アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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馬鹿げた決断

「この際言わせてもらうと、君たちを学生サロン如きに警備に割り当てたのは、厄介払いの名目であったのに、なぜ不測の事態を持ち込むことになったのだ。ええ?」

 

「申し訳ありません。想定していませんでした」

 

「相手が手強かったもので」

 

 竜人と夫人はスラグホーンサロンのテントより離れた癒者テントにタイニー司祭を担ぎ込んで、治療を受けさせていた所で、この現場を取り仕切っているイタリア魔法省闇祓いのトップに見事に捕まり説教を喰らっていた。

 

「スキャマンダ―君はアメリカ魔法省で名誉闇祓いとしての地位にあるそうだね。そんな君が何故たかだか闇の魔法使いなどに後れを取るんだね?」

 

「それは相手が手強かったと先ほども申したように──」

 

「言い訳など聞きたくない! ガキ連れて孫と楽しく夜に散歩する気分で呆けていたのか? ここは犯罪現場だ、いくら若造を連れていようとその実力を発揮してくれなければ意味がないんだよ!」

 

 喚くイタリアの闇祓いは真っ青な面を下げて、今にも持病の胃潰瘍が潰れそうだと言わんばかりの顔で青ざめてベットで横になっているタイニー司祭に必死になって縋り付いていた。

 どうかご慈悲を、どうか寛大なるご容赦をと言った様子のそいつは役職も形無しと言えるのではないだろうか。

 嘘泣き臭く泣き崩れまるで親の死を看取る子の心境なのだろうか、情けない事この上ない。こんなのが一時的とはいえこの事件で竜人、スキャマンダ―夫人の直接的な上司になるのだからまるで信頼が措けない。

 

「これは……吸血鬼ではないね……うん」

 

 太々しくベットの上で静かに治療を受けていたタイニー司祭の頸筋には生々しい噛み傷があり、その歯型はくっきりと残っていた。

 その傷跡からかなりの調査の方針が捜査全体を混乱させる事になる。

 治療に当たる癒者に混じり夫人の夫ことニュート・スキャマンダ―も交じりタイニー司祭の頸の噛み傷を見分している。

 

「こ、ここ見てくれ。吸血鬼特有の八重歯の痕がない、狼人間だったら分からないけど、この傷跡は吸血鬼じゃないね」

 

「そうなのか! 吸血鬼じゃないのか?! 絶対に!」

 

「ぜ、絶対、とは言えない。マウスピースをして増やさない予防している可能性もあるし、何より人間だれしも八重歯はあるから。ただ単に甘噛みだった可能性もある。それに、これだけじゃ断定はできない」

 

 眉毛も口もへの字に曲げてしょげる上司を、面倒そうに押しのけるタイニー司祭が手鏡をよこせと夫人に手を出して催促した。

 夫人も夫人でそれに文句の一つも言わず差し出した。

 鏡を確認するとタイニー司祭の姿はしっかりとその鏡の中に映し出されていて、少なくとも吸血鬼になっている訳ではなさそうだった。

 

「こうなること自体想定していたさ。おのれ、吸血鬼人狼どもめ……」

 

 忌々し気に歯ぎしりで応じるタイニー司祭。もはや吸血鬼人狼のせいであると断定している様子であった。

 それもその筈、今回のタイニー司祭噛みつき事件と並行して、魔法品オークションの会場で別の司祭が全身の血を抜かれて死んでいる所を会場の観客が発見し、同時に2つの事件が発生したことになる。

 オークション会場での司祭の遺体の見分を竜人たちも行きたいが、このバカ上司の折檻が先だと言うので、嫌々来ていればこの阿保上司の泣き上戸の寸劇を見せられる身にもなって見ろ。地獄だ。

 半分以上その寸劇を聞き流し、意識を集中するのは飛ばした式神で別の事件の実況見分の様子を聞いている竜人。

 

(全身の血が抜かれている……噛み傷多数……作為的だな、わざと『噛む』という行為を強調しているようだ……)

 

 妙に引っかかる。これ見よがしに遺体、被害者に対して噛みついている。

 噛むと言う行為を強調して何かを隠そうとするような雰囲気がしてならない。

 噛む事を行いそれが益となりうる人種は二種、狼人間か、吸血鬼か。双方が噛む事で人口を増やす手段としている者たちであり、わざとそれに気を逸らしているような気がしてならない。

 

「──ふぅん……」

 

 静かに唸り、思考を巡らせる。

 しかしながらそれを遮るバカの上司が竜人の額を人差し指で執拗に突いてくるではないか。

 

「なんすか?」

 

「なんですかではないだろう! さっきの話を聞いていたのか!」

 

「あぁ、はい。聞いてないっす」

 

「なんだその思い切りのいい言い方は! この会場にいるすべての吸血鬼、狼人間を被疑者として拘束しろと言っておるのだ」

 

「暴論過ぎませんか? 噛みつく事は誰しもできますよ」

 

「お前の意見など聞いておらん! いいからさっさと吸血鬼を捕まえて来い! このイエローモンキーが!」

 

 テントから叩き出されるようにして捜査にもされた竜人と夫人の二人はため息で双方の現状を報告した。

 

「飛躍した暴論ね。噛みつく魔法族はみんな吸血鬼か狼人間」

 

「そんな簡単なもんじゃないですよ。この事件」

 

 噛みつく行為が認められる魔法族は皆罰せよ。単純でいて本当に至極明快な暴論だ。

 疑わしきを罰していればこの世の人間すべてが監獄に行くことになろうに、それを理解していないあのバカ上司はさぞや聡明なお頭をお持ちであろう。

 竜人たちは足を収容所。もとい被疑者の取り調べテントへと足を延ばして入った。

 そこは吸血鬼や人狼、オークション会場の観客たちが一時的に収容されているテントであり、そこへ入れば。

 

「なんでお前がいるんだよ……」

 

 頭を抱えたくなった。

 厄介事には事ある毎に首を突っ込まなければ気が済まないのだろう。

 恋人ごっこ条約を破棄して行方知れずだった、石槌撫子がやんやん喧しくそこに座っているではないだろうか。

 

「おお! ようやく話の通じる奴が来たではないか! 竜人よ、この分からず屋の禍祓いに私たちは犯人ではない事を言ってくれないか!」

 

「大人しく座ってろ馬鹿天狗が……」

 

 頭痛がしてくる石槌の頭を押さえてその場に座らせ、ため息を付いた。

 

「知り合い?」

 

「クソ腐れ縁のクラスメイトですよ夫人。何が楽しくて厄介事に首を突っ込んでくる阿呆だ」

 

 夫人は面白そうにそう言う表情に、もう泣きだしたくなる竜人の心境は如何に。

 さて、まずは気晴らしにでもとテントに詰めている闇祓いに状況確認でもと話しかけ、現状を聞いた。

 ウザいくらいに喚く石槌を押さえつけながらその話を聞いた。

 被害者、狼・繍司祭。中国出身の洪凰魔学院の卒業。死後間もない新鮮な死体であろうがしかしその体に水気という水気がなくなり、肌色は大層悪く黄緑色に染まり、その見た目はいうなれば『ミイラ』と例えた方が適切だろう。

 

「主な死因は、磔の呪文で長時間に渡り拷問を受け、自ら死の呪いを使った自殺と思われます」

 

「惨いわね。アズカバン級ね」

 

「そうですね……磔だけでも十分に──ッチ、邪魔だ石槌」

 

「私たちは無罪なのだ!」

 

 五月蠅い石槌を押しのけながら、安置された遺体に手を合わせた。

 酷い噛み傷の数々、服の上からでもお構いなしと言った様子。繍司祭の体に残っていたこの噛み傷にはしっかりと八重歯の痕が見て取れ、竜人は今日何度付いたか分からないため息を吐いて考える。

 タイニー司祭と違い、これは確かに見る限り吸血鬼の犯行の可能性が高かった。

 北アメリカ大陸に吸血鬼一族が移住していると言う話は聞いたことがないが、『ゾディアック』と関連づけるなら過去に密入国した吸血鬼一族が『ゾディアック』。そして少なくとも複数犯の可能性もある。

 タイニー司祭の実行犯が吸血鬼ではなく、別犯人がそれを行い繍司祭は吸血鬼が行った。

 

「ああ、めんどくさい……」

 

 考えがまとまらない。これだけの犯行をみすみす見逃す欧州闇祓いの目は節穴と見えた。

 剰えこのような犯行を堂々と行うなど、さぞや立派な警備を行った事だろう。

 

「繍司祭の護衛は?」

 

「拘束魔法を背後から受け、気絶して犯行の現場は見ていないと」

 

「安部君、繍司祭は闇祓い嫌いで有名な司祭だった。闇祓いを遠くに置いておく可能性もあるわ」

 

「狙われるには最適な人物その二ってことですか……」

 

 大義を成す者それ即ち変人奇人の類であり、馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ。

 この繍司祭もそれと思われる。

 

「まったく……残り9人の司祭たちは?」

 

「急ぎ護衛を増やす予定であります」

 

「予定ですじゃないんだよ。今すぐ増やすんだよ」

 

 さてここからどう『ゾディアック』へと漕ぎつけるか、大変な道程だ。

 少なくとも繍司祭の犯行で、魔法の力は闇祓い級と言う事だけはハッキリした。

 夫人に助言でも賜ろうと見ると、夫人は何とも珍妙に、繍司祭の遺体近くに顔を近づけその匂いを嗅いでいるではないか。それこそ犬のように鼻を鳴らしてその匂いを嗅ぐ姿は何とも言い難い。

 

「何してるんですか?」

 

「うん? 夫の真似。昔に夫が私を追ってパリまで来たことがあってその道中こうして私を探して回ってたんだって」

 

「警察犬みたいに匂いを嗅ぎまわる行為をですか?」

 

「ニュートは地面も舐めたそうよ」

 

 ニュート・スキャマンダ―ならばそれもやりかねない風貌をしている。

 天才奇人の類の人間だ。普通の人間では考えもつかない方法でそれを探っているんだろう。

 そうだ、竜人は常識にとらわれ過ぎている。

 自分のこめかみを拳で軽く何度か殴り、頭を柔らかくする。

 手掛かりが少ないのであれば少ない情報を多くの情報に増やせばいいだけの話ではないか。

 少なくともこの繍司祭の犯行は吸血鬼の可能性が高い。あのイタリアの一時的なバカ上司の言いなりになるのは癪だが、この際いい手柄にさせてもらおう。

 

「開心術士はこの会場に居ますか?」

 

「いえ、本省に出動要請を掛けていませんので居りませんが」

 

「じゃあ民間から開心術士を呼び集めて……」

 

 呼び集めるように言いかけたが、開心術士の心当たりは竜人の中では既にあるではないか。

 あれに頼るのは少々頭に乗らせる事になるが、事が事だ。否が応でも従ってもらおう。

 オークション会場にいた観客たちの収容テントに戻ってその者に話しかけた。

 

 

 

 

 

 何とも、私自身やましいことなど行っていないのに過去に行った悪さの記憶ばかり蘇ってくるようで居心地が悪い。窮屈な事この上ないこのテントで魑魅魍魎におしくらまんじゅうの様に揉まれながら私は産まれたての牛が如く貧乏ゆすりをしていた。

 

「窮屈なのだ……息苦しいのは嫌なのだ……」

 

「仕方ないだろ、取り調べだよ。やましい事は一切ないけど」

 

 ジェームズと私は並んで座り愚痴っぽく嘆いた。

 形式的な行いなのは分かっているが、只人世界の警察という輩は無理やり自供をさせる手法を持っていると言う、只人が行う行為を常人が行わない理由が見当たらない。手っ取り早く酷い事も行うだろうと、陳腐な考えに浸っていると。

 

「石槌」

 

 いずこから戻ってきた竜人が私を探して声を掛けてくるではないか。

 それ来たこれ来た、さあさあ釈放の時間である。

 

「ようやくか竜人! 私は文字通り羽根を伸ばしたくて致し方ないのだ!」

 

「ああ、それはもうちょい待ってくれ」

 

 竜人は私の手を取り、杖を取り出し枷の魔法を解いて別テントに連れて行こうとする。

 

「待て待て、そちらは外ではなかろうが」

 

「いいから。ああそうだ。そこのホグワーツの、お前もう出てっていいぞ」

 

「本当か!」

 

「お前は犯人にならねえからな除外だ」

 

 そう言い私をどこぞへ引っ張っていく竜人が一つテントを跨いでいく。

 そのテントには妙に顔色の悪い者たちが犇めいて拘束されており、怒り心頭と言った様子で私たちを睨みつけてきた。

 気圧される事無く進む竜人が私を取り調べテントへ無理やり押し込んでくるではないか。

 なんだ。私を犯人だと思っているのかと思うのか。

 

「おい竜人。私は犯人ではないぞ!」

 

「そんなことは知ってるよ。少し手伝え」

 

 そう言い椅子に座らせる竜人にむくれて見せる私に竜人の相方であろう老婦人が楽しそうに手を振ってきたので私はふくれ顔でプイっと顔を逸らす。

 どうせこの者も竜人と同じお役所の人間だ。このヴァルプルギス会場に来て魔法省という役所がどれだけ横柄かを身をもって知った私だ。闇祓いなど鼻先の腫瘍のように癇に障る。

 

「あなたが開心術士の子?」

 

「開心術士? 何の事だ。私はそのようなものなどではない。天狗だ、天狗」

 

「天狗……ああ、なるほどね……」

 

 その者の中で勝手に解釈が進んだのだろう。なるほどと言った様子で静かに頷き、薄く笑った。

 

「捜査協力してもらうぞ。石槌」

 

 竜人が私の前に足を広げて座り、疲れて仕方がないといった様子でそう言う。

 

「願われるのであればそれも(やぶさか)かではないが、只でとは思うておらんだろうな」

 

「天狗に願い事をするのなら対価が必要なんだろ。今後、一つだけ何でも言う事聞いてやるよ」

 

 何と何でも言う事を聞くと竜人は臆面もなく言うではないか、ならばどれだけの仕打ちをしても良いと言う事だ。

 ならばどういった事をやらせようかと気持ちを高鳴らせてしまうが、いけないいけない。

 ここは冷静に、不遜に、尊大に。天狗たる威厳を見せなければ。

 

「その言葉、異論はなかろうな」

 

「当たり前だ」

 

「ふん! 何を私に求めるのだ、申してみよ!」

 

 竜人は真剣な目で言った。

 

「今から連れてくる奴の、心を読め」

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