アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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微かな道筋

「捜査方針もこれで少しは固まりそうですね」

 

 竜人は、今迄のゾディアックの捜査資料と、スキャマンダ―夫人が独自捜査を行っていた手帳を見比べながら薄気味の悪い微笑みを浮かべていた。

 

「彼女が本当に心を読めてたら、でしょ?」

 

「あれは間違いなく読めてますよ。なんせ……マジモンの天才天狗ですから」

 

 謙遜や誇張なしに石槌の神通力の才能は群を抜いている。

 話を聞けば十歳そこらで空を飛び、多くを聞き取り、他の心を読む。前例がない位の才能だ。もはや天稟の部類だ。

 それだけ石槌撫子の神通力の覚醒速度は目覚ましい。それ故に魔法のみならず『神秘』と言える力に興味を示す竜人にとって石槌はいい観察対象であり、他と比べてもそれは明らかな事実だった。

 ならば今回、ロビショメンの次男坊セウの心を読んだ内容は間違いはなく、読んだことで詳らかになったセウが見聞きした心の記憶は疑いようのない真実を示している。

 その結果として今回の事件は『ゾディアック』と名乗る犯人は一人であり、その背後に緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)の陰があるのは確か。

 ゾディアックを先に追うか、緑龍会を先に追うか、まさしく『鶏が先か、卵が先か』の問答の様に因果性のジレンマを孕んでいる。

 ゾディアックを捕らえたとしても、緑龍会はゾディアック尻尾切りの様に扱い彼らを捕らえる事は儘ならないだろう。

 緑龍会を捕らえようとすれば、ゾディアックは更なる凶行を露わにすること請け合いだ。

 まさしくジレンマだ。

 

「そうであっても手掛かりは何にも無いに等しいわね」

 

「少なくともゾディアックやその背後にいる連中は吸血鬼ではない、それが分かっただけでも御の字でしょう」

 

 吸血鬼ではなく、その実力は闇祓い級とくれば大方絞り込めてくる。

 魔法省職員も容疑者の中に含めればかなりの数に膨れ上がるだろうが、今回はそれは除外するとして、このヴァルプルギスにそれだけの魔法力を持った者が一体どれだけいよう事か。

 それこそ片手の指の本数もいないだろう。

 今後も12人の司祭を狙い続けるのならその周りをウロチョロする該当者を取り押さえればいいだけの話。そのあとの事など竜人のあずかり知るところではない。

 第一な話でここは陰陽寮、日本魔法省、六波羅局の管轄する地域ではない。海外だ。

 それを非常事態として竜人たちが駆り出されこうして奔走して、容疑者を確保までするのだからそれは十分といった手柄だ。

 容疑者の行く末など知った事か。拷問なり磔の呪文なり好きなだけ竜人()()の人間が掛けて口を割らせればいい。

 六波羅局お得意の『結果丸投げ』に徹するに限る。こうすることで己の手を汚さずに済む。

 無責任、徒疎かで神風主義的ないい加減さを是とする局ではあるが、しかしながら今回は又それとは別である。国外活動など早々にない。

 今迄燻っていた男ならではの出世欲的な手柄欲しさに眼が眩み掛けている竜人。それを己自身嫌というほど自覚しているが、今迄の、長年六波羅局勤めに嫌気がさしていないと言えば嘘になり、手柄への欲があった。

 欲を掻けばそれだけ視界を曇らせる原因になるのは重々承知しているが、初めての国外捜査、そして禍祓いと同等の権利を与えられた竜人に尊大になるなと言う方が無理からぬこと。

 しかしながら捜査も疎かにすることべからずである。

 欲を掻いて失態を晒すなど竜人の色ではない。気を引き締める。

 

「……さて、次の捜査方針でしたね。やることは変わりません。残りの標的になりそうな司祭を護衛します」

 

「と言っても、もう相当な警備が敷かれている」

 

「と言っても闇祓い(オーラ―)であっても人の子です。必ずどこかしらに隙が生まれる筈、ゾディアックはそこを見逃がさずに突いてくるでしょう」

 

「隙の生まれやすい司祭を選別するの?」

 

「ええ、闇祓い嫌いの司祭は何も繍司祭だけの特権ではないですからね」

 

 司祭たちの経歴はその有名さも相まって手に入れるのは容易であり、すぐに調べに掛った。

 該当者は12人中10人、タイニー司祭は除外しても構わないだろう。

 10人の功績を調べれば舌を巻くような偉業を成し遂げているモノばかり、数字の魔術的特性を調べ上げた者、数多くの予言を残してほぼ全てを的中させた者、魔法力の物体化を成功させた者など。

 その偉業の功績たるや語り出せば切りがない。しかし今竜人が欲している情報は功績に関してではない、経歴だ。

 少なくとも周囲闇祓いの警備に穴の開きやすい人物、その過去を夫人と共に調べ上げる。

 

「ロドニー司祭はどうかしら? 過去に何度も闇祓い試験を受けている」

 

「警備を遠ざけるには持って来いの人物ですね。過去は着える事無く付きまとう呪いですからね」

 

 スキャマンダ―夫人の渡してきたロドニー・マルトゥス司祭の経歴に目を通す竜人は、確かにこの人物は狙われるには最適と言えるがどこか、迫力に欠けるような気がした。

 人物的雰囲気の迫力ではない。殺した時の宣伝効果とでもいうのかその影響に大きく響く人物とは思えなかった。

 もう一つの資料に目を通す。

 ヨハネス・アーレント司祭はそう言った面では殺されるには大きな宣伝効果が見込まれる。

『音楽魔術の申し子』とまで呼ばれ、このヴァルプルギスの四日後に大檀上で大きなライブを行う予定である。

 アーレント司祭をもし、観客の目の前にその亡骸を晒すとなれば一体どれだけの恐怖が伝染するか。

 いやしかし、彼女の場合は闇祓いへは穏健派として知られむしろ警備されて嬉しそうであると言う、穴という穴は存在しないように思え、候補から外そうと考える。

 他の6人を見て見るが功績ばかり輝かしく経歴は平々凡々というに当てはまる者たちばかりで死の直面であると言う場面では身も守られたくあるらしく警備が万全である。

 暫定的にだが、ゾディアックがやはり狙いやすさという安牌を引く犯罪傾向であれば、マルトゥス司祭が狙われるだろう。

 

「狙いやすいはマルトゥス司祭だけでしょうね。確定して狙われる訳でなですけど、警備しましょうか」

 

「なんだか後ろ向きな言い方ね」

 

「僕のお役所柄でしてね。お許しを」

 

 意地悪く笑って見せる竜人に苦笑いの夫人と共にマルトゥス司祭の元へと足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

「そうくっ付くでない。セウよ」

 

「……済まない。マイ・フェア・レディ……もう少しこうしてていいかな……」

 

 私を抱きかかえるように抱き着いて離れないセウに私は苦々しく不貞腐れたような顔でいた。

 私の頭皮の香りを鼻孔の隅々まで満たす様に鼻を押し当て深く深くその匂いを嗅ぐセウに、本当ならばその腕を振り解いて、その顔面にグーパンチを喰らわして逃げて行くところであったが、今日の所はそれも許してしまうほど、彼に寛大になっていた。

 

天使(エンジェル)と同じ匂いだ……マイ・フェア・レディ……」

 

 赤ん坊の甘く軽やかな匂いに顔を綻ばせているかのような表情でセウはその泣き腫らした目元を私の髪にこすりつけてくるようであった。

 この者の過去とその感情、それを触れてしまった私はそれを袖にするようなことは出来なかった。

 破天荒を装いながらもその傷つき腐り続けた朽ちかけんばかりの心を抱え続けたセウには平伏の思いだ。

 あれほどまでに、こんなにも今も私の心に残る悲しみの感情はセウの心に触れた残滓であり、彼の心の記憶に触発された感情だった。

 セウの家系、『ロビショメン家』は魔法界でも屈指の通り名であり、その人狼狩りの実績の高さたるや、最早狼人間を根絶せんばかりの破竹の勢いである。

 それだけに優しい心を持ったセウには酷な家系に生を得たと悔やむべきかな。

 血は水よりも濃いと言われるように、血の繋がりは決して切れることのない(まじな)いだ。

 私を幼子がお気に入りのぬいぐるみ人形を抱きかかえるが如く強く抱きしめてくるセウに、そろそろ良いのではないかと優しくその手を払った。

 

「セウよ。もう落ち着いたであろう? もうよいのではないか?」

 

「うん。ありがとう。マイ・フェア・レディ」

 

 私から距離を少し取ったセウにどこかよそよそしさのようなものを感じながら私たちはあてどなく、どことなくヴァルプルギスの会場を流れていた。

 あまりにも私がセウに優しく接し過ぎたのか、それともただ単に気恥ずかしくなったのか。

 セウは赤らんだ顔を私の顔と合わせないように逸らすが赤みは耳まで及んでいる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 沈黙の合間に私まで気恥ずかしくなってきた。いつものように場違いなまでの騒ぎたてをしてくれたのならこのような気恥ずかしさはなかった。

 私たちはただ人混みに流されるままに歩きそして、ヴァルプルギス会場の中心の燃ゆる魔法の大樹近くに設営された大檀上へと流れついていた。

 あれ、ここは音楽を嗜む者たちの場であろうとそこを見渡した。

 国際色豊かな見た事もない楽器を持った者たちでごった返して、あちこちで様々な音色が聞こえてくるではないか。

 激しく荒々しい音から物悲しく静けさに沈む音まで千差万別、しかしながらその音色には弾き語れることへの感謝とも取れる気配を感じ取れた。

 そんななか。

 

「撫子ちゃん!」

 

 ドンっと、背中に抱き着いてくる者がいた。

 背に感じるたわわに実ったのの柔らかな感触と、まるで大型犬に覆いかぶさられているかのような感覚は勝手知ったる友の仲だ。

 

「おお! 綾瀬よ。いつぶりだ?」

 

「たったの数日だよ。もう、どうしちゃったの?」

 

 にこにこ笑顔の綾瀬に少しほっとした。

 この笑顔を見るとようやく平穏な日常へと戻ったような気になった。

 今迄がおかしかったのだ。大体において、いくら天才天狗である私であろうとも学生を人死にの事件に関わらせる竜人の精神がおかしいのだ。

 そう思うと沸々と湯が沸くが如く怒りが込み上げてくるようであった。

 これが終わったら一体どんな目に合わせて見せようか。約束の事もある、奴の手綱は私が握ったようなものであるとフンスと鼻を鳴らして私は胸を張った。

 そんな中で綾瀬が静かに私の耳元で耳打ちしてくる。

 

「吸血鬼の彼、まさか仲良くなっちゃった系?」

 

「ぬ? セウか? 違うのだ」

 

 私はかくかくしかじかと今迄の流れを説明し、セウの心の内だけは聞かせぬように配慮して話した。

 

「えぇ! そんなことに巻き込まれてたの?」

 

「うむ。何とも迷惑千万な話である。しかしながらこれにて竜人に一度だけ何でも言う事を聞かせることが出来るのだ」

 

 得意気に私は意地悪な顔をして見せた。

 今迄の私と竜人の仲を知っている綾瀬は仕方ないといった感じに笑って見せた。

 私たち二人はリハ中の白虎煉丹のテントに向かった所で、背後で立ち止まって動こうとしないセウに私は振り返った。

 

「何をしておる」

 

「いや、マイ・フェア・レディ。友達と一緒なんだ。僕は邪魔じゃないかい?」

 

「何を言っておるんのだ。さっさと来るのだ。一人よりも二人、二人より三人だ」

 

 何より殺人鬼がうろついているのだ。大人数でいるに越したことはない。

 そんなことを考えている私であったがそれはそれとしてセウの顔は明るくなった。

 白虎煉丹がリハーサル中のテントは思い思いに演奏に興じる生徒たちで溢れかえっていた。

 ギターにドラム、ピアノに三味線、琴に神楽鈴など和洋折衷のそれに私は少し驚いた。

 白虎煉丹の部長曰く、ヴァルプルギスの最終日に演奏を行い、そして演奏で日本の悪い歴史を少しでも明るくしたいと言うのだ。

 良い心掛けだ。銀醸も授業で日本は世界大戦で大いに過ちを犯した。

 それの償いというには小さなことであるが、小さきことでも積もりに積もれば山となろう。

 

「綾瀬はどれを演奏するのだ?」

 

「私? 私は神楽鈴と舞の担当だよ」

 

 日本の舞踊、歌舞伎に能に全てを取り込んで日本がいかなる国であるかを知らしめんと皆が切磋琢磨していた。

 音楽とはまさしく魔術である。言語は無くとも、音に乗せられる感情は直接他人に届ける事が出来る。

 音を楽しむ即ち音楽であり、それの術はまさしく魔法だ。

 現に音楽魔術というモノが存在し、音にて人心や行動を操る術がある。

 大衆を操る術で、魔法界の大人数の只人への露見が起こりうる可能性があった時に使われる術だ。

 あまり脚光を浴びない魔法であることは確かであるが、その歌声は人々を魅了するに余りある美しさがある。

 それ故にこの度のヴァルプルギスの12人の司祭に『音楽魔術の申し子』とまで呼ばれマーリン勲章勲三等を得た者がいる。

 

「ちょっと失礼! 君たちが日本の?」

 

 そう大声でテント内に入ってきたのは、噂をしていればだ。

 当の『音楽魔術の申し子』、ヨハネス・アーレント司祭が大人数の闇祓いを引き連れて現れたのだった。

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