アメイジング・ナデシコ   作:我楽娯兵

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些細な異変

 時を数え魔法処に入学し早二ヶ月経とうと言う早朝。

 

「コケコ、コケコ、コケコッコー!」

 

「コケコケコケコケコケケケケケケケ!」

 

 発狂語りの妖怪鶏とそれに習い廊下を走って回る郭公の奇声でエンマ荘の朝は始まる。

 早朝の六時に毎回まったく同じ時間帯に発狂語りと郭公が大声でエンマ荘を駆け回れば嫌でも目は醒めるようになる。その声が登校時間に会う丁度良い時間なのだから皆目覚まし代わりに使っている。

 寝間着姿の生徒たちは自室を抜け出す、扉の開け閉めの音で私も目を覚ます。

 

「ぬぅ、朝か……」

 

 寝ぼけ眼を擦って私は布団から朝露に濡れる亀の如き鈍重な動きで起き上がった。

 常人との共同暮らしと言うものに大変な憤りを覚えていたのは最初の頃までで、二週間も過ぎれば京となりつつある。

 夜一二時以降は自室より出れば荘長の山姥に取って食われる可能性があるが、それを除けば不満と言う不満は郭公の夜の発狂声ぐらいだろう。それも今では心地の良い子守唄だ。

 廊下へと出て食堂へと向かう最中に香る香ばしい焼き魚は何とも食欲をそそられる。

 

「おはよう、撫子ちゃん……」

 

「綾瀬、おはようなのだ」

 

 私と同じくまだ眠いのか大欠伸をしながら友人となった綾瀬と鉢合わせて、共に食堂へと向かった。

 食堂では既に多くの者が揃っており食事をしている。

 出汁巻き卵、赤味噌白味噌合わせ味噌吸い物とすべてそろえた汁物、焼き魚は鮭、シシャモ、鯖とあり、副菜は漬物、お浸し、納豆と食べきれない程並んでいる。

 私はおひつから米を茶碗によそい、焼き鮭を皿に取り味噌汁と山ほどの甘納豆を選び朝食を取り始めた。

 

「いただきますなのだ!」

 

 食欲から眠気も徐々に吹き飛び始め。がつがつと米をかっ込み、味噌汁を啜った。

 後ろを通る山姥に礼を言う。

 

「相変わらず美味いのだ。山姥よ!」

 

「あ”り”がと”ねぇ……」

 

 嗄れ声で応答する老婆、見た目は人と相違ないが夜になれば人を食らう化け物となる危険な妖怪だ。

 しかし日が昇ってしまえばこれとて安全であり、こうして自らの宿に泊まる者に食事を用意して回る。毒と同じで妖怪も折り合いを付ければいい関係が保てるものだ。

 向いに座る綾瀬はスクランブルエッグとロールパンを毟って食べていた。

 

「それだけで足りるのか? 綾瀬よ」

 

「朝は弱いの、胃も縮んでるしあんまり食べられない」

 

 その割には私とよく間食をしている。どうすればそれが腹の肉にならないのか不思議で仕方ないが、食べたものはその胸部へ向かっているのだろう。

 豊満な母性の象徴、同い年でも大きくかけ離れたそれ。私は自分のモノに視線を下ろすと平野が居座り古墳の如き乳首があるばかり。

 

「っく!」

 

「どうしたの? 撫子ちゃん?」

 

「ううっ、何でもないのだ!」

 

 私は焼き鮭を骨ごと喰らい、飯を目一杯含んで味噌汁で流し込む。

 そして朝初めの楽しみである甘納豆の山を喰らい頬を緩ませる。小豆洗いが研いだ豆は品種限らず甘みが付くと言う。この甘納豆はその豆を使っている為に大変甘くよろしい。

 顔を綻ばせて味わう姿に、斜め左向かいに居座る竜人が鼻で笑い、嘲るような笑いを漏らした。

 

「なんなのだ竜人、甘味を食べる私がそんなに可笑しいか!」

 

「飯ぐらい静かに食え。落ち着かないったりゃありゃしない」

 

「ぬううっ、相変わらず嫌味な奴なのだ……」

 

 入学当初からやけに私というより全員に見下したような態度で接する竜人。

 こやつの表情筋は常に一定でまるで能面の様であった。

 しかしながら魔法の才覚は群を抜いており、一学年の頂点だ。こんな嫌味を言っているのもそのせいだ。

 今にその座を私が奪い取り尻に敷いてやると心に決める私なのであった。

 

「綾瀬よ。一講座目は何の授業なのだ?」

 

「日本魔法暦学、でも姫路先生が四年生とダブってるって言ってた」

 

「うむ、では銀醸だな……寝てしまわぬよう気おつけねば」

 

 お代りの甘納豆を取りに行った私はゆったりと食事を楽しんだ。

 ゆっくり楽しめると思ったがよくよく思えば、登校時間は決まっている。エンマ荘で生活する生徒の大海燕送迎は時間が決まっている朝七時、広島城の天守閣に大海燕が待機して七時五分後ピッタリに飛び立つために、正規の登校手段としてはそれしかない。

 過去に大海燕に乗り遅れ、箒で登校しようとした生徒がいたようだが結果として只人の戦闘機に追い回され大騒ぎとなり停学処分を喰らってしまったそうだ。

 遅刻をすれば成績に響いてしまう、私としては他人の評価などどうでもいいが母様(かかさま)からの大目玉が怖い。勤勉にするしかない。

 食事を済ませて自室へ戻り、制服の袖に腕を通す。

 外套(ローブ)の色は薄桜から僅かに赤みを帯びて色を変えていた。

 魔法処魔法学校の特色、成績素行によって外套(ローブ)の色が変わり大きさも身長によって変幻自在に変化する魔法の外套(ローブ)だ。

 色の法則性は冠位十二階に準えていると言われているが色の順番は滅茶苦茶で、下より、白、黒、桜、赤、黄、紫、青、黄金の順に上がってゆく。

 私はまだまだ中の下だが、悔しいかな竜人の外套(ローブ)は紅桔梗の色まで上がっている。

 何をどうすればそこまでの色になれるのか不思議でならない。全く同じ授業を受けているのになぜそんなに上へと昇るのか。

 

「あやつ何かズルをしているのではなかろうか」

 

 そう思われてても仕方がないだろう。

 私は着替えを済ませてエンマ荘を出る。広島城の天守閣へと向かう。

 本来の天守閣の開館時間は九時以降だが、ここの管理は日本魔法省の息の懸かった部署が担当している為に魔法処の生徒は無償で通れる。

 天守閣の最上階へと昇り、隠し通路へと入り屋根の上へと登った。

 燕たちが待機しており、所狭しと犇めいて天井に止まっている中で燕の脚の隙間を抜けて、私だけを乗せる燕を見つけ出す。

 

「さあ、行こうぞ!」

 

 私の掛け声に応じて燕が出発。天空を駆けて行く。

 変わらずの爽快な飛行で私の朝は上機嫌だ。

 

 

 

 

 一時間目の授業、日本魔法暦学。

 瑠璃講堂の一室で私たち一年生は歴史と言うものを勉強していた。

 

「──このため日本魔法界では陰陽に準えてイギリスで言うマグル、アメリカではノーマジと表現される非魔法族を日本では只人と、魔法族を常人と呼び、只人の社会を『表』と呼び、常人社会を『裏』と呼ぶ事が多くある。裏浅草もその一つだ」

 

 教壇に立つのは教師かと思いきや、それは生徒であった。

 六年生。最年長生徒の中でその分野で成績の優秀な者が時折教員の代わりに下級生の授業を持つことがこの学校ではある。

 何とも不思議な秩序だが、それも致し方ない事。

 魔法処魔法学校の全教諭数は校長を含め十二人しかいない。大抵の教員が二つか三つの学科を兼任しており、その授業数を考えれば圧倒的に人数が足りていないのだ。

 しかし学ぶべき場で教える人間がいないのは歯痒い限りと過去この学校に在籍した生徒たちが自ら勉強し、学生集会として共同勉強会を開き学を磨き出したのがこの代理教諭制度の始まりだった。

 授業で教諭が二重講座の予約を立ててしまった場合に年長学年が年少学年の勉学を教えると言うものに変わって行った。

 そしてこの日本魔法暦学の授業を請け負ったのは六年生の田島銀醸(たじまぎんじょう)だった。

 温和で深いところまで教えるのがうまいともっぱらの評判で、実際の日本魔法暦学の教諭、大野姫路(おおのひめじ)に訊くより、銀醸に訊いた方が有意義と言われる程だった。

 これでは教師も形無しだろうと思うが、現教員も魔法処の卒業生が多く、銀醸の様に学生時代に教壇に立っているのだからそう馬鹿には出来ない。

 しかし銀醸には悪い点、美徳でもあるが、その声には魔法どうこうではなく不思議な眠くなる声であった。

 

「さて、次は日本の魔法使いの繁栄と衰退についてだ。教科書の六五二頁を開いてくれ」

 

 私たちは銀醸の懇切丁寧な説明で大いに知識の幅を広げている。

 

「日本の魔法族は古くからは飛鳥時代より伝わっている。そして魔法族は今からでは考えられないほどの権力を持っており彼らが運営した中務省があった。これが分かる者はいるかな」

 

 問いを投げかけられる。この問いはあまりにも有名だ。

 俗世に興味のない私でも知っている。手を上げるまでもなく、生徒の一人が呟き、それを銀醸は聞き逃さない。

 

「陰陽寮だ」

 

「そう、陰陽寮、表での陰陽寮は暦の作成、占いや天文をする中務省とされているが、裏では正しい運営内容が伝わっている。それが日本の魔法族の管理運営、現代の魔法省のような機関の形態がこの時代に既に存在していた。世界広し手と言えどここまで古い歴史を持つ組織は存在しない」

 

 そう言って銀醸は手に持った資料を捲る。

 

「様々な表の政策をまさしく裏で取り仕切ってきた陰陽寮は帝、天皇家にその魔法族の血を入れることに成功した。一説ではもともと天皇家は魔法族だったという説もある。そして次第に天皇家は神聖さを強め現在の皇居は魔法皇族の血統の保全を注力して『約束された一族』と日本の魔法界では評されるまでになった。神聖不可侵の約束された血筋だ。ここはテストに出やすい。覚えておいてくれ」

 

 私は紙に記し、よく覚えておくことにする。

 

「そして天皇家、陰陽寮は深く関わってその繁栄を盤石とするべく政治のかじ取りをするが、後の武家などに政治の主権を握られ、陰陽寮と天皇家を監視する為、北条泰時と北条時房が京都市東山区六原に六波羅探題(ろくはらたんだい)を設置した。後の政策などは表社会の歴史書などを読めば分かるように、黒船来航まで日本の魔法族の動きは緩慢化してしまう。ここまでで、分からない所がある人はいますか?」

 

 ここまでわかりやすい説明をして分からない奴は馬鹿だ。

 黒板にも判り易いように説明を書いてくれている銀醸の心づかいに感謝だ。

 

「じゃあ続きを。黒船来航で、国外魔法族の日本の流入があり日本の魔法族はそれに危機感を感じ明治維新の際に明治政府に魔法族を入れて再び政治の世界へ躍り出た。話では武家への意趣返しと言う意味もあったそうだ、これにより産業革命の波を諸に受け、諸国の只人の技術に疎い魔法使いたちとは違い、日本の魔法使いたちは只人の技術にそこまで疎くはない。機械音痴といった具合だ。そして日露戦争が開始され、魔法族が動員されることとなり勝利を抑えめ勢いずく者たちがいた。──陰陽寮だ」

 

 黒板にでかでかと日露戦争の年表と名前を書き二重線。

 

「陰陽寮は魔法族至上主義を掲げ、積極的に政治に干渉しようとした。しかしこれは世界各国で結ばれていた『国際魔法使い機密保持法』に大きく違反する行為であり。国際的にも日本の立場は悪くなった。しかし強硬な態度を崩さない陰陽寮は、戦争に介入し、第一次第二次の世界大戦に積極的に関与した。だが結果はみんなも知っての通り、日本は敗戦した。昭和天皇は自らの人間宣言をして家系内の魔法族を分家化、そして陰陽寮を激しく叱責し組織規模を縮小されてしまう、分家化した天皇家は『禁裏の一族』と言われるようになった」

 

 日本の魔法族の長は魔法省大臣ではない。禁裏の一族だ。禁裏様と呼ばれている。

 表で例えるのなら魔法省は日本政府、禁裏の一族が天皇と同じ、禁裏様も象徴でしかなくなった。

 

「GHQの駐留で日本にも魔法省が設立され、日本の魔法族の人口を割り出したところ一説では一万人未満だったそうだ。日本は世界大戦で国も国民も魔法族も徹底して衰退してしまった。魔法族の出生率は今も低く、年々減りつつある。海外との国際結婚も今後推奨されると日本魔法省の発表では──」

 

 話を遮るように授業を終了する法螺貝が鳴り、銀醸はその瞬間に資料をパタンと閉じた。

 

「今日はここまでだ。続きは次回だ」

 

 そそくさと教材をまとめて教室を後にした。

 

「撫子ちゃん、撫子ちゃん!」

 

「ふがぁ!」

 

 授業中、銀醸の声のせいで声は聞いてはいたが半分意識を飛ばしていたようだ。

 綾瀬の呼び声で私は現実に覚醒する。

 やってしまった。銀醸のあの魔性の睡眠音声を聞いていると否が応でも睡魔と戦う羽目になる。

 私は口元から顎へと垂れた涎を拭い、欠伸を一つ。

 

「うぬぅ……銀醸の声はなぜあそこまで眠くなる……」

 

「あははっ。確かに田島先輩の声ってリラックスできるよね」

 

 私は教材をまとめて次の授業へと向かう準備を始める。

 すると、教室の扉を叩く者がおり、その者は校長の団芝三だった。

 神妙な顔つきで、小脇に控える富文が両手に厳重に閉められた木箱を抱えていた。

 

「安部君。安部竜人君はいるかね?」

 

 全員の視線が竜人の顔へ集まり、竜人の小馬鹿にしたような面を見せるのかと思ったが、それとは打って変わり竜人の顔は真剣な顔つきで木箱を睨んでいた。

 

「なんですか?」

 

「少しお話をしたいのだ。時間は取らせない」

 

「……分かりました」

 

 廊下へと出て端で向かい三人は何やら相談をしていた。

 私たち生徒も何事かと顔を覗き込み、竜人らの唇の動きから会話の内容を読み取ろうとする。

 こういう時天耳通を習得していればなんと便利な事だっただろうか。習得していれば一言一句聞く事ができた。

 しかし私はまだ煩悩に塗れ、神足通までしか習得できていない。

 すると富文が木箱の中身を竜人に見せ、竜人の顔は険しく怒りに満ちた顔で中身を睨みつけていた。

 何か不快になるようなものがあの中に入っていたのだろうか。皆が顔を見合わせ首を捻るばかりだった。

 竜人たちは私たちの視線に勘ずき、我々からは見えないとこへと移動して行った。

 

「校長たちは何しに来たんだろう?」

 

 綾瀬は不思議そうな顔で私を見た。

 私も首を捻って疑問であると言った動作をするしかなった。

 すると法螺貝の予鈴が鳴り響き、皆が焦ったように次の教室へと移動を開始した。

 私たちも急いで移動せねばならなかった。

 

「撫子ちゃん。急ごう!」

 

「う、うむ……」

 

 妙な胸騒ぎがあった。あの箱の中身、中身は見えずとも気配としてあまり良きものではないのは感じ取れた。

 何か、妙に、禍々しいような妖気に満ちた感覚。そして竜人の気配にも似た気配があった。

 その日、竜人はどの授業にも顔を出さなかった。


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