アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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日本魔法族亢進倶楽部

「まあ入れよ。お茶くらい出すぞ」

 

 日本魔法族亢進倶楽部の扉を開けたそいつは私たちを手招いた。

 私たちも天岩戸の漏れ出る邪気に嫌気がさしており、そそくさとその中に入った。

 そこに広がっていたのは──。

 

「──なんと」

 

 ゴミ屋敷とでも表現すればいいのか。この部屋は検知不可能拡大呪文を掛けられているのか異様に広大であった。そこはジメジメとしていて何より黴臭かった。

 ゴチャゴチャと紙資料が散乱し、とある一角では珍妙な生物の飼育ケージが立ち並んでいるし、天上から生え伸びた手製のパイプオルガンが逆さまに生えていた。

 あちこち棚が壁に天井に床に空中に、迷路のように乱立し、すぐ目に付いたテーブルには傍には何脚か椅子が奇跡的なバランス感覚で置かれていた。

 

「ああっ‼ バカ野郎! ストリーラーが逃げ出してるぞ!」

 

 悲鳴にも似た声を上げるそいつは地面に燻った焼け焦げた跡を踏んで消し小火を鎮火させた。

 というのもその小火の原因は焼けた跡を辿ればすぐに見つかった、握り拳大の美しい殻を背負ったカタツムリがヌメヌメと地面を這いずっているではないか。

 その這いずった跡はメラメラと焼け焦げ、普通のカタツムリではないのは確か。

 何よりその大きさは我々の知るところのカタツムリではない、殻もそう、黄緑色の殻が万華鏡のようにキラキラと色味を変え目に刺さるような紫色に変化していた。

 

「ごめーん! ちょっとそいつ捕まえてて部長!」

 

 どこかから声が聞こえてくる。

 ひょいっと飼育ゲージの森の中から顔を出した生徒がいた。

 楽しそうに笑顔で片手には茸のような、蛸のような触手を持った気味の悪い生き物を握っていた。

 

「俺に死ねってのか! ちゃんと管理しろよ!」

 

 そいつは杖を取り出してそのカタツムリを触れないように瓶に詰めてそいつに投げて渡す。

 カタツムリを入れた瓶がそちらへと落ちていく。投げて飛んでいくのではない、『落ちていく』。

 

「気を付けてくれ。ここは重力が均等じゃないから、下手したら頭から落ちることになる」

 

「そのようだな」

 

 棚に並ぶ本の向きで重力の方向を知る事が出来たが、珍妙な部屋であった。

 

「綾瀬、セウよ。気を付けよ。頭をぶつけるぞ」

 

「うん……」

 

「飛んだ方が楽だねこれは」

 

 私は綾瀬を転んでどこかに落ちて行かないように手を取りながら進み、セウはあちこちバラバラに向いた重力に楽しんだ様子で進んだ。

 テーブルに着いた私たちに、珈琲を振舞おうとその者が杖を一振りしてコーヒーカップが私たちの目の前に揃えた。

 

「このテーブルの周辺はきちんと下に重力があるから、安心していいよ」

 

「うむ、済まぬな。主は……ええっと……」

 

「マジで俺のこと忘れた感じ?」

 

「微分も思い出せないのだ」

 

 部長と思わしきその者が残念そうに大きなため息を付いて答えた。

 

「お前にエンマ荘の行き方を教えたろ? 探求派の四年生、国光大樹(くにみつだいき)だよ」

 

「んん……おお‼ 主であったか」

 

 ようやく思い出した。

 この者、私が入学しエンマ荘へと放逐されたその日にエンマ荘へと入る手順を聞き出した生徒ではないか。これといった特徴という特徴を思い起こさせないその雰囲気についぞ記憶の底から抜け落ちていたようだ。

 

「はァ、そうだよな。そうですよね。所詮俺は日陰部長の探求派の鼻つまみ者だ……」

 

 肩を落とすそいつに済まぬと謝って見るが、それよりも気になっていることがあった。

 この部室である。

 他の部室より広いし、何より妙に魔法が多く部屋に掛けられているようであった。

 重力の方向は滅茶苦茶。様々な道具や家具は整合性が一切取れてない。そして何よりゴミ屋敷と呼んで相応しい物の量であった。

 

「変な部室だろ。最下層部室だからな……天岩戸の隣だし『不浄』が集まりやすいんだ」

 

 大樹がそう言う。

 要するにだ、この部屋は『不浄』が多く集まるようで上の階から捨てられた色々なものを保管する為の部屋であったそうな。

 しかし天岩戸の隣にある部屋など誰も近寄ろうとせず、物だけがずっと溜まり続けこの有様なのだそうだ。

 

「大先輩たちの遺品だよ。これ見てみ? 大戦時の九九式短小銃だぜ」

 

 個人的な趣味の棚から小銃を取り出した大樹は自慢するように披露する。

 

「あそこにはゼロ戦の残骸もあるし、あそこの奥、今資料に埋もれてるけど回天も捨てられてる」

 

「ちょっとした……資料館だね」

 

 綾瀬は言葉を選んでそう言って見るが、バッサリと自ら己を切り捨てる大樹。

 

「ゴミ捨て場の間違いだろ? 資料にはなるけど何の役にも立たない」

 

 随分と辛辣な言い方で自らの部室を嘲笑する。私たちの心の中で思っている事をズッバっと言い放った。

 そんな中でダダダーンとパイプオルガンが音階を響かせた。

 ビックリしてそちらを見ると先ほど見た時にはいなかった部員と思わしき生徒がオルガンの前で座っているではないか。

 

「ちょっと静かにしてくれ高千帆!」

 

 またダダダーンとオルガンを弾いた彼はベートーヴェン「運命」を静かに弾き始めた。

 

「ああもう! 俺は部長だぞ! 何でみんな言う事を聞かないんだ!」

 

「あなたがの研究が無謀過ぎるからです」

 

 そう静かな声で言い放つ生徒がいた。

 存在感というモノが欠落した、オートマタ俱楽部で鎮座していた未完成品の人形のように詰めたな女子生徒が入口から入ってきた。

 その者は知っていた。殺生石の調査の時に世話になった。

 

「劉‼ 俺の研究のどこが無謀だ! 堅実的かつ現実的だ!」

 

「その研究の中に人心の有無が入っていたならばきっともっと違っている筈です」

 

 劉・娜(りゅう・な)。生徒の中では珍しく呪物に大変な興味を持って研究に当たっている生徒だった。この俱楽部に所属していたとは少々驚きだ。

 彼女は資料を横に落として棚の上をゴム毬の様に跳ねてテーブルに着いた。

 

「劉先輩ってここの倶楽部の人だったんですか?」

 

 綾瀬が聞くと、淡々と答える劉は極めて冷静に無感情的に答えた。

 

「間借りしているだけです。天岩戸の隣に私の研究室があった方が利便性がいいので」

 

「こ・こ・は! 日本魔法族亢進倶楽部だ! ヌメヌメジメジメした魔法生物の飼育小屋でもないし、勝手気ままに音楽弾いたり、呪いの品を研究する倶楽部でもない」

 

 バンバンと机を叩く大樹は嘆いて今にも頭の血管が切れそうであった。

 ()は至極冷静な様子で杖を振り、紅茶をカップに注いで静かに飲んだ。

 机の隣に置かれた、と言えばいいのか立て掛けられたとも見える黒板に日本魔法族亢進倶楽部と書かれたそれに私たちは首を捻った。

 日本魔法族亢進とはいったい何を目指して研究しているのか。

 白虎煉丹は音楽魔術を研究していた。オートマタ研究倶楽部は人形を作って研究していた。

 しかしこの倶楽部は何を研究しているのか部室を見たとしても察する事の出来ない。

 名前ですらそれを察するに無理解な私たちは疑問で疑問で仕方ない。

 

「お前らマジで研究する気あるのか。日本国魔法族の人口回復研究!」

 

 大声で喚く大樹に、部員と思われるモノたちから様々に答えた。

 

「ありません」

 

「あるわけなーい」

 

 ()と飼育エリアの女子生徒がそう答え、上のパイプオルガンの生徒はダダダーンっと鳴らして応えた。この様子では見んな大樹の研究を支持する気がないように見える。

 皆が皆、自由気ままに研究に花を咲かせているようであった。

 ボトリと大樹の目の前にまた、あの色鮮やかな殻を持つカタツムリが落ちてきた。

 

「ギャァ! 吉川(よしかわ)! いい加減にしろ! ストリーラーの管理きちんとしないと追い出すぞ!」

 

吉川(よしかわ)じゃない! 吉川(きっかわ)だ!」

 

 飼育エリアから顔を覗かした女子生徒がそう反論した。

 なにやら、ジメジメたこの湿度の原因はあのエリアにあるようで、私たちはじっとりと汗を滲ませ、私、綾瀬、セウは外套(ローブ)を自然と脱いでいた。脱がねばやってれない程の湿度だ。

 吉川(よしかわ)? 吉川(きっかわ)? 何方でもよいが何やら熱心にケージの中身にご執心の様で、時折気持ち悪い声が響き、上でパイプオルガンを弾いている高千帆と呼ばれた男子生徒はダダダーンっと鳴らすばかりで一言も話さなかった。

 あのケージはいったい何なのかと思い、私と綾瀬はそちらに足を向けた。

 無茶苦茶な重力の向きに七難八苦しながらそちらに赴くと、ジメジメと熱帯雨林かくやの湿気。

 ガラスケージの中には何やらジメジメヌメヌメとした生き物たちで犇めいており、生き物と称するにはあまりにも嫌悪感を掻き立てられる生き物ばかりを飼育しているではないか。

 

「なんとも気味の悪いモノを飼っておるのだな」

 

 私は思った事を素直に口に出してたら何とも尋常ではない睨みを利かせて説教口調で吉川は叫んだ。

 

「これのどこが気持ち悪いんだ! 可愛さしかないだろう!」

 

「そ、そうかなぁ……」

 

「健常者とは価値観が違うようだな」

 

 ケージの中にはトイレットペーパーの芯程の太さのある巨大ミミズがレタスを齧っているし、異様に大量に飼われたあの殻の色を虹色に変える巨大カタツムリがいる。

 ケージ周辺のあちこちに生えた菌類かも生き物かも定かではない動く物が繁殖していた。

 

「骨のある魔法生物のどこがいいんだか。ホークランプの生命力を見ろ! いやこれはちょっといき過ぎだな、これはなし修正で。──これを見ろ! このフロバ―ワームの骨がない故の可動域の多さ! 嫌悪感を通り越して哲学的な動き!」

 

 力説する骨のない魔法生物を見るじっとりとした吉川の目はうっとりとした表情に見えた。

 私たちはヘドロの底に迷い込んだのか。ここに住まう生き物たちはあまりにも湿気が多いいようで変な汗が背中を伝う。

 

「ああ! 俺の棚にまでこの気味の悪い茸が生えてきてるぞ!」

 

 下から大樹の悲鳴が聞こえ、大声で吉川が答えた。

 

「だから今駆除してんの! アンタらちょっと手伝って」

 

 ガスマスクに毒々しい液体が充填された霧吹きを渡してくる吉川はガスマスクを被って、気味の悪い茸にそれを吹きかけた。

 

「これこのストリーラーの毒液だから。あ、吸ったら即死だから気を付けてね」

 

 恐ろしいものをさも当然といった様子で手渡してくるあたり、この部室には法というモノが欠落しているようで、渋々と私たちは茸駆除を手伝う羽目になった。

 霧吹きを茸に掛けると断末魔とも取れる奇怪な音を鳴らして萎れていく。さあさあ茸の大虐殺だ。いったい何が楽しくてこんなことをしているのか。

 この毒液の有機物には有害なようで木製の棚は吹きかけた途端に火で炙ったように焼け焦げるわ、髪に飛べば燃え上がるわで、火事寸前の大変危険なやり方である。

 屋内で火を使うのは台所だけとこいつは知らないのかと正気を疑うが、これの駆除にはこの毒液が効率的だという吉川はガスマスクを外し歯の矯正器具を覗かせて笑った。

 いやそれどころではないだろうと心の中でツッコんでみるが、これの駆除法など知る由もない私たちは黙って猛毒を吹きかけて茸の大虐殺に興じる。

 そんな中で気色の悪い茸の森の中からヒュッと顔を覗かせる生き物がいた。

 蛇のようであるがしかしながら胴体が妙にずんぐりとした見た目。瞼がしっかりとありチーチーと鳴き歯並びの悪いすきっぱで大口を開けていた。

 こいつは知っている。ツチノコだ。

 只人の目にも多少触れ魔法省は奔走して大惨事とした奇妙奇天烈な魔法生物だった。

 

「ああ! そいつには掛けないで! 飼育対象だ」

 

 吉川は初々しくツチノコを手に持って首に巻き付けてポケットにれたスルメを与えていた。

 骨のない生き物にご執心の様子である吉川だが、読めてきた。こいつ気味の悪い生き物が大層好きなのだろう。脛こすりやパフスケインのような愛嬌のある生き物はどうでもいいようで普通ならば避けられる生き物を嬉々として好む手合いだ。

 魔法生物なら何でも好きな鴇野美奈子と似た手合いだが少々傾いているようである。

 手足がなく爬虫類とも軟体動物とも思えるそれを涎を垂らして喜ぶ吉川に辟易しながら私たちは、テーブルの方へ戻ると、セウはパイプオルガンに座り高千帆と共に連弾を楽しんでいるようであった。

 少々ここはごちゃごちゃとし過ぎている私は溜息を出された珈琲で呑み込んで息を付いた。

 

「留学生は妙に品種改良に興味があるみたいだな」

 

 彼ら二人の奏でるおどろおどろしい音色に拗ねたように唇を尖らせる大樹は杖を振りながら広大な部室を整理していた。

 

「己を変えたいのだそうだ。あの男は血の研究をしておるのか?」

 

「高千帆の家系は呪いを持ってるからな。神隠し会いやすいし何より短命で有名な家だから、自分でも嫌がってそう言った研究してんだ」

 

 人の悩みは千差万別、人がいればいるだけその種類は無数に多様化していく。

 しかしながら似たような悩みは抱く者もいる者だ。

 吸血鬼と呪われた家系の一員の連弾は正しくこの世を呪った様な怒りに満ちた音色であったがしかしながら同胞に巡り廻って出会えたことに歓喜しているような音でもあった。

 

「チクショウ! 一体お前たちは何のためにここにいるんだ! 俺の研究を手伝う為だろうが!」

 

 口々に全く違うと言う吉川と()に、高千帆とセウはダダダーンと旋律を鳴らした。

 

「これじゃあ顧問も付きやしねえ。正式な倶楽部にも昇格できないじゃないか……」

 

 涙声で喚く大樹に私たちは少々不憫に思って慰め、研究の内容を訊いてみると、()や高千帆吉川の無気力さが身に染みて分かるような内容であった。

 日本の魔法族の人口回復計画と称した誇大妄想じみた政策とでも言えばいいのか。

 どうすれば日本の魔法族が増えるのか、この逼迫した人口問題打開の具体的な内容であったが、無茶の過ぎる内容だった。

 エッチをすれば国より報奨金や、移民の動員など聞けば聞くほど頭の痛くなる内容だった。

 ()の言う通り大樹の考えには人間の感情という重要なピースが欠落していた。素人目でも分かる──無理の一言に尽きるばかりであった。

 必死になって部員になってくれと縋りついてくる上級生の儚さ、優しく言い過ぎた、哀れさは悲哀を誘うような見窄らしさであった。

 綾瀬は丁寧にもう別の倶楽部の部員であると断りを入れているが、私はいったいどうしようか。

 セウは共同研究の相手を見つけたが、私はいったい何がしたいのかよく分からなかった。

 何をしたいのか? 何をすべきなのか? 首を捻るばかり。

 戦中派の壬生鴉は良くしてくれるがどこか神輿のような扱いで担いでくるばかりでよそよそしいし居心地が悪い。

 ならば純血派? まさか、以ての外だ。ならば探求派? いまいちだ。

 直感としてあれがしたいこれがしたいといった欲求が出てこない。ただ知りたかったのは涅槃へと至る方法であった。

 

「んん……」

 

 唸って唸って腹の虫もいびきを立て始めていた。

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