「わぁああああああああああああがはいがぁああああああああああああ! この学年の担任!
入学式が早々に終わり、教室へと移った私たちの前に絶叫と共に妙にアクの強い担任が飛び込んできた。
深碧の
一年生学年主任、航海魔術兼言語学教諭。『東方の黒髭』と渾名される教師、
私たち生徒は完全にその風貌に身を引いており、教室の後ろに控えた親御たちの顔は苦笑い。
「こんんんんにちはぁああああああああッ!」
『こ、こんにちはぁ……』
「声が小さぁあああああああああい!」
如何様に対処すればいいのか。私はこの者は物狂いのそれと考えている。
尊大な言い方と声量の大きさ、そして声の伸び、それらをすべて良好な捉え方をしたとしても差し引いて余りある不衛生で不健康そうな見た目であった。
「皆の入学を祝福するのでぁあああああああㇽㇽㇽㇽㇽㇽㇽうッ! 。すべては海神のご意向であああああああるッ!」
「狂人かよ……」
窓際に座ったスかした少年が頬杖を突いて、ぼそりと呟いた。
そう思われても致し方ない見た目と頂点しか存在しない感情の起伏であるのだから、皆がまだ顔を合わせて数時間しか経っていないが心のすべてが合致した。
「皆、自己紹介の時間なのでぁあああああああㇽッ!」
郭公の腕が千切れてしまいそうなほど、勢いよく腕を振ってその窓際の少年を指さした。
「安部くん! よろしく頼むであぁあああああああㇽッる!」
「……ッチ」
苛立たし気な舌打ちが教室に響いて、少年は立ち上がった。
天狗岳の時から変わらぬ斜に構えた見下したような視線が私たちを見下ろした。
「
そう短く言って席に座る。
──六波羅局って、禁裏の? 。 ──陰陽寮、あんまりいい雰囲気じゃないわ。
コソコソと生徒たちは思い思いに言葉を話し、まるで腫物を見るかのように竜人を見ていた。
私はどうしてそう騒ぐことがあるかと思い疑問に思うばかりだ。所詮は陰陽師、天狗の足元にも及ばないわっぱだ。
私の鼻息で吹き飛ばせる程度の存在だ。
あいうえお順に名前が呼ばれ、この学年では総勢二十名しかいない為に私の順番はすぐに回ってきた。
「石槌くううううううううんッ! じいいいいいいいいいこ紹介だああああああああッ!」
「うむッ!」
私はただ立つだけでは不服だ。机の上に立ち、胸を張って宣言する。
「私は五代目石槌山法起坊の娘。六代目石槌山法起坊! 石槌撫子なのだ! 平に平伏せよ常人どもよ!」
その私に見んなポカンとした表情でこっちを見ている。ふふん、私の偉大さに言葉も出ないようだ。
私は腕を組んで得意顔で鼻息荒くふんすとそしていると隣のおさげ髪の学友が小さく声を掛けてきた。
「……石槌さん、石槌さん」
「ん? 何だ常人の娘よ」
「……パンツ見えてる」
高台に陣取ってしまうと必然的に皆の視線が上に向いて見上げる形となる為に、スカートの中身を大公開してしまう。と言っても私の下着は褌。隠すべきものを臆面もなく曝け出されていた。
男学友は顔を赤く染めて逸らし、女子学友は共感性羞恥からか同じく顔を赤く染めて驚いた表情をしていた。
親御はここまで尊大な私に驚いた表情を浮かべ、
「元気があることは大変よろしことでああああああああㇽッ! 次いいいいいいいいッ!」
自信たっぷりに胸を張って着席した。
みんな妙なのが来たと言った顔で私の顔をチラチラ見るがそんな小事を気にするほど私は狭量ではない。どんな人間も受け入れて見せようぞ。
どんどん自己紹介が進むがこれと言って天狗の勘が働くような気配を漂わせているのはそう居ない。
いるにいる。安部竜人ともう一人、私の隣の下着を教えてくれた女子。
「次いいいいいいいいッ!」
その子に指が刺され、彼女は立ち上がった。
「
奇妙なほどに妖怪のような気配が濃い。只人と常人の混血とも違う。
人と妖怪の混じり物。私たち天狗とはまた違った存在だ。
凝視する視線に綾瀬は勘づいたのか、私の顔を見て渋い笑い方で私の視線を誤魔化した。
一学年総生徒数20名。過半数が害にすらなりえない道端の石ころだ。
こんな中では私はきっと優秀、と言うより唯一至高の存在とたかを括っていた。
「エクセレント! グレエエエエエエエイト! アメイジンンンンング! 吾輩は君たちを生徒にもてる事を光栄に思うぞ!」
郭公が杖を抜いて、空に振り教卓に山と積まれた紙の冊子を魔法を使いすべての人間に行き渡らせる。
そこに記された内容は通学及び下宿先の指定案内に関する紙であった。
東北や、海道など土地的に通学に距離のある生徒には学校側が下宿先を用意していると言う内容であった。
「下宿は好いぞおおおおおおッ! 学友同士切磋琢磨し同じ釜の飯を食えるのだああああああッ!」
衰え知らずの声量で話す郭公が杖を一振りして地図が記載されている頁を開かせた。
その住所は広島県市内に市営の魔法使いの息の懸かった地域があるそうでそこの『野良犬荘』と名前が記されていた。
写真も一緒に添付されているが、見るからに如何にもな襤褸の木造住宅と言った風体だ。
「既に入学前から何人か入荘の申請があった! 我々は歓迎すㇽるるるるるるッぞッ!」
後から聞いた話であったが、野良犬荘には独身の教員も下宿しているらしく、郭公もその一人であった。全生徒から陰で言われているのは郭公の隣の部屋になった者は夜な夜な発狂する郭公の声で生徒ももれなく睡眠不足から発狂してしまうそうだ。
ここまで常軌を逸した教師はもういないだろうと誰もが思いたいがそこは魔法処魔術学校、我々の予想を大きく上回ってくることとなるのは言うまでもない。
「けいいいいいい告なのであああああるッ! この教室棟を出て西、競技用具棟『珊瑚の宮』には近づくことは極力避けるのであああああッるッ!」
理由も告げず郭公は警告を発したのであった。
入学案内も終わり、私たち新生徒は思い思いに帰路についていた。しかしながら私は。
「
ぷりぷりと膨れて一人愚痴る私は広島の町を風呂敷に担ぎ、その中には衣服一式と風呂道具、古新聞と燐寸、仕送りの資金を包んでいた。
米帝の雷たる原爆を投下された広島は27年で見事な復興を遂げた。
あの惨劇の中から、あの地獄から只人は見事に復活してこの繁栄を見せる姿は天狗の私としてもあっぱれと言えよう。
しかしながら今の苛立ちにも似た不満の矛先は只人の繁栄ではなく、身内の、
「酷いのだ、ひど過ぎるのだ。
私は町々を抜けて広島城近くの市営住宅地へと入り冊子の『野良犬荘』の地図を頼りにウロウロと歩き回るばかりであった。
しかしなかなか見当たらあないのだからず歯痒い限りで、地団駄を踏んでいる。
飛んで周囲を確認して野良犬荘を探したいが、魔法処より出る時、
富文や団芝三の命令だけなら無視して当たり前だが、
それを破ろうものなら、本当の意味で放逐されかねない。
「ううぅ……どこなのだ。野良犬荘は」
泣き出してもいいだろうか、本当に見当たらない。最悪このまま野宿かも知れないと意を決する覚悟であった時、私と同じ制服を着た男子生徒を見かけ最後の手綱とばかりに駆け寄った。
「主! 待つのだ!」
「うん? 僕かい?」
「そうだ。そうなのだ! 貴様、このあたりで一体何をしておるのだ?」
「何をって、帰省中? あ、君って新入生な感じ?」
「そうなのだ! 野良犬荘が見当たらぬのだぁ……?」
半分涙声であるのは自分でも重々承知である。しかしこここやつを放したのなら永遠に下宿先に到着できる見込みがない、しがみ付いて離してはならない。
「ああ、泣かないでよ。僕がイジメてるみたいじゃないか」
「ううっ、常人如きにイジメられて堪るか!」
「いっで、痛てぇ! 蹴るな蹴るなよ!」
私は嘲るこやつの脛をへし折らんばかりに蹴った。
男子生徒は訝し気な顔で私を睨んで、土埃を手で払い私を遠ざけて聞いてくる。
「担任に聞いてないのか? エンマ荘は晦ましの魔法で普通の道筋で来たんじゃ現れない」
「そうなのか!」
「担任誰だよ」
「郭公なのだ」
「ああ……黒髭ね。じゃあしゃあないか。はぁ、分かったちょっと付いて来い。道順教えてやるから」
私の手を引いてその生徒は道順を教えてくれた。広島城を右回りに一周、市民球場を回り、中央公園の土を踏んで市営住宅地に入ると言う道順であった。
「覚えろよ。この順番じゃないとエンマ荘は開かない」
「私は野良犬荘に行きたいのだ」
「そこだよ。野良犬荘、別名エンマ荘。どんな人物でも平等に扱う平等の館。天皇様でもあそこじゃ一市民だ」
男子生徒はそう言って、市営住宅地の中へと入った時に先ほどまでなかった位置に襤褸の木造住宅があるではないか。私たちの辿った道に並び他の生徒たちもどんどん入ってゆく。
野良犬荘の外観は十坪あればいい位のトタンやら襤褸木を繋ぎ合わせた家屋だが、しかしながらその大きさとはまるでそぐわない人数が入ってゆく。
「訊くが、あそこは何人入るのだ?」
「あ? ああっと。二百人くらい? 間取りは奥に行くほど変わるから正確なところは分からない」
常人の魔法で私が感心できる一つと数えられるモノだ。空間を拡張してより多くを収納できる魔法だ。
「君名前は? 僕は
「私は石槌撫子である。ところで、その探求派とは何なのだ?」
「え? はぁ──柄じゃないよ。君もしかして沖縄の人? あっちはアメリカの系統が多いから」
「何を言う。純正の神州、
「伊予二名洲? ……ああ、四国か。おっかしいな。知らないってことある?」
大樹の言う言わんとする意図がいまいち汲み取れないが、何か私は知っておくべきことを知らないようだ。
それを聞こうとするが、懐中時計を確認して焦ったように走り出す大樹。
「どうしたのだ? 大樹」
「急げ! 学生食事の時間だ。この時間逃がすと夜飯は外で食わねえといけねぇ」
そう急かしてくる大樹の背に続いて、エンマ荘もとい野良犬荘に飛び込んだ私はその光景に驚く。
襤褸の家屋の外観に反し、戸を潜った先に広がった野良犬荘の内装は高級旅館も驚くような豪勢な造りをした豪邸だった。
しっかりとした梁が天井を支え、手触りよく木の棘も綺麗に取られた床。
淡く照らし出す洋灯の照明、絢爛豪華な絵屏風、掛け軸は意思を持ったように優雅に動き、壺に至っては上等な唐物であるではないか。
私はその光景に感嘆のため息が出そうだったが、大樹は靴を脱ぎ捨てて慌ただしく食堂へと走る。
脱ぎ捨てた靴はひとりでに下駄箱に収納された、これも魔法の賜物の一つ。
「おお! これは曜変天目茶碗! まだ実存しておったのか!」
壁に飾られている珍品中珍品『曜変天目茶碗』。只人の世界ではたった三点しか確認されていないモノ。
よくよく壁に飾られた物品を見ればそれらは幻の逸品の宝庫。
所在不明の名刀『蛍丸』。平将門が愛した掛けたと言われる能面に、枕草子の写本まである。
これほどまでよくぞ集めたものだ。しかしながらここの生徒はその価値が分かっていないようである。
それもその筈、毎日見ればそれはただの置物にしかならないからだ。
そんな事よりも優先すべきは夕食なのであった。
私も食堂へと足を進めて暖簾をくぐり敷居を跨いだ時、そこには和気藹々と食事をする若人たち。
豪勢に並べられた食事は宮廷料理と言われても疑わない豪華さ、そんじょ其処らの懐石料理など鼻で笑えるような豪奢さであり、それに加えて洋食、中華、国を問わない種類の数。
配膳を担当しているであろう老婆たちは、この館での門番であり、給仕であり、人食い怪物、妖怪『山姥』だった。
「あ、石槌さぁん!」
私を呼ぶ声にふとそちらに眼を向けるとここに入荘した新入生一同が既に介しており宴会が開かれているではないか。
私の褌に何やら恥を感じていた綾瀬であった。
入荘人間は私を含めて男子四名、女子二名の六名だけであった。
しかし人数は少なくても笑顔だけは本物だった。
「全員揃ったみたい。ねぇまた乾杯しない?」
綾瀬が音頭を取って乾杯を促す。男子三名は乗り気で、コップを持ったが一人乗り気ではないのがいた。
一人片膝を立てて飯を食べる竜人であった。
「ほら竜人。乾杯しようぜ」
「こういう時は郷に入っては郷に従えだぞ」
「コップ持てよ」
男子三名がそう言ってあれたこれやとしているが巌として応じようとしない竜人。
私をキッと睨んで鼻笑いをかますではないか。むかっ腹が立たなくもないが、安心せよ私は今至宝の品々を見て気分がいい。
寛大に許して席に着いた。
「じゃあみんな入学おめでとうございます!」
『おめでとう!』
「おめでとうなのだ!」
「…………」
疲れた体に染みわたる茶の味は格別であった。
有意義なひと時だった。誠に有意義なひと時であった。