アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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鯉の上り回廊

 全ての授業を終え、ワイワイがやがやと騒がしく生徒たちが跋扈している。

 私は、綾瀬とセウを伴い倶楽部の密集している施設、金の間へと向かった。

 魔法処には大まかに八つの施設がある。

 学年別の教室がある『瑠璃講堂』、天文学のみに使われる『玻璃の天文台』、純血派の砦『珊瑚の宮』、探求派の巣窟『しゃこの図書館』、戦中派の住処『瑪瑙観音堂』、教員室、校長室の『銀の間』。全生徒を集めて瞑想をする『翡翠魔法御殿』。

 そして天岩戸と部活動の集まりの『金の間』だ。

 翡翠(ジェード)を魔法処の中心に据え要石としてその周囲を七宝七珍に準え実際に建物に使われているモノを配置することで魔法的防御力を上げるある種の結界としている。

 多方面の分野に特化した施設は『七』という霊的魔法的に強力な数で護る事で只人の目を遠のかせている。

 さてそんな事はさて置き、私たちの目指す金の間は言うなれば──仏塔である。

 縦に伸びてそそり立つその姿はまさに仏塔。その地下には呪物の数々を納めた封印御所が居座っている。

 外面ばかり堂々と威張り散らしている金の間へと威風堂々と言った様子に押し入る私たちに等しく学びを授けその知識を広げるために切磋琢磨する若人たちの集い場は何とも荘厳な見た目であった。

 五重塔のように中身スカスカな事は一切なく螺旋状に上へ下へと広がっていた。

 中心の吹き抜けには重力に逆らったように上へと登る滝に、その中を鯉が上っていく。

 ここが金の間。生徒たちが倶楽部活動をするために据えられた学びの間、『鯉の上り回廊』だ。

 生徒たちの和気藹々と研究に耽り数多く行き交っているではないか。吹き抜けには遊び半分研究半分の箒性能の研究倶楽部が酷い剣幕を上げながら資料を散らし、別の部屋では奇妙な黄色の煙が上がりその部屋の中から文字通り()()()の生徒がタコのように這い出てくるではないか。

 無数の垂れ幕が垂れ下がって新入生たちの勧誘に余念のない倶楽部たちが目を楽しませてくれる。

 

「ようこそ。鯉の上り回廊へ」

 

 両手を広げて迎えてくれた綾瀬がまるで添乗員のように案内してくれる。

 各部研究に合わせた部屋を割り当てられているそうで、担任の先生に具体的な研究の申請を行えば部屋を『創って』くれるそうだ。

 綾瀬はまず自分の倶楽部、『白虎煉丹』を紹介してくれた。

 白虎煉丹の倶楽部部屋には西洋東洋南米印度と国問わず楽器が並んでいた。

 皆が思い思いに演奏に集中している中に、冗談みたいに長いラッパ(セウはブブゼラだという)を吹く部長が耳に着く音を鳴らしながらこちらを向くではないか。

 

「部長!」

 

「ブォオオオオオオオオオオ‼」

 

 演奏で応じる白虎煉丹の梶山喜次が口をそれから離す事無く応じるではないか。

 

「見学の人です。三年生の同級生の撫子ちゃんと、留学生のセウ君です」

 

「ブォオオ‼ ブォ‼ ブォオオオオオ‼」

 

 一時もそのラッパから口を話す事無くまるで御襁褓をしておしゃぶりから卒業できない赤子のようにそれを吹いて興奮気味の部長は鬱陶しいぐらいにラッパを吹いてみんなの注目を集めた。

 

「ブォオオ‼ ブォ‼ ブォブォ‼ ブォブォブォブォ‼ ブォオオオオオ‼」

 

「何言ってるのか分かんないっスよ部長」

 

 冷静なツッコみに興奮冷めやらない部長に、皆が不思議がったようにこちらを向いた。

 何とも興味深そうに手に持った楽器の演奏をやめてこちらを見ている。

 

「音楽魔術に興味があるのかい?」

 

 一人の上級生が聞いてくる。

 私はきっぱりと答えた。

 

「微分もないのだ!」

 

 セウは静かに。

 

「嗜むほどには」

 

 と、答え静かにほほ笑んだ。

 私の反応に皆がそうであろうと考えていたのか、やっぱりと言った様子で綾瀬も苦笑いだった。

 それもその筈で私は三年生の中でも三つの指に入る杖術の成績を誇っている。悔しい事だが一位は竜人で全学年の頂点だ。私はその座を虎視眈々と狙っている事で有名で、音楽魔術は二の次三の次だ。

 それを察しているのだろう皆が私には素っ気なく、セウにその上級学年生がバイオリンを渡した。

 

「下手糞でもいいよ。杖を使う要領で弾いてみてくれ」

 

「分かったよ!」

 

 セウはそう言い静かにバイオリンに頬を当て、落ち着いた様子で弾き始めた。

 才能か、何とも美しい音色か。タイニー司祭と比べても遜色ない位の大変美しい音であった。

 元来の激しさはなく、静謐な音色にみんな驚いた様子でその旋律に聞き入った。あれだけ五月蠅かった部長ですら静かにしていた。

 

「お聞き苦しい音色を聞いてくれてありがとう。ジュール・マスネでタイスの瞑想曲さ!」

 

「ブォオオオオオオオオオオ‼」

 

 耳を劈くようなブブゼラの音で飛び跳ねて喜んでいる。

 白虎煉丹の全員が驚いたように手を叩いて歓迎しているようだった。

 

「完璧じゃないか。これじゃ僕たちのお株がないね」

 

「ああ、すぐにでも入ってくれて構わないな」

 

 皆嬉しそうにそう言っていたが、セウは少し残念そうにバイオリンを返して言った。

 

「済まないが、僕は音楽魔術にはあまり興味がないんだ。本当に済まないね」

 

「いや、構わないさ。僕たちも新しい発見があった。日本人とは違う感性の違いって発見がね」

 

「ブォオオオ‼ ブブォブォオオオオオオオオオオ‼」

 

「部長うっさい‼」

 

 皆残念がった様子にセウを見送って次なる倶楽部を探し始めた。

 鯉の上り回廊を登りながら私はセウに聞いてみた。

 

「セウよ。主はどういった事をしたいのだ」

 

「そうだねぇ。何と言えばいいのか……血の研究と言えばいいのか」

 

「やはり吸血鬼は嫌か?」

 

「うん……エンジェルに出会えた奇蹟もあるが。やはり嫌な事は嫌だね」

 

「ふむ……」

 

 となればどういった倶楽部が良いだろうか。私はその辺が弱い所があり助言ができない。

 そんな中で綾瀬は陣営図を開いて見ながらその要望に合わせた倶楽部を一つ見つけ出した。

 

「ここなんてどうかな? オートマタ研究倶楽部」

 

「おーとまた?」

 

 私は素っ頓狂な応じる。

 オートマタ。人造人間、機械人形、西洋絡繰り人形を示す。

 無機物に命を吹き込むような魔法は存在している。しかしそれは紛い物の命であり実際の確証ある命とは言えず、その寿命も短命である。

 命とは何者か、命とは如何なるものか。

 そう言ったものを実際に人の雛形、即ちオートマタへと吹き込むために研究をしている倶楽部だそうだ。

 そのオートマタ研究倶楽部の部室の戸を叩き中へ入ると──。

 

「ロリ巨乳!? ロリが台無しだろうが!」

 

「何を言うか! ロリが巨乳だぞ! よく考えろ、幼気な幼女にあり得ない巨乳、この組み合わせは双方の利点を生かすベストマッチングだ!」

 

「眼鏡っ子の何がいいんだ!」

 

「憂いのある少女のどこがいい! 活発な子の方が可愛いに決まってる!」

 

「なんだと貴様ら‼ ならば戦争だ! 表に出ろ!」

 

 喧々諤々とよく分からない論争が繰り広げられているではないか。

 棚やテーブルに広げられた様々な人形のパーツやそれらを練り上げ造形している最中の粘土細工が捨て置かれ、部員たちは純血派と戦中派のいざこざよりも殺気立った様子で言い合いになっているではないか。

 よくよく飾られている人形たちを見れば、どれらも可憐な少女や妖艶な美女ばかりでそれらが作り手の望む通りの動きで私たちを誘っているように手招きしている。

 

「あの、見学いいですか!」

 

 綾瀬が恐る恐る聞くと。

 

「いいや駄目だ! 今は大切な話中だ! この話は決着を付けねば末代まで禍根となるだろう!」

 

 部長らしき人物は力ずよくそう言う。

 論争に加わらず脇で静かにドールの服を編んでいた部員に話を聞けば、何でも今部長が作っている人形のモチーフが幼女の胸を豊満にすると言うもので、それに反発した部員と言い争っているそうな。

 

「あの人たちの歪んだ性癖ですから。ほっといていいですよ」

 

「う、うむ。何とも歪んでおるな……」

 

「確かにね……日本語でこういった光景はどういうべきか」

 

「度し難いと言うのだ」

 

 言い合いを他所に私たちは部室の中をその生徒に案内してもらった。

 専門の器具というモノは特にといったモノはないが、様々な雛形を作る道具が取り揃えられている木を彫る槌や鑿、彫刻刀やデザインナイフ、鑢類に箆、裁縫道具など人形に関するモノなら全てと言っていいほど取り揃えていた。

 部室の中に小さな人形の飾り棚が所狭しといった具合だったが、奥の方に椅子に座った淑女がいるではないか、昼寝をしているようで今にも動き出しそうだがその寝息は聞こえない。

 人形だ。細部まで作り上げられた人形。

 瞼、肌の質感、髪の美しさから何から何まで丹精込められて作られた人形に私たち三人は少し見惚れてしまった。

 

「卒業生の未完成品ですよ。ほぼ完璧に近い人間の雛形です。材質も僕たちと同じですよ」

 

「ここは、命の研究をしているのだろう? なぜあのような度し難い性癖で言い争っておる」

 

「それはかなり前の話ですよ。僕たちは人形は人形だから崇高であり美しい愛でる対象であると結論付けました。今は人形制作倶楽部って言った方がいいですね」

 

「ロリ巨乳は最強だ!」

 

 奥で救いようのない変態性癖を声高に叫ぶ部長の姿が大変痛々しいと言える。

 ああも螺子くれた性癖を臆面もなく叫べるモノは勇者と呼ぶべきかそれとも愚か者と呼ぶべきか。

 それでもここにある人形作品たちはどれも卒業生や今ここにいる部員たちの作品である。どれも丹精込めて作っていることが見て取れる見事な作品だ。(性癖の有無を除けばだ)

 

「主はどのような物を作っているのだ?」

 

「僕はこの子です!」

 

 部員に自らの作品はどの子かと聞いてみると、素早く自らの娘を連れてきて披露してくるではないか。

 球体関節のシリコン製の人形で、魔法を掛けているのか儚げでまるで壊れ物のようにあぶなっかしい足取りで部員の元に近寄ってきた。

 

「見よこの美しき球体関節の美しさ、人間には醸し出せない被造物たる無機質さを! これぞ人形の美しさだ!」

 

 捲し立てるように饒舌に語り始める部員に私たち三人はどこか引き気味でそれを聞かされる。

 

「服も僕の手製、この子はまさしく僕の子だ! この美しい顎のラインそそられる、この純粋無垢な瞳の輝き、如何様にも僕色に染め上げられる純白のキャンバス。正しく人形の美点!」

 

「あー……そう、だね」

 

「他にも見てくれよ。この指の美しさときたら作った僕でも満足の更に上を──」

 

 自己賛美の果てに白熱する熱弁に私たちは呆気にとられ、もう私たちは眼中にないようであった。

 この者はこれ、他部員は性癖論争でやり合っているしもう見学どころではない。

 私たちはソッと部室を後にした。

 他の倶楽部を見て回るが中々にセウの琴線に合う倶楽部は中々に見当たらない。

 戦中派のクィディッチチームの壬生鴉を紹介してみるが、お国の違いからかクィディッチにはあまり興味がないようだ。

 黒魔術倶楽部や錬金術倶楽部、変わり種には蛹魔術研究倶楽部など様々なところを見て回ったが、しかしながらセウの求める『血』の研究とは縁通りモノばかりであった。

 大概回り上げた所で私たちは『地下倶楽部』というモノを耳にして興味をそそられた。

『地下倶楽部』。名の通り『金の間』鯉の上り回廊一階より下の地下に陣地を置いた人目に付かない少数派連中が倶楽部にも成れないに部員を抱えで燻っている。

 日の目を見ないマイナー倶楽部だが、そう言ったモノたちこそ特定の研究に傾倒していることが儘あるらしくセウの望む『血』の研究をしている所もあるかもしれない。

 そんなこんなで私たちは回廊を下り、地下倶楽部へと足を延ばしていた。

 

「何とも……まあ」

 

 一言でいうのなら──『様子がおかしい』。

 変人の部類の中でも少々様子のおかしい連中が屯しているではないか。

 郭公までとはいかないまでも、そこそこの変人奇人が地下には巣くっているようだ。

 

「代償魔法には興味ないかい? きみィ……」

 

「死霊魔術、ネクロノミコン、カタコンベぇ──」

 

「キヒヒ、ケヘへへっ!」

 

 様子のおかしい。おっかなびっくりとまではいかないまでもここまで気を確かに持たねば、憑りつて喰らう妖怪のような連中ばかりであることは分かる。

 私は胸を張って威嚇するように鼻息荒く、歩いて回る。

 しかし見学するまでもない。地下倶楽部、良からぬことを考えている連中はやはり暗闇を好む様で、地下の暗がりが住みよい様であり、外套(ローブ)の色は誰も彼もが白に近い連中ばかりであった。

 私たちはそんな中で特に浮いているようであった。

 私は蒲公英色、綾瀬は紅樺色でセウは編入仕立てでまだ桜色だがもう少しだけ色味を変えているように思える。

 薄気味悪い連中の部室を横目に見ながら進んで金の間の最奥、封印御所『天岩戸』まで来てしまった。

 ここまでくるともう人気もない。

 御所の扉から漏れ出る禍々しい気配ばかりで居心地悪く荒んだ空間にうんざりしそうだった。

 そんな時だった。

 

「うわっ! ビックリした……」

 

 天岩戸の隣にあった控室から生徒が飛び出してくるではないか。

 その生徒はどこか見覚えがあり、どこであったか思い出せなかった。

 それよりも少し驚いたのは、地下に居ながら外套(ローブ)の色は健全な濃紅であったのだから驚きだった。奇人変人の巣窟たる回廊地下でここまで正しい外套(ローブ)の色をしていると寧ろ警戒してしまう。

 

「なんだ……天狗の石槌か……驚かせるなよ」

 

「んん? どこぞ出逢ったか? 主はいったい誰だったか」

 

 その反応にガクッと肩を落とす彼はブツブツと陰鬱気に独り言ちる。

 

「あぁ……そうだよな。そうですよね……俺なんて影の薄い日陰部長だ」

 

「知り合い?」

 

「どこかであった気がするのだが思い出せぬ」

 

 綾瀬は私に聞いてくるが私もうんうんと唸って考えるが中々に思い出せない。

 セウは控室の横に立て掛けられた煤けた看板を手で払って眺めた。

 

「これはなんて読むんだい?」

 

「これは──」

 

 私はそれを読み上げた。日本魔法族亢進倶楽部と。

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