アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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ロビショメン

「ま、待て竜人! 心を読めとな。私はまだ道半ばの豆烏成るぞ! 六神通もろくろく使えこなせていない」

 

「お前の有無は聞いてない。それとも何か今更手を引いて俺に徹底的に馬鹿にされてたいか?」

 

 竜人は馬鹿にしたように私を鼻で笑う。

 私はその反応にムカッと来るが、しかしながら人の心を読む、即ち他心通を使えて言ってもまともに極めた六神通を私は修めていない。

 神足通ですら、空を飛べる程度であり本来ならば壁すらも通り抜ける事の出来る業である。

 要するに天狗と私が名乗るには早すぎるのだ。

 餅は餅屋にと言うように要するに私の専門外だ。

 人の心を読むことは大変に面倒な事である。

 その思念の数はいかに多きかな。我これを数えんとすれどもその数は沙よりも多し。

 異国の教典に書かれた言葉を借りるならば心を読む事は己以外を知る事であり、それを知りえるにはより多くの心を学ぶ必要がある。

 魔法の知識としてそれを知っていようとも経験も才能(センス)も蕾どころか種の段階である。

 そんな私にいきなり実践をせよと言うのは酷な話ではなかろうか。

 

「他心通は会得しておらん! 逆さまになってもこればっかりは変えようのない事実なのだ!」

 

「ならダメもとでやってみろ。いい練習だと思ってよ」

 

 大変無茶苦茶な事を言っておる気がする。出来ぬものを出来ぬうちにやれとは何たる所業か、それを強いる竜人の神経も大概可笑しい事この上ない。

 

「無理なら少しここで練習していろ、何が何でも俺たちはお前の開心術が必要なんだ」

 

 何とも必死に食い下がってくる竜人に私は少し押される。ここまで私の力を求められれば悪い気はしない。むしろ良いくらいだ。

 六神通の中で中級と言われる他心通をいきなり使うのは至難の業であるが、しかしながら少しだけ楽観視してそれを考えてみる。

 なに私の事だ、何かの拍子にポッと使える事が出来るようになろうて。宿命通とてその片鱗を数日前に垣間見たのだ、私の実力は既に中級にあると考えていいだろうと軽く考えてみる。

 

「ぬうううっ! 致し方なし! 如何様にでもせよ!」

 

「そう来なくっちゃな。ちょっと待ってろ、そいつ連れてくるからよ」

 

 竜人はそう言い、取調テントを出て行った。

 

 

 

 

 

「あの子、クラスメイトなんでしょ? 巻き込んじゃって大丈夫なの?」

 

「構いませんよ。アイツとはある意味では一心同体だ。それにアイツ程度鼻で使ってやった方がいい具合に働いてくれる」

 

 竜人と夫人は取調テントから出て話し合う。

 

「あの子、開心術に自信がないように見えたけど、本当に大丈夫?」

 

「そこは俺としても少し気掛かりでして、天狗と言ってもあれはまだ半人前ですから、いきなり心を読めって言っても無理な気がします」

 

「それでも任せるんだ」

 

「当然です。微々たる可能性であっても、『可能性』には変わりはない、小さなことでも手繰り寄せて見せますよ。それにこれはあのバカ上司へのパフォーマンスですから、吸血鬼の中にゾディアックがいるなんて思ってませんよ」

 

 思ってはいないが、可能性は捨てきれないと考える竜人である。

 最初の司祭の犯行、そして繍司祭の犯行で遺体に残された噛み傷の痕跡から完全に吸血鬼ではないとも言い切れない。

 人血を欲する魔法族は前にも言ったように二種しかいない。

 吸血鬼か、狼人間か。

 杖を振り、とある資料を呼び寄せる。

 それはイタリア魔法省の狼人間登録室の登録者名簿であり、表紙を開き杖を振って軽くその書類の中身を叩くと登録者の顔写真が明滅し、このヴァルプルギスに訪れている人狼を検索する。

 まったく西洋の魔法は大変便利だ。日本ではこう言った管理者名簿は制作を禁止され、唯一その存在を許されているのは冥界管理局一係顧問室が観覧権利を持つ『閻魔帳』だけであり、それ以外は魔法によって作られた管理者名簿は存在しない。

 全て足で稼がねばならない作業を日本魔法省は行っている。

 ガリオン硬貨制度は時代遅れであるが、こうした管理面では西洋は東洋に比べて大変進んでいる。

 明滅して狼人間の該当者を魔法は探すが勢いよく頁が閉じて背表紙に現れた文字は。

 

「零人。人狼はこのヴァルプルギスに参加していない、か」

 

「幸いと言ってはなんだけど。吸血鬼登録室の名簿の中でヴァルプルギス参加者はこのテントに全員集合させてるわ。この中からあなたは誰の心を読み取る気?」

 

「薄暗い者がいいですね。経歴はもちろんの事、家系的陰りもこのゾディアック事件には関連している。魔法族の血を積極的に摂取している者が該当者でしょう」

 

 魔法族の血を好んで飲む吸血鬼は珍しい者だ。

 人間は巨万(ごまん)といる。わざわざ魔法族という稀少な人種を選んで血液を欲する高尚な趣向を持つ吸血鬼は相場が決まっているモノだ。

 トランシルバニアに伝わるドラキュラ伯爵は魔法族の血を好んで飲んでいたと言う。

 吸血鬼とは高貴な血筋程、より魔法族の血を求める傾向にあるようで、名だたる高名な吸血鬼はわざわざ血を呑む為だけに他の魔法族を血液欲しさに食客として抱えていた歴史がある。

 この時勢にそんな奇特な習慣ともいえる者たちがいるのかは分からないが、歴史的背景から偏見なしに見た吸血鬼たちの実態はそうである。

 さて、そうなればやるべき事は一つだ。

 

「ちょいちょい」

 

「何だ」

 

 竜人はテントの端で突っ立っていた魔法省職員へと話しかけた。

 この者の素性は魔法省というお役所の性質からどこの部署の人間かは大かた想像つく。

 十中八九、魔法族基本台帳課の人間である。魔法族であると言う事は只人の世も常人の世も同じで、共に国という枠組みで管理され登録されるものだ。

 その者が一個人としての情報を証明するには必要な部署だ。

 人の世で生きると言う事は常に誰かしらに己が誰かであると言う事を証明する作業が必要となり、それを円滑に進める為に魔法族基本台帳課、要するに一般魔法族が何かしらの書類の提出する窓口として存在している。

 只人諸君に言うのなら彼らは区役所の窓口と思っていて構わない。

 魔法族基本台帳課は浅く広く、その根は魔法省の各部署に問い合わせをする権利がある。ここに集められた吸血鬼たちもその権力が為せる業であり、大かた吸血鬼登録室に問い合わせて無理やり召集を掛けたのだろう。

 

「この吸血鬼たちの台帳情報が欲しいんですけど」

 

「どこの部署だ? 見たところ闇祓いじゃないよな」

 

「はっ。これは失礼。日本魔法省預かり、陰陽寮『六波羅局』局員、安部竜人です。今回の事件に対する捜査権利を有しております故、魔法族基本台帳課のお力を借りたくお声がけした運びです」

 

「そうでしたか。こちらが、名簿になります」

 

 吸血鬼登録名簿を受け取り、今度は魔法を使わずその詳細を細かく見ていく。

 数代続く吸血鬼一族。その歴史の深さこそ血の尊さを示す指標の一つであり、功績も加味すれば融通の利かない検索魔法を使う訳にはいかない。

 竜人が幼い頃から蔵の書物を読み漁って培った独自の速読術が発揮され、十分と立たずに候補者を数人上げる。

 次にやることはその家名の由来、一体どんな功績を積んだかを調べる必要がある。

 それこそプライバシーの侵害に他ならないが、こういった事態だ。致し方ない。

 杖先を自らの鼻先に押し当て深く、深くテント内に満ちる吸血鬼たちの匂いを吸い込む。

 血に刻まれる記憶は匂いとなりその感情を読み取る事が出来る。

 ネズミは匂いで人間の感情を読み取る事が出来ると言う、それに近い技を魔法で再現するだけだ。

 ドロッとした血腥い匂いがガツンと鼻の奥に突き刺さるようで、気分が悪くなるがそれによって得られる微かな経歴の匂いを嗅ぎ逃してはいけない。

 血の香りの中に香る微かな香水の香りは麝香の香り、上質な香水の香りだ。

 家名の深さは金銭的な関りも多くある。この香りを漂わせている者たちの匂いを更に注意深く嗅ぎ、その人となりを調べる。

 思い浮かんでいる感情は三者三葉であり不安を感じている者もいれば、このような待遇に憤りを感じている者もいる。

 しかしその中で最も特異に感じた者がいた。

 恐怖とも取れる覚悟の香りである。こうなる事を初めから知っているかのように感情を鎮めている感情の匂いに竜人はそいつに的を絞った。

 杖を鼻先から外し、まっすぐそいつの元へ向かった。

 

「お前……だったのか」

 

 そこにいたのは──。

 

 

 

 

 

「ふうっぅううううっ。かぁあああああああっ!」

 

 妙な掛け声と共に私は気が狂ったようにひっくり返って神通力の覚醒に切磋琢磨しているが、私の中で眠る神通力は眠れる獅子、伏竜のように呑気にその芽を咲かせる気概すら見えないその感覚に私は最早捨て鉢になっていた。

 巨人やら力自慢やらに私の足頸を掴ませ棒切れの如く振り回せても、覚醒の予兆はこの調子では出てこないと思われた。

 どうやれば、どうすれば天狗と胸を張って言えるだけの力が手に入るのか、先祖、他の涅槃へと至った天狗方々に頭が下がる思いだ。

 彼らは教えを乞う親類もいないのに、涅槃という尊ぶべき境地へと自力で至ったのだ。

 何とも途轍もなく偉大であろうか。私もその血を引いているのだから決してその道を辿れないと言う理由はないが、しかしながら時間があまりにも足りていない。

 

「ふんにぃいいいいいいいっ!」

 

 変に力んでみるが頭に血が上るだけで力みで赤らんだ顔で息せき切らせた私。そんな中で戻ってきた者たち、竜人とその相方、そしてこのヴァルプルギスの事件、ゾディアック事件の犯人かも知れないモノを連れ込んできた。

 

「主は──」

 

 言葉を失ってしまった。その者は。

 

「セウ」

 

「……マイ・フェア・レディ……」

 

 無言で応じるセウに私はキッと竜人を睨んで掴み掛った。

 

「何故にセウが犯人なのだ! この者は無実ではなかろうか!」

 

「ああ、無実かもな。それを証明するために連れて来たんだ」

 

 冷静に言う竜人に私は言い知れぬ感覚に己を苛まれる。

 毛嫌い程ではないが煙たく思っていたセウだが、この者とて美徳はある筈。

 愚者一得という言葉があるようにこの者にも美徳がある筈だ。

 少なくともセウは初めの犯行には関わって──。

 

「────」

 

 よくよく考えれば、セウは私の目の前をちょろちょろとしていたが司祭殺しの犯行の時刻には必ずと言っていいほど私たちの目の前にはいなかった。

 現場不在証明(アリバイ)がないのだ。いや、いやいや、私たちの目の前に居なかったと言う理由だけで犯人と決めつけるのは横暴というモノではなかろうか。

 混乱する私をテント端へと追いやった竜人が、セウを椅子に座らせ向き合う様にして座り、取り調べが開始した。

 

「名前は?」

 

「セウ・ガブリエウ・アイルトン・ロビショメン・セナ。カステロブルーショの学生で、吸血鬼だよ」

 

「ふぅん。ようやく本名の全部を聞いたぜ。ロビショメンの家の奴だったか」

 

 得心が言ったと様子で鼻笑いで応じる竜人。私のそんな様子に解説してくれるように竜人が、今迄聞かなかったセウの家系の事に関して言った。

 

「ロビショメン。ブラジルから古くから住まう人狼狩りの吸血鬼一家とでも呼んだ方がいいのか? 由緒正しい家柄だ。十代以上その系譜が続いているんだってな? 人狼狩りで魔法省と取引したのはなんだ? 魔法族の生き血か?」

 

「そんなことは知らないよ。僕は次男坊だ。家督は兄さんが継いでるんで、そこのところは兄さんに聞いてくれ給え」

 

「ほう、その当のお兄様はこのヴァルプルギスには来ていないようだが。学生旅行とはさぞ金を持っているんだな」

 

「そりゃあ『ロビショメン』だからね。君のような日本の魔法族の耳にも入っているなら、知っているんだろう? 僕の家では魔法族の人血を好んでいる事を」

 

 竜人は意地悪く笑い、背もたれに背を預けてさっさと話せと言った様子に鼻で指してセウを急かせた。

 

「僕が魔法族の血欲しさに司祭を殺したっていうのかい?」

 

「お前が殺したっていうより、指示した、って言った方がいいじゃないか。この事件は複数犯かもしれないんだ。お前が指示して司祭の血を収集して回ってる。って考えたんだよ」

 

「酷い捜査だね」

 

「闇祓いもどきだからな荒は見逃してくれよ。まあ、ここは穏便にお前が犯人かそうじゃないかを調べるには取って置きの相手がいるからなそいつに見てもらえ」

 

 顎で私にセウの心を読めと指示する。

 私は静々とセウの目の前に立った。

 あれだけ騒がしかったセウは神妙にそこに座り、私に対してしつこいまでの求婚をしてこないではないか。

 御縄に付く気なのか、静かに、居直る様子すら見せず私の目を見て小さく微笑んだ。

 

「マイ・フェア・レディ……君に心を読まれるなら僕は幾らでも心を開こう。さあ……」

 

 まさに御用になる事を望んでいるかのようなそんなセウに、私は奥歯を噛み締めて両拳をセウのこめかみに当て羽を広げた。

 黒々とした羽根はすべての闇を吸い取ったかのように漆黒の色ですべてを台無しにする色合い。

 いずこに私の目指す涅槃はある。求めようぞ──見極めて見せるのだ。そしてそれを糧に私は神通力を覚醒させるのだ。

 

「行くぞ……!」

 

 私はそう言い、全身を巡るその力を拳を還してセウの心に集中して。

 そして、深く、薄暗い人の心へと私は踏み入った。

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