突如として湧いて出たその群集団。
群集団と言ってもたったの四人であったが、その四人は恐らくこの日本魔法界の中でも屈指の実力を誇るであろう人間たちであった。
その立場からあちこちから鼻摘まみ者のように扱われてはいるものの実力は現役の
日本魔法省預かり陰陽寮所属機関『六波羅局』だ。
先頭に立つ刃物のように切れる雰囲気の男はその手に持った数珠の音と共に杖を振って宣言した。
「我ら六波羅局。魔法動物法及び不認可魔法関連行為事項を確認した──制圧せよ」
『諒解』
三人の局員はそれぞれ異質な雰囲気を放っていた。
皆さぞ死線を越えてきたのだろう。そうとしか思えない程その目は鋭く、鋭利に尖った目をしていた。
「二十を超えるレシフォールド。恐ろしいですわねぇ」
色鮮やかな赤毛の女局員が優雅に言うが、口調とは裏腹にその雰囲気は狩人のそれでった。
片方の手に持った金剛鈴をチリンと鳴らし、もう片方の手に持った杖を振ると白銀の鶴がレシフォールドのその薄い体表を啄んでいく。
「中央のありゃぁ、レシフォールドじゃねえなぁ! クヘヘっ!
甲高い声で喚くその局員は手に持った分厚い過去帳を開いて何かを探しているようであったが、しかしながらこの戦闘に行われている守護霊の制御だけは怠っていなかった。
その手に持っている過去帳はいわば大罪人の名とそれを監視する監視者たちの名前が記された云わば闇の半死人過去帳名簿。
アズカバンの収容者の名前から個々の吸血鬼の認識数字、そして世界各国の指名手配中の犯罪者の名前が記されている。
「あはっ! 認識数字がない! 自然発生の吸魂鬼!?」
明らかに興奮している様子であったその局員の振る杖に合わせ猛進する白銀の猪がレシフォールドを蹴散らして踏み荒らしていく。
三者三葉の守護霊たち。鶴を操る女狩人、猪を唆す極卒、そして隊長であろう男の白銀の大狼。
そしてそのんかに混じっていたのは──。
「バカが! その杖で守護霊の呪文使いやがったな!」
急いで駆けつけてきた男──竜人であった。杖を私の青色の蛆の湧いた腕に向けて呪文を唱えた。
「
青色の蛆は溶けるように私の腕から零れ落ち、蛆で埋もれて見えなかった私の腕が現れた。
見るも無残に食い荒らされてどうにかこうにか骨までは蛆が達していないようであったが、皮膚を食い破った蛆は中まで進んでいるようで、まさに骨と皮ばかりが残っていた。
泡食ったように竜人は腰の薬盒から小瓶を取り出した。
匂いから察するにハナハッカ・エキスに類するものである様で爽やかなツンと鼻を突く香りに、私の荒んだ心を僅かながら落ち着かせた。
用法も無視して私の腕にそれを掛けて傷口を一応の処置を竜人はしてくれた。
「二度とその杖で守護霊の呪文を使うんじゃねえぞ!」
強く私に言い聞かせる竜人。いつもの人を食った様な、小馬鹿にしたようなそんな嘲る雰囲気は一切なく真剣そのものに私も黙って首を縦に振るしかなかった。
「安部君、一般人の保護を」
「諒解、神代局長」
反骨精神の塊のような竜人が歯むかうことなく六波羅局局長であろう男の言う事を素直に聞いていた。
私たち亢進倶楽部部員を一か所に集め、杖を振って九尾の狐の守護霊を操って守りに入った。
薄膜の銀の障壁が私たちを包み、レシフォールドの侵入を確実に防いでいた。
局員たちの士気の高さ、そして戦気の異様な高まり。
仏具の音がまるで転経器の鳴らす輪廻の環の残酷な運命を指し示しているかのように、レシフォールド、そして局員の一人が言った
「オン・ムニムニ・マカムニ・シャカムニ・ソワカ」
すらすらと唱え上げる真言の美しき語りか──真言に言霊のように魔法は宿らないと証明はされているが、その美しき音色に合わせ荒れ喰らう白銀の大狼の蛮勇さたるや。正しく言葉であの守護霊を、式神を操っているようであった。
手に持った杖を手繰っているのだから決してそんなことはないのだが、西洋の呪具たる杖が、彼らの纏う東洋の雰囲気で押し消され覆い隠されているようであった。
彼らは寧ろ禍祓いというより──陰陽師。
「そろそろか──」
竜人が静かに呟くと、夜の街に轟くような爆音を鳴らしてそれらが飛来した。
幾台ものバイク。色鮮やかなボディにロケットカウルや三段シート、これが路上を走っていればそれこそ威勢のいい暴走族のそれであるが、しかしながらその単車群は何を隠そう、空を舞って来たのだ。
間違いない──日本魔法界の誇る治安維持機関『禍祓い』たちの御到着だ。
「遅い御光来。感謝いたします」
「柿も青いうちは鴉も突き申さず候と誰かが言った。いつも美味しいタイミングにはいやがるウンコバエの六波羅が……」
一際大きな単車が一台降り立ち皮肉めいてそう言い放つ真っ白な
それにニコニコと応じる六波羅局局長の態度たるや、鋼の心臓を持っているのかそれともただ単にこの空気も汲み取れない阿呆なのか分からずじまいであった。
禍祓いの怒る理由も分からなくもない。何せ禍祓いは魔法世界の治安維持の組織、それの仕事は罪人の捕縛のみならず危険生物の管理から違法物品の取り締まり、魔法界での警察と思ってもらって構わない。
その仕事を横から搔っ攫った六波羅局は禍祓いからみればまさに『蠅』ごとき煩わしい存在だろう。
到着した禍祓いの仕事のほぼ全てを処理して、この悪びれない様子を見れば皮肉の一つも言いたくなるのだろう。守護霊に食い散らかされたレシフォールドの残骸を足で払いのける。
「相変わらず、トゲトゲしている。亀戸、鶴寺、安部くん、撤収するぞ」
『諒解』
撤収準備を始めた局員たち。
私たちの前に立った局長であろう男が、優し気に私に笑いかけたがその雰囲気は決して笑顔では拭えぬ程に鋭利な物であった。ヤマアラシ友の温もりを感じえず、この男にはあまり深入りするには危ない様子が容易にうかがえた。
「君たちは重要参考人だ。挨拶が遅れたね。──我々は日本魔法省預かり陰陽寮『六波羅局』。そして私がこの六波羅の頭の
禍祓いの大送迎付きで私たちは訳も分からず連行されていく。
夜闇の空を駆るバイク群が向かっている場所は古都──古今東西日本魔法界に措いて重要な場所、京都へと私たちは連行されていた。
京都東山区清水の大寺の駐車場にバイク群が降り立って訳も分からず私たちは護送されていく。
清水寺の内観を楽しんでいる暇など与えない剣呑な雰囲気に私たち亢進倶楽部員たちは皆委縮してしまっていた。
そんな委縮した中で、遂には──。
「さっさと飛べ」
顔を真っ赤にして怒り散らす禍祓いの長が清水寺の縁を指さして言ってくるではないか。
清水の舞台から飛び降りるといった狂言じみた諺を鵜呑みにして本当に飛び降りるのは馬鹿のすることだが、この状況でそんな馬鹿を言うほど禍祓いの長が頭のおかしい者とも思えなかった。
他の禍祓い達は次々と清水の舞台からその身を投げていくので、私たちは肝を潰してもうどうしようもない事を悟った。
「清水ダイブってマジで……」
大樹は今にも死んでしまいそうな顔色で、必死になってそれを拒否しようとしていたが我々に拒否権など存在しない。
「早く行け」
襟首を捕まれ投げ捨てられる大樹の「ヒエー」と情けない悲鳴が木霊して落ちて行った。
次が使えていると千切っては投げ千切っては投げと投げ捨てようとする禍祓いの長に我々もせめて身を投げるならば自らと言い、縁の手すりを登って下を見た。
夜闇の暗さもあって下は見えない。この地面のいずこかに大樹の亡骸が転がっていて運よくそこに落ちたなら私たちは足の骨を折るだけで済むはずと、この理不尽な身投げに匙を投げるしかなかった。
意を決して舞台より飛び降りた。
「っ──」
頭の天辺を引っ張られるように奇妙な感覚が私たちを引きづっていく。目の前が目まぐるしく回転し、平衡感覚が見事に崩壊していくような感覚に嘔吐感を抑えきれず嘔吐く私。
ボットン便所に落下していく糞の如く入口から投げて捨てられた私たちは呻いて転げまわった。
そして気づくと──目の前に広がっていたのは。
「──」
言葉を失ってしまう。
駅構内を思わせるアトリウム。しかしそれらは金属など低俗なものを一切使わず木で繋ぎ合わせているだけの近代和風建築。
多数の人々が行き交い、それらすべての装束はやはり和的な色合いが強い。
見ての通りの立烏帽子に狩衣の陰陽師も居れば、軽やかに袴と羽織だけのものもいる。
無数の雪洞が浮かんで辺りを照らし、古き良きガス灯がまだ生き残っている様子。
石畳の道路で私たちは初めて見る古都の風景に口あんぐり目をパリクリと丸めて私は鳩ではないが鳩が豆鉄砲を食ったようになる。
ヒューと言う音と共に、六波羅局の局員たちも私たちが落ちてきた頭上の穴から現れて見事な着地を決める。
私たちが突き落とされた清水の舞台以外の出入り口もあるのだろう、小銭と共に六角の石から雷を落としたような落雷と共に姿を現す魔法使いも居れば、どこにもつながっていない鳥居の中から現れる者もいる。
提灯お化けがケタケタと笑い声をあげて雪洞の中を縫って飛び、鎌鼬が輪になって道行く人々に塗り薬を売って回っている。
表とは全くの別世界。
それもその筈、ここは地図にもというよりも地上にその場所が存在していない。
日本人の発想力か、それとも悪知恵か、検知不可能拡大呪文を京都という空間そのものに掛けたのならどうなるのかという発想の元。この街、魔法街が生み出された。
陰陽太極図のように風船の内と外のように、ようは魔法街は京都という街の『裏側』なのだ。
「こいつらは俺達が持って行かせてもらうぞ」
何やら禍祓いの長と神代とが言い争っている様子であった。
禍祓いの長も沽券にかかわると言わんばかりに、腰が抜けてこんにゃくの如くフニャフニャになってしまっている大樹の
「困りましたねぇ。彼らは私たちが押さえた筈では?」
「現場にいたこと自体で嫌疑はある筈だ。何より『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』に引っかかってんだ! 杖の破壊はなしにしろそれなりの厳罰は
「それでもですねぇ。彼らも衰弱してますし、一人に関しては腕を一本なくなりかけている状態だ。せめて証言台に立たせるのなら五体満足の状態できちんと言葉の話せる顔色の良い少年少女の方が見栄えがいいのでは?」
「治療ならこっちでもできる! 帝都病院にぶち込めばいいだけの話だ!」
「関東圏の設備の話を関西圏で言わないで下さいよ。一体東京まで彼らを運ぶのにどれだけ時間を掛ける気ですか? 姿現しもできない彼らにあなたたちのバイクでの行軍はハッキリと言わせてもらうと自殺行為です」
苛々と頭を掻き毟って考え込んだ禍祓いの長、そしてその妥協案を神代が出した。
「二日だけ待っていただけますか? 必ずそちらへ彼らを送り届けますので、治療はこちらで行いますので」
「…………っ! ──その言葉違えるなよ」
激しい歯ぎしりで禍祓いたちが退散していく。
やれやれといった様子の神代に女局員の鶴寺がポンポンと肩を叩いて私たちを魔法街の奥へと案内した。
「竜人。一体どこへ行くのだ……」
「皆の治療とお前の腕の蘇生だ。少し黙ってろ、もうすぐ着く」
京都一分の一スケールの魔法街を歩かされる私たちの身にもなってほしいものだが、文句を言っても始まらない。
京都の街に照らし合わせるとちょうど六波羅蜜寺の場所に当たろう場所に到着した。
周囲の建物は和風木造建築なのに対してそこだけ場違いな洋館であった。
真新しい看板に『六波羅局』と金縁で書かれた看板を掲げているが、その壁には『売国奴』『くさ者』『裏切者』『誅罰来たり』などと非常に見るに堪えない落書きが書き記されているではないか。
如何に六波羅局の立場がどうなのかが一目で分かる外観のそこにに私たちは押し込められた。
内観は非常に綺麗でちょっとした金持ちの別荘と言っても不思議ではない。
「こっちだ」
竜人は私の手を取って奥の部屋へと引っ張っていく。
「ど、どこに連れて行くのだ」
「治療部屋だ。大人しくしろよ」
消毒液臭い部屋へと押し込められた私は入口に仁王立ちした竜人が睨みを利かせて見下ろして宣言した。
「くそ痛く治療してやる。覚悟しろ」