私はグレップ・ビー・フレッズという薬屋に訪れ、目的とする素材を入手しほくそ笑んだ。
青年の言う通り、紛い物を取り扱っていた所に比べ本物が二ガリオンも安く手に入った。私の小遣いで事足りる価格帯で懐にも優しかった。
何でもグレップ・ビー・フレッズの店主は大変珍品とされる魔法薬の材料を手に入れる事に眼がないらしく、二角獣の角の粉末や毒ツルヘビの皮の千切りなど眼中になく投げ売り価格で売っていた。
大目玉だと言わんばかりにテント店内でデカデカと書き殴られた謳い文句に『無限の知性を得るルーンスプールの卵』、『無限のバイタリティーを与えるリーエムの血』などとのたまいまず市場に出回ることのない素材をボッタくり価格で売っていた。
ルーンスプールの卵が1000ガリオン、リーエムの血は2000ガリオンと破格の平民の金銭感覚では想定もしないような値段に我先にと気の違った魔女魔法使いが群がり、まるで魔法品オークションのような様相を呈しているが、オークションと違って一つの品を競い合って奪い合うのではなく潤沢に商品を仕入れているのか殺到する客をさばいていた。
客たちの噂ではこの店主が買い占めているからこれらの品が市場に出回らないのではないかとひそひそと噂話に花を咲かせていた。
当たらずしも遠からずの噂話であるが、それでも末端の品まで品質が保証されているのは評価に値する。
「さて、これで素材はすべて揃ったのだ!」
胸を張って私は一人でやりきった! と自分を褒める様に威張り散らす様に肩で夜の風を切るようにズンズンと歩みを進め薫の待つテントへと足を進めた。
薫がポリジュース薬なる物を調合している所はここより南、
薫も薫で何やら買い物をすると言ってヴァルプルギスに出撃している為に不在であろうと思うが、しかしながら一夜を外で明かすほど脇の緩い女とは思わず、まっすぐ帰ってくると思われた。
私は様々な見世物に視線を奪われながらヴァルプルギス会場を南進していく。
本来ならばゾディアックさえ出現しなければこの会場も大変楽しいだけの婚姻の場であったであろうに、不逞の輩もいる者だ。
いったい何を目的としているのか。連続して襲われる司祭たちも馬鹿ではなかろうと思われ魔法の腕前もそん所其処らの魔法使いなど赤子の手をひねるものであろう。
それでも司祭は殺されその体に残された犯人からの意思表明とでもいうべき自己紹介。
まったくもって救い難き悪鬼の所業だ。
人類に措いて三つの禁忌の一つとされる殺人。それを自ら進んでやる者の気が知れない。
元より知る気もないが、その精神は如何に強靭な、いや、壊れている事か。何を目的としてそれを行っている。何をやり甲斐としている。
今回はそれらすべてが不明であった。
何はともあれ、私及リリーとセウ、マローダーズがやるべき事と言えば今世紀最大になるであろう悪戯の下準備だ。
「おい! そんな所で酔い潰れるでないぞ。……まったく学生の身分であろうに」
日本魔法界の飲酒の法令は只人と同じで
飲酒の法令自体はあるが実質的な形骸的な規則であるがために日本国内でもあまり守られていないのが実態だが、規則に帰順することに前習えの日本人的気質から親は子供の飲酒にあまり良い顔をしない事が多いい。
親の目も離れ、日本の法令に縛られないモノたちはまさしく自由を手に入れている。
故に無限に羽を伸ばせる為にこのように潰れるモノも多くいる。
掃き溜めかと思うほどあちこちゲロを吐き上げる生徒たちでこのテント群周辺はどこか酸っぱい匂いが充満して、
さて、目的とする『806』の番号の振られたテントの布を捲って入るとそこはまさしく異世界だ。
外観は安っぽいぼろ布を継ぎ合わせた小さなテントであったのにも拘らず内装はその小ささには不釣り合いな広さと豪華さを誇っている。
エンマ荘と同じ、検知不能拡張呪文によって空間を拡張され想像以上の絢爛さを発揮しているのは藤原薫持参の自前のテントでそれに合わせ彼女の趣味に合わせて内装は飾られている。
そこかしこにある明らかに盗撮したアングルで取られた竜人の写真、和的な雰囲気にも拘らず西洋的な見慣れた魔法薬学の大鍋や吊り計りがあり、そしてその和洋折衷の混在した中にどこかケミカルチックとでもいうのか魔法界には不釣り合いなフラスコや試験管やら、なにやら化学用品に溢れている。
「
弾んだ声で私を呼ぶ声はリリー・エバンス、国外で初めてできた友、ホグワーツ生徒であった。
私より一足先に材料を手に入れたのだろう、手に持った紙袋には私と同じ香りを漂わせる魔法薬素材が詰め込まれていた。
「なんだよ。俺達が三番手か」
シリウスとピーターがテントに入って来て、その後にセウとリーマスがやってきた。
みな不思議そうに薫の集めた化学用品に目を輝かせてテントの中を見て回った。
どういう風に使うのか妙にねじくれて渦を巻く瓶や電子計り、注射器やアルコールランプなどが正確にキッチリと隊列を成し、まるで今まさに戦場に向かわんとする軍隊のように燦然とした並びを披露していた。
触ることも憚られる様にあまりにもキッチリと並べられているので私たちは手に持って触ると言った事はなかったが、持ち主である薫がいれば間違いなく質問攻めが待っているだろうと思われた。
皆が薫の帰りが待ち遠しいといった様子であった時、最後の材料調達係の一人のジェームズが戻ってきた。
「も、戻った……」
ジェームズの青ざめたような顔に全員が不思議そうな顔をした時、私とセウ以外が同じように青ざめた顔をして、その背後にいる者の顔を見ていた。
その者は土気色の顔色は僅かにだが興奮の色が見て取れ、してやったりといった様子でその特徴的な鉤鼻を得意気に突き出してジェームズを睨んでいた。
シリウスがまるで親の仇のようにその者の名前を呼んだ。
「スニベルス! 何しに来た!」
「俺はスニベルスではない!」
その青年は吼えて反論した。
ジェームスの背に隠れてはっきりとは見えなかったが、何かを背中に突きつけられているようでそれは間違いなく杖であろうと思われた。
「俺はセブルス・スネイプ。半純血の
「何がプリンスだ……」
小さな声でリーマスがそう言い嘲る。
高慢なその態度は私に店を教えてくれたそれとはまったく違い、まるでまるで人が変わったような剣呑な雰囲気を漂わせているではないか。
「そこの日本のが妙な魔法材料を探し回っているのが疑問に思って後を付けて見ればこれだ。全く持って嘆かわしい。事もあろうにポリジュース薬を作ろうだなんて何を考えているんだか」
高説を垂れるような説教口調のセブルスは皆を見下したように睨みつけ叱りつけるように言った。
リリーが一歩前に出て説得を試みようとした。
「セブ! やめて。これは大切な事なの」
「大切? 何が? 魔法薬要項第657条、ポリジュース薬を用いた擬態で擬態元の者の同意なく擬態することを禁じる。知らないかったのかいリリー。こんなやつらと絡んでいると馬鹿が移るよ」
聞く耳を一切持たない様子であった。
セブルスは私たちが煎じようとしている物まで見事に見抜いている様子であり、ほとほと馬鹿げた真似をしようとしていると呆れ交じりの顔でリリーの悲し気な顔を慈しんだ。
何故ポリジュース薬を作ると想像が付いたのか。
それは簡単な事で私と出会った時、私が二角獣の角の粉末と毒ツルヘビの皮のベーコンを同時に探していたからだった。
単品でそれらの材料を見ればどれにでも使われるものだが、それらを同時に使うとなれば調合される魔法薬は限られてくる。
そしてマローダーズとの諍いを彼は知っているようでそれも原因となり、マローダーズとの何かしら関りがあると踏んでいたのだ。
その予想は外れる事無く的を獲て、ジェームズの後を付けた結果、ここに辿り着いたのだ。
ジェームズを杖で脅し、私たちの馬鹿げた悪戯を阻止するためにこうして現れたのだ。
「この事はマクゴナガル先生に報告させてもらう」
「それは待ってくれ! スニベルス。悪い事をしようとしてるわけじゃない!」
振り返ったジェームズがスネイプに詰め寄って食い止めようとするが、呆れた顔と声でスネイプは応じた。
「さっきも言っただろう……俺はスニベルスではない!」
まるで成長しないペットの躾のようにジェームズの顔にパンチを喰らわせるスネイプ。
リリーが小さな悲鳴を上げて、男たちは今にもスネイプに飛び掛かって取り押さえようと身構えているではないか。
ボトボトと鼻から血を流しそれを手で押さえて立ち上がるジェームズは断固として意見を曲げようとしなかった。
「これは大切な事なんだ。頼む、スネイプ」
「頭が悪いな。それだからお前は高慢で強情で、救い難い」
「なんと言われようといい。俺は確かに高慢で強情だろうさ、でも、これだけはやり遂げないともっとひどい状況に俺たちは追い込まれることになる」
「もっとひどい? これ以上どう酷くなるっていうんだ?! お前たちは俺を蔑んで楽しんでいる。それだけで俺にとってはひどい状況だ。どう悪化するって言うんだ!」
「確かに悪かった。反省している」
「口先ではどうだって言える。……やっぱり育ちの悪い芽は刈り取らないと──」
そう言い杖を振り上げたセブルスだったが、私たちの悪巧みへの悪巧みはそう巧くはいかなかった。
まるで散歩から帰ってきたような足取りで息を殺してスネイプの背後を取っていたモノがいた。
薫だった。
スネイプが杖を振り下ろそうとした瞬間にバチバチと嫌な音が聞こえ、スネイプは全身を痙攣させ白目を剥いて泡を吹いて倒れるではないか。
皆何事かと薫を見ると、その手に握られているのは只人の護身用道具のスタンガンではないか。
強烈な電撃を喰らわせるそれを更に改造を重ねて最早命の危機に身を守るには過剰な威力を持ったそれを平然とスネイプに喰らわせたのだ。
日本の魔法使いならではだろう。電気用品にめっぽう弱い魔法族の中でも機械音痴程度の日本魔法族特有の科学と魔法の融合が成しえた技だ。
「これはいったいなんですの? 大きな粗大ごみは私のテントには必要ありませんわ」
そう言って薫は魔法処生徒が吐き上げたゲロ壺の中へスネイプを放り捨て、我が物顔でテントに入ってくるではないか。
あの一部始終は目撃しているようであったがそんな事この女にとっては小事の事この上ないのだろう。
スタンガンを定置に置いて、もう一方の手に持ったゲロの溜まったバケツを机に置いて、フラスコやら試験管やらを何やら配置し始めた。
「さて、楽しい楽しいケミカルクッキングですのよ」
今迄魔法処で習ってきたような魔法薬の定石からはまるで外れた調合は開始されるではないか。
遠心分離機が軽快にモーター音を鳴らし、アルコールランプが何やら溶液を熱している。
見た事もないような薬の調合法。これは薫が辿り着いた魔法族と非魔法族の英知が結集された結果の有機化学魔法とでもいうべき新たな分野とでもいうべき領域だった。
魔法薬の摩訶不思議な現象を、有機化学の分子と呼ばれる人間身体に作用する物質を創造し、何時間と煎じる事や、様々な材料を投入しすると言う事を撤廃し徹底的に効率化する。
本来であるのならばポリジュース薬を調合するにはそれ相応の時間がいる。
最低でも一ヶ月は懸かると言われているポリジュース薬であるが、彼女の手に掛ればこれ不思議──ものの三十分で作り上げるではないか。
「疾患や障害を治す薬ではありませんことよ。ポリジュース薬は所謂ドーピングに近い、細胞の染色体から一時的に書き換える物質さえ創造できればお茶の子さいさいでございましてよ」
そう言って七本の丸底フラスコに
そのゲロの吐いたものは何を隠そうアーレント司祭の物であり、白虎煉丹で吐き上げたあのゲロバケツであった。
「ポリジュース薬は擬態元の細胞が必要ですわ。原理で言うのならゲロもアーレント司祭の胃液が混じってますから効果は同じですわ」
皆が渋い顔をしながら丸底フラスコを持った。
真っ黒い色のそれが、色鮮やかな緑色に変わり外見も匂いもまるで飲料物とは思えない見た目であったが、もはや引き返す気は起きない。
願うのは薫流の調合で生まれたこの薬が本来のポリジュース薬同様にアーレント司祭に変身できるかだ。
私、リリー、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター、セウは顔を見合わせてフラスコを打ち鳴らし、乾杯の音頭を取った。
『楽しい悪戯を!』
仕事の都合で投稿が一週間に一回となります。ご了承願う事平にご容赦ください。