どうしても諦めが付かなかった。
杖の問題と切って捨てられても天狗に合う杖など早々なく、杖屋も悩んだ末に『曰く付き』のこの杖をよこしてきたのだ。
すぐすぐ取り換えの利く物ではないのは百も承知。第一に私と魔法道具の相性は極端に悪いようで、杖も、箒も、占い道具ですらそっぽを向いて自壊していく。
そんな中で私という仕手を拒まずに寧ろその命を喰らおうとするこの杖の心意気とでもいう使い心地は私としても気に入っている。
どうにかしてこの杖で守護霊の呪文を使えないかと思い足を運んだのは知識の宝物庫の場所であった。
魔法処南東に位置する何とも奇妙な形をした建物『しゃこの図書館』へ向かった。
魔法的防御陣の為に建物に七宝のシャコガイを使うのはいいが、ここまで盛大に建物全体を貝殻の形状にする必要性があるのかと少々疑問であったが、建物の外殻に使われている超巨大なシャコガイの殻ときたら、度肝を抜かれる大きさであった。
ちょっとした平屋ならすっぽりと収まってしまうのではなかろうか。
大層汚い外面だが中に入るとその光沢のある乳白色の内面の美しさは素晴らしいの一言に尽きた。
波打つ独特の構造を巧みに使って本棚を作り上げている。光の反射を巧妙に使って外光を建物全体に行き渡らせる設計士の心意気は何とも雅とでも表現すればいいのか、洗練された優雅さを備えている。
しかしながらこのシャコガイいったいどこから調達したのか。到底自然界でこの巨大な貝殻を形成するだけの生命力を持った軟体生物がいるとも思えない。
魔法で肥やらしたのか、それとも成長呪文で巨大化させたのか、大変不思議だ。
行き交う生徒たちは皆手に持った本に首っ引きなようで何とも静かな空間か。紙の擦れる音と、人の息遣い、服の擦れる僅かな音しか聞こえてこない。
私の目的とする手に関する書籍は何処かと生徒に話を聞くにも皆が手に持った本に集中している為に、声も掛けづらい。
私は渋々一人で杖に関する本を探して回った。
そこまで大きくない建物のはずだが、どうにも構造が波打つ扇状の形をしているせいか上ったり下ったりの落差で本の虫である生徒たちにはいい運動になる事だろう。
「杖……杖……杖の本……」
一人ブツブツと呟きながら私は杖に関する本を探して回る。
どうにも本棚に並ぶ書籍は類別されず、手当たり次第に入れているようで聖書の隣にソドム百二十日が並んでいる。
冒涜的とは何たることかをこうして示しているようで、知識の分類は分け隔てないようで美徳も悪徳も等しく知識であると団芝三が再三言っていることを体現しているようであった。
どれもこれもが一緒くたに並べられているせいで探すのは一苦労であったが、恐らく目的とする本を見つけた。標題は『杖に使われる木材とその芯材の特性』というモノであった。
無造作に頁を捲りパラパラと中身を確認していく。
アカシア、ヒノキ、ハナミズキと様々な木材の特性が書き記されている。
スギを皮木に使用している杖の特徴として、気骨と忠誠心を持った使い手をこの好み洞察力と認知力を備えた者が多くいるという。鬼灯が好みそうな木材だ、ひょっとすると彼の杖はスギで出来ているのではなかろうか。
ローリエは卑劣な魔法は好まず栄誉を追求する目的使い手には従順であり、それを反故にする使い手は容赦なく切り捨てるという。正々堂々としている様はまさしく私向きではなかろうか。
しかしそれは成しえなかった。
目的の頁に目が留まった。
サクラ──非常に珍しく、不思議な力を生み出しどんな芯材を用いても、死をもたらすほど強力な力を宿す杖ができることが多い。ドラゴンの琴線との組み合わせは使い手に強い自制心と精神力を求めると書かれている。
私はその内容に何とも言えない気分で己の杖を取り出してクルクルと回して弄ぶ。
不思議な力とはサンジェルミが言っていた日本国土内で固有の振る舞いを見せるという性質の事だろうか。致死性を持ち合わせているというのも確かに言っていた。
何とも奇妙な杖に好まれたモノだと自分自身で嘲笑を浴びせかけたくなる。
さらに後の頁を捲ると芯材の項目があった。
木材に比べ芯材の種類は少ないようで、不死鳥の尾羽、一角獣の鬣、ドラゴンの琴線などが有名な芯材が数点と他に見覚えのない芯材が僅かに書き込まれていた。
杖造りとは摩訶不思議な世界だ。
芯材の項目で檮杌を探して見るが載ってはいない。さてどうしたものか。
サンジェルミは檮杌を
私は魔法生物の書物を探して回り目に付いた所はかなり高い位置に置かれており、脚立も見当たらない為に私は羽を伸ばして飛んで取った。
羽根音に何人かがこちらを見た気がするが、気にはしない。
かなりの大きさを誇る本で、両手に抱えても余る大きさで四苦八苦しながら私は飛びながら、それを開いてキメラの項目を探した。
「キメラ……キメラ……あった」
ギリシャに住むという稀少な魔法生物で獅子の頭、山羊の胴体、龍の尾を持った合成獣。非常に凶暴で血に飢えているという。
退治された例は一件しかなく、退治した魔法使いも疲労困憊で帰りに天馬からの落下で死亡し詳しくキメラを御する方法は定かでない。
魔法省分類は──『
当然だろう。こうしてキメラを見れば帝に仇名した鵺のような存在なのだろう。
日本にもキメラのような存在はいる。
知能は無いに等しく、非常に獰猛でありここに記載されているキメラのように血に飢えて夜な夜な黒雲を引き連れて都を暴れ回った事が後世にも伝わっている。
今も鵺は生き残っており、数は少ない迄も黒々とした黒雲の漂うところ鵺ありと
一度だけ興味本位で私はその麓に降りた事があり、そこは鳥獣虫魚関係なく見事なまでの貪食と暴れまわった跡があり残っているのは食い残しの死屍累々の死体の道ばかりで背筋が凍った思いをした。
天狗とて近づいてはならない存在がいるのをそこで私は初めて知った。
理と知を解さない生き物には天狗はめっぽう弱い、何故ならば相手は恐れを知らない。
恐れを知らないと言う事は敬う心を知らないということに他ならず、天狗も否が応でもその扇を抜いて全力で戦わねばならないことに他ならないからだ。
それの近縁種、即ち檮杌の毛が私の杖には使われている。
絶滅魔法動物の欄を開くと『亜細亜の絶滅種』という項目に檮杌の名前があった。
檮杌もかなりの暴れん坊であったようで古代中国で暴虐を尽くし西方の果てにある羽山に流罪になったと記されているがそれ以降の所在は不明、恐らく絶滅とされると記されている。
しかしながら檮杌とは調べれば調べれば奇妙な生き物だ。中国では邪神ともされ、その生まれは三皇五帝の子息という高貴な血統なのだそうだ。
この場合、魔法生物の血統というより三皇五帝という魔法使いたちに生み出された魔法生物と捉えた方がいいだろう。
魔法使いの手によって生み出された人工的な魔法生物は数多くいる、まあどれも
自然発生的に生まれるにしては檮杌は少々『兇悪』過ぎるような気がする。魔法使いの手で生み出された人工魔法生物と考えていいだろう。
さて問題はここからいくら檮杌の出生を知ったところでこの杖に使われその振舞い方を知らねば意味がない。
『杖に使われる木材とその芯材の特性』と檮杌の頁を見比べて比較してみてもどうにも分からない。
キメラの近縁種の芯材の特性とその振舞い方はどれだけ調べても分からなかった。
さていったいどうすべきか、今度こそ杖術兼魔法薬学教諭の秋形鬼灯に聞くべきだろうか。
マイナスを上回るプラスを得る事の方が建設的なのは重々承知しているが、しかしながら楽を出来るのならばそれに則したことはない。
杖に関して博学なのは野治が紹介したサンジェルミがああ言うのだ、と言う事は杖に関してはこれ以上他教諭の助言を当てにしては見当違いなのだろう。
バタンと本を閉じて、辺りを見渡した。誰も彼もが本に嚙り付いて血眼になっている。
これぞ探求派、机上の空論を捏ねて捏ねて手垢に塗れた理論を永遠に捏ね続ける若き研究者たち。
しかしながら捏ね上げた理論のそれを実行するだけの度量のない解消なしどもだ。こういう時に頼れる学友集団に心当たりがある。
探求派は話にならず、純血派は以ての外だ。
理論と実践の
彼らの抱えるクィディッチチームの壬生鴉とはまだ繋がりがありこれ幸いと頼る事が出来る。
私も探求派のように理論ばかり練って頭でっかちになってはならない。理論は実践してこそその優位性を発揮するのだ。
「おん あろりきゃ そわか」
日を跨いだ翌日の放課後に私は瑪瑙観音堂に足を延ばしていた。
相も変わらず見事な造りの巨大な瑪瑙から掘り出された観音菩薩像が堂の中で鎮座して私たちを見下ろしている。
座禅を組んだ疎らに座った戦中派生徒たち。
迷い戸惑い、知識を欲するが故の苦悩。その自らが構築する理論の正邪の方向に苦悩するモノたちの自問の場でありそして魔法処に措いて三本の頸を持つ龍とも表現できる学生集団『戦中派』の砦である。
私は出来うる限り五月蠅くせず摺り足で瑪瑙観音堂の奥へと向かい、壬生鴉の作戦会議部屋の扉を叩いた。
中では喧々諤々とクィディッチ作戦が討論されており、双方がぶつかり合う鯉の上り回廊の部活連の闘論とは違い互いの意見を尊重する大変和やかな討論であった。
「おや! 石槌ではないか! 今日はいったいどうしたんだい?」
久しく聞かなかったはきはきとした声で話しかけてくる者がいた。
上木竹人である。既に魔法処からは卒業しているが、魔法省に入省し教育課に赴任することとなり、竹人自身の要望もあり魔法処の教員研修を受け現在は補助教諭として魔法処で教鞭を取っている。
当然の流れと言うか、補助教諭の過半数は大体が魔法処の卒業生であり、鬼灯の補助教諭やトム・リドルなど外部から入ってくる者たちの方が珍しい位だ。
と言っても補助教諭の大方が魔法処の教諭になるという事は少なく大概が地方に隠れ住む魔法族の指導教員として赴任することが多く、現在魔法処卒業で実際教鞭を取っている教諭は井上兎喜のただ一人である。
大概の教諭は海外で実地研修を受けて戻ってきた
鴇野美奈子はオーストラリアのドラゴン研究に従事していたこともあるし、秋形鬼灯は人格的に問題ありだがイギリスで禍祓いをしていた事もある。
我が三学年の学年主任たる田路村郭公もアメリカのミスカトニック大学で闇の魔法の研究をしてその対策を打ち立てたという功績を以てして日本に戻ってきたのだ。
大海を知らずして教えを与える事困難なことなし、日本古来の魔法を学ぶならばここ魔法処である必要はない、陰陽寮なり地方の祈祷師に弟子入りすればいいだけの話で、欧州独自の魔法形式を学びそして実践していくにはやはり海外の経験は大きい。
竹人もその例に洩れる事はないだろうと寂しく思うが、しかしながら親しい者が戻ってくることは嬉しい限りだ。
「少し相談したいことがあるのだ」
「どんな相談だい? 僕ができる事なら最大限力になるよ」
後輩の頼り事に何とも嬉し気な竹人に私は答えた。
「杖造りの実験をしたいのだが、杖造りに精通した者たちおるか? 材料や芯材などは次長の富文に掛け合って取り寄せるのだ」
「杖造りか……いるにはいるがなぁ。え? てか長江次長知っているのか?」
「ここに放り込んだのはあいつだ。金の工面は魔法省持ちであるのだ」
何とも言えない顔で渋い顔をする竹人であったが、しかしながら吉報来たりだ。
やはり杖を作っている酔狂な者も戦中派に属しているようであった。
その者の事を聞けば、人間的に難のある者である様で戦中派のはぐれ者の名を欲しいままにしているそうな。
こちとら尊大不遜の天下の天狗たちと額を突き合わせる天狗総会に何度も出席しているのだ。
郭公のように狂っていない限り話は通じるだろう。
私はそうたかを括っていた。