ウマ娘たのちい……手が付かななくて一苦労です。
「由々しきことである。闇の生物が学校内に持ち込まれた」
初めて学校で宿泊した翌日に、翡翠魔法御殿で急遽の全校集会が行われた。
その内容は言わずもがな。昨夜私がレシフォールドなる布のような魔法生物に襲われたことに起因していた。
「再三言っておるが決して闇の魔法が一概に害であるとは言わん。しかし道徳や理性を失ってまで得るべき知識程に害になる物はない。そこまでして手に入れるべき知識は最早知識とは呼べず、『怨嗟』となり得よう」
壇上に立った団芝三の深刻めいた語り口に皆が不安に駆られていた。
日頃から闇の魔術でも使いようによっては益あるものと言って憚らない団芝三が、ここまで深刻に忠告するのだからその説得力は一塩に重く圧し掛かってくる。
私はこの件に関して言えば被害者の立場であって、その言葉の重みは当事者たちに深く圧し掛かってくることだろうと、ざまあ見ろと言ってやりたいがしかしながらその当の犯人は名乗り出ていないのが現状であった。
第一にだ、あの闇の生物をどのようにして手に入れたのかそれが気掛かりであった。
闇に属する生物は多かれ少なかれ危険な地域や生態を持っている為に、捕獲もままならず欲を掻けばむしろ取って食われる可能性がある。
魔法省分類に依れば
あの闇の魔法生物のレシフォールドももしや
危険度
しかし
魔法生物にご執心の美奈子ですら「飼いならすことは無理である」と匙を投げ、魔法生物学で有名なニュート・スキャマンダーですら近寄る事ならずと書き記しているくらいだ。
ともあれ、この事態はあの阿呆校長である団芝三も重く受け止めたらしくこうして全校集会を行っているのだ。
「知識の質を問え、正道より外れし知識程我々の繁栄と更なる探求の妨げになる者程なかろうて。……このところ、禁書の棚の書物が貸し出し期限を守らぬものも居るようだし、その事をしっかりと心に刻んでおくことだ」
これ可笑しと言うように鼻を文字通り伸ばして笑う団芝三。
その鼻が示した先にいたのは生徒の最後方で待機している教師陣の中で顔を真っ赤にして今にも破裂せんばかりに赤らんだ顔をしていた郭公であった。
我らが三学年生の学級担任であり、何を隠そうしゃこの図書館で『禁書の棚』と呼ばれる闇の魔法などを記した怪しげな書物の管理をしている。
一・二学年生は禁書の棚の貸し出しは禁止されているが、三学年生より郭公の許可があれが貸し出しが可能になるのだ。
その事もあり竜人は頻繁に禁書の棚の書物を読み漁っており、このところ姿を見れば何やら古臭い襤褸の洋書を読んでいる。しかも、その書物ときたら良からぬ気配を感じるのだから、それは間違いなく禁書の棚より貸し出されたモノであることは疑いようもない。
しかしながらあの規則に小五月蠅い竜人が貸し出しの期間を守らないことなどあり得るのだろうか。
「禁書の棚の管理は田路村先生の管轄だ。努々知識に捕り殺されぬよう肝に銘じておくように」
そう言い団芝三は話を締めくくって、この全校集会が終わった。
「竜人よ!」
「なんだ天狗娘……」
昼時の休みに、中庭の大捻じれ松の元で私は竜人を問い詰める気でいた。
松の上に陣取った竜人に下から見上げるなど言語道断と私は節操なく羽根を広げて飛んで見下す様に睨みつけるが、大捻じれ松のトゲトゲとした葉にチクチクと体を刺されるために仕方なしに同じ目線で声を掛けていた。
「昨晩の事、話してもらうぞ!」
レシフォールドの唐突な襲撃、そしてその撃退を果たした魔法の正体。聞きたいことはほかにも多くあった。
竜人は白々しくデカい洋書の本から目線をチラリとこちらに向けてすぐに元に戻した
「腹出して寝てた馬鹿な天狗にちょうどいい死に装束が寄って来ただけだ」
「腹など出しておらん! 話をはぐらかすでない。主は何故にあの場にいた、何故にあれの撃退方法を知っていたのだ! と言うより主は──」
「一度に幾つも質問しないでくれるか。内容が取っ散らかって仕方がない。……はァ、で何が聞きたいんだ。
バタンと本を閉じた竜人が面倒だといった様子でこちらを素直に応じてくるので私は少し面食らった。
大抵の場合竜人はこういった場面で話題を躱して流してしまうのだが、こうも素直に応じると気味が悪いほど喉の詰まりが無いようですぐに応答するからに私としてもどれから聞けばいいか迷ってしまう。
うむ、まずは……どうしてあの場にいたのかを聞くべきだろう。
私は何処から日本魔法族亢進倶楽部の部室に現れたのかを聞いた。
そんな事かと拍子抜けした様子でさっと竜人は答えた。
「お前は知らないようだがなこの学校は過去に在籍していた学生の手で地図にも載ってないような作られた道が無数にある。あの部室にはしゃこの図書館に直通している隠し通路があって俺はよくそこを利用して図書館に入り込んでいる」
「何故表から堂々と出入りせんのだ。二年前の珊瑚の宮じゃぁあるまいし、探求派は寛容であろうが」
「お前の目は節穴か? 俺が今持っている本の出所が分からないのか?」
表紙を叩いてよく見ろと言わんばかりに本の存在を主張する竜人。
主張せずとも、言われずとも見れば分かる。『禁書の棚』の一冊だ。その禍々しい気配から間違いないだろう。
得意気に鼻笑いで応じる竜人だが私は意味が分からなかった。何故に禁書の棚の書籍が部室の隠し通路の利用になるのかまったく以て分からない。
そんな様子に竜人は溜息を付いて答えを言った。
「貸し出し利用の誓約書に俺は名前を書いていない」
「と、と言う事はそれは無断貸し出しというのか!」
「声がデカい! ……まぁそう言う事だ。貸し出しと言っても誓約書の魔法契約のせいで図書館から持ち出せないからな。名前を貸さずに持ち出すにはあの通路がちょうどいいんだ」
禁書を無断持ち出しをするとは肝が据わっていると言うか、無謀と言うか。
竜人は他人に厳しく自分に大変甘いようで他人に規則規則と五月蠅いのに自分は規則を破り放題だ。
優等生で通っているからにちょっとした悪さも怖くないようで、本来ならば停学ものの規則破りだ。
表紙を優しい手つきで撫でる竜人。タイトルは『Liber Ivoris』。直訳で象牙の書と読むのだろうか、少なくとも日本語で書かれている書物ではないのは確かだ。
「理由は分かったろう。……質問はそれで終わりか?」
「ん? いや、いやまだだ。何故主はあのレシフォールドの撃退法を知っていたのだ」
私の質問に小馬鹿にしたように見下し笑いを浮かべ顎を突き出して竜人は答えた。
「それこそお前の不勉強の賜物だろうが。『幻の動物とその生息地』にレシフォールドの生態と撃退法がしっかりと記載されている」
「そ、そうなのか?」
『幻の動物とその生息地』は魔法動物学の指定教科書であり、私は背負った手提げからそれを引っ張り出して探し上げた。
しかしすぐに見つからず、竜人は頭を抱えながら頁を言った。
「七六から七八頁だ。レシフォールドの生態と撃退法が記載されている」
「おぉ、確かに」
レシフォールドの姿形から何から何まで昨晩のそれと合致している。
撃退法……
はてそんな呪文は我々三学年生の授業で習っただろうか。少なくとも私の覚えの中ではない。
拳骨暴力教師こと秋形鬼灯の杖術や防衛術の立木香美乃の授業では教えられていない呪文だ。
教科書ミランダ・ゴズホーク著の『基本呪文集』をどれだけ捲って探してみても守護霊の呪文という項目は見つける事が出来なかった。
「それには載ってない。当然だ、必要のない呪文だからな」
杖を取り出した竜人は静かに呪文を唱えて披露して見せる。
「
杖の先より白銀の煙が靄の様に噴出し姿を徐々に現してくる。
それはそれは美しい九の尾を持つ銀狐。気取ったようにフイっとそっぽを向いて空を踊るように駆け、大捻じれ松の天辺で腰を落ち着かせた。
見事なもので、その魔法に感じられる気配はまるで幸福の塊のような印象で見ていて心が満たされるようであった。
「どうやるのだ! 教えるのだ!」
「自分で勝手に調べてやれよ。学生だろ」
くるりと体をずらして松の木より飛び降りた竜人はええかっこしい歩き方でその場から消えさった。
私はふわりと消える九尾の銀狐を睨み見続け松の木に降りて自らの杖を取り出して空を見つめて考える。竜人の奴にも出来たのだ、私に出来ない謂れはない。
私は杖を力強く握って唱えた。
「
次の瞬間私は爆炎に巻き込まれ気絶していた。
「……いつ見ても煽情的な翼だねぇ。……捥げたならホルマリンに漬けてずっと飾っておきたいくらいだ」
医務室に担ぎ込まれた私は『浮かぶ教師』こと村崎野治の治療を受けていた。
顔中にべったりと塗られた青魚の腐ったような軟膏で鼻が曲がりそうになり、しかめっ面で辺りを見渡していた。
場所は銀の間の野治の医務室兼私室の部屋で薬品臭いやらで嗅覚がどうにかしてしまいそうだった。
「この臭いのはなんなのだ……」
私は渋い顔で現状を野治に問いかけると、浮かんだまま野治はゆっくりとこちを向いた。
薄暗い笑みで、見ているこっちが鬱になりそうなほど精気がない笑顔をこの私に向けるとは何事かと言いたいが、現状の訳が分からなかった。
何せ顔のくっさい軟膏もそうだが、着ていた制服も剥ぎ取られ着せられているのはブカブカの病衣であった。
「……吹き飛んだんだよ、君。……覚えていないかい? 中庭の松の木で大爆発さ」
野治が燃えカスになった制服をゴミ箱に放り込みながら答えた。
「……変な魔法使ったんだろう? 爆発する様なスペルの呪文なんて限られてるし……あれだけの火力……ヒヒッ。……なんで死ななかったの?」
「……私が知りたいのだ」
記憶が少しずつだが思い出してきた。
そうだ。私は竜人が使った
しかし結果的に私が使った瞬間に私の杖から冗談にならない火力の大爆発が発生して至近距離で私はその炎を浴びてしまったのだ。
「……そろそろ軟膏を塗り替えないとね……あぁ自分で拭わないで、皮膚がずるずるになるよ」
優しい手つきで私の顔からくっさい軟膏を取って新鮮なくっさい匂いの軟膏を漆喰を塗るが如く私の顔に塗りたくる野治はどこか楽しそうであった。
職務放棄をしている事で有名な野治だがこれでも優秀な癒者でありこの魔法薬も後々聞けば野治の作った強力な火傷薬でありものの三時間でつるつるの赤ん坊のようなお肌に様変わりだ。
そんな風変わりなと言うより、変わり者の野治聞くのも少々お門違いと重々承知しているが、質問してみたくて仕方がなく訊いてみた。
「野治よ。質問良いか?」
「……うん、いいとも」
私はここに運ばれることとなった経緯とその主原因となった呪文について話した。
「守護霊の呪文というモノを知っているか?」
「……守護霊の……あぁ知っているとも。僕たち教員の中でも使える人間は半分いれば良い位の高度な呪文だね」
気色の悪い笑顔でそう言う野治は杖を取り出して徐に唱えた。
「
フワッと銀色の靄が現れ、小さな小さなビリーウィグの群れが形を成して辺りを舞った。
竜人が使った守護霊の呪文と同じ、そして私が大爆発させた呪文と全く同じ
「ど、どうやってそれを使ったのだ?」
「……今の君には必要じゃないよ。だってこれ、普通の魔法使いだと本来だと使用する場面がない」
「しかし、竜人は使っておったぞ! あの布切れの生き物、レシフォールドとか言ったか。あれを退けるにはその呪文が必要のだろう?」
目をぱちくりさせて驚いている野治がゆらゆらとこちらへ近づいてくる。
その顔はまるで豆鉄砲を喰らった鳩の様に面食らっているではないか。レシフォールドという単語に、そして今朝の全校集会の裏側で起こった出来事の全てを知っていると野治は悟ったのだろう、少しだけ考え込んだ様子で、そして聞いてくる。
「……君はぁ、パトローナムを使ったのかい?」
「無論だ。使ってこうなっておる」
この生臭い軟膏塗れに誰が好き好んでなりたいか。私はご免被りたいが、パトローナムを使って大爆発など信じられないといった様子で野治は首を捻って提案してくる。
「……選択授業で錬金術を受講してはどうかな。あの先生なら杖についても詳しいはずだ」