瑪瑙観音堂の奥の奥、最奥と言っていいだろう。
本来無いはずの洞穴の通路が開通して南硫黄島内部向かって掘り抜かれた地下防空壕とでもいう見た目の坑道で、竹人に連れられて杖を作っているという生徒の元に向かっていた。
その生徒の名前は鬼木造太。
私よりも一つ上の学年であるそうで、何でも成績優秀で授業を免除、個人研究室の貸し出しなど数多くの特例を取得した大変お頭のよろしい者であるそうな。
しかしながら奇行もしばしば行い、特にそのキチガイじみた杖造りの執着心は常軌を逸しており、比較的温和で協調性を尊ぶ戦中派での中でも突出して『様子がおかしい』なのだという。
日本人特有の和を尊び守る姿を反し『出る杭は打たれる』という言葉を素面で反発して飛び出ているのではなく、もとより刺さってすらいないのだという。
何とも奇特な奴か。一匹狼という気質なのだろう。どことなく親近感が湧かなくもない。
私は天狗、どこへ所属しても厄介な珍妙者である。
それに同意はしていないがもう所属していることになっている亢進倶楽部も魔法処で炙れた者たちの巣窟だ。
呪物のオタクの中国系の無機質人形の劉・娜。無意味な理論を繰り広げる探求派の鼻つまみ者国光大樹。
珍妙な魔法生物ばかりに現を抜かしてその飼育する動物の毒で問題ばかりを起こして居場所を失った吉川來未。
言葉も喋らず語りかけても帰って切るのはパイプオルガンのダダダダーンのはぐれ者高千帆翔。そしてブラジルから流れてきた流され者のセウ。
ここまで混沌とした迷惑者たちのクラブも珍しいの集合体たる魔法処でもひと際異彩を放っている。
問題やっかみ何でもござれ、こちとら天下の日本魔法族亢進倶楽部。魔法処の爪弾き者たちの集いだ。
そう思っていた。
目的とした鬼木造太の研究室の木扉をノックしようとした瞬間だった。
ズドン! っと何かが爆発した轟音と振動が坑道を大きく揺らし土煙が僅かに待った。
何事かと私は目をしばたかせている当の研究室の木扉が音を立てて内側に向かって倒れた。
そこに広がる光景は研究室というより塹壕と表現する方が適切な程の退廃的な内装。
剥き出しの石壁に無造作に積まれた土嚢、いくつかが破けて炸裂していた。
散らばった芯材の数々に木屑が降り積もっており、その研究室の中心を占領する様に第二次世界大戦で使用されていたのだろう榴弾砲塔が煙を上げており、ついさっき発砲したようであった。
「あーあ……、また失敗だ」
そんな声と共に土嚢の壁よりひょいっと顔を覗かせたのは初顔の生徒であった。
恐らく、というよりも彼こそが鬼木造太と思われる。
奇怪な出で立ちはもうここ魔法処では見飽きるぐらい見飽きているが、彼もなかなかの研究者気質とでもいうのかその見た目は想像を絶する。
群青色の
数珠にロザリオ、コンボスキニオン、ミスバハにホーシェンと神様頼りの欲張りセットようであった。そして造太はひどい猫背で体臭は得も言われぬほどの悪臭を放って仕方がない。
硝煙臭く、そしてしれを誤魔化す様に抹香や線香の匂いを体に纏わせ鼻が曲がりそうであった。
顔には落書きのように珍妙な刺青を施しているし、街頭で話しかけられれば間違いなく警察を呼んでいる風体のインチキ宗教家の教祖のようだ。
「鬼木、今度は何をしている?」
竹人は土埃に咳き込みながら造太に話しかけた。
もう慣れっこと言った様子の竹人の対応に、これがこいつの平常運転であることが察することが容易にできる。何のために榴弾砲をぶっ放す必要性があるのかと思われるが、造太は床に転がった小枝を拾い上げて怒りもせず、荒ぶりもせず、まるでぶすくれたようにそれを睨みつけた。
「耐久テスト、空撃ちくらいで折れる程度の杖じゃ実践じゃ使えない」
「いっそ鉄製にしたらどうだ」
「その案いいね。まぁ杖の役割は果たさないけど」
杖研究に学生生活を費やしているという酔狂な者とはいったい何者かと出向いてみればとんだ胡散臭い宗教家のような奴が現れたではないか。
さてこいつを本当に信用していい者なのか。
と言ってもこいつを頼るしか道はないのだが、この男の匂いばかりは、強烈過ぎる。
「主……一体どれだけ風呂に入っておらぬのだ」
私は思わず非難の声を上げた。見知らぬ相手に失礼と思うが、しかしながら第一印象は最悪でしかない造太に声を上げずにはいられなかった。
造太は自身の脇の香りを嗅いで、何の事かと首を傾げて言う。
「そろそろ二か月だ。清めの呪文で体を清めているから綺麗なはずだけどね」
「体臭ばかりは消えぬ。風呂に入れ風呂に、臭くて堪らぬ」
「ていうか君誰? 竹人さん誰っすか?」
初対面で難癖を付けられあまりいい気がしていないのだろう。造太は私に指を差して竹人に誰かと聞いていた。
怪訝な表情に私はムッとして羽を広げようとしたが、竹人がそれを制止して私を紹介した。
「彼女は石槌撫子、三年生だ。俺が在籍中の頃に壬生鴉の面倒を見てくれていたんだ。戦中派の相談役だよ」
「へー、でその相談役の三年女子が何でここに来たわけ?」
「彼女は杖造りに興味があるそうなんだ。鬼木、俺の顔を立てて相談に乗ってくれないか?」
訝し気な表情で私を見る彼は少しだけ沈黙で応じて、そして皮肉めいて答える。
「相談役の相談ねぇ。役職もクソもないじゃないか。……まあいいさ、先輩の顔に泥塗るわけにはいかないですから」
そう言って部屋の端から土嚢を引っ張って来て積んでそこに座れと合図する造太に、私たちはその土嚢に腰を落ち着けた。
当の造太は榴弾砲の砲身を掃除しながら片手間に話を聞き始めた。
「それで、杖の何が知りたいんだ? 石槌三年」
「私の杖の事で相談があるのだ」
「君の? 折れたりとかヒビが入ったとかしてないなら問題ないだろう」
「うむ、そう言った不具合ではないのだ。杖の性質と言えばいいのか、一部呪文との相性が悪く爆発してしまうのだ」
その言葉に僅かに手が止まったが、やはり興味がないと言いたげに砲身の煤を大きな掃除棒を突っ込んで聞いていた。
「私の杖は曰くがあるらしく、幸福などのプラスのエネルギーを貪りマイナスのエネルギーを貯蓄してしまう性質があるらしい。そのせいで守護霊の呪文がまともに使えぬ仕舞い、よもや反転して爆発する始末だ。これを解消したいのだ」
「造りは?」
「造り?」
「木材と芯材はなんだ?」
私は嘘偽りなく正直に答えた。
「血脈桜と、檮杌の尾の毛なのだ」
その言葉に造太の手が止まり、こちらを向いた。
気味の悪い目つきで、猫背の姿勢で私の方にすり寄って来て煤塗れの手を伸ばしてくる。
「杖見せて見ろ」
私は杖を取り出して渡した。
今迄そこまでよくよく見ていなかったが、こうして見るとこの杖もなかなかに綺麗ではないか。
持ち手は襤褸の布切れで覆われているがその黒檀のように黒々としたような光沢のある色、まっすぐ芯のある一直線の飾り気を削ぎ落した杖としての機能美しか持ち合わせないその頑なな見た目も良い。
そんな杖がほんの僅かにだが奇妙な雰囲気を漂わせる。
まるで私の手から離れるのを嫌がるような靄の様な気配をふと覗かせてるが、しかしながら猫の気性のようにプイッとどこかに向いた気がする。
鼻を鳴らして私の杖の匂いを嗅ぎ、何かしらの調べをしている。
「血脈桜か?」
「うむ、杖屋はそう言っておった」
「えらく不浄を溜め込んでる。何をどう作ればこおんな不幸の塊みたいな杖を作ろうとしたんだ」
どこか浮かれているかのような口調で私の杖を調べる造太は終いにはおしゃぶりのようにチュパチュパと杖を咥えてしゃぶりついて味まで調べ始める始末だ。
杖造りを知る者たちは独特な人間が多いいのだろうか。サンジェルミ然り造太もなかなかの曲者だ。
しかし曲者ながら一芸に特化した者もいるのは確か。造太はその顕著な例であろうと思われた。
「芯材になんて気持ちの悪い物を使ってやがる、檮杌の尾の毛だったか?」
「そうだ、キメラの近縁種と思われる魔法生物の者なのだ。絶滅しているそうだ」
「道理で聴いたこともない響きをしているんだな。ただでさえ桜の木材で捻くれた性格なのに、もっと捻くれた性格にしてるようなものだ」
水晶の数珠のようなものを取り出した造太は地面にそれを置いて数珠の中心に杖を突き立てておいた。
瞬間、透き通った透明な数珠の水晶の玉が、真っ黒の漆黒に染まって気味の悪いさを如実に表すかのように変転するのだから私は口あんぐりだ。
「前の使い手の話は聞いたか?」
「いや、知らぬのだ」
「相当人殺したんだろうな。……怨念に呪い、悪念に邪気の見本市だ。もう呪詛みたいになってる」
「そこをどうにかならぬか? どうしても私は守護霊の術を使いたいのだ」
ちょっとした竜人への対抗心からどうしても私は守護霊の術を使いたかった。
あの悪童にできる事が私に出来ない事などあってはならない。あったのなら悔しくて悔しくて憤慨の末に憤死してしまいそうだ。
そんな嫉妬心の末にこの杖をどうにか出来るのならば魂を地獄の極卒に売り渡したところで安い物だろう。
「脳味噌空っぽなの君? 呪詛だよ。分かる? 呪詛、呪いの最上級。普通の呪いが麻の紐なら呪詛は鎖なの。普通には解呪は出来ないの。──しかもこれ普通の呪詛とも言えない」
「なんなのだ?」
親指の爪を噛みながら少しだけ考え込んだ造太。
私にでもわかるようなたとえ話を考えているようで、何とかそれを捻り出した。
「普通の悪意や憎悪なら簡単だが、こいつが溜め込んでるのは感情のそれだ。杖の中に何にもの人間がいるって思ってもらって構わない。悪意だけなら簡単に引っこ抜けるが、祓うのとも違うからなこれは──さあどうしたものか……」
祓うにしても憑いているモノの種類が違うのか、何とも渋い顔で唸る造太。
本職と言うのは語弊があるが、得意分野に難題を振り掛けられそれをどうにかして解決しようとワクワクする子供のように瞳を輝かせる彼の目は面倒くさいといった様子から徐々に真剣な表情に変わって行った。
石材、木材、ありとあらゆる材料を持ってきては目の前に広げて思想する造太。
一つ私に提案してきた。
「この杖自体をどうこうって言うのは論外だが、外装で何とか取り繕うことは出来るかもしれない」
「外装? どういうことだ?」
「欧州じゃあ仕込み杖って形で杖を携帯している事がある。魔法的意味は向こうじゃないが、俺は一歩進んだ考えで発展させたんだ。これ見てみな」
一枚の写真を取り出した。
それは造太と校長の団芝三が並んで写った写真であり、魔法が掛けられ造太は気怠そうに、団芝三は嬉し気にステッキを持っていた。
「このステッキは俺が作った杖だ。杖に見えないだろ」
確かに私たちの魔法の行使に使う杖には見えない。老紳士が小洒落た造りのそれで歩行の助けを成す道具にしか見えない。
しかしながら団芝三の持つステッキは杖を埋め込まれた杖だ。
魔法省に見つからないようにと外装に偽装を成された精巧な騙し杖だ。
「この杖なら……そうだな……傘だ、傘がいい。持ち手は竹製だ。竹は強さや不動、忠義を意味する言葉を持ってる。和紙ならばそうだな……檀紙を使おう。原材料の楮の言葉は『過去からの思い出』こいつに宿った負の感情も吸い取ってくれる」
饒舌に語り始めた造太に火が付いたようであれよこれよと用意を始めた。
和紙の一枚から竹の材質まで徹底したこだわりよう、これはもうほっといてもよいとまで思えてしまうほどの気を逸した熱量に私は少しだが満足してしまう。
この様な無用なまでの自信と熱の籠りよう、確証にも似た成功への執着。
放っておいてもこれに任せれば万事成功に向かうと思われた。
私も竹人も造太その熱心な姿勢に納得の言ったといった様子に顔を見合わせ頷いた。
ここまで事がうまく運ぶと気分がいい。私たちは勝手に作業を始める造太を横目に造太の研究室を見て回った。
木材、芯材、キッチリと整理されてその様子は薫のそれに似て安心が出来る。
色々と見て回って金属の箱に手を伸ばした瞬間だった。
「それに触るな!」
いきなりの怒鳴り声を上げた造太に私はビクッとしてしまう。
何やら大切なものを仕舞っているのだろうか。その鉄箱は造太の怒鳴り声に反応して内側からバタバタと暴れのたくった。
「一体何を仕舞いこんでいるんだ?」
こんこんと鉄箱を叩いた竹人に誤魔化し笑いのように笑う造太。
「ボガードを芯材にしようかと思って閉じ込めてんだ。逃げ出さないようにね、さ、消えた消えた」
真似妖怪を杖の芯材に選ぶとは奇特な者もいる者だ。
もっとよくよく見たかったが造太は作業を見られると捗らない性分なようで私たちは研究室から追い出されてしまった。
摘まみだされた私たちはポカンとしてしまう。
「な。変わり者だろ」
「うむ、だがあの熱量。成功するだろうな。感無量なのである」