アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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神州の唄

 会場より数ブロック離れた運営委員会宿営テント地の物々しいさは今世紀最大級のと言っていいほどの剣呑な気配が漂っていた。

 一つのテントに異常と言っていいほどの結界魔法が張られ、そこより出ようとするものを粉へと変える攻撃的な防御魔法が幾重にも折り重なり、そのテントを取り囲むように百人は優に超えるであろう闇祓いたちが見張っていた。

 たった一人に、たったの一人に、皆が怯え、そして警戒していた。

 そこで行われている尋問はまさしく地獄絵図ともいえる光景であった。

 白髪交じりの老人に対峙するように浮かぶ文字として表現するにはあまりにも不気味なそれが、精神ともいえる何かを吸い取っているようであった。

 真っ黒なそれ──黒いぼろ布を頭からすっぽりと被っているようで顔は窺い知れない。

 しかしその布の裾から覗く肌色は生者とは懸け離れ灰白色の死蝋ようで見るに堪えない悍ましさがある。

 不気味、奇怪、心底気味が悪い。

 この三語に尽きるその生き物『吸魂鬼(ディメンター)』がかの者の、ゾディアックの中から今まさに魂を抜かんとしているのだ。

 

「──────────」

 

 言葉とは思えない悲鳴にも似た咆哮がテントを切り裂かんばかりに発せられ竜人は耳を覆いたくなる。

 これが人の発する声か? この世にある苦しみをすべて濃縮して蒸留してその苦しみを濃密な一滴へと変えたような聞く者も苦しくなってくるような悲鳴に体が竦んだ。

 それどころではなかった。この生き物、吸魂鬼(ディメンター)が近くにいるだけで肝を凍えた手で握られたように冷え込んできて、背筋に冷や汗が自然と滴る。

 見るものすべてを恐怖させる吸魂鬼(ディメンター)。本来ならばアズカバンという絶海の監獄の看守として出てくることはまずないはずだが──今回は特例であった。

 

「…………」

 

 隣に立っているスキャマンダ―夫人ですら、この方法は反対し旦那であるニュート・スキャマンダーですらこの尋問方法『吸魂鬼(ディメンター)接吻(キス)』に猛反発したくらいだった。

 それだけこの世に存在することを歓迎されえない方法であった。

 魂を抜き取り、廃人とする。文字通り生きた屍へと変わるのだ。

 忌まわしい生き物だ。それはどのようにして生まれたのかも定かではない。自然に生まれた生き物ではないのだ。

 曰く、アズカバンが最悪の闇の魔法を研究していた”エクリジス”という魔法使いの住居であったころ最初に住み着いた住人であるそうな。

 

「やめよ」

 

 テントの中でその光景に停止の命令を出したのはイタリア魔法省闇祓い局局長の号令に合わせ、吸魂鬼(ディメンター)は魂を吸うのをやめた。

 潔くこの生き物が人の言う事を聞くと言うのは驚きであるが、しかしながらこの生き物、近くにいるだけで精気を吸い取られて行くようであった。

 汗か涙か鼻水か、いったいなんの汁かも分からないモノを垂れ流し苦しみ歪んだ吸魂鬼(ディメンター)接吻(キス)を受けていた老人は今にも気が狂れそうになりながら息を切らせていた。

 

「何故司祭を狙った。アバナシ―」

 

 もう何度も繰り返された問答だ。

 堅牢な精神だ。アバナシ―はもう五度は接吻(キス)を受けているがその目に宿った野望は未だ消え失せていないようであった。

 そして戻ってくる内容も──。

 

「魔法族がノーマジに支配されてない世界の為に、グリンデルバルドの革命の為に!」

 

 驚きである。正しく驚愕である。

 普通であれば疾うに廃人となり抜け殻となっていても可笑しくはないアバナシ―はその精神を未だに保ち続けていた。

 聞き出す事の出来ないその目的と、結果。

 何のために司祭を狙ったのか、その先にいったい何を目指したと言うのか。

 こいつの紡ぐ言葉通りに受け取れば、魔法族が非魔法族の陰に隠れるべきではなく表社会を牛耳るべきだと、かつてゲラート・グリンデルバルドという大魔法犯罪者と同じ思想だ。

 四半世紀ほども前の犯罪者の思想になびくなど全く酔狂な老人だと思うが、しかし隣にいる夫人が前に出て事は一変した。

 

「私に変わってもらえますか?」

 

「……ああ。いいだろう。元上司と部下の関係だ、答えも出るだろう」

 

 闇祓い局局長がそう言うではないか。またしても驚きだ。

 それ本当の事であればこのアバナシ―という老人、元アメリカ合衆国魔法議会の職員と言う事になる。

 いったい何の部署であろうか。少々気になるところであったが、余計な首はツッコまないことに越したことはない。

 一歩前に出た夫人がアバナシ―に問いかけた。

 

「お久しぶりね。アバナシ―局長」

 

「ああ、ティナか。クイニーは元気にしているかね?」

 

「ええ、十分な程に」

 

 世間話か、擦り切れ潰れかけの精神で精いっぱい作り笑顔をするアバナシ―はまるで蝋人形の様で不気味だ。それこそ吸魂鬼(ディメンター)のようで。

 

「君が余計な事に首を突っ込まなければ、魔法の杖認可局で私の元で飼殺されていれば、グリンデルバルドはこの世界を変えていた」

 

「残念だけど、それは無理な相談だったわね。もうグリンデルバルドは投獄されたわ」

 

「知っている、知っているとも。だから私が継いだのだ。あの方の大いなる革命を継いだのだ」

 

「無謀無策と言ってあげるわ。いくら司祭を狙ったプロパガンダをしようとここではノーマジの目には入らない。明後日に牙を向けて吠えてるだけなのよ」

 

 そう言う夫人に嘲るような笑い声で応じるアバナシ―。心底腹が痛いといった様子で拘束された椅子がギシギシと歪みその目は憐れなものを見るようであった。

 

「確かに私だけでは成しえない。グリンデルバルドの革命は叶わない。──だが、彼らなら。成しえるだろう。革命を、変革を」

 

「──『死喰い人(デス・イーター)』」

 

「ヴァルプルギスの騎士だ。正しく魔法族を守護する騎士、あの者たちならば内側より変革をもたらし大いなることを成しえる」

 

 その言葉だけで十分だった。スキャマンダー夫人の予想は的を獲ていた。

 死喰い人(デス・イーター)は存在する。その純血主義を掲げる過激な悪鬼魔道の集団が確かにいる事を。

 詰め寄る夫人は熱心に聞く。

 

「どこと接触したの! アーネンエルベ? それとも紅幇なの!?」

 

「さぁ、どこだろうな。人類最初の男女である事だけはたしかだ」

 

 けたたましい笑い声を上げるアバナシ―に最早問いかける方法は少なかった。

 後はもう任せるしかない。背後にいる、吸魂鬼(ディメンター)に。

 悪魔のような恐怖にその真実を吐露させるしか。

 

 

 

 

 

「……暇なのだぁ」

 

 一つ目巨人号(サイクロプス)へ軟禁、もとい謹慎を言い渡された私は唇を尖らせて有り余る元気を持て余していた。

 世紀の悪戯は見事に成功に終わった。そこまでは覚えている。

 しかしながらその先が私の記憶は曖昧で、如何様にこの異臭ただよう襤褸船に謹慎をさせられているのか定かではなかった。

 途切れ途切れに美奈子とマクゴナガルというホグワーツの先生方に手ひどく大説教を喰らったようであったが、しかしながらこれといった怒られた感覚もなく、あったかどうかも確証が持てなかった。

 しかしながら私と共に謹慎を喰らったのはもう一人いた。

 

「まったく、この船はくさくて、くさくて、もうやっていられませんわ!」

 

 甲高い声で喚く薫に私はひっくり返って聞いていた。

 ポリジュース薬を調合し剰え配り上げた薫も同罪であり、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター、リリー、セウと共に怒られ、このヴァルプルギスが恙無く終わるまで、この船から出る事を禁じられていた。

 監視係に郭公が割り当てられ、この二日間、言語学の訳の分からない論法を聞かされ二人とも嫌気がさしているのは明白な事実だった。

 サピア=ウォーフや、卵が先か鶏が先かなど現実的に問答として成立し得ない内容ばかりの話で聞くに値しない。

 言語によって魔法は成り立っていると言う話は正直興味を唆られたが、そこから言語の起源の話に傾倒していき、答えが見えなくなってくるのだから子供ながらこの大人はもうダメだと思えた。

 ただでさえあの郭公だ。発狂しているし、その思考から導き出される論法は常人のそれとはまったく以て異なる物であるのだから、正常な私たちでは到底理解できない。

 早々に二人とも甲板に逃げ出し船内のカメムシ臭のような異臭より少しでも解放されようと、潮風の生臭い香りにと波打つ音に心を落ち着かせた。

 丘の向こうより歓声や騒めきが聞こえる。月末でそろそろヴァルプルギスも終盤に差し掛かっている。

 二日前の丘の喧騒はそれはそれは大きなものだった。何せアーレントが舞台に立ちその歌声を披露したのだ。皆が聞きほれただろう。

 私も聞きたかった。しかしながら悪戯の代償は一つ目巨人号(サイクロプス)へ軟禁だ。

 正しきを行い折檻されるなど、この世はまったく以て間違っているし、間違いを正そうとすれば出る杭は打たれる。

 正しく振舞えばそれを罰せられる時勢は間違っているが、その姿勢を示せば馬鹿を見る。

 何もするべきではなかったのか。悶々と考えようとしたが、だが結論は出ない。

 ならば為すべきことは思い着く限り一つだ。考えを捨てて思考を放棄するしかない。

 私は隣で喚く薫を尻目に甲板で大の字になって寝っ転がり、暗い暗い夜の空に黄昏た。

 もうすぐで一ヶ月、日本を離れてもうそんなに時間がたったのかと思うと、これまたまさに浦島太郎だ。

 楽しく愉快な事は時は早く、退屈で暇を持て余している程遅い。まさしく人体の不思議だ。

 眼を閉じて深く深く熟考した。この世に生きとし生けるものの在り方に疑問を持って接して考え、そして結論を導き、己とは何かを深く考え込んだ。

 涅槃への道のり、日本にいたのならここまで熱心に修行を行わなかっただろう。

 しかし、親元を離れ、一人異国の地で彷徨える身になれば里心というモノもつく物で、親の教えに素直に従えてしまう。

 あれだけ衆生に囚われていた私もここまでくれば即身仏になり得よう。それだけ無心になれるのが孤独と言うものであった。

 

「────―」

 

 孤独こそ真に求められているものなのか? 殺仏殺祖という教えがあるように孤独になれば考えも纏まってくるものだ。

 しかし肝心な事には辿りつけず堂々巡りだ。

 何もすることはない、ただ時間を待つばかりのその時だった。

 

「邪魔するぞ」

 

 突如として現れたのはジェームズであった。

 透明マントを脱ぎ捨て、片手に持った二本のと股の下の箒に跨り得意げな顔で私たちの前に現れた。

 

「ジェームズ。主、謹慎中であろう?」

 

「こんな時に素直に謹慎して堪るかってんだ。ほらお前たちの箒」

 

「ぬ? どこへ行くのだ?」

 

「どこって、ヴァルプルギスに決まってるだろう。今日最終日だぞ」

 

 私としたことが失念していた。時間感覚がだいぶんずれているようだ。

 謹慎を真面目に受けすぎて、楽しむはずのバカンスが只の学校と変わらないようになってしまっていた。もとより楽しみにしていたアーレントのライブを逃したことに打ちひしがれて無心になっていたのだが、最終日には。

 

「お前んとこのライブだろ? 行こうぜ、最後の日くらい先生たちも多めに見てくれるさ」

 

 そう言いジェームスが箒に乗り先導しようとした。

 私と薫は顔を見合わせ、少しだけ考えたが。結論は一つだった。

 箒に跨り、私たちは空を飛んだ。

 翼を使わず空を飛ぶことは数少なくとも、この箒『銀の矢(シルバー・アロー)』は何とも乗り心地よくいい箒であろうか。

 ジェームスに聞くに、私が箒を持っていない事をホロ衣カフェで知って透明マントを受け取って以降どうしても恩を返したかったようだ。

 この箒、価格は透明マントの1000ガリオンの価値には及ばないものの箒とて決して安い物ではない。

 話を聞けば何でもジェームズの父親は『骨生え薬』というモノを作りそれにて莫大な財を成し、ジェームズの懐もかなり温かいようであり、箒の二三本程度なら月一のお小遣いで買えると言うのだ。

 透明マントの代金などとんだお節介だったかもしれないと思うが、しかしながらもうたやってしまった物に金を払えなど卑しい事は言うまい。

 夜空を舞い、暗闇を駆け眼下に広がる人々の営みの灯は何とも美しい事か。

 炎の夜宴の最後の時に一つ目巨人号(サイクロプス)のような襤褸船にいるのは寧ろ無粋と言えよう。

 その一人として参加できないのは少々物悲しいが、しかしながら私には友がいた。

 

「遅いぞジェームズ、石槌!」

 

 私たちと同じようにシリウス、リーマス、ピーター、リリー、セウが箒に乗って現れた。

 これぞ世紀の悪戯集団の集結であり、最後の集会だった。

 そんなことも気に掛けず、私たちは共に空を駆け友と呼べる存在に感謝し、笑い、叫んで楽しんだ。

 空で行えることはすべて試し尽くした。クディッチの練習をしたり、追いかけっこをしたり、私の団扇の突風を利用してどれだけ早く飛べるのかなど。

 そして終幕を告げるモノが今まさに始まろうとしていた。

 

「行こう、君のとこのライブだろ?」

 

 リーマスがそう言い私たちをライブ会場へ連れてってくれた。

 物珍しそうに集まる魔女魔法使いたちに緊張でガチガチとなっている白虎煉丹の面々に、私は声を上げて応援したくなる。

 アーレントに比べれば見劣りするのは目に見えていた。しかし出来栄えではなく、彼らに求めているのは全力を見る姿が重要なのであった。

 ライブが始まり、その音を奏で己らは何者かを示しているように歌い上げる。

 アーレントがどんな歌を披露したのか察するに余りある。観客たちは拍子抜けと言った様子で疎らに散っていく様子が見て取れた。

 しかしながら私たちは拍手で応じよう。これぞ日本の唄だ。

 和洋折衷を折り合わせた魔法の唄だ。

 巫女服姿の綾瀬の艶やかな神楽鈴音色と舞に合わせギターやらドラムやら、三味線や琴が美しい音色を響かせている。

 これぞ和の心。日本人の持ちえるわびさびの心意気だ。

 アーレントにどれだけ劣ろうとも、アーレントにどれだけ聞劣ろうと。これが我々日本魔法民族の心を現した音色だ。

 演奏も終わり、私たちは拍手で応じた。

 ボッという音と共に、炎の灯った大樹が鎮火し、大量の灰が空を舞い朽ち果てた。

 これで終わりだった。炎の夜宴、ヴァルプルギスの最後を飾る神州日本の歌であった。




これで炎の夜宴編ラストです。次回アメイジング・ナデシコ『魂の魔導書編』です。
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