アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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魂の魔導書
天狗総会


 日本に戻り、魔法処のヴァルプルギスの喧騒も収まり平穏が戻り始めた初夏の連休。

 学生たちは思い思いの帰路に付き、そして私、石槌撫子も家路へとついていた。

 しかしながら私たち天狗にとってこの休みの期間は何よりも重要な時だった。

 それもその筈、年に一度五十六大天狗の住処となっている霊山のいずこかで行われる天狗総会の時期だった。

 私はいつにも増して真新しく堅苦しい僧衣に身を固めて、石槌山の生家にて出陣の出支度に追われていた。

 父様(ととさま)のピリピリとした緊張感は殊更に酷く、私の羽根の付け根をヒリヒリと焼いてくるようであった。

 母様(かかさま)父様(ととさま)の背に緋色に染め上げられた陣羽織を恭しく掛け、埃の一つも付けけぬよう払っていた。

 ここ数百年で毎年行われている天狗たちにとっての戦場。自らの地位すらもその発言一つで上がりもすれば落ちもする悪夢のような会議。そうしてこの日の元の天狗たちの行く末を決める重大な会議の場だった。

 私と父様(ととさま)が身支度を整えた終わった時に、気取ったような純白の白烏、父様(ととさま)の『上烏』が嘴に上質な和紙に天狗総会の行われる山を記した参加状が咥えられていた。

 父様は有無を言わさずそれを取り、睨みつけるようにその文面を見た。

 

「今年は象頭山か……金比羅坊と金剛坊に世話になるとするか。行くぞ撫子」

 

「はいなのだ!」

 

 私たちは翼を広げ、明け方近くの薄暗がりの空を飛んで香川、象頭山へと足を延ばす。

 象頭山。五十六大天狗の中では珍しく二羽の大天狗が山を共にしている所だ。

 黒眷属金比羅坊(くろけんぞくこんぴらぼう)象頭山金剛坊(ぞうずさんこんごうぼう)の二棟梁は五十六大天狗の中でもかなり親しい事で有名であり、その真言を共にする真か珍しい二羽だ。

 距離もそこまで遠くはない。全国各地から集う大天狗たちの足並みを考えれば恐らく天狗総会の開始は午後になろうかと思われる。

 なんの、そんなことはどうともいいが。第一の問題は、毎年の事だが──殺し合いに発展させない事だ。

 父様(ととさま)より一世代前の爺様(じじさま)の代の時の天狗総会の話だが、天狗総会で何やら話の食い違いから大天狗を二分する殺し合いに発展し江戸の町を巻き込んだ大火災を起こしたのだ。

 後世にはその事は『明暦の大火』と呼ばれるようになり天狗たちは天狗大戦と呼んでいる。

 天狗側の死者こそいなかったが市政では天狗の神通力の影響で、江戸の大半は燃え、江戸城天守閣も焼失、常人只人合わせ総勢十万人近くを天狗のいざこざに巻き込み冥府の切符を配り上げたのだ。

 それにより地獄は大混乱、極卒たちは数年の仕事をやらねばならず、閻魔大王は亡者を裁き切れずヒステリーを起こしかけたそうな。それ以降地獄は天狗お断りの看板を掲げているそうな。

 それ以来全天狗が第二の天狗大戦を恐れ、疎んじ、恥じていた。

 地獄へも行けない我々天狗は極楽浄土を目指して日々涅槃への修行を積むしかなくなった。涅槃へと至れねば賽の河原を永遠に彷徨うことになるからだ。

 それも仕方なしと思えるほど、先代たちは馬鹿げたことをしたものだ。

 小一時間ほど飛んだだろうか。のっぺりとした山が見えてきた。象頭山だ。

 どんよりとした灰色の雲が空を覆い、日も上がったにも拘らず、暗さは拭えぬ。

 そして何より、目に見えて感じる異様な神通力の渦に羽根の一枚一枚が聳ってくるようであった。

 もうすでに何羽かの天狗たちが集まっている。金毘羅坊と金剛坊だけではここまで強烈ではないだろう、早く文を受け取った近場の大天狗が私たちよりも先に到着したことでこの曇った天候も彼らに影響されているのだろう。

 山の中腹で私たちは降り立ちその羽根を納めて山頂へと歩き始める。

 獣道であったが、しかしながら獣鳥の気配がない。

 みな逃げ出しているのだ。私たちが集まるせいでその一生が悉く一息に消えるかもしれないと考えて逃げ出している。

 人間たちですら無意識に今日はこの山に踏み入ることを躊躇っているようで、人々の喧騒は遠く、山々の木々がその重圧に悲鳴を上げているように騒めいている。

 ふと足を止めた父様(ととさま)は何もない空間を撫でる。私は不思議に思いよくよくそこを睨めば驚きの術が掛けられているではないか。

 結界だ。しかもそん所其処らの魔法による結界ではない。

 目に見えて分かる結界は二流。真なる一流の結界術はそれすらも悟らせず遠のかせる。

 私自身父様(ととさま)が足を止めてその素振りを見せてくれなかったら気づかなかった。何とも巧妙な結界術か。

 扇を抜いた父様(ととさま)は薄膜を破るように振り、その中へと踏み入った。

 私もそれに続き中へと入れば──まさしく壮観と言う他なかった。

 

「────」

 

 言葉を毎年の如く失われる。空を覆うように数限りない天狗たちが空を舞い誰もかれもを威嚇するように翼を鳴らして尋常ならざる危うい雰囲気を漂わせている。

 ただでさえ一族のモノ以外を嫌う性格の天狗が一堂に会する機会はまたとない殺し合いの場であり、ちょっとでもその自尊心を気づ付けようものなら天災が起こること請け合いだった。

 元来自尊心を過大なまでに肥大化させ神通力を与えたモノを天狗と呼ぶ、そんな者たちを馬鹿にしようなど愚か者のすることであり、この場にその礼を欠く者は多くいるし、ある意味ではいないと言える。

 私たちの登場にその場がきりりと引き締まるように緊張感が現れ五月蠅いまでに飛び回っていた天狗たちがその羽根音を止めて私たちを見ていた。

 

「楽にせよ。遠慮無用」

 

 父様(ととさま)はそう一言だけ言った。

 皆が胸を撫で下ろすかのように安堵したため息を漏らし再度五月蠅いまでに飛び回り出した。

 鬱蒼とした森に僅かながら開けた場に集まった百を優に超える天狗たち。ここまで多くの天狗が日本各地に隠れ潜んでいたなど幼い私ながら毎年驚いてしまう。

 

「御出で下さいまし誠に感謝いたします。法起坊殿」

 

 恭しく私たちの前にまろび出た一人が膝をつき首を垂れる。

 黒眷属金比羅坊だ。その後ろには象頭山金剛坊が控え、さらに後ろにはすでに集まった天狗棟梁たちが円を組み、思い思いに私事を行っている。

 天狗酒を呑む者も居れば、天狗煙草を山火事の煙火のように口から紫煙を吹かす者もいる。

 その者たちは皆々が円の中心に向けて己の団扇扇を中央に向けて置いていた。

 父様(ととさま)は何も言わず円の中に加わり、煙管を取り出して煙草を吹かし始めた。

 

「法起坊、今年も息災であるな」

 

 隣に座っていた男の天狗が話しかけてくる。妙に人を食った様な態度のそいつは私の少々苦手にしている者であった。

 那智滝本前鬼坊(なちたきもとぜんきぼう)だ。

 古くから御家を構え、石槌山天狗に仕えてきた天狗の家系で、常人只人の聞こえよろしくするならば、『前鬼・後鬼』と呼んだ方がいいだろう。

 前鬼坊の後ろに控える女の天狗がクスクスと馬鹿にするような含み笑いで応じる。前鬼坊の嫁の後鬼だ。

 

「主も息災で何より」

 

「今年は例年にも増して集まりが悪い。厳島三鬼坊と比叡山法性坊は欠席だそうだ」

 

「いい加減な連中よ。ここまでくれば阿呆の狸に政をやらせた方がまだマシだ」

 

「ヒャヒャヒャ! なんと馬鹿げたことをあのような毛玉の肩を持つのかえ?」

 

「バカを云うな。狂言回しも理解できなくなったか、前鬼坊」

 

 少なくとも私としてもそのような狂言の言い方は今まで想像もしていなかった。

 団芝三と会って私が魔法処に通い始めて以降だろう、ほんの少しだが化け狸と常人の態度が軟化しているように見える。

 昔ならば『この手で誅罰果たさん』と言っている筈だ。

 

「ヒャヒャヒャ! ……にしても法起坊。娘を常人の寺子屋に入れたそうだな?」

 

 私たちの痒い所を的確に探ってくるように前鬼坊が聞いてくるので、父様(ととさま)は少し苛立っているようであった。

 私をていのいい見世物に仕立て上げようと底意地の悪い顔で笑う前鬼坊に父様(ととさま)はこれ見よがしに紫煙を鼻から出した。

 

「それがどうした、涅槃への道のりだ。小事も積み重なれば大事となる」

 

「常人如きの知識が我わノ何の役にたつ。耳掃除の役にも立たんわ。ヒャヒャヒャ!」

 

 大概の言いよう。耳掃除の役くらいには立つ。なんならこの場で全員分羽根を毟る魔法位は私も学んできている。ほんの少しだけ私の頭に血が上りそうになった時、とある一団が遅めの来訪をした。

 愛宕山太郎坊の一団だ。前鬼坊は面倒なのが来たといった様子で唇を尖らせた。

 太郎坊殿は常人や只人にも等しく接することで有名な天狗で、特に常人の魔法には非常に高い興味を示している御仁。その上太郎坊は八天狗の中でも第三席の座を占める大天狗、四十八天狗の前鬼坊など鼻息で消し飛ばせる発言力がある。

 父様(ととさま)は五月蠅いのがようやく黙ると安心したように煙管に詰まった煙草の灰をほじくり出してより大きなため息をついた。

 前鬼坊は確かに良き働きをしてくれる。しかし人の粗捜しをする癖だけはどうしようもないほど愚かしい。

 にこにこと笑って何やら横川覚海坊と世間話を始める太郎坊をまるで面倒な鼻糞のように見る前鬼坊。愚かしい家臣を持つとこういう事になると父様(ととさま)の苦労もいたたまれない。

 この天狗総会、例年にも増して異様な雰囲気を漂わせているのには私も確かに感じ取っていた。

 妙にピリピリとした緊張感、例年そうなのだが、しかしながらこの剣呑さは異様だ。それもその筈、二年前の富士山での天狗総会は緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)の一件で散々であり、去年はその煽りからかほぼ全ての五十六大天狗が欠席したと言う。

 稀に見る事態だ。ここまで天狗総会が滞った事などまたとない。

 皆不安に思っているのだ。常人でも我々に歯向かってくる連中がいるかもしれないと皆が考えているのだ。

 緑龍会(グリューンドラッヘ・ゲゼルシャフト)の一件はある意味例外中の例外だ。狙いは何だったのであれ、あれらは頭の螺子が外れたモノたちが純血派を唆したのが原因であって、他は我々を不可侵の者として害することなどないのだ。

 これぞ正しく小事。気に掛ける事などない事態だった。

 

「来たか……」

 

 不意に父様(ととさま)がそう言うと、私たちを取り囲んでいた結界が撓み波打ち、そして外より訪れるモノたちがいた。

 途轍もない人数だ。それこそこの場にいる天狗たちを合わせてようやく釣り合うかどうかの人数を引き連れて現れたのは漆黒の青年。

 鞍馬山僧正坊(くらまやまそうじょうぼう)、取り巻き衆の百人天狗を伴っての御光来だ。

 ただでさえ百人天狗たちは霊刀『百足丸』を穿いている為に気味が悪いのに、それをすべて伴ってくる僧正坊は図太いと言うべきか、用心深いとでもいうのか。

 兎にも角にも仰々しいと言うべきだろう。

 僧正坊が円に加わり扇を中心に向けた時だった、皆が父様(ととさま)ですら首を垂れて円の中心へと敬意を払った。

 それに合わせ私も、無論空を飛んでいた他の天狗たちですら地に降りて首を垂れている。

 何事かと思うだろう。真なる天狗棟梁とは父様(ととさま)でも、僧正坊でも、ましてや太郎坊でもない。あのお方だ。

 頭を上げた時、気づけばその縁の中心に座っていた仕立ての良い衣冠に面紗で顔を隠した高貴なるお方が座っているではないか。

 この方こそ真なる天狗の棟梁にして大魔縁、そして大天狗──。

 

『我ら天狗衆、伏して帝に誓い、真偽偽らずここに忠言いたしまする』

 

 天狗たちがそういい、かの方へ宣言した。かの方は手に持った笏を扇いだ。

 

「──如何様にも」

 

 その一言で全員が再度頭を下げた。

 何故にここまで天狗が首を垂れるのか、敬意を払うのか。

 それはこの方こそ神聖なる帝の血を引く大天狗であり、本当の意味でこの日本を転覆できる神通力を持った実力者である為だ。

 この方こそ──崇徳院讃岐顕仁上皇、即ち崇徳天皇陛下で在らせられる。

 その血を辿れば正しく国起こしの血筋にして私たち天狗をこの国の天狗たらしめる存在に定義させた人物。帝の身であったがその境遇から帝に弓ひき大魔縁に身を堕とし災悪を顕現させた怪物。

 最も神に近づきそして対極の位置に身を堕とした我々の長だ。

 皆々が頭を上げ、惚けた面はいずこかへ。引き締まった顔であった。

 

「これより天狗総会を始める」

 

 父様(ととさま)の号令に全ては始まった。

 

 

 

 

 

 喧々諤々の騒乱と言える天狗総会を終えて、連休も終盤に差し掛かり私は生家よりエンマ荘へ戻って来ていた。

 今思い出してみてもまったく以て身震いしてしまう。

 父様(ととさま)の進言を頭から徹底して否定してくる僧正坊の目に余る態度に、大雨に煽られ他の天狗たちは戦々恐々と言った様子は須らく当然の事。

 あの調子で続けていれば第二次天狗大戦の火ぶたが切って落とされる寸前だったが、理性的な顕仁殿のおかげでそれだけは避けられた。

 しかしそれよりも先に私に向けられた火急の問題と言えば。

 

「まったく進まないのだ!」

 

 自室でひっくり返って独り言ちる私は、机の上に広がる山と積まれた宿題に埋もれ遂にはお手上げだと手を上げていた。

 日本魔法暦学、占い学、魔法薬学に魔法理論と連休に復習せよ節介を焼いて教師陣はこれでもかと宿題を授けてきている為に天狗総会並みに胃がキリキリと痛んでくるようであった。

 特に理攻めで責めてくる魔法動物兼魔法理論教諭の美奈子、拳骨で応じてくる杖術教諭の鬼灯などは言い訳が聞かない。

 郭公は説教と言っても我々には聞き取れない奇声を発するばかりで何とでもなるが、いやしかし私の矜持が一つでも取り逃すことをよしとはしなかった。やるならば完璧を目指さねばと邁進してみるが、人間限度というモノがあり、これは超過している。

 間に合わないと区切りをつけた私は最悪だけを避けるべくあまり怒らない教諭の宿題だけを避け、面倒な連中の宿題を集中的に終わらせた。

 一息つこうとエンマ荘食堂に向かい山姥に香りのよい玉露でも貰おうと自室から一階へと降りる。

 ここ最近エンマ荘には気持ちばかし生徒が少ないきがする。三年に上がって以降エンマ荘で竜人や綾瀬とすれ違う機会がめっきり減り魔法処だけの顔合わせであった。避けられているといった様子はなくただ単に会う機会が少なくなっている。彼ら二人はエンマ荘に帰っていないようだし一体どこで寝泊まりしているのか。全く持って疑問であった。

 すれ違うのは大概が新入生かあぶれた二年生ばかりで三年より上の世代はめっきり見えない。

 時折帰って来ては姿を消す。神隠しにでもあったのではないだろうか。

 そんなまったく以て馬鹿げた考えを思い浮かべながら食堂の暖簾をくぐると新入生たちの藹々とした雰囲気の中ポツンと孤立したような私は心寂しく、実った木より落ち遠く川に流された柿のような心境で玉露の急須を山姥に頼んではぶてたように一人で良き香りに包まれながらそれらを眺めた。

 

「夢多き事良き事哉」

 

 夢希望の一切を差し迫る宿題提出に打ち砕かれ絶望のどん底の縁でけんけんをしている私には彼らは本当に羨ましい。

 嫉んでも仕方がなかったが、そんな中に人だかりが出来ているではないか。

 何やらチンドン屋でも来たのかと思わせる雰囲気に、その一角だけまるでエンマ荘の空気ではないようだ。

 その中央から漂う雰囲気然り、物理的な臭いも独特。しかし相当遠くない時期にどこかで嗅いだことのある血腥さ。はてこの鮎の腸を抜く時のあの生臭さのような匂いは一体どこだったか。

 湯呑に視線を落とした時だった、その人だかりの中心が何やらに気づいたらしく私の目の前に文字通り()()()()()

 黒々としたその飛翔する姿、青年であった。

 

「ようやく見つけたよ! マイ・フェア・レディ!」

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