アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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正体

 歩幅も、姿勢も、視界も、息のしかたですら何もかもが違って感じる自らの肉体に困惑しながら私はチンドン騒ぎの悪戯祭。

 あちこちでゴキブリ箱を爆発させ、悲鳴の合唱にアーレント姿の私こと石槌撫子は爆笑でヴァルプルギスの会場中を走り回り大いなる目的の為に、些細なる小事を作って回っていた。

 要するに撒き餌であった。

 子供の考える、子供だからこそ考えうる馬鹿げた作戦。

 注目を浴びる人間になりすましてゾディアックを釣り上げて白日の下にその姿を露わにしようとする大層馬鹿げた作戦である。

 まともならば思い浮かばない考えであるが、まだまだ若輩の考えうる最善の作戦であった。

 陳腐な正義感で思い浮かべる最高の大団円。悪者を懲らしめて簀巻きにして逆さ吊りにしてヴァルプルギスの燃ゆる大樹に吊り下げて火炙りだ。

 あとの事など知った事ではない。ただただひたすらに、直向きに求めた楽しみの為に私たち日英悪戯集団の一世一代の大芝居。

 神さえ化かして見せようぞ、我ら畏れ知らずの不届き者。神を恐れずのに殺人鬼など目糞鼻糞にも劣る蟻んこミジンコそれである。

 襲えるものなら襲って見ろと、私は肩で風を切り笑顔で走り回って手にいっぱい抱えたゴキブリ箱をあちこちにバラ撒いて悲鳴の合唱に夢見心地だ。

 私、リリー、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター、セウの大盤振舞の撒き餌たちのおかげで、闇祓いたちはてんやわんやの大騒ぎをしている。

 私の背を追う黒衣魔法使いたちは息せき切らせて汗を額から滴らせている。

 もっともっとと催促するように私は寄り大声で笑って見せた。

 

「かっははははは! どうした! 歳召す事まっこと愚かしき哉!」

 

 老いによる疲れを知らない故に、如何様にもその若さを存分に発揮できる。

 しかしながらあのポリジュース薬に使われたアーレントのゲロには少々どころではなく多量に酒を浴びた結果にアルコールが含まれていたのだろう。頭の中がぐちゃぐちゃに回って巡っている。

 愉快爽快痛快だ。何もしていないのに笑いが込み上げてきてもう記憶のどこにも痕跡の残らない酒瓶を呷ってグイっと飲んでさらに酩酊を深めて、笑いこけた。

 

「はてこれはいったいどこから? ンぐ……んぐ……ぶはっあ! 何たる甘美か! これぞまさしく人生の幸福の一匙なり! これは噛んで呑まねば──はてこの味はどこかで? ああ、そうそう、師走の晩に父様(ととさま)がちょろまかしてきたポンカンと同じである!」

 

 葡萄酒を柑橘類と味間違うなど舌バカもいい所だが、アルコールの程よき苦みとポンカンの苦味の類似点ときたらまさしく神の悪戯である。

 果実の芳醇な香りの区別すら曖昧で口に入れるものすべてが同じでる。

 

「そのポンカンをどうした? ああそうだ、磨り潰して飲んだんだ! よく噛んで呑まねばと父様(ととさま)に教わり噛んで呑んだのだ。これも同じだ、よくよく噛んで呑まねばな! んぐ、ンぐ……はてこれはいったいどこから持ってきた?」

 

 繰り言を繰り返し、走り回ってさらに酔いを深めていく私はどんどんと顔を赤らめて初対面のアーレントと大差のない状況になり始めていたがしかしながらそれでも悪戯の手だけは休めずに厚顔無恥に暴れまわって悪戯を仕掛けまくる。

 

「なあ、嬢ちゃん。一緒に飲もうぜ」

 

 道端でひどい赤ら顔で妖精種(エルフ)と人間のハーフであろう少女にナンパを掛けている男ども。普段ならば触らぬ神に祟りなしと無視を決め込むところであるが、ここぞとばかりに酒精の性に触発されてエルフの少女に殺虫灯に引き寄せられるコバエの如く近寄っていた。

 

「私と飲む? 私はエルフですよ? 呪いを喰らわせますよ」

 

「そうそう。いっしょに飲んだだけで伝染(うっ)てしまうぞいろいろと。エルフの神秘の呪いとか性病とか不幸とか」

 

 矢庭に現れた私に酔っ払いのナンパ魔法使いは怪訝そうに私より体を避けるようにして、雲の子散らす様に散っていった。

 ふざけているくらいに酔っぱらっている私にエルフの少女は小さく礼を言いどこぞへ行く。

 

「アーレント司祭! お待ちください!」

 

 背後より走り寄ってくる闇祓いたちに気づいた私もうかうかしていられない。逃げるが勝ちである。

 郭公のように奇声迄は発さずとも、それに近しい声を密林の先住民族のように歌い上げるように叫びまわり次はくさだま豪雨の悪戯魔法であちこちヘドロのようなキツイ異臭を漂わせるクリーム色の極めて臭いを闇祓いに浴びせかけて逃げた。

 酒は呑んでも飲まれるなとはいったい何の事か。酒はとは即ち神の飲み物、即ち迦楼羅天に列する我らが飲み物。

 百薬の長であり、これさえあれば人生を投げ捨ててもよいと思えてしまうほどの甘美な旨味にと苦味に満ちるそれに頭がパーになってもよい気さえする。

 一人酒たろうと酒は酒、酒の肴は私の手で起こす悲鳴で十分だ。

 

「さあさあ叫ぶのだ! 悪戯も酒も、まさしく人生の悦びたるぞ!」

 

 目的も忘れかけている最中に不意に追ってくる闇祓いの中に奇妙な靄の様なものを見て取れた。

 ほぼほぼ黒と言って差し支えない青々とした靄は私に迫って先端を尖らせて、まるで槍のようであったが。

 横ぶりに私の頸筋を狙っているようであったがしかしながらその霞も酒に酔わされて見える幻覚のそれに思えてわらけてくるではないか。

 ケタケタと笑いその先端をひらりと交わして、代りに放屁で応じる私は自らの屁の匂いに更にわらけてくる。

 

「くっさ! くっさ! まるで大根を腐らせたような匂い……いやこれは腐った蜜柑? じゃが芋? まぁどっちでもいいのだ!」

 

 ぶぶぶっ、と恥も外聞もなく屁をこいてその靄と戯れた。

 ひらひらとした何かのようにも感じる。まるでどこかで見たように感じるそれを、ああそうだ。

 ジェームズが被っていたあのマント、何といったか。姿を晦ます何とかマントである。

 巧い事記憶の中から名称を引き出す事の出来ない私はうんうんと悩みながら身を交わし続ける。

 その姿に闇祓いたちのみならず、周囲の者たちもどこか困惑したような様子であった。

 それもそのはずであった。

 何せそのどす黒い青の霞は()()()()見えない幻影であり、それと戯れることはまさしく気の狂った者のやる事であった。

 発狂の様である、物狂いの様である、狂気の沙汰だ。

 いもしない者と戯れ踊り狂うさまはまさしくイかれている。

 しかし私の目にはしっかりとそれが見て取れ感じ取れていた。姿なき者との舞踊のそれはまっこと楽しくある。

 踊り狂う私の姿に見かねた闇祓いが駆け寄って制止しようとすると──。

 

「ギャアっ!」

 

 不意に駆け寄ってきた闇祓いの肉体より矢庭に出血するではないか。

 青い靄の気配が濃くなった瞬間である。まるで鋭利な刃に姿を変えた靄が闇祓いを斬りつけられたかのような。赤々とした血が辺りに舞い散りその血に僅かな間の時間、音という音が吸い取られていいったかのような静寂が一帯を包みそしてそれをようやく理解し始めた人々が口々に混乱と困惑の声を上げだし、それは遂には悲鳴に変わった。

 

「何かいる! 何かいるぞ!」

 

 斬りつけられた闇祓いが死にまに瀕してもなお職務を全うしようと青白い顔で叫んで出血箇所を必死になって押さえ、何もいない場所を指さした。

 惜しい、大変に惜しい。

 もう青色の靄はそこにはいない。右に少しずれた場所に逃れている。

 私を追うように、そして逃れるかのように慌ただしく気配を変えたその靄に、既視感の原因がようやく理解できた。理解は元々していたが、ようやく名称が出てきたのだ。

 そうそう、『透明マント』だ。

 

「うぅンんん!」

 

 クソでもひり出すかのように力んだ私はアーレントの体で翼を生やした。

 幾ら肉体が変化しようと、血に刻まれた歴史ばかりは書き換えられなかったようで天狗たる黒翼のはしっかりと背中より生えて雄々しく夜闇の空へとその体を落下させた。

 舞い上がる私に皆々が驚愕と言った顔で見上げ、その間の抜けた顔に寄り私は気分を良くして大声で笑ってしまう。

 

「まさしく虫、地を這う虫なりや。空も飛べぬ、気配も読めぬ。いったい常人は何が出来ようか。我ら天狗に足元のにも及ばぬその邪気を孕んだ気配、今まさに清き風にて注いでくれようぞ!」

 

 私は隠し持っていた団扇を抜いた。

 天狗の代名詞、その力はまさしく脅威と言って差し支えない魔法力そのものの塊であり、幻想より賜りし神秘の一品。

 埃及王の遺骸や宇宙より飛来する石ころなどまさしく塵芥。

 これぞ秘宝、これぞ至宝、これぞ掌中の珠なるものぞ。神秘を灌ぎ落し凡庸としてしまうほどの格の違い。桁で表すのなら二桁も上回るほど違う。

 追い風が私の背を押し今かまだかと急かしてくるようであった。

 そう急かさずともすぐに出番はくる。さあ、吹きすさべ。風は何処にでも流れ人を押し倒す。

 風になぎ倒せぬものはなし即ちこれぞ神の意志と言ってもいいほどの純然たる無慈悲な事実。この風を受けりれ給う事喜び咽べ。

 

「ふん!」

 

 私は団扇を暗闇を軽く扇ぎ、酒気と熱気を帯び私自身の纏わりつく邪気を扇ぐが如く我が身を優しく扇いだ。

 それに合わせて、微かな風が徐々に、徐々に強くなる。

 そよ風が、突風に、突風が強風に、強風が猛風に姿を変えた。

 地には這う常人にはその風はまさしくか神の奇跡にも等しい御業であるが、私たち天狗はそれを通常としている。

 はためくローブは激しく棚引き、粉塵に目も開けられないといった様子である皆々に私の高笑いが嘲って憚らない。これらが私に害をなす? 一体何のことか。

 ゾディアック? 殺人鬼? 束になって懸かってこい。羽虫ありんこ等纏めて踏み潰してくれる。

 人も亜人も精霊も悉く吹かれ舞い上がる風には勝てず、その例に洩れず私と共に舞踊を舞ったあの青々とした靄もその場に固まっていた。

 そして──。

 

「──?」

 

 青い靄が晴れ、その場に現れたのは老紳士とも取れる斑に白髪の混じる老人であった。

 その時であった。

 

麻痺せよ(ステューピファイ)!」

 

「木剋土!」

 

 老紳士に麻痺魔法がやにわに直撃し、私の体に呪符が張り付き木の蔦がそれより伸びて私の体を縛り上げた。

 いったい何が起こったのかと思考するだけの思考力も低下して笑い転げて只落下する私に、険しい顔つきで現れる二人の闇祓いもとい、闇祓いもどきがいた。

 竜人とその相方の老婦人であった。

 その脇には私と同じ用意木の蔦で体を縛り付けられた数人のアーレントがいるではないか。

 カンカンに切れている竜人の表情はすぐにでも分るがむしろその表情にわらけてくるではないか。

 

「竜人なのだー!」

 

「クソボケ天狗が……と、言いたいとこだがなぁ。何といったらいいもんか」

 

 忌々し気げに頭を掻く竜人。その視線の先に体を痙攣させる老紳士に誉めたモノか叱りつけるべきかと考えあぐねている様子であった。

 それもその筈であった。私自身、一体この老人が何者かもよくよく理解していないために自らの行動がいかに重要事だったかを理解していなかった。

 そう、この老人こそがあの悪名高い殺人鬼北アメリカを震撼させた狂気の殺人犯『ゾディアック』だったのだ。

 そしてその正体を知っている様子の竜人の相棒は、目を細めて言った。

 

「やはりあなただったのね。──アバナシ―局長」

 

「ゴールドスタイン」

 

 舌なめずりするその舌先は蛇の舌のように二又に分かれ、人のそれではなかった。

 若々しい潔癖そうなその表情。野望に憑りつかれそれを原動力に老いる事を忘れた表情は年不相応の顔色であった。

 

「陰に隠れ続け怯え続ける事にはもう慣れたのか? ゴールドスタイン」

 

「グリンデルバルドが投獄されて以降ね。局長」

 

 地面に落ちた透明マントを拾い上げしげしげと睨む彼女の目は険しかった。

 視線はすぐにアバナシ―と呼ばれたゾディアックの右手首を睨みつけそれを確認した。

 しゃれこうべの口より這い伸びる蛇がとぐろを巻いている。魔法によって刻み付けられた刻印、何かしらの忠誠を示すものであるようであった。

 動けず這いつくばるゾディアックに膝を折って問いかける彼女の顔つきは私と打って変って真剣そのもの、剣呑な雰囲気で聞いていた。

 

「貴方は誰と出会ったの? アーネンエルベの工作員? それとも紅幇? ──その刻印は死喰い人(デス・イーター)の証。答えなさい。いったいどこでそれと接触したの」

 

「カハハハッ! 分からないのか? 今の体勢に不満を持つ者は多いい、俺だけじゃない。グリンデルバルドの思想は正しいんだ。あの方に賛同する者は少なくないと言う事だ」

 

「キチガイ共の戯言だ」

 

 切って捨てる竜人はゾディアックに手錠を嵌めて更なる拘束を強めた。

 

「お前は今回の司祭への傷害未遂容疑、及び闇祓いへの傷害の罪がある。良かったな、楽しい楽しいアズカバン監獄が待ちわびているぞ」

 

「カハハハッ。本当に何も知らない子供だ、お前もきっと気が付く、魔法族は隠れ潜む者ではない事を、この世界を支配する人種であることを!」

 

 戯言であった、しかしゾディアックの言葉には不思議な魅力のようなものが内包されていた。

 それが真実を語っているかのような確証にも似た自信に満ちた。そんな恐ろしい真実を語っている言葉であった。




少し長めの正月休みを戴きました。今後は頑張って月曜には投稿したいと思います。
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