遠目に眺めるセウの姿はどこか吹っ切れた様子であった。
衝撃的な再会を果たし日を跨ぎ魔法処へとやってきた私に知らされたのはまさしく衝撃的と言える。
セウが、転入してきた。
曰くカステロブルーショは交換留学制度が盛んで、魔法処の四年生とセウで交換留学を行ったそうな。
そんなことは露知らず、事の運びは前々から話で出ていたそうだが私の頭の中には昨日の天狗総会の事で胃を痛めていた為にまったく以て知る由もなく聴く気もなかったった。
物事が目の前に来ればそれはそれで受け入れるしかないのが現実だった。
セウの年は私たち魔法処三年生にしては高学年生のクラスに振り分けられていいはずだが、セウの強い進言で他学校の教育制度を一から学びたいと言ったそうで、一学年から始めさせてくれと言ったそうだが、年長者を年少者と混ぜて授業をすると言うのは少々不都合が発生しやすいと団芝三がせめて三年生からといい私のクラスに割り当てられた。
「なあ、カステロブルーショてどんなところなんだ?」
「妖精が学校中にいるって本当か?」
セウは質問攻めの人気者だ。
瑠璃講堂の三学年生の教室の外にも他学年生が興味深いといった様子でセウを見に来ている。特にヴァルプルギスの夜に参加していない一・二・六年生がごった返す様に廊下に私たちの教室の前で混雑している。
「人気者だね」
綾瀬は少しワクワクした様子で私にそういう。
「確かにな。少し驚きではあるがな」
私は頬杖をついて行儀悪く片足を組んでケツが痒いと掻き毟りながらそう言った。
セウはブラジルの吸血鬼の名家ロビショメン家の次男坊だ。血の尊さは自由と柵の束縛を与え、セウの心を詠んだ私は国を離れると言う発想はまず思い浮かばなかった。
何せ私は天狗。血の尊さで言うなら何代続く家系のなど放屁のそよ風で吹き飛ばせれる。それだけ神聖視される家系の一員であるために、国外に出るなど想像もできない。
まあ、それが出来てしまうのが家督を継いでない次男坊の特権、そして『天狗』ではないモノたちの特権だ。
「魔法省はてんやわんやの大騒ぎだ。ビップ様だぜありゃぁ」
行儀悪く机に足を乗せて椅子をシーソーのように後ろ脚で絶妙なバランスで石板ほどある巨大な魔導書を呼んでいる竜人がそう言う。
「そんなにスゴイの?」
「あいつ。ブラジルの名家の御坊ちゃまだ、国を跨ぐ魔法省同士のやり取りは国際魔法協力部経由なのに、それすっ飛ばして大臣に直接問い合わせしてきたそうだ。大騒ぎ達らありゃしない」
綾瀬の不思議そうな質問に答える竜人は日本国内の魔法事情には強いだろう。何せ日本魔法省預かり陰陽寮『六波羅局』局員なのだから、外も内も知っていて当たり前。
日本のごたごたの全ての皺寄せも処理も六波羅局の仕事だ。聞けば警護兼監視役に六波羅局員の竜人と同じ同学年生にすると内々に魔法処、魔法省、陰陽寮の会談があったらしく絶賛竜人は学生と局員の二足の草鞋を履くことになっている。
と言っても竜人とて魔法処に入学して学ぶものなどないと思える知識に何やら裏でコソコソやっている風であるために元より草鞋は二足履いているようなものだ。
「仕事を怠るとは良い根性をしておるわ」
「このど昼間の教室のど真ん中で暗殺者がいるとでも思ってんのか? 思ったならガキと言わず精子卵子の段階からやり直せ、いい泌尿器科紹介してやるから」
「相変わらずの憎まれ口……やはり琵琶湖の底に沈めてやんでもない……」
この者は本当に敬意というモノに欠いている。正しく天に向かって唾を吐き、追い風に向かって肩で風切るその姿勢は最早感嘆の念すら覚えなくもない。
悪童も極まればまさに美学の域だ。この者がいきなり私に首を垂れて敬服すると言うのもある意味で気持ち悪くはあるが、少しは礼儀というモノを知るべきだ。
そんなことを愚痴っぽく綾瀬に嘆こうとしたが、しかしながらそれよりも先に到来するものがある。
そう、授業である。
「杖術の時間だオラッ!」
威勢よく教室に乗り込んできた教諭は、杖術兼魔法薬学教諭の
皆統率の取れたように鬼灯の顔を見るなり飛んで自分の席に戻った。廊下にたむろしていた生徒たちですら蜘蛛の子散らす様に逃げていた。
皆彼の拳骨が怖いのだ。
「今日は回転呪文の授業だオラッ!」
オラオラと毎度毎度語尾に付ける必要性が見出せないが、鬼灯なりの気合の入れ方でよく生徒の折檻を行う時、中庭で一列になって粋がった一年生徒たちが大声でオラオラと叫んでいる光景は見るに懐かしい。
補助教諭がクッキリと目の下に隈を作って疲れたように皆の机に小さなベーゴマを配っていた。
ようやく魔法処の教諭候補を選び始めた団芝三は数年間の研修の為に12人の教諭たちにお供として付けたが、癖の強い事で勇名を馳せる魔法処教師陣、もとい魔法処を所望する魔法使いは少ない。
その稀有な数人が今年もやってきた。今年は豊作だそうで卒業生含め12人全員にお供が付くそうだ。
探求派の卒業生の田島吟醸や、去年卒業したばかりの戦中派の上木竹人も戻ってきて、一体どこが卒業したのかと思ってしまうのは可笑しなことだろうか。
荒々しく杖を握り閉めて黒板に授業の内容を刻み込んで、叩き割らんばかりに黒板を殴る鬼灯の益荒男さは何時みても痛快と言えるが、お供はそれにビクビクとして後頭部を押さえ、頭頂部が上に伸びあがっているのは鬼灯の拳骨が降ったせいだろうか。
言葉よりも先に手の出る人間を引いたお供が可哀想だと思わなくもないが、杖術講師を志望したのが運のツキだ。
「この呪文は妖精の呪文に分類される魔法だオラッ! 『
繊細な調整が必要とされる妖精の呪文にあるまじき大胆さと豪快さを見せる鬼灯が、振り回す杖を自らのベーゴマに向け回転呪文を掛けた。
するとどうだろうか、ベーゴマは独りでにクルクルと回り出し杖の先がコマから外れるまで回り続けるではないか。
「回転呪文は重要だ。只人の施錠に使う鍵もこれ一つでイチコロにぶっ壊せる! お前たちは今日この呪文で割り箸を折れるくらいになれオラッ!」
教卓を殴り割らんばかりに片腕を振り下ろす鬼灯。
言わんとすることは分からないが、要はこの呪文があれば何かと便利であると言う事だろう。
皆が恐る恐る杖を出して呪文を掛けるタイミングを見計らっているが、竜人はそんなこと何の事かと空気など読まず呪文を唱えた。
「
完璧な発音、そして杖の振り方。
ベーゴマが生き良いよく回り出し、机を穿たんドリルの如く高速で回転して木屑が舞うではないか。
それを見て鬼灯は竜人を疑いの目で睨んでそして豪快に笑う。
「良くやってくれたぞオラッ! お前ら見たか! これを目指して精進しろオラッ!」
加減なしに竜人の背中を叩く鬼灯の張り手の勢いにつんのめって倒れる竜人は忌々しいといった様子で鬼灯を睨みつけていた。
悩んだ所でどうしようもなかった。私たちは杖を振って唱えた。
「
全員バラバラに唱え、ベーゴマたちが机の上で回り始めた。
私のコマはしっかりとした回り方をしたが、綾瀬のコマは横に直立して回り、薫に至っては完全にひっくり返って回っているではないか。
ほんの僅かにだが呼吸一つ分、ほんの一トーンだけ『ティア』の部分の発音が不明瞭だった。そのせいで正しく呪文が作用しなかったのだ。
オラ! オラ! と掛け声と共に綾瀬や薫と他の生徒の脳天を撃ち抜く鉄拳の音が痛々しく、目を瞑りたくなった。
チラリとセウは無事かとそちらを見ると──。
「
静かに唱えたセウの呪文は正しく作用しベーゴマがクルクルと優雅に回っていた。
「痛すぎるよぉ! 秋形先生の拳骨ぅ!」
昼休み、中庭で私と綾瀬は一本大捻じれ松の元で昼餉を取っていた。
頭を押さえてウンウン唸る綾瀬をあやし優しくそのたん瘤を撫でようかと思うが、あからさまに膨れ上がっている為に触れることも憚れる。人体がここまで膨張するとある意味怖い。
私は今回鬼灯の拳骨は免れたが、いつあの拳を戴くことになるか。大変怖い事この上ない。
エンマ荘の絢爛豪華な弁当をかっ喰らいながら私は、ふと綾瀬の弁当がエンマ荘の物ではない事に気が付いた。
「竜人様! 私のお弁当をご一緒にしません事?」
「遠慮させてもらう」
捻じれ松の上で太々しい猫の如く陣取った竜人が持参のサンドイッチを喰らいながら、下で待ち受ける蛇の如き絡まりを見せる女子の薫に恐れおののいている。
ヴァルプルギスの夜以降一層の猛アタックを繰り返す薫に逃げる一択の竜人は少々不憫に思えてくる程であるがいつもの憎まれ口だけは健在であるからに、心の健康は健やかと見える。
それにしても、何故だろうか。
エンマ荘の下宿人たちは、昼飯は山姥の用意する弁当で済ませる事が通例であろうに私以外の弁当は殆ど違うようだった。
重箱に入った山のような弁当ではなく小ぢんまりとした弁当箱だ。
「自炊とは、台所は山姥の領域だろう? 綾瀬よ」
「うん。そうだね?」
私の言う事をいまいち汲めてない様子であった綾瀬。何の事かと首を捻っていた。
そんな時だった。夏の香りを運ぶ初夏の風に混じった血腥い香りにふと顔を重箱から外すとセウがこちらに向かって来ていた。
「やあ! マイ・フェア・レディ! 一緒に昼食でもどうだい?」
「ん? ここは皆の場だ。勝手にすればよいのだ」
私は何の事かとどこ吹く風だがセウはどこか嬉しそうだった。
手に持ったエンマ荘の重箱はどこか真新しく新しく山姥が見繕ったものだと察しがついた。
国元を離れ、異国で一人でいると言うのは心細かろう。そんな中で見知った顔に遭遇すれば近く寄りたくなるのは人として当然と言える。人は集まらなければ死んでしまう生き物なのだから。
「日本の料理は素朴で僕の口とは違って美味しさがあるね」
「主の国はどういったものなのだ?」
「いろいろあるさ、マイ・フェア・レディ! 今度僕の国に来てくれ給えよ。料理を振舞ってあげるよ!」
「それは出来ぬ話だなぁ」
鮭の塩焼きを骨ごと噛み砕き私は異国の料理に想いを馳せる。
ああ、ヴァルプルギスの夜の夕餉の飯は中々に旨かった。日本料理が最も口に合うが、異国の美味さはそれ特有の味わいに舌鼓を打てる。
食うと寝る事しか頭にない私にはヴァルプルギス思い出は飯と異国の友人たちの事だけであった。
新学期も始まり今後も詰まっているが、しかし楽しかったことは楽しかった。唯一ヴァルプルギスを呪うとしたら感想文を書けと言う事だけだろう。
楽しかったの一言で終わらせたいが一言では文になっていない、一言で終わらせられれないのが感想文というモノだ。
日本に戻ってかなり立つがあの夢のような体験はもうできないのだろうと思うと少し残念だ。
天狗でなければあちこちの国を旅して回ることも悪くはないと思うが、そんなことを考えても詮無き事。私は天狗、この国の、日本魔法世界の象徴だ。
不動なる事、揺るがざる事は正しく権威を手早く示す方法だ。
「ええっと……ロビショメン君? ガブリエウ君って呼べばいい?」
「セウで構わないさ。美しき子」
綾瀬がおっかなびっくりセウに話しかけ、とあることを聞いた。
「倶楽部は何処に入るか決まってる?」
「倶楽部? サークル活動の事かな?」
「そうそう、ずっとエンマ荘に下宿じゃ息が詰まるでしょ? だから倶楽部に所属するの」
「おい待て綾瀬よ。いったい何の話をしている」
エンマ荘では息が詰まる? 一体どういう事だろうか。
白虎煉丹や他倶楽部に所属するとエンマ荘に何か関係するのだろうか。私は何の事かと首を捻っている事にハッとしたように綾瀬が気づいた。
「撫子ちゃんって。もしかして……帰宅部?」
「帰宅部も何もどこにも所属していないのだ」
「……よくあんなおっそろしい所で寝泊まり出来るもんだ」
大捻じれ松の上で嘲るようにそう言う竜人をキッと睨んで威嚇する私に、鼻笑いで応じる竜人はサンドイッチを大雀に分け与えていた。
「エンマ荘は良き所であろう。綾瀬よ」
「そうだけど。門限とか、夜間外出できないでしょう? みんな息が詰まって倶楽部に所属してエンマ荘から出てるの」
「そうだったのか! どおりで最近私以外の学年を見ないはずだ」
魔法処も寮というきちんとした施設は有してはいないが、寮の役割を果たしている場所は存在しているそうだ。
典型を上げるのなら、純血派の砦であった珊瑚の宮、戦中派の宿営地の瑪瑙観音堂、探求派の巣窟のしゃこの図書室だ
。三派閥の大概の生徒がこの三つの施設で寝食などを過ごすことが多くあり、一応の寮とされているエンマ荘は、先ほど綾瀬の言ったような門限や夜間外出の有無で利便性は皆無の所とは違い学校内住居はそう言った制限がない。
そう言った事もあり皆が二・三年生になるとエンマ荘を出て学校施設を拠点として活動をしている。
「しかし綾瀬よ。異国人のセウに三派閥の中に所属しろというのは少々酷ではないか? 戦中派や探求派はまだいいが、純血派がセウを受け入れるとは思えんぞ」
「三派閥だけが魔法処じゃないんだなこれが」
綾瀬は悪戯っぽく笑って魔法の懸かった地図を取り出した。
それは魔法処の大雑把な見取り図と倶楽部陣地図と言える大まかな陣営図であった。
「大概の生徒が三派閥に所属するけど、無所属の子とか、派閥に属していても個人研究の為に個別の倶楽部を立てる事は多いいんだよ? 私の所属している白虎煉丹だって本来は音楽魔術の研究が目的だったんだから」
初耳である。
そこまで魔法処が魔法に対しての研究に寛容な姿勢だったとは思ってもいなかった。
赤の純血派、緑の戦中派、黄の探求派の陣営図の中に様々な色を内包した建物があった。
それは──金の間、封印御所『天岩戸』の在る施設であった。
「倶楽部だったら、部長次第で活動自由だからいいんじゃないかな。そうだ! この際だから撫子ちゃんも部活探したら?」
「うむ……」
倶楽部に所属すると言うのは考えた事がなかった。授業で勉学は事足りているし、これ以上頭の中に何を詰め込むのか甚だ疑問であるが。
しかし綾瀬の強い要望もあるし、セウの今後も気になる。
「よし! ならばセウの肌に合う倶楽部を探そうぞ! ついでに私のもだ!」
「おー!」