姿を晦まして、人混みの中を歩く者は更なる獲物に的を絞っていた。
九人も獲物がのさばっているのだ。選び放題、より取り見取りだ。
数多いる獲物の中でもより質のいい、恐怖を伝播させるのに適した人物を選び出し殺す事が今何よりも姿を晦ます者にとって重要な事である。
恐怖の伝道者と言っても過言ではない。死という確定した恐れを語り実行して見せる指導者、それがかの者の『ゾディアック』の表現方法であった。
我々を陰に追いやったノーマジ達へ、そして蒙昧無知な魔法族たちへ真実を突き付ける時は来た。
ならばやる事と言えば一つだ。世界の真実を同胞の前へ報せる事こそゾディアックが
過度な純血主義など自由な魔法行使を求める魔法族には不要。必要な事は広く魔法の存在をノーマジに報せ己らの愚かさを身を以て教え、陰に隠れる我々が自由に表の世を闊歩する自由な世界を求める思想こそゾディアックの行動原理だった。
古き世の滓の如く後世まで生き残ってしまったゾディアックは今まで数多く暗闇の中からノーマジに魔法族の存在を報せてきた。
アメリカ社会で
なぜ我々が隠れ潜まなければならない。何故我々が考慮しなければならない。
我々の数が少ないからか? 我々が迫害の対象だからか?
まったくもって嘆かわしい、我々は優位にあることを知るべきだ。ノーマジなど取るに足らない言語を解する猿であると言う事を知るべきだ。
全ては我々が隠れるべき謂れはない。あるのはただ我々がここに存在していると言う事実だけ。
事実を隠すことなかれ、真実は真実として世界は正しく認識すべきなのだ。
魔女裁判が起こるのならそれでも良し、世界が快く受け入れたのならなおの事良し。
どちらに転ぼうがゾディアックにとって追い求めた結果なのだ。
純血思想でもなく、選民思想でもなく、只ある真実をこの世に露わにする事だけに邁進する。
かの御前の如く、雄々しく勇敢に正義を振りかざした偽善者たちに立ち向かったあのお方のように──。
すれ違う闇祓いの一人にゾディアックは目を惹かれ立ち止まってそれを見ていた。
若い青年、いや少年というべき年頃の子供を引き連れた女、ポーペンティナ・ゴールドスタイン。
あの忌まわしきニュート・スキャマンダ―とアルバス・ダンブルドアを引き合わせた忌まわしい女。
「────」
声にもならない悲鳴を上げそうになりながら、憤慨を抑えるべく顔に爪を立てて掻き毟り、皮膚を引き裂いてゾディアックは苛立った。
あの女が余計な好奇心を持ったがためにあのお方は御城であるヌルメンガードへ幽閉され、生涯をそこに繋ぎ留められてしまったのだ。
この場で縊り殺してやりたい位だ。
徹底的に嬲り、磔の呪文を掛けられた方がまだマシな程に痛めつけてやりたい。
そんな薄汚れた復讐心に舌先をチロリと覗かせ下唇を舐めた。
復讐心より賜りし興奮より溢れ出る涎の洪水を抑え込んだ。舌は御前より賜りし舌でありこの舌こそ真に仕えるモノを示す指標。
蛇の舌のように先が二又に分かれたその舌は魔法によって生えたものでありこれによって、ゾディアックは魔法使い足りえている。
この恩に報いるには御前が成し遂げようとした偉業をゾディアック自身が継いで成す事しか報いる方法はない。
報復も、切望も、全て同時に果たそう。それがゾディアックが望む結果であった。
ゴールドスタインが自身の手では手に負えない事もあると自覚させること事が今迄に起こしてきた犯行の数々であった。
ノーマジの無辜の恋人やタクシードライバーを殺し、大統領を暗殺し、その手が血で塗れて乾ききらぬうちに更なる鮮血でさらに手の平を赤く染めて遂にはどす黒く赤みを帯びたその手で死をまき散らす。
「──悪魔と捧げる、我が人生。魔王たるグリンデルバルドに祝福を」
姿なきその姿で囁き笑うゾディアックの笑顔は奇妙に拉げて人間が浮かべるにはあまりにも醜く不気味であった。
頬が裂けていると思われてもおかしくない程に頬を釣り上げて、その目に浮かぶ感情は無機質。
悪魔の名前を拝命するに値する奇奇怪怪の顔色はまさしく狂気のみが成しえる笑顔であった。悪意の激情、病的な信仰心が彼の存在全てを突き動かしていた。
狙い済ませた獲物を目の前にした肉食動物の如く、静謐でいて昂るその相反する矛盾した感情の渦を肯定して更なる獲物にその牙を立てようぞ。
会場中をまるで藪を進む蛇の様な目線で進むゾディアック。
獲物はより多くに恐怖を与えるに相応しい人物でなければ。
仕留め損ねたタイニー司祭にするか? いや待て、あれは名声だけの男。殺したところで出汁すらとれぬ出汁殻である。
ならばロドニー・マルトゥス司祭を惨殺して見せようか。
彼ならば多くの予言を残しその的中率は七割を越え、占い学を習うモノならば信奉する者も数多くいる事だろう。
しかしながら特定の学問に秀でたモノを殺すことほど広く恐怖を伝播のに不利な事は無かろう。それこそ一集団でのひと時の話題にしかならない内容だ。
ならばより多くの人間が知る人間を殺す事の方が大切だ。
慎重に選ばねば。殺す事数多い事喜ばしき子となれど数を重ねるごとにその困難はより多くなるもの。
今まさに闇祓いが総出でゾディアックを探し回っているのだ。
この身に纏う拾い物の宝具である『透明マント』もいつ効力を失っても可笑しくはない代物。より迅速により正確に、恐怖を広げる事が望まれる。
ならばどうすべきか──。
「──はァぁ……」
ふと目に入ったのは司祭の一人だった。
──ヨハネス・アーレント司祭。
嘘みたいに薄汚れた服を身に纏い、司祭服を脱ぎ捨てて走り回っているではないか。
その眼に映っている感情はクリスマスでツリーの前に山と積まれたプレゼントを目にした子供のように無邪気に諸手を挙げているようではないか。
かの司祭。その者は音楽魔術の申し子とまで呼ばれ、魔法省では日の当たらない術であるが音楽という人間の深層に巣食う本能を揺さぶる技である為により多くに知られている。
ちょっとしたアイドルとでもいうべき彼女は吞兵衛としても勇名を馳せ、この世の酒をすべて飲み干さん画策している事は有名で、このヴァルプルギスでも節操なく飲み歩いていると言う。
東方の
さてさて、どのような作品に仕上げて見せようか。
この場で切り裂き呪文で血飛沫を上げる水風船とするか。それとも恐怖の声を語る悲鳴を上げるラジオとするか。
されど待たれよ。彼女の色をよくよく見よう。
特色を生かさずその色を混ぜ合わせて黒色に染め上げるは愚の骨頂。赤はより赤くすることが美しく、青はより深い青に染め上げてこそ美しいのだ。
ノーマジの音楽家で聾啞となり果てても音を綴った者がいると言う。
ならば彼女も音を綴る事が出来るだろう。ノーマジが出来て魔法族が出来ぬ謂れはない、むしろできて当然だろう。
あれより音を奪い、音を奏でさせよう。
二日後にはアーレント司祭はライブで人目の前に晒される殺すならばその時だ。その時がちょうどいいしそこしか彼女の死の色をより美しく飾ることは出来ない。
彼女の耳より音を奪う事は容易い。容易く、そしてそれを破られにくい古来より受け疲れてきた闇の魔法がある。
その呪いに彼女を襲い、今この場では殺さず、ライブ会場のど真ん中音なき世界で混乱する彼女を観客の目の前で惨めったらしく惨たらしく殺して見せよう。それこそより多くの恐怖を伝える術だ。
杖を抜いて足音と気配を鎮めて近寄る。
簡単な方法だ。耳に杖の先を当てて呪文を唱えるだけの簡単な作業だった。
しかし──。
「はァっくっしょん──!」
大声を上げてくしゃみをするアーレント司祭はその瞬間眼がしらより涙が零れてしまいそうなほど兎に角臭く目に染みるような放屁を同時にするではないか。
爆発音にも似た放屁の音に皆が驚き、アーレントを見るとその匂いに当てられ咳き込んで目尻に涙を浮かべて目と鼻を抑えで苦しんだ。
その強烈な悪臭を真後ろで喰らってしまったゾディアックも他と漏れずその臭気に当てられ頭痛を誘う放屁の匂いに声を殺してのたうち回った。
なんて匂いだ。人を不快にさせる、タマネギの腐ったようなそんな臭いを濃縮したようなとにかく途轍もなく臭い匂いだ。
現在進行形で隠密働きをしているゾディアックにその正体を報せる悲鳴を上げる方法はあらず、声を殺して臭みを耐え忍ぶことしかできなかった。
いったい何を食べればこのような悪臭を体内に溜め込めるのか些か疑問であるが、その匂いに意識を明滅させていると、かのアーレントは既にどこかへと行ってしまった。
失敗した何たる失敗か。
格好の獲物がスカンクの放屁のように屁をこいてその匂いにやられたなど今迄殺してきた人間たちを愚弄する過ちだろう。
いやしかしならば最もこの獲物こそ次なる者に相応しい。
殺し損ねた理由こそ馬鹿馬鹿しいモノであろうと、殺す相手は定まった。
そう遠くにはまだ言ってはいないだろう。探し出して確かにその音を奪いライブの時殺す事がよりよく多くの恐怖を伝播させる事が出来よう。
「どこだ……どこだ……」
誰にも聞こえぬようそう呟いたゾディアックはアーレントを探し回り更なる鮮血の絵の具を探して回る。
再度見つけたアーレントは今度は地面に蹲ったように縮こまり、何やら杖で文字を書いているではないだろうか。
子供の絵描きのようにペンギンの絵を書いているそれに大股で近寄るゾディアック。
すると何の事か何やら呪文をアーレントは使ったではなかろうか。
「
何たることか。栄光ある司祭が衆人環視のただ中で子供の使う様な低趣向の魔法を使い、地面を氷の上の如く滑るリンクと変貌させようではないか。
行き交う魔女魔法使いが足を滑らせて生まれて間もないヤギの立脚のように震えた手足で何とかその場で姿勢を保とうとしている。
ゾディアックも大股で近寄ったせいで足を滑らせ、カーリングのストーンのように滑らされ転げまわってしまう。
ただでさえ一度取り逃がした獲物に更なる苦汁のそれを呑まされるなどあってはならない。
しかしながらこのような低レベルな子供だましな魔法を使う司祭だったとは思いもよらなんだ。
もっと大人かと思っていたがこれまでとは。
狐に摘ままれたとでも表現すべきか、呆気に取られるその滑稽至極の遊びにケタケタと笑ってアーレントは地面を滑りながら道行く人々の間を滑り通り抜け逃げていくではないか。
全くもって屈辱的だ。あり得ていいモノだろうか。
この様な馬鹿らしい行為に現を抜かす人間が栄誉あるマーリン勲章を賜るなど魔法省の気が知れない。
いや、最もその気が違えているからこそ、国際魔法使い機密保持法などとのたまいそれを施行しているのだ。あり得ない事ではない。
滑稽で、狡猾で、卑劣。それ故にかの御前を投獄した。
憎い、憎い、憎い! 愚かな同胞たちが無知を晒してその仮初の平和を享受していることが何よりも憎い。
ノーマジは我々に管理されねばならぬのに、この様な知恵遅れ白痴の女が最高栄誉を賜るなど。
あってなるものか。
悪戯を成功させた子供のように無邪気に声を上げて走って逃げるアーレント。
その笑い声は忌まわしき親の仇同然の嘲笑の笑い声に聞こえゾディアックはより深く憎悪の感情を深めるだけであった。
「────」
声に出さない怒りの声。それに呼応するように何やら闇祓いが騒ぎ立てているようであった。
「どうしてアーレント司祭があちこちで見られるんだ!」
「知りませんよ。南でいたと思ったら今度は東、その次は北だ! まるで何人もいるみたいでしっちゃかめっちゃかだ!」
「今度は目抜き通りにいたのを見たぞ!」
支離滅裂だ。闇祓いの言い分によればアーレントが会場のあちこちで悪戯働きを働いて混乱を巻き起こしているそうで。
螺子の外れた司祭であることはここまで来るまでに重々承知していたが、ここはで破天荒であるとは誰が想像し得ようか。
恥知らず、白白しいく、野面皮は今まで考えていた計画など疾に吹き飛ばすに余りあるばかり。
誇り高い魔法族にあるまじき面汚し者だ。
疾と殺そう、もう我慢ならない。
闇祓いたちに続き、ゾディアックは杖を握り締めて目抜き通りへと走って行く。
殺意も最高潮、その姿が遂に見えるではないか。
殺してくれよう。その杖を振り上げて呪文を唱えようと口を開いていた。
「