アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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学び舎の門

「うあああああああっ!」

 

 バサッ──バサッ──バサッ──。

 巨大なる海燕の背に跨り、私は太平の海を渡る。

 目指すは南方の孤島。南硫黄島。

 身に着けた衣服はいつもの白衣の修行服ではなく、ナウい和的なブレザーで今迄に着たことのない感覚に戸惑いを覚えなくもない。

 薄桃色の外套(ローブ)を羽織り、空の心地いい冷たさを全身に受けて私は笑みを浮かべた。

 これより私の向かうは新たなる風を日本へ呼び込む場所。

 ──魔法処魔法学校。

 そこには全世界の魔道を納める者たちの知識が集約されそして享受される場所。

 神通力にて世界のすべてを知った気でいる私には、外なる知識を得るまたとない機会だ。

 

「行くのだ、進むのだ! 私は新たなる知識を欲しているのだ!」

 

 

 海燕は水面ギリギリを飛んで小魚を取りながら、腹を膨らまし満足げに飛翔する。

 私は神足通で飛べば済むが、神州より硫黄島まで飛ぶのは骨が折れる。

 その反面飛ぶことを生涯の糧とするツバメは疲れ知らずだ。

 いざゆかん。新たなる知識の元へ、新たなる探求の旅へ。

 

 

 

 

 

 七草粥もとうに食べ飽きた頃。春の息吹もまだまだ先の季節。

 私は霊峰の麓、もとい実家の山へと舞い戻った私は生家には向かわず、天狗岳へと足を進めていた。

 着慣れぬ服に戸惑いを覚えながら、登山とはなかなか持って新鮮な気持ちだ。

 そんなこんなで実家の山を登っているが、いつもの雰囲気とは違っていた。

 私と同じ服を着た子供ら、そしてその親御なのか仕立のいい服をきた者たちも四十名ほど歩いている。

 

「毎年、我が山を歩いてくる大所帯は魔法処の者だったのだな。母様(かかさま)

 

「そうよ。分からなかった?」

 

「天狗以外の事はどうでもいいのだ」

 

「相変わらず興味のない事にはホント無関心ね。撫子は」

 

 親子供たちの中でもすいすいと登ってゆく私たちは皆から驚かれている。

 私は高下駄を履いて兎の如くぴょんぴょん岩々を跳ねて登り、母様(かかさま)に至っては歩き難いであろう着物姿ですいすい登るのだった。

 それもそのはずで、何せこの山は私の生まれ育った山なのだからどこをどう歩いて、どこに何が生えているのかも分かっている。

 山頂には遊び相手だった大海燕の集団営巣地となっている。私がまだまだ豆粒烏だった頃は燕どもが人を運んでいるとは露にも考えつかなかった。

 私としては飛んでいけばよいと思っていたが、富文は魔法処の立地的に危ないと言うので仕方なしに海燕に乗る運びとなった。

 

「まさか撫子が魔法処に入学するなんてねえ。空大さんもよく許してくれたわ」

 

 母様(かかさま)は嬉しそうにしていた。

 純血の天狗ではない母様(かかさま)

 本当ならば市政で天狗魔道など知らずに生きていく筈であったが、歳を数え十七の時に父様(ととさま)が天狗総会の帰り和泉の国の空を飛んでいて母様(かかさま)を見つけ、了承なしに連れ去り父様(ととさま)の偉大さと尊大さに母様(かかさま)は絆されそのまま天狗の家に嫁いだ。そんなこんなで母様(かかさま)である為に学校と言う場所の役割を知っており、私を魔法処に入れる事には大変に寛大で寛容であった。

 

「空大さんに習うじゃなくて、別の人からも習うのもいい勉強よ、しっかり学びなさい」

 

「わかったのだ!」

 

 私は高下駄で誰よりも先に山頂まで登った。頭上には大海燕が幾匹も空を旋回しており、我々の到着を待っている。そしてその山頂には若紫色の外套(ローブ)を着た女性が待っていた。

 少し釣り目で山々を睨みつけるように立っており、私と顔が合うと嬉しそうにほほ笑んだ。

 

「早いですね。よくここまで登りました」

 

「当然なのだ! ここは私の庭のようなものだからな!」

 

 胸を逸らして威張り散らす私にその女性は頭を撫でてくる。

 私は鬱陶しくその手を振りほどこうとするがその手は蜘蛛の糸のように頭に絡みついてくる。

 次第にその手付きは執拗に体に絡みつき体をまさぐり鼻息が荒くなってくるではないか。

 

「ふむふむふむ。これが天狗の子ですか。ふむふむ、大変興味深い」

 

「ぬぉう、放すのだ! 変態め!」

 

「もう少し、もう少しだけ……! 天狗と出会えるのは又とないのです! もう少しもう少しだけ……」

 

 まだまさぐり足りないと言わんばかりに体をまさぐろうとするが、母様(かかさま)の姿が見えた途端に手を放し、凛々しい姿に様変わりする。

 

「あら、教員の方? 早く来たのねえ」

 

母様(かかさま)! こやつ変態なのだ!」

 

「いえいえ、探求者として天狗の方を迎え入れるのは大変光栄です」

 

 母様(かかさま)の背に隠れ、そいつを睨みつける私の姿にその女は怪しげな目付きで舌なめずりするではないか。私の背筋に怖気が走る。

 

「こいつ嫌いなのだ……」

 

「もう、初日に何言ってるの。ごめんなさいね。人と関わる機会がなかったもので」

 

「滅相もないですよ」

 

 だんだんと他の生徒たちも天狗岳を登りきり、滑落しないようひと並びとなった。

 女は全員が集まったことを確認してかニコっと笑って話し出す。

 

「皆さん集まりましたね。私は魔法処、魔法動物教諭の鴇野美奈子(ときのみなこ)と申します。天狗岳に登ってもらったのは他ならぬ大海燕との面識を持たす為です、今後はご家庭から通学できますのでご安心ください。それでは海燕との顔合わせの後、魔法処へと皆さまを運び、入学式となります」

 

 みんな息せき切らせている。この程度で息が上がるようではコロリと死んでしまうだろう。体力程大切な寿命を延ばすものは無かろうに。

 私は美奈子を警戒しながら他の生徒の顔ぶれを見渡した。

 どの子供も別段の気配を感じさせない。しかしながら一匹だけは中々の魔道の雰囲気を漂わせている。

 鋭い眼光で整った顔つきの少年だ。親は連れておらず、誰もかれもを見下すような目で見ているではないか。

 悪目立ちするような赤い羽根の耳飾りをしており、何かの証と言わんばかりだ。

 

「さあ、皆さん。海燕に乗りますよ」

 

 空を旋回していた大海燕の一匹が下りてくる。大変大きな鳥だ。

 それもその筈、鳥がこれほどまでに大きくなるのは霊峰の力を大きく受けているからだ。

 私の友の右烏もそうで三羽と魂が繋がっていなかったら本来ならばこのように大きくなるものなのだ。

 石槌山は古くより天狗の住まう霊峰の土地、必然としてこのような大きな鳥も生まれよう。

 一人、また一人と海燕の背に乗り太平洋へと向かって飛んで行く。

 私はどうにも一歩を踏み出せず、学友たちが飛んでいくのを見ているばかりであった。

 

「行かないの? 撫子」

 

「何となく、怖いのだ……」

 

 私は俯いてそう言った。

 あれだけ心を躍らせていたが、いざ目の前に迎えて見ると足元から崩れ去ってしまいそうで恐怖して二の足を踏んでしまう。

 母様(かかさま)は優しく私を抱きしめてくれた。

 

「大丈夫よ撫子。死んじゃうんじゃないんだから、楽しい楽しい夢を見ているようなモノよ」

 

「夢?」

 

「あなたは本当なら立派な天狗になるために学校なんて通えない運命だった。でも、空大さんも了承してくれてあなた魔法処に通えるの、これはもう一生来ないチャンスよ。楽しまないと損だと思わない?」

 

「うむ……そう思うのだ」

 

「じゃあ行ってらっしゃい。胸を張って空大さんのように威張り散らしてね」

 

 私の背を押してくれる母様(かかさま)。私は恐れていた一歩を踏み出して新たなる世界へと向かう。

 ふわふわと柔らかな大海燕の背中に跨り、自力ではなく初めて他人の手を借りて空を飛んだ。

 不安を隠して飛ぶのは、これで二回目であろうか。初めて一人で空を飛んだ雛鳥のような、ビクビクと矮小な私を圧し潰してくる世界に立ち向かわなければならない。

 しかし不安と恐怖。その二つの感情に泣き喚いてしまいたい。だが同時に私の中で一つの感情が騒がしく騒ぎ立てるのだから面白い。

 好奇心と言う感情だ。

 知りたい知りたいと騒いで囃して、不安も恐怖も北風に吹かれる枯れ葉のように吹き飛ばしてくれる。

 私は恐る恐る飛んで、次第にその楽しみを見致したのだ。

 きっとこれもそう。私に更なる楽しみを与えたもうた世界に、私は更なる羽ばたきを得ようと飛んでいるのだ。

 この世界の輝きを余すことなくの手に抱いて、私は悠久の至福を得て涅槃へと向かおうぞ。

 私は手を広げて大きく息を吸い込んだ。潮風の生臭い匂いを鼻孔の隅々まで満たして、未来と言う展望を抱いて胸をときめかせ、歓喜の声を上げる。

 

「うあああああああっ!」

 

 清々しく、頼もしく、それでいて楽し気な声を。

 何人かがこちらを振り向いたが気にはしなかった。これは生まれ変わった私の産声だ。

 皆祝え、そして讃えろ。私は六代目石槌山法起坊、石槌撫子である。

 速く、より速く。高く、より高く。

 大海燕は私の機嫌を取るように空を舞い飛翔する。

 小一時間ほど飛んだだろうか。白雲の冠を被る絶壁の孤島が見えた。

 南硫黄島、あそこの頂上に私の新たなる世界が待っている。

 燕は上昇して、そして雲の冠の中へ突入した。白く烟る視界の中、肌寒く冷たい空気を押しのけて開けた光景は──桃源郷であった。

 城とも、寺院とも見て取れる翡翠色に輝く見事な造りの大講堂が薄い霧に隠れかくも美しい。

 他にも羊脂白玉の建物。瑪瑙で出来たの観音堂。玻璃を(ちりば)めた天文台もある。

 ここぞ日本の誇る魔道の知識を集約させた場所、日本の魔法使いを一人立ちする入口。

 魔法処(マホウトコロ)魔法学校。

 

「美しい。まさしくここは時輪タントラに伝わるシャンバラじゃ!」

 

 私はその荘厳なる光景に声を上げずにはいられなかった。

 海燕は学校の縁、海燕の休息地へと降り立った。

 幻想の世界にため息を付いてしまいそうなほど美しい光景。私はその場で舞を踊り出してしまいそうなほど惚けてしまっていた。

 

「皆さん、ようこそ。魔法処へ。校長がお待ちだミぃ」

 

 不意の声に新学生の皆が足元を見た。そこにいたのは丸々とした子猫のような子犬のような、みょうちくりんな生き物。

 ふさふさと毛並みの良さそうな毛並みが蒲公英(タンポポ)の綿毛のように柔らかそうに風に靡き、くりくりと可愛らしい目がこちらを見上げていた。

 気配からして妖怪。この見た目で人語を返す事の出来る妖怪は限られる。

 

「おいらは脛こすりだみぃ。魔法処の案内役だみぃ」

 

 女子は可愛い可愛いと声を上げて今にも飛び掛からんと言った様子であったが脛こすりはいち早くそれを察知して崖の上へと転がって逃れる。

 

「早く、魔法御殿でくるんだみぃ。みんなお待ちだみぃ」

 

 そう言って皆を引き連れ脛こすりは転がりながら進み始める。

 柔らかに生い茂る草花の香りが神聖な学び舎に安らぎを与え、しんと静まり返るこの場は如何に由来のある場であるかを示しているようであった。

 魔法御殿、翡翠造りの大講堂。重厚な大門が開きその内へと私たちを向か入れた。

 石造りと木造建築のいい所を取り合わせた近代の日本の雰囲気を顕著に表した造りをしている。

 和洋折衷の、幕末の新風の影響を特に受けた造りをしており日本の新たなるものを取り入れその中から新たなるものを作る姿勢を体現しているようであった。

 魔法御殿には既に全教員、全生徒が集まっており講堂内で座っていた。

 私たちはその人の壁は海を割るが如く開き私たちを迎え入れた。

 脛こすりはその間を転がり進み、私たちはそれに続いた。

 

「…………」

 

 言葉を失ってしまうほどの厳格さであったが、しかしながら生徒の中に妙な個性があることに気が付いた。

 生徒の年齢が上がるにつれ、外套(ローブ)の色が、薄桜、黄、赤、青、紫の順に変わっている。

 そして年齢、外套(ローブ)の色問わずバラバラに何かしらの統一色の装飾品を身に着けていた。

 赤い羽根の耳飾りを付けた輩、緑の梵字(サンスクリット語)の腕章を付けた輩、黄の古代神聖幾何学の首飾りを付けた輩。

 統一された集団(コミュニティ)としての象徴なのだろうか。

 私たち新生徒の中でもよくよく見ればちらほらとその象徴を身につけている者がいた。

 最前へと出た私たち、並び立つ教員の中から見知った顔が声を上げた。

 

「よくぞ参った。魔道の門を叩きし若人よ。私はこの魔法処魔法学校を預かる長、団三郎芝右衛門太三郎(だんさぶろうしばえもんたたさぶろう)である」

 

 校長挨拶の開幕であった。

 教員の外套(ローブ)は皆特徴的な色合いで、櫨染のモノから灰桜、猩々緋のモノまで個性豊かであった。

 その中でも団芝三の色は群を抜いて奇抜で、白金の外套(ローブ)は誰よりも目立っていた。

 

「君たちが今立っている場は日本の魔法使い魔女にとっての登竜門、魔法処の門は等しく平等な門であり学びを乞うものには知識を、技を乞うものには力を授ける平等な天秤だ。努力によっては偉大なる魔道を学ぶ、悪しきを極めれば外法の主となろう。しかとそれを理解し学業に励むのだ! 若き魔法使いたちよ」

 

 生徒たちが拍手の賛美をする。その中で赤い羽根の耳飾りの輩だけは手を叩いていなかった。

 

「さあ皆のモノ、教室へと戻り勉学へ励むのだ」

 

 新たなる世界。私の心は学びえる事を存分に吸収して貯蓄しよう。

 ここで、魔道の極めて同時に神通力も。


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