雰囲気を漂わせていた。
観客たちは商品を前にするその目はまるで御馳走でも見ているかのような目であった。
白雪姫の毒林檎はまだ食物であるがまだましであるが、それが別の物になると目の色も変わる。
早々に毒林檎の買い手が決まり、それを手にした観客は鑑賞する暇もなくそれを顎が外れたように大口を開けて一飲みにするその姿はまさしく──怪物のそれであった。
「人を辞める事も、先を求める魔法族には必要な道何だろうな。これを見てるとそう思うよ」
魑魅魍魎、悪鬼魔道のそれが今目の前で繰り広げられていた。
人には害をなさないが、その場で腐れて、己から腐敗を永遠に続ける憐れな亡者。
何を求めてか、何かを求めてか。彼らは人であることを喜んで手放したようだ。
「さあさあ。次は空より賜りしこの星には無い物質だ。神智学協会はこいつを血眼になって探してる! それでも欲しているモノ好きは誰だ。欲しけりゃ金を払いな! 隕石に大量に含まれる物質『スペシウム』だ! 200ガリオンからだ!」
「250!」
次なる競りが始まり、皆が血眼になってそれを欲しがった。
「ジェームスよ。主が言っておったモノはどれだったのだ」
「透明マントだ。まだ出てきてない……」
私たちは怪物たちの競りを吐き気と共に見て話した。
「やけにスネイプと言うものに嫉まれているようだな」
「……知らないよ。アイツが勝手に突っ掛かってきたから、やり返しただけだよ……」
そう言う割にはスネイプよりジェームズは恨まれている様子であった。
その考えかたに紆余曲折のそれがあるように思える。彼が気に掛けてない事が、何かしらの原因があると考えるのが普通だろう。
「ずっと暗くて、何考えているのか分らない。そのくせリリーと親しくしやがって、気に入らない」
「ふむ……なんともなぁ」
「あいつは俺に仕返しをしたいんだ。今迄俺がアイツにやったことの小賢しい仕返しだ」
「…………」
その時、私の脳裏に情景が見えた。
この感覚は、死んだ司祭の過去を呼んだかもしれない『宿命通』の感覚だった。
スネイプという少年がジェームズとその取り巻き、他の生徒たちの前で目も覆いたくなるような辱めを受けていた。
ジェームズにスネイプを害すると言う悪意は感じ取れない。むしろ見世物を起こしているというお遊びの感覚が感じ取れた。
悪念怨念は、ジェームズは抱いていなかった。ただ楽しんでいた。
それがスネイプの意志を害する行為であると知らず識らずに踏みにじっているにも拘らず。
現実に引き戻され、今ジェームズが抱いている感情は他心通を使わずとも見て取れた。
──後悔だ。
今迄の行いを振り返り、そしてようやく気付いているようであった。
人は成長するには苦痛を伴う。痛み無き成長はなにも学ばず、真なる成長にはならない。
ジェームズ、彼は今成長しようとしているのだ。自らを悔い改めて正しき道に行こうとしているのだ。
自らの物に手を掛けられたことでようやく気が付き、そして目を覚まそうとしているのだ、真に正しきかを理解するに足りえる状態になり始めている。
「理解したか? あの者の苦痛を……」
「…………」
「自らの過去を自ら否定するのは苦しいだろう、しかしながらそれをしてこそ成長となりえるのだ」
私もまだまだ豆烏だが、それでもその道筋は確かに見えている。
成長とは苦しいものだ。苦しみの無き学びとは即ち完成されているか、成しえていないのだ。
私たち天狗の一生でもある。苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて、涅槃へと至る。
ジェームズは天狗道とは別の道であるが、しかし天狗道はすべてに通ずる。
人の道も、畜生の道も、五趣六道すべてがを天狗の道也。
「悔い改めてこその人の道だ」
「よく人の事を知っているんだな。お前は」
「当たり前であろう! 私は天狗魔道を極めんと日々精進する天才天狗、石槌撫子なるぞ!」
私の大声に観客、司会のすべてがこちらを向いて、気恥ずかしく頭を掻いた。
「さて、では次の品! 伝わる事初めは13世紀。『三人兄弟の物語』に伝わる幻の品の一つ。ニワトコの杖、蘇りの石、そしてここにて扱うは、『透明マント』! 透明マントは数あれど、こいつは一味違う! 現れ呪文をも弾き返し、そしてその効力は永久のもの、さあ『死』より姿を隠し続けるのはこの中の誰になるか! 500ガリオンより開始だ!」
「あれか? 主の透明マントとは」
「いや……透明マントだけど、……俺のじゃ、ない?」
歯切れの悪い言い方で首を捻った。
聞くに、ジェームズの透明マントはボージン・アンド・バークスという
司会が喧伝する様な大層な代物ではないと言うのだ。
確かに『透明マント』は競りに出されている、しかしながらそれはジェームズの透明マントではなかったのだ。
己の物ではなかった。スネイプが言ったように、ジェームズの勘違いだったのだ。
「どうする? 競り落とすか?」
「いや、でも、俺のじゃない」
「ええい! モノの効果が同じなら大した変わりはなかろうが! 1000ガリオンなのだ!」
「そこのお嬢さんの1000ガリオン! 今日最高額だ! さあ、他の方! いないかね?!」
バンシーはそう言い、他の客より更なる値段を引き出そうと囃し立てるが、しかしながら私の強気の値段に誰しもが金を出さない様子であった。
大体が『三人兄弟の物語』は魔法界に措いてそれこそ『童話』であり、伝承の域も出ない話であるが故に、人を辞めた誰しもが神秘を秘めたモノであると認めようとはしなかったのだ。
彼らの琴線に触れぬモノであるのなら私が買い取ってくれよう。
捨てる神あれば拾う神あり、私はその拾う神であろうとも。
屋敷しもべが領収を済ませようと近寄ってくるので私は印籠を見せて、日本魔法省宛てと小切手に名を記して透明マントを受け取った。
何とも触り心地のよろしい事か、これを掛布団に寝たいくらいの触り心地。
しかしながらこれは姿をくらます道具であり、そう言った用途の物ではない。
私はジェームズにそれを投げて渡した。
「ほれ、くれてやる」
「え? いいのか? こんなに高いモノ、貰っても代金払えないぞ」
「良いのだ。お近づきの印として受け取るがよい。私も業を積んでおかねば尚の事涅槃より遠のく故な」
私はニッと笑って見せ、その顔にジェームズは呆気にとられそして釣られたように笑った。
これで良い。すべてが丸く収まるのならそれで構わぬではないか。
富文より後々叱りを受けることになるだろうが、そんな事よりも親しき共に義を尽くす事、天狗冥利に尽きようて。
「さあ、まだまだ品は追い尽きないね! 次行くよう!」
バンシーがそう叫んで、次なる品が壇上へと登った。
それは人一人がすっぽりと収まる大きな絢爛豪華な石棺だった。その金細工ときたら本当に煌びやか、腕を交差させ、手に持つ錫杖と剣を持ち、その冠りものはそこに収まる者がさぞ栄光ある者であることが見て取れる。
「次の品はエジプト王族、伝説の英雄の王のミイラ! ラムセス2世! オジマンディアスのミイラだ! この王のなす御業、まさしく覇道王道の道然り! キリストの生まれる遥か以前の大王! これを手にする者には永久の栄光が約束されたモノだ! さあさあ! 500ガリオンから開始だよ!」
私たちは帰り支度をしようと透明マントを小さく包んでもらう様にと屋敷しもべに頼んだ。
あれよあれよとミイラの値段が跳ね上がっていく。1000ガリオンなどとうに過ぎ去り1500ガリオンまで引き上がった。
何とも物好きな者たちだ。ミイラとなる者たちは要は自らの高位を上げるためにそれになるのだ。
埋葬の形式でもあるが、即身仏然り、それになる意味とは即ち周囲からの見られる目線を気にしての事。本来ならばただ土に埋められるだけのものを死して尚も崇められたいが常人の傲慢さたるや、何たるものか。
死とは孤独な一人旅だ。誰にも代えられない旅の行く末に、過ぎた者たちからの賞賛を背に背負って歩み道すがらは何とも心地よかろう事か。鼻で笑ってくれようぞ。
「2000ガリオン! これで決まりだ! 2000ガリオン、そこの旦那がオジマンディアスのミイラを2000ガリオンの買い取りで決定だ!」
バンシーが五月蠅く囃し立ててその者が壇上へと登った。
何とも成金趣味だろうか。全身金色の棺桶にも勝るとも劣らない豪勢さ、金人になるべく積極的に金箔を喰らった豊臣秀吉のようだ。
幾ら金を纏い喰らおうと、仏になるには死ぬことでしか成れようがないのに何とも憐れな人もどき達よ。
真理とは程遠い者たちの歩みは鈍重な亀の如くとは思うが、その心意気は良し。
石棺を待ってましたと言わんばかりに開けたその成金が腰を抜かして絶叫した。
私たちはその声でそれをようやく認識した。
「あ、れ……」
震えた声でジェームズは指さした。
石棺の中身は──。
「──司祭なのだ……」
ぼろ布に包まれたカリカリに乾いたミイラが現れる事はなく、そこに収まるのは黄緑色に変色した司祭の一人だった。
全身に惨たらしく噛傷が残り、血という血が抜かれ異様な肌色に染まったその遺骸。
そしてその顔に焼き付けられた文字は──。
「──
名を売るが如く刻まれた『ゾディアック』の名前であった。